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新体制、始動➀
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元治元年十一月。
会津藩、そして新選組が必要性を説いて回った「将軍上洛」は叶わなかったが、長州征伐の準備は着々と進んでいた。いよいよ幕府軍は挙兵、戦端を開こうとしている。
新選組では、深川・伊東道場の主、伊東甲子太郎――新選組入隊を期に名を大蔵から改めていた――および、その門下の面々、そして主にさくらが勧誘した天然理心流出身の面々を加えた、新体制を構築していた。
「来たる長州征伐に向けて、今までの副長助勤を中心に一個小隊で動いてもらう」
屯所の大部屋に集められた隊士を前に、歳三が粛々と告げた。
「まず、一番隊隊長、沖田総司」
「はいっ」
総司が真剣な面持ちで返事をした。元から緊張感のあったその場の空気がさらに張り詰める。
「二番隊隊長には、伊東甲子太郎殿」
「承知いたしました」
私語ができる雰囲気ではなかったが、隊士たちはそれぞれ隣に座っていた者と怪訝そうに顔を見合わせた。入隊間もない伊東が、いきなり二番隊の隊長に抜擢されるとは――皆、思うことは同じだった。
「三番隊隊長、井上源三郎。四番隊隊長、斎藤一」
五番隊以降も、歳三は淡々と読み上げていく。そして最後に。
「小荷駄隊隊長、原田左之助。行軍世話役隊長、島崎朔太郎」
と読み上げて隊長格の発表が終わった。小荷駄とは、武具の管理や運び出し、戦場では賄いのようなこともやる役目であること、また、行軍世話役というのも、全体の補佐のような役割を担うのだと、歳三が説明した。もっともそれは表向きで、行軍世話役の内実は諸士調役兼監察の面々であり、戦時の諜報活動を行う方が主な仕事だ。
「以下、各編成を貼り出すゆえ自分の所属を確認するように。新編成での隊務の詳細は追って沙汰する。主には、今までの剣術の訓練に加え、鉄砲や大砲の訓練も加わる。心しておくように」
確認できた者から解散、と歳三が告げると、隊士たちは我先にと編成表に群がった。
「おっ。俺三番隊だ」
「俺五番隊」
「お前一緒じゃん!」
そんな風に隊士たちが盛り上がっていることなど露知らぬ幹部が三名いた。そのうちの二人、さくらと新八は、新八の部屋にいた。
「新八ぃ。逆恨みするなよ?直接斬ったりはしていないが、お前のやったことは一応『私闘』なんだからな」
「大丈夫ですよ島崎さん。私だってさすがに自分のしたことはわかっています。何より、容保公に迷惑をかけ、そして命を救われた。殿のためにも、新選組は規律のとれた組織にならねばなりません」
「うん。本心では勇だって歳三だって、お前という戦力を失うのは惜しいと思っているはずだ。今は、耐えてくれ」
新八は、例の建白書騒動の責を問われ、一ヶ月間の謹慎を言い渡されていた。一ヶ月ということは、長州征伐に伴い出兵せよ、とお達しが出ても屯所で留守番をせねばならない立場である。本来、二番隊の隊長には新八が収まるはずだったが、代理として伊東が抜擢された格好になる。
「島崎さんの方こそ、いいんですか、こんなところで油を売ってて。謹慎中の人間においそれと会いに来てはまずいでしょう」
「いいんだ。監察として、謹慎対象者が逃げ出したりしないか見張りに来たってことで」
「……信用ないですね」
「だから、振りだって、そういう」
「……島崎さんが喋りたいだけなんでしょう」
「あ、ばれたか」
さくらは、いたずらっぽい笑顔を見せると、「いやさ、わかってはいたけれども」と話し始めた。
「勇も歳三も、あまり大勢いる場に顔出すなっていうんだ。むろん、私もそうするのがいいのはわかっている。だが、私、新入隊士の間で幻の副長助勤扱いされてやしないだろうかと」
「それを言ったら私も同じですよ。まだロクに伊東さんたちと話したこともないんですから」
「新八の場合は謹慎が解けたら万事解決じゃないか」
さくらははあ、とため息をついた。
