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ながい、ながい夏の日 ―夜②
しおりを挟むさくら、平助、周平はその様子を入り口の外から見ていた。
「よし、我々も行くぞ」
さくらの声掛けに、二人は頷いた。すでに物音が聞こえてきている。三人は中へ入った。
勇たちは正面の階段を上がっていったが、さくら達は一目散に奥の階段へと向かった。ウナギの寝床と呼ばれる細長い構造の建物には、二つの階段があったのだ。
くそっ!と声がして階段を下りてきた男とかち合った。すかさず平助が対峙し、刀と刀のぶつかり合う音が響いた。続いてその背後からもう一人現れ、こちらはさくらが請け負った。
廊下が狭く、思うように刀が振れない。さくらは比較的広い炊事場まで後ずさりし、敵と対峙した。
「くそっ!壬生浪め!」
さくらは向かってくる男を下段から斬り上げ、脚に深手を負わせた。男はバタリとその場に倒れた。さくらは男を放置し、奥の階段へと向かった。敵の総人数がわからない以上、いちいちトドメを刺すのではなく、なるべく大勢の動きを封じて制圧した方が得策である。
上階からはドタバタと激しい物音がする。勇たちの様子が気にはなったが、今は目の前の状況に、冷静に迅速に向き合うしかない――
同じ頃、二階では勇と総司が迫りくる敵を斬り伏せていた。
明かりは消され、真っ暗である。開け放たれた窓から入ってくるわずかな町明かりだけが頼り。後は自分の目を慣らしていくしかない。
「総司、大丈夫か!」
「ええ、羽織を着てきてよかったです。夜目にもわかりやすいですから」
確かにな、と言って勇は顔の汗を拭った。明るい浅葱色の羽織は暗闇の中でも見分けがついた。同士討ちを避けるのにもってこいだ。
「新八は?」
「一階に逃げた奴を追っていきました」
「そうか。ではここは二人で乗り切るぞ」
「はいっ」
二人はそれぞれ廊下の端を目指して駆けた。向かってくる者よりも、逃げようとする者が多い。
勇は裏庭に飛び降りようとする男を追いかけ、背中から一太刀浴びせた。すぐに他の敵はどこかと当たりを見回す。段々と、目が慣れてきた。
目の前の部屋から、人の気配がした。一人ではなさそうだ。思い切って、襖を開ける。中には、抜刀した男が四人いた。
「お前たちの計画は知れている!大人しくお縄につけば命までは取らぬ!だが、手向かいするなら容赦なく斬り捨てるぞ!」
「死ね!壬生浪!」
男たちは、手向かいを選んだようだ。だが、襖の間口は狭く、四人いっぺんには出てこられない。二人、先に踊り出た。勇は一人目の太刀を受け流すと、隙を見せている二人目の腹に突き技を食らわせる。すぐに抜いて一人目の肩に一太刀浴びせ、その動きを封じた。
残りは二人。部屋の中に入り、壁に背を向けながら三人目を下から切り上げ、返す刀で四人目の腕を斬った。
「ハア、一体、何人いるんだ――」
勇は一旦懐紙で刀を拭い、続いてごしごしと顔の汗も袂でふき取った。
さくらは階段奥の八畳間に向かった。八間(天井照明のこと)が点いているようで、明るい光りが漏れている。敵の姿も見やすいが、自分の姿も見られてしまう。
刀を構えて部屋に入った。すでに何人かが倒れている。虫の息の者、息絶えている者――。そして、目の端に浅葱色がちらついた。平助だ。押されている。顔中に汗をかいていたのもあり、乱闘の末か鉢金がずれている。次の瞬間。
「平助ッッ!!」
さくらが叫んだ。敵が振り下ろした刀が平助の額を捉えたのだ。
「さ……島崎……さん……」
平助はその場に崩れ落ち、はあはあと苦しそうな息をしている。すぐに死ぬようなことはないだろうが、助けに行かねばならない。だが、目の前には敵が立ちはだかっている。
平助を斬った男は、ゆらりと体の向きを変え、さくらの方に向けて歩いてきた。男も無傷ではなく、平助とほぼ互角に戦っていたようだ。
「お前は……」さくらはつぶやいた。北添佶摩であった。
「なんじゃ。わしのことを知っちゅうがかえ」
息を切らせながら不思議そうな顔をしていた北添の表情は、あっと何かを閃いたような顔をした。
「前に島原で飲んだ時、桂さんが言うちょったきに。普通じゃなか手をした女中がおったけ、気ぃつけやって」
「手……?」
「相当剣術の稽古をせんとああいう手にはならんという意味じゃ。まさかおなごのふりして潜入しちょったいうん、おまんか」
さくらは刀を握る自分の掌を一瞬見やった。無数のタコができては消え、またできては消えていった跡がくっきりと残っている。桂小五郎の洞察力、侮りがたし、である。
さくらは北添の目をじっと見た。一撃で決める。そう決めたから、平晴眼に構えた。そして「残念」とつぶやいた。
「おなごのふりをしていたのではない。私は女だ」
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