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さくらの留守番①
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元治元年七月
屯所に思わぬ客が訪ねてきた。
応対したさくらは、つい驚いて大きな声を出してしまった。
「そ、惣兵衛さん……!?」
惣兵衛、というのはかつて粂次郎と名乗っていた勇の実兄だ。まだ勇が近藤家に入る前に、三人で盗賊を追い払ったことがある。
「おお、あんたはもしかしてさくらちゃんか!?本当に月代入れてたんだなあ!」
「惣兵衛さん、ここで『さくらちゃん』はよしてください。聞かれたらまずいですから」
声を落として言うさくらに、惣兵衛は「ハッハッ、そいつぁすまなかったな」と笑った。
今は皆出払っている旨を告げてから、さくらは惣兵衛をひとまず自室に案内した。
「惣兵衛さん、どうしてはるばる京まで」
「俺は今多摩のみんなを代表してきてんだ。新選組の噂は江戸にも聞こえてきてる。それで、先月すごい事件があったって聞いたからさ。勇から便りは来たが、実際様子を見てこいって。あと、養子まで勝手に決めちまったんだろ?その辺も、周斉先生から聞いてこいって頼まれてんだ」
これはさくらも初耳だった。どうやら周平のことは事後報告だったらしい。なんとなく自分にも責任の一端があるような気がして、バツが悪くなったさくらは話題をそらした。
「父は息災ですか」
「おお、変わりないけどさ、やっぱりさくらちゃんや勇がいなくなって寂しそうだよ。一回帰ってやったら」
「そうですね……ですが、今はここを離れるわけにはいかないんです」
「まあ忙しいのもわかるけど。それにしても、勇たちはどこにいるんだ?なんでさくらちゃんだけ残ってる?」
「惣兵衛さん……その話、聞きますか……?」
「なんだ、長くなるのか」
長いですけど、と前置きして、さくらは池田屋の話も含めてここ一ヶ月ほどの出来事を話し始めた。
新選組の外にいる惣兵衛にだからこそ、さくらは少々愚痴も交えながら饒舌に語った。
今、大多数の新選組隊士は出払っている。鴨川沿い、九条川原に駐屯し陣を敷いているのだ。池田屋の件で触発された過激な長州藩士たちが、京の周辺に布陣したことに端を発する。
そんな中、さくらはずっと壬生にて留守番である。いろいろと、不運が重なった。
池田屋での大捕り物が終わった後も、無傷の隊士たちは残党狩りに励んでいた。あの時池田屋にいた人間以外にも市中のあちこちに仲間が潜んでいるという話で、探索には会津の藩士も加勢していた。さらにそのうち何人かは、報復・敵襲に備えて壬生の屯所に詰めてくれていた。
「サク、まずいことになった」
と、歳三が白い肌をさらに青白くさせてさくらの部屋に現れたのは、新たな会津藩士が数人新選組に加わった日だった。
「何が」
「今日来た会津藩士の中に、山浦さんがいる」
「山浦さん?」
「覚えてねえのか。お前が遊女に扮してた時にいた二人のうちの一人だ」
「あっ……」
さくらは記憶を辿った。直接会話をすることなくあの場を退場したものの、「天神・桜木」は山浦にばっちり姿を見られている。
「山浦さんは八木さん家の方に入ってることだし、その頭じゃすぐにはバレねえだろうが、とにかく部屋から出るな」
「出るなって言っても……」
「とりあえず足の怪我を理由にしとけ。俺はこの後、柴さんの葬儀に出るから詳しくは後だ」
それだけ言って、歳三はそそくさと出ていってしまった。
さくらも、まずいことになったと思った。事の重大さは理解しているつもりだ。
浪士組の時はなんとか屁理屈を重ねて正体がバレても乗り切ることができたが、対会津においてはそうはいかない。「ならぬことはならぬ」の掟もあることだし、女と知れたらよくて離隊、悪ければ切腹だろう。
今歳三が口にした「柴さん」というのも、会津武士の士道を体現したような人間だった。
数日前、清水寺にほど近い料亭・明保野亭に浪士が集まっているという情報が入り、新選組からは武田ら数名、会津からはくだんの柴らが向かった。
だが、実際には不逞の浪士や長州の残党が集まっていたというわけではなく、土佐藩士らが会合を開いていただけであった。池田屋で討たれた北添や望月のような反幕派の浪士ではなく、れっきとした藩士たち、味方である。
というのはあとでわかった話で、その時は一人の藩士が現場から逃げるような素振りをしたため、怪しいと判断した柴が槍で突いたのだ。
怪我をした藩士は麻田といい、命に別状はなかった。しかし、けじめとして会津藩が土佐藩に謝罪に向かうと、「怪しまれる行動をした麻田も悪かった」として、麻田を切腹させてしまったという。会津藩の面々は、思ったより大ごとになってしまったと肝を冷やした。
この顛末を受け、柴は「土佐藩とはこれからも協力していかなければいけない以上、謝って終了、というわけにはいかなくなってしまった。責任を取って自分も腹を切る」と言って本当に切腹してしまったのだ。
自分の命ひとつで藩同士の軋轢が回避できるなら、という柴の行動に勇や歳三はいたく感服し、隊士たちに「士道とはああいうものだ。皆、柴さんの心意気を見習うように」と説いて回るほどであった。
