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第六話 未来を告げる桜あんパン

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 一度帰宅していたらしく、安岐のレシピ帳を手に持っている。

「うん! 一晩で完成させられて良かった。明日から配りに歩くよ。学校はサボっちゃうから授業のノートは鈴ちゃんにお願いするし、目標金額が集まるまでの期間に土鋸組がちょっかいを出してくるかもしれないから、会長に話して警官の巡回を増やしてもらうよ。私には何もできないから、人にお願いしてばかりで悔しいけど……」

「それ、お前にしかできないことだぞ」

 由岐は、秋の庭から聞こえる虫の音と負けず劣らず通る声で言った。

「どういうこと?」

「花太郎さんはお前みたいに人を頼れなかった。だから、組も上納金も何もかも自分一人で背負ってただろ。ワンマンでやってけるなら、それはもう極道一家ではない」

 父は、自分で働いた給料で組を維持し、土鋸組へのお金を都合し、他には一切の迷惑をかけなかった。
 凄い人だったけれど歴代の組長とは生き方が異なる。

「花太郎さんがもっと周囲を頼っていたら黒羽組の影響力は強いままだった。この町は持ちつ持たれつだ。一人で完結する生活を送ってたら、だんだんと必要とされなくなるに決まってる。だから、お前は、」

 もっと弱くなっていい、と由岐は言った。

「嫌だったら泣いてもいい。暴れてもいい。弱音も好きなだけ吐け。俺が聞いてやる」

「うん……。ありがとう由岐くん。なんか、元気出た」

 四葉が笑顔を見せると、由岐はツンと顔を背けた。
 夜の暗がりで見えにくいけれど、頬がうっすら桜色に染まっている。

(雪女の末裔なのに、寒いのかな?)

 昼間は真夏のようだが、夜は冷えるようになってきた。とはいえ、四葉が薄手のカーディガンを羽織って十分な温度である。
 虫がよく鳴くのは過ごしやすい季節が来た印だ。

「寒いなら家に入る?」

「寒くない。これを見せたらすぐに戻る」

 由岐は縁側に腰を下ろして、室内の明かりに開いたレシピをかざした。
 桜あんパンのページだ。
 小麦粉や砂糖の分量の上に、古風な写真が貼ってあった。
 白枠で囲まれたセピア色で三人の男女が寄り添っている。

「昔の、ベーカリー白鳥の前だね」

 店の前にはエプロンをかけた女性と白スーツ姿の頬に傷のある男性が立っていて、その間に、由岐そっくりなコックコートの男性がしゃがんでいる。

「由岐くんのおばあちゃんと、安岐おじいちゃんの若い頃かな。由岐くんそっくりだね」

「こんだけ似てると気持ち悪い。白スーツの男に見覚えはないか?」

 彫りの深いハンサムな顔立ちは知らない。
 だが、深い頬傷はどこかで見たような気もする。
 あれは桜の咲く頃――。

「桜祭の時、車の窓を開けて道を尋ねてきたおじいさんだ!」

 年齢を重ねて顔に皺が増えていたが、頬に走る傷跡は同じだ。
 由岐は、写真をひっくり返して目を凝らした。

「ここにジジイの走り書きがある。――土屋鋳造と、新店舗前にて。桜あんパンが気に入りの様子――」

「土屋鋳造って、土鋸組の組長だよ。なんで安岐おじいちゃんと仲良さそうに映ってるんだろう」

「ジジイ、昔は土鋸組に入っていたらしいぞ。どうみてもカタギの人間じゃなかったからな。怒ると怖いし、腕っ節は強いし」

 由岐は、昔に戻ったように目をギラギラさせた。
 祖父である安岐に