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見えない気持ち②
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一方で、勇は山南とさくらを別室に呼び、開口一番――
「すまなかった」
と謝罪していた。
「付き合いの長いさくらや源さん、そして副長の山南さんに相談せず決めてしまったのは、水くさいと言われても仕方がない。だが、決して皆を信用していないとか、そういうわけじゃないんです。いろいろな出自の隊士が増えていくにつれ、こういう掟は絶対必要だろう。芹沢さんの時のように、派閥が生まれてしまって結局一掃しなければならないという状況になってしまうのは本意ではない。誰が、ということではなく、例外なく、おれも、トシも、『士道』に従って新選組を盤石にしたいという気持ちがあったんです」
さくらは勇にじとっとした視線を向けた。
「それは、相談せずに決めた理由にはなっていない」
勇は一度真一文字に口を結ぶと再び話し始めた。
「相談をするまでもなく、この法度が必要だと思ったからだ。此度の決定は、トシの発案を、俺が承認したという形を取った。声高には言わないが、経緯を聞かれればそう答える」
「――隊士たちの不満を、土方くんが一人で背負おうというのですか」
山南がようやく口を開いた。さくらがハッと山南を見た。
「そういうことです。『苦情の受付係は俺一人で十分だ』とそう言ってました」
山南は笑みを浮かべた。さくらも勇も、その笑顔の真意はわからない。
「何にせよ、水臭いですね、土方くんは」そう言うと、手をつき頭を下げた。
「過分なご配慮痛み入ります。有難うございます」
山南は、立ち上がると部屋を出ていってしまった。
残されたさくらと勇の間には、若干の気まずい沈黙が流れた。
「思うところがないではないが――」さくらが苦々し気に喋り始めた。
「山南さんがああ言っている以上、私がとやかくいうのも筋違いというもの。勇――否、近藤局長」
さくらは真っ直ぐに勇の目を見た。
「この法度は、確かに新選組のためになると、そう考えているのだな?」
「ああ、もちろんだ」
「ならばよい」さくらはさっと立ち上がると、部屋を出た。
「バレてない……かな……」一人になった勇はぽつりと呟いた。
――二人とも、なんだかんだ鋭いからなあ。
そんなことを思い、勇は緊張の糸を解いてふう、と息をついた。
さくらは、源三郎の部屋にいた。
畳にごろんと寝転がり、天井を見つめてぼんやりしている。
「来ると思ったよ」源三郎が優しく言った。文机に向かって手紙を書いている。内容は郷里の兄に向けた近況報告だという。
「こんな話聞かせられるの、源兄ぃくらいだからさぁ……」さくらは首の向きだけ変えて源三郎を見た。
「なんだか、あの二人、まだ何か腹に抱えているものがある気がするのだ」
「近藤先生と、トシさんのことか」
うん、とさくらは頷いた。
「なあ、なんだか、勇も歳三も、変わってしまったような気がしないか?」
源三郎は手を止め、さくらに向き直った。
「法度なら、前からあっただろう。それに切腹、という罰則がついただけのこと」
「源兄ぃ、意外と淡々としているのだな……」
「私はね、千人同心の家に生まれたといっても、三男坊だろう。新選組はそんな私でも身を立てられる場なんだ。こう見えてな、新選組の発展こそ悲願。それでもって、局長という重圧を背負っている近藤先生を陰ながら支えるのが使命だと思ってるんだ。もちろん、表から支えているのはトシさんだが。さくらもどちらかといえば、表か」
源三郎は満足そうな笑みを浮かべた。さくらはそんなもんかなぁ、とつぶやいた。
