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予期せぬできごと③

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 将軍家茂の死と、長州征伐での事実上の敗戦という報は、驚きをもって新選組隊内へ、そして世間へと公表された。
 この時期を境に、新選組隊内でも大きく二つの考え方をする隊士に分かれていくようになる。あくまでも幕府を支えるか、幕府を見限るか。もっとも、表面化し新選組の体制にも影響が出るのは、まだ先のことである。
 
 それよりも、目先の問題がある。さくらの妾宅に勇と歳三がやってきて、話し合いの場が持たれた。
「どうする。これ以上さくらが密偵をするのは危ないんじゃないか」
 勇が顔を曇らせた。
「だが、今は山崎たちも広島に残っているし、調役は人出が足りねえ」
 歳三が苦々し気に言った。
 さくらは二人の意見を聞いて唸った。どちらも一理ある。
「しばらくは、女子姿であちこち動き回るのを控えた方がいいかもしれぬな。まずはひと月かふた月。監察の方になるべく専念するとか。隊内の動きを探るだけならこのまま男装で動けばいいし」
 つまり、隊の外で敵方を探る諸士調役の任務はそこそこに、隊士の素行調査などを行う監察任務の比重をあげていくということである。これには、勇も歳三も「まあ、それが落としどころか……」と頷いた。
「となると、だ」
 さくらは庭で洗濯物を干している菊に目をやった。
「ここはしばらく使わないことになるな」
 もともと、女子姿への切り替えをやりやすくするために存在しているのがこの妾宅である。男装のままで過ごすうえ、隊内の調査を中心にするとなれば、屯所にとどまった方が都合がいい。だが、菊に長い間一人暮らしをさせるのは少々物騒ではないかという懸念もあった。通いの下男でも雇おうか、などとさくらが考えを巡らせていたところに、勇が「いいことを思いついた」とばかりに手を打った。
「本当に妾宅にしてしまえばいいじゃないか、トシの!」
「へ?」
 さくらと歳三が同時に間抜けな声を出した。
「もともとお菊さんはトシの馴染みだったんだろう? それなら、気遣いもいらないし」
「し、しかし、それでは今度は歳三が私の妾を寝取ったみたいな話になってしまうではないか。隊士に示しがつかぬ」
「大丈夫だろう。この妾宅の場所も、お菊さんの名前や顔も一部の隊士しか知らないんだし」
 それは確かにそうだった。女子姿で出入りするさくらを隊士に目撃されては意味がないということで、妾宅の場所はひと握りの隊士しか知らないことだった。それでもさくらはこの案を却下した方がいいような気がして、理由を探していた。歳三も何も言わなかった。おそらく勇の提案に対して損得を考えているのだろう。
 だが、ここで思わぬ人物が話に入ってきた。
「あの……」
 菊がおずおずと庭先から部屋に上がってきた。
「すんまへん、お話勝手に聞いてしもて。そんであの、ここに住むんが島崎はんでも土方はんでもうちはどっちでも構へんです。せやけど、この家にはもうしばらく居させてもらいとおす。今は引っ越しとかそないなことはあんまり考えとうなくて。実は……赤子ややこができてん」
 衝撃の告白に三人は絶句した。
「やや……こ? 誰の……?」
 さくらは思わず尋ねてしまったものの、菊の目を見れば一目瞭然だった。さくらと勇はギシギシと首を回して歳三を見た。
「トシ、お前いつの間に!」
 勇はどちらかというと喜んでいるようで、顔をぱっと綻ばせている。勇の順応の早さに、さくらはついていけなかった。
「すんまへん、土方はんに先に言うべきか、島崎はんに先に言うべきか迷うとったらこないに遅うなってしもて」
「なんだ、トシも今知ったのか」
「……最近来てなかったからな」
 勇の問いに、歳三は無表情なままぼそぼそ呟くだけだった。歳三もかなり驚いているようである。
 菊はずいと歳三の前に正座し、深々と頭を下げた。
「土方はんにご迷惑はおかけしまへん。けどせめてややが生まれるまでは、どうか」
 長い沈黙のあと、歳三は「わかった」と小さく言った。
 結局、勇の案でいこうということになり、世話係の女中を雇った方がいいとか、さくらの荷物はどうするとか、具体的なことに話が及んだが、さくらはほとんど聞いていなかった。話が終わる前に、さくらはおもむろに立ち上がった。
「さくら?」
 勇が不思議そうにさくらを見上げた。
「すまぬ。用があるのを思い出した。今日は屯所に戻るから。お菊さん……おめでとう」

 妾宅を出たさくらは、宛てもなく歩いていた。本当は、用などなかった。ただ、あの場にあれ以上いることができなかった。歳三と菊が二人並んでいる光景を視界に入れていたくなかった。
 気づかないように、意識をしないようにしていたのに。
 もう、見ぬふりはできなかった。
 歳三と菊は夫婦になってしまうのだろうか。さくらにそれをどうこう言う筋合いはない。それがなんだか、虚しかった。
 さくらはたまたま見つけた小料理屋にふらりと入った。
 今は、今だけは、何も考えたくない。さくらは飲めぬ酒をしこたまあおった。
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