もともと諸士調役として屯所を空けることが多かったこともあって、さくらは伊東を含む新入隊士とほとんど顔を合わせてはいなかった。江戸から京へ戻ってきた際も、日野で集めた隊士と行程を共にしており、伊東と顔を合わせたのは最初の挨拶の時くらいだった。
「島崎朔太郎と申します。普段は情報収集などの仕事を主にしておりますので、他の者たちと少々動きが違うこともありますが、よろしくお願いいたします」
「島崎さんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
伊東にしてみれば、さくらなど大勢いる隊士の中のひとりに過ぎないのだろう。さくらの「男装」に気づく素振りもなく、淡々とした顔合わせとなった。
「今は念のためにもなるべく顔を出さないようにしているが、こんなコソコソした生活、いつまでも続けられないしなあ。何かこう、打開策があればよいのだが」
島崎さんも大変ですねえ、と新八が同情の声をかけた次の瞬間、襖がガラッと開いた。
「だーいじょうぶだって。さくらちゃん、だいぶ男らしい顔つきになってきたし。バレないバレない」
「惣兵衛さんっ!どうしてここに」
惣兵衛は楽しそうな笑みを浮かべ、さくら達の横にどっかりと腰を下ろした。
「だってよお、みんなその体制発表?ってのに行っちまって、暇なんだもんよ」
「私がこんなことを言うのもなんですが、江戸へ帰られたらいかがです。勇や私の無事でしたら身をもって知らせに行きましたしね。お役目は終えられたかと」
「冷てえなあ。って、勇から聞いてねえのか?明後日には江戸に帰るぜ」
「ええっ!?それはまた急な……」
「京で見るものは見たし。皆が元気そうにしてるのもわかったし」
「多摩の皆さんによろしく伝えてくださいね」
「おうよ」
その時、俄かに外が騒がしくなってきた。おそらく、編成発表が終わったのだろう。
「惣兵衛さん、早くずらからないと!謹慎中の新八の部屋でふらふらしてたのがバレたら示しがつきません!」
「おう、そうだな」
「じゃあ、新八、達者でなっ」
「でなっ」
「島崎さんはすぐそこでしょう」
新八の突っ込みに笑顔で返し、さくらと惣兵衛は急いで解散した。
会津藩、そして新選組が必要性を説いて回った「将軍上洛」は叶わなかったが、長州征伐の準備は着々と進んでいた。いよいよ幕府軍は挙兵、戦端を開こうとしている。
新選組では、深川・伊東道場の主、伊東甲子太郎――新選組入隊を期に名を大蔵から改めていた――および、その門下の面々、そして主にさくらが勧誘した天然理心流出身の面々を加えた、新体制を構築していた。
「来たる長州征伐に向けて、今までの副長助勤を中心に一個小隊で動いてもらう」
屯所の大部屋に集められた隊士を前に、歳三が粛々と告げた。
「まず、一番隊隊長、沖田総司」
「はいっ」
総司が真剣な面持ちで返事をした。元から緊張感のあったその場の空気がさらに張り詰める。
「二番隊隊長には、伊東甲子太郎殿」
「承知いたしました」
私語ができる雰囲気ではなかったが、隊士たちはそれぞれ隣に座っていた者と怪訝そうに顔を見合わせた。入隊間もない伊東が、いきなり二番隊の隊長に抜擢されるとは――皆、思うことは同じだった。
「三番隊隊長、井上源三郎。四番隊隊長、斎藤一」
五番隊以降も、歳三は淡々と読み上げていく。そして最後に。
「小荷駄隊隊長、原田左之助。行軍世話役隊長、島崎朔太郎」
と読み上げて隊長格の発表が終わった。小荷駄とは、武具の管理や運び出し、戦場では賄いのようなこともやる役目であること、また、行軍世話役というのも、全体の補佐のような役割を担うのだと、歳三が説明した。もっともそれは表向きで、行軍世話役の内実は諸士調役兼監察の面々であり、戦時の諜報活動を行う方が主な仕事だ。
「以下、各編成を貼り出すゆえ自分の所属を確認するように。新編成での隊務の詳細は追って沙汰する。主には、今までの剣術の訓練に加え、鉄砲や大砲の訓練も加わる。心しておくように」
確認できた者から解散、と歳三が告げると、隊士たちは我先にと編成表に群がった。
「おっ。俺三番隊だ」
「俺五番隊」
「お前一緒じゃん!」