「大丈夫。あの二人はなんにも変わっちゃいないよ。少なくとも、さくらのことをないがしろになんかしてない。むしろ、江戸にいた頃よりも、お前の存在を大切に思ってるはずだ」
そんな風に真っ向から言われると、さくらはなんだか照れ臭かった。同時に、少しだけ心のもやが晴れていくような心地がした。
「山南さんは?」
「山南さん?そりゃあ、山南さんもお前のことは一目置いてると思うが。それにしても急に大胆な……」
「なっ、そういうことではない。勇と歳三が、山南さんをどう思ってるか、の話だ。……って、源兄ぃ、まさか」
さくらはぐっと口をつぐんだ。墓穴を掘ってしまった。顔を赤らめ、源三郎から視線を逸らす。見なくても、源三郎がニヤニヤとした顔でさくらを見ているのは手に取るようにわかった。
「この私が気づかないとでも思ったか。お前のことはこーんな小さい頃から知ってるんだからな」
さくらの視界の端で、源三郎が手を畳に近づけ、「こーんな小さい」を表現しているのが見えた。
「た、他言無用だからな……」さくらは負け惜しみのように言った。
「それは構わないが……このままで、いいのか?」
「このまま、とは」
「いや、ほら、さくらは曲がりなりにも女なわけだし。で、行き遅れ中の行き遅れ。行き遅れ組の局長みたいなもんだろ。兄貴分の私としては、山南さんに嫁ぐなら申し分なくめでたいなあ、なんて」
「行き遅れを連呼するな。私は生涯どこにも嫁がぬ!」
「山南さんも、お前のことを憎からず思っていたらどうする」
「そ、そんなこと、万に一つもあり得ぬ。よしんばそうだとしても、今まで通り、新選組の同志として共に働くのみ。それ以上でも以下でもない」
源三郎はカラカラと笑った。
「悪い悪い。少しからかってしまった。いや、うん、やっぱりそれでこそさくらだな」
「人をからかうなっ」
さくらは堪らず立ち上がり、「本当に他言無用だからな!以上!」と言って部屋を出た。が、
「源兄ぃ、ありがと」襖から顔を覗かせ、なんだかんだで話を聞いてもらった礼は忘れないさくらなのであった。
「ははっ。まあなんかあったらまた来い」
「すまなかった」
と謝罪していた。
「付き合いの長いさくらや源さん、そして副長の山南さんに相談せず決めてしまったのは、水くさいと言われても仕方がない。だが、決して皆を信用していないとか、そういうわけじゃないんです。いろいろな出自の隊士が増えていくにつれ、こういう掟は絶対必要だろう。芹沢さんの時のように、派閥が生まれてしまって結局一掃しなければならないという状況になってしまうのは本意ではない。誰が、ということではなく、例外なく、おれも、トシも、『士道』に従って新選組を盤石にしたいという気持ちがあったんです」
さくらは勇にじとっとした視線を向けた。
「それは、相談せずに決めた理由にはなっていない」
勇は一度真一文字に口を結ぶと再び話し始めた。
「相談をするまでもなく、この法度が必要だと思ったからだ。此度の決定は、トシの発案を、俺が承認したという形を取った。声高には言わないが、経緯を聞かれればそう答える」
「――隊士たちの不満を、土方くんが一人で背負おうというのですか」
山南がようやく口を開いた。さくらがハッと山南を見た。
「そういうことです。『苦情の受付係は俺一人で十分だ』とそう言ってました」
山南は笑みを浮かべた。さくらも勇も、その笑顔の真意はわからない。
「何にせよ、水臭いですね、土方くんは」そう言うと、手をつき頭を下げた。
「過分なご配慮痛み入ります。有難うございます」
山南は、立ち上がると部屋を出ていってしまった。
残されたさくらと勇の間には、若干の気まずい沈黙が流れた。
「思うところがないではないが――」さくらが苦々し気に喋り始めた。
「山南さんがああ言っている以上、私がとやかくいうのも筋違いというもの。勇――否、近藤局長」
さくらは真っ直ぐに勇の目を見た。
