浅葱色の桜

初音

文字の大きさ
上 下
174 / 205

さくらの留守番①

しおりを挟む
 元治元年七月

 屯所に思わぬ客が訪ねてきた。
 応対したさくらは、つい驚いて大きな声を出してしまった。
「そ、惣兵衛そうべえさん……!?」
 惣兵衛、というのはかつて粂次郎くめじろうと名乗っていた勇の実兄だ。まだ勇が近藤家に入る前に、三人で盗賊を追い払ったことがある。
「おお、あんたはもしかしてさくらちゃんか!?本当に月代入れてたんだなあ!」
「惣兵衛さん、ここで『さくらちゃん』はよしてください。聞かれたらまずいですから」
 声を落として言うさくらに、惣兵衛は「ハッハッ、そいつぁすまなかったな」と笑った。
 今は皆出払っている旨を告げてから、さくらは惣兵衛をひとまず自室に案内した。
「惣兵衛さん、どうしてはるばる京まで」
「俺は今多摩のみんなを代表してきてんだ。新選組の噂は江戸にも聞こえてきてる。それで、先月すごい事件があったって聞いたからさ。勇から便りは来たが、実際様子を見てこいって。あと、養子まで勝手に決めちまったんだろ?その辺も、周斉先生から聞いてこいって頼まれてんだ」
 これはさくらも初耳だった。どうやら周平のことは事後報告だったらしい。なんとなく自分にも責任の一端があるような気がして、バツが悪くなったさくらは話題をそらした。
「父は息災ですか」
「おお、変わりないけどさ、やっぱりさくらちゃんや勇がいなくなって寂しそうだよ。一回帰ってやったら」
「そうですね……ですが、今はここを離れるわけにはいかないんです」
「まあ忙しいのもわかるけど。それにしても、勇たちはどこにいるんだ?なんでさくらちゃんだけ残ってる?」
「惣兵衛さん……その話、聞きますか……?」
「なんだ、長くなるのか」
 長いですけど、と前置きして、さくらは池田屋の話も含めてここ一ヶ月ほどの出来事を話し始めた。
 新選組の外にいる惣兵衛にだからこそ、さくらは少々愚痴も交えながら饒舌に語った。

 今、大多数の新選組隊士は出払っている。鴨川沿い、九条川原に駐屯し陣を敷いているのだ。池田屋の件で触発された過激な長州藩士たちが、京の周辺に布陣したことに端を発する。
 そんな中、さくらはずっと壬生にて留守番である。いろいろと、不運が重なった。

 池田屋での大捕り物が終わった後も、無傷の隊士たちは残党狩りに励んでいた。あの時池田屋にいた人間以外にも市中のあちこちに仲間が潜んでいるという話で、探索には会津の藩士も加勢していた。さらにそのうち何人かは、報復・敵襲に備えて壬生の屯所に詰めてくれていた。