そんな風に隊士たちが盛り上がっていることなど露知らぬ幹部が三名いた。そのうちの二人、さくらと新八は、新八の部屋にいた。
「新八ぃ。逆恨みするなよ?直接斬ったりはしていないが、お前のやったことは一応『私闘』なんだからな」
「大丈夫ですよ島崎さん。私だってさすがに自分のしたことはわかっています。何より、容保公に迷惑をかけ、そして命を救われた。殿のためにも、新選組は規律のとれた組織にならねばなりません」
「うん。本心では勇だって歳三だって、お前という戦力を失うのは惜しいと思っているはずだ。今は、耐えてくれ」
新八は、例の建白書騒動の責を問われ、一ヶ月間の謹慎を言い渡されていた。一ヶ月ということは、長州征伐に伴い出兵せよ、とお達しが出ても屯所で留守番をせねばならない立場である。本来、二番隊の隊長には新八が収まるはずだったが、代理として伊東が抜擢された格好になる。
「島崎さんの方こそ、いいんですか、こんなところで油を売ってて。謹慎中の人間においそれと会いに来てはまずいでしょう」
「いいんだ。監察として、謹慎対象者が逃げ出したりしないか見張りに来たってことで」
「……信用ないですね」
「だから、振りだって、そういう」
「……島崎さんが喋りたいだけなんでしょう」
「あ、ばれたか」
さくらは、いたずらっぽい笑顔を見せると、「いやさ、わかってはいたけれども」と話し始めた。
「勇も歳三も、あまり大勢いる場に顔出すなっていうんだ。むろん、私もそうするのがいいのはわかっている。だが、私、新入隊士の間で幻の副長助勤扱いされてやしないだろうかと」
「それを言ったら私も同じですよ。まだロクに伊東さんたちと話したこともないんですから」
「新八の場合は謹慎が解けたら万事解決じゃないか」
さくらははあ、とため息をついた。
もともと諸士調役として屯所を空けることが多かったこともあって、さくらは伊東を含む新入隊士とほとんど顔を合わせてはいなかった。江戸から京へ戻ってきた際も、日野で集めた隊士と行程を共にしており、伊東と顔を合わせたのは最初の挨拶の時くらいだった。
「島崎朔太郎と申します。普段は情報収集などの仕事を主にしておりますので、他の者たちと少々動きが違うこともありますが、よろしくお願いいたします」
「島崎さんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
伊東にしてみれば、さくらなど大勢いる隊士の中のひとりに過ぎないのだろう。さくらの「男装」に気づく素振りもなく、淡々とした顔合わせとなった。
「今は念のためにもなるべく顔を出さないようにしているが、こんなコソコソした生活、いつまでも続けられないしなあ。何かこう、打開策があればよいのだが」
島崎さんも大変ですねえ、と新八が同情の声をかけた次の瞬間、襖がガラッと開いた。
「だーいじょうぶだって。さくらちゃん、だいぶ男らしい顔つきになってきたし。バレないバレない」
「惣兵衛さんっ!どうしてここに」
惣兵衛は楽しそうな笑みを浮かべ、さくら達の横にどっかりと腰を下ろした。
「だってよお、みんなその体制発表?ってのに行っちまって、暇なんだもんよ」
「私がこんなことを言うのもなんですが、江戸へ帰られたらいかがです。勇や私の無事でしたら身をもって知らせに行きましたしね。お役目は終えられたかと」
「冷てえなあ。って、勇から聞いてねえのか?明後日には江戸に帰るぜ」
「ええっ!?それはまた急な……」
「京で見るものは見たし。皆が元気そうにしてるのもわかったし」
「多摩の皆さんによろしく伝えてくださいね」
「おうよ」
その時、俄かに外が騒がしくなってきた。おそらく、編成発表が終わったのだろう。
「惣兵衛さん、早くずらからないと!謹慎中の新八の部屋でふらふらしてたのがバレたら示しがつきません!」
「おう、そうだな」
「じゃあ、新八、達者でなっ」
「でなっ」
「島崎さんはすぐそこでしょう」
新八の突っ込みに笑顔で返し、さくらと惣兵衛は急いで解散した。
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