「この法度は、確かに新選組のためになると、そう考えているのだな?」
「ああ、もちろんだ」
「ならばよい」さくらはさっと立ち上がると、部屋を出た。
「バレてない……かな……」一人になった勇はぽつりと呟いた。
――二人とも、なんだかんだ鋭いからなあ。
そんなことを思い、勇は緊張の糸を解いてふう、と息をついた。
さくらは、源三郎の部屋にいた。
畳にごろんと寝転がり、天井を見つめてぼんやりしている。
「来ると思ったよ」源三郎が優しく言った。文机に向かって手紙を書いている。内容は郷里の兄に向けた近況報告だという。
「こんな話聞かせられるの、源兄ぃくらいだからさぁ……」さくらは首の向きだけ変えて源三郎を見た。
「なんだか、あの二人、まだ何か腹に抱えているものがある気がするのだ」
「近藤先生と、トシさんのことか」
うん、とさくらは頷いた。
「なあ、なんだか、勇も歳三も、変わってしまったような気がしないか?」
源三郎は手を止め、さくらに向き直った。
「法度なら、前からあっただろう。それに切腹、という罰則がついただけのこと」
「源兄ぃ、意外と淡々としているのだな……」
「私はね、千人同心の家に生まれたといっても、三男坊だろう。新選組はそんな私でも身を立てられる場なんだ。こう見えてな、新選組の発展こそ悲願。それでもって、局長という重圧を背負っている近藤先生を陰ながら支えるのが使命だと思ってるんだ。もちろん、表から支えているのはトシさんだが。さくらもどちらかといえば、表か」
源三郎は満足そうな笑みを浮かべた。さくらはそんなもんかなぁ、とつぶやいた。
「大丈夫。あの二人はなんにも変わっちゃいないよ。少なくとも、さくらのことをないがしろになんかしてない。むしろ、江戸にいた頃よりも、お前の存在を大切に思ってるはずだ」
そんな風に真っ向から言われると、さくらはなんだか照れ臭かった。同時に、少しだけ心のもやが晴れていくような心地がした。
「山南さんは?」
「山南さん?そりゃあ、山南さんもお前のことは一目置いてると思うが。それにしても急に大胆な……」
「なっ、そういうことではない。勇と歳三が、山南さんをどう思ってるか、の話だ。……って、源兄ぃ、まさか」
さくらはぐっと口をつぐんだ。墓穴を掘ってしまった。顔を赤らめ、源三郎から視線を逸らす。見なくても、源三郎がニヤニヤとした顔でさくらを見ているのは手に取るようにわかった。
「この私が気づかないとでも思ったか。お前のことはこーんな小さい頃から知ってるんだからな」
さくらの視界の端で、源三郎が手を畳に近づけ、「こーんな小さい」を表現しているのが見えた。
「た、他言無用だからな……」さくらは負け惜しみのように言った。
「それは構わないが……このままで、いいのか?」
「このまま、とは」
「いや、ほら、さくらは曲がりなりにも女なわけだし。で、行き遅れ中の行き遅れ。行き遅れ組の局長みたいなもんだろ。兄貴分の私としては、山南さんに嫁ぐなら申し分なくめでたいなあ、なんて」
「行き遅れを連呼するな。私は生涯どこにも嫁がぬ!」
「山南さんも、お前のことを憎からず思っていたらどうする」
「そ、そんなこと、万に一つもあり得ぬ。よしんばそうだとしても、今まで通り、新選組の同志として共に働くのみ。それ以上でも以下でもない」
源三郎はカラカラと笑った。
「悪い悪い。少しからかってしまった。いや、うん、やっぱりそれでこそさくらだな」
「人をからかうなっ」
さくらは堪らず立ち上がり、「本当に他言無用だからな!以上!」と言って部屋を出た。が、
「源兄ぃ、ありがと」襖から顔を覗かせ、なんだかんだで話を聞いてもらった礼は忘れないさくらなのであった。
「ははっ。まあなんかあったらまた来い」
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