「サク、まずいことになった」
 と、歳三が白い肌をさらに青白くさせてさくらの部屋に現れたのは、新たな会津藩士が数人新選組に加わった日だった。
「何が」
「今日来た会津藩士の中に、山浦さんがいる」
「山浦さん?」
「覚えてねえのか。お前が遊女に扮してた時にいた二人のうちの一人だ」
「あっ……」
 さくらは記憶を辿った。直接会話をすることなくあの場を退場したものの、「天神・桜木」は山浦にばっちり姿を見られている。
「山浦さんは八木さんの方に入ってることだし、その頭じゃすぐにはバレねえだろうが、とにかく部屋から出るな」
「出るなって言っても……」
「とりあえず足の怪我を理由にしとけ。俺はこの後、しばさんの葬儀に出るから詳しくは後だ」
 それだけ言って、歳三はそそくさと出ていってしまった。
 さくらも、まずいことになったと思った。事の重大さは理解しているつもりだ。
 浪士組の時はなんとか屁理屈を重ねて正体がバレても乗り切ることができたが、対会津においてはそうはいかない。「ならぬことはならぬ」の掟もあることだし、女と知れたらよくて離隊、悪ければ切腹だろう。
 今歳三が口にした「柴さん」というのも、会津武士の士道を体現したような人間だった。
 数日前、清水寺にほど近い料亭・明保野亭あけぼのていに浪士が集まっているという情報が入り、新選組からは武田ら数名、会津からはくだんの柴らが向かった。
 だが、実際には不逞の浪士や長州の残党が集まっていたというわけではなく、土佐藩士らが会合を開いていただけであった。池田屋で討たれた北添や望月のような反幕派の浪士ではなく、れっきとした藩士たち、味方である。
 というのはあとでわかった話で、その時は一人の藩士が現場から逃げるような素振りをしたため、怪しいと判断した柴が槍で突いたのだ。
 怪我をした藩士は麻田あさだといい、命に別状はなかった。しかし、けじめとして会津藩が土佐藩に謝罪に向かうと、「怪しまれる行動をした麻田も悪かった」として、麻田を切腹させてしまったという。会津藩の面々は、思ったより大ごとになってしまったと肝を冷やした。
 この顛末を受け、柴は「土佐藩とはこれからも協力していかなければいけない以上、謝って終了、というわけにはいかなくなってしまった。責任を取って自分も腹を切る」と言って本当に切腹してしまったのだ。

 自分の命ひとつで藩同士の軋轢が回避できるなら、という柴の行動に勇や歳三はいたく感服し、隊士たちに「士道とはああいうものだ。皆、柴さんの心意気を見習うように」と説いて回るほどであった。
 とにかくも、武士というのは時にあっけないともいえる切っ掛けで切腹に追い込まれることもあるのだ。島崎朔太郎が女と知れたら、会津藩は黙ってはいないだろうというのは容易に想像できた。
 かくして、さくらは表向きは足の怪我を理由に、事実上の軟禁生活に突入した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

夜に咲く花

増黒 豊
歴史・時代
2017年に書いたものの改稿版を掲載します。 幕末を駆け抜けた新撰組。 その十一番目の隊長、綾瀬久二郎の凄絶な人生を描く。 よく知られる新撰組の物語の中に、架空の設定を織り込み、彼らの生きた跡をより強く浮かび上がらせたい。

【完結】勝るともなお及ばず ――有馬法印則頼伝

糸冬
歴史・時代
有馬法印則頼。 播磨国別所氏に従属する身でありながら、羽柴秀吉の播磨侵攻を機にいちはやく別所を見限って秀吉の元に走り、入魂の仲となる。 しかしながら、秀吉の死後はためらうことなく徳川家康に取り入り、関ヶ原では東軍につき、摂津国三田二万石を得る。 人に誇れる武功なし。武器は茶の湯と機知、そして度胸。 だが、いかに立身出世を果たそうと、則頼の脳裏には常に、真逆の生き様を示して散った一人の「宿敵」の存在があったことを知る者は少ない。 時に幇間(太鼓持ち)と陰口を叩かれながら、身を寄せる相手を見誤らず巧みに戦国乱世を泳ぎ切り、遂には筑後国久留米藩二十一万石の礎を築いた男の一代記。

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

沖田氏縁者異聞

春羅
歴史・時代
    わたしは、狡い。 土方さまと居るときは総司さんを想い、総司さんと居るときは土方さまに会いたくなる。 この優しい手に触れる今でさえ、潤む瞳の奥では・・・・・・。 僕の想いなんか蓋をして、錠を掛けて捨ててしまおう。 この胸に蔓延る、嫉妬と焦燥と、独占を夢みる欲望を。 どうして俺は必死なんだ。 弟のように大切な総司が、惹かれているであろう最初で最後の女を取り上げようと。 置屋で育てられた少女・月野が初めて芸妓としてお座敷に出る日の二つの出逢い。 不思議な縁を感じる青年・総司と、客として訪れた新選組副長・土方歳三。 それぞれに惹かれ、揺れる心。 新選組史に三様の想いが絡むオリジナル小説です。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

処理中です...