とにかくも、武士というのは時にあっけないともいえる切っ掛けで切腹に追い込まれることもあるのだ。島崎朔太郎が女と知れたら、会津藩は黙ってはいないだろうというのは容易に想像できた。
かくして、さくらは表向きは足の怪我を理由に、事実上の軟禁生活に突入した。
屯所に思わぬ客が訪ねてきた。
応対したさくらは、つい驚いて大きな声を出してしまった。
「そ、惣兵衛さん……!?」
惣兵衛、というのはかつて粂次郎と名乗っていた勇の実兄だ。まだ勇が近藤家に入る前に、三人で盗賊を追い払ったことがある。
「おお、あんたはもしかしてさくらちゃんか!?本当に月代入れてたんだなあ!」
「惣兵衛さん、ここで『さくらちゃん』はよしてください。聞かれたらまずいですから」
声を落として言うさくらに、惣兵衛は「ハッハッ、そいつぁすまなかったな」と笑った。
今は皆出払っている旨を告げてから、さくらは惣兵衛をひとまず自室に案内した。
「惣兵衛さん、どうしてはるばる京まで」
「俺は今多摩のみんなを代表してきてんだ。新選組の噂は江戸にも聞こえてきてる。それで、先月すごい事件があったって聞いたからさ。勇から便りは来たが、実際様子を見てこいって。あと、養子まで勝手に決めちまったんだろ?その辺も、周斉先生から聞いてこいって頼まれてんだ」
これはさくらも初耳だった。どうやら周平のことは事後報告だったらしい。なんとなく自分にも責任の一端があるような気がして、バツが悪くなったさくらは話題をそらした。
「父は息災ですか」
「おお、変わりないけどさ、やっぱりさくらちゃんや勇がいなくなって寂しそうだよ。一回帰ってやったら」
「そうですね……ですが、今はここを離れるわけにはいかないんです」
「まあ忙しいのもわかるけど。それにしても、勇たちはどこにいるんだ?なんでさくらちゃんだけ残ってる?」
「惣兵衛さん……その話、聞きますか……?」
「なんだ、長くなるのか」
長いですけど、と前置きして、さくらは池田屋の話も含めてここ一ヶ月ほどの出来事を話し始めた。
新選組の外にいる惣兵衛にだからこそ、さくらは少々愚痴も交えながら饒舌に語った。
今、大多数の新選組隊士は出払っている。鴨川沿い、九条川原に駐屯し陣を敷いているのだ。池田屋の件で触発された過激な長州藩士たちが、京の周辺に布陣したことに端を発する。
そんな中、さくらはずっと壬生にて留守番である。いろいろと、不運が重なった。
池田屋での大捕り物が終わった後も、無傷の隊士たちは残党狩りに励んでいた。あの時池田屋にいた人間以外にも市中のあちこちに仲間が潜んでいるという話で、探索には会津の藩士も加勢していた。さらにそのうち何人かは、報復・敵襲に備えて壬生の屯所に詰めてくれていた。
「サク、まずいことになった」
と、歳三が白い肌をさらに青白くさせてさくらの部屋に現れたのは、新たな会津藩士が数人新選組に加わった日だった。
「何が」
「今日来た会津藩士の中に、山浦さんがいる」
「山浦さん?」
「覚えてねえのか。お前が遊女に扮してた時にいた二人のうちの一人だ」
「あっ……」
さくらは記憶を辿った。直接会話をすることなくあの場を退場したものの、「天神・桜木」は山浦にばっちり姿を見られている。
「山浦さんは八木さん家の方に入ってることだし、その頭じゃすぐにはバレねえだろうが、とにかく部屋から出るな」
「出るなって言っても……」
「とりあえず足の怪我を理由にしとけ。俺はこの後、柴さんの葬儀に出るから詳しくは後だ」
それだけ言って、歳三はそそくさと出ていってしまった。
さくらも、まずいことになったと思った。事の重大さは理解しているつもりだ。
浪士組の時はなんとか屁理屈を重ねて正体がバレても乗り切ることができたが、対会津においてはそうはいかない。「ならぬことはならぬ」の掟もあることだし、女と知れたらよくて離隊、悪ければ切腹だろう。
今歳三が口にした「柴さん」というのも、会津武士の士道を体現したような人間だった。
数日前、清水寺にほど近い料亭・明保野亭に浪士が集まっているという情報が入り、新選組からは武田ら数名、会津からはくだんの柴らが向かった。
だが、実際には不逞の浪士や長州の残党が集まっていたというわけではなく、土佐藩士らが会合を開いていただけであった。池田屋で討たれた北添や望月のような反幕派の浪士ではなく、れっきとした藩士たち、味方である。
というのはあとでわかった話で、その時は一人の藩士が現場から逃げるような素振りをしたため、怪しいと判断した柴が槍で突いたのだ。
怪我をした藩士は麻田といい、命に別状はなかった。しかし、けじめとして会津藩が土佐藩に謝罪に向かうと、「怪しまれる行動をした麻田も悪かった」として、麻田を切腹させてしまったという。会津藩の面々は、思ったより大ごとになってしまったと肝を冷やした。
この顛末を受け、柴は「土佐藩とはこれからも協力していかなければいけない以上、謝って終了、というわけにはいかなくなってしまった。責任を取って自分も腹を切る」と言って本当に切腹してしまったのだ。
自分の命ひとつで藩同士の軋轢が回避できるなら、という柴の行動に勇や歳三はいたく感服し、隊士たちに「士道とはああいうものだ。皆、柴さんの心意気を見習うように」と説いて回るほどであった。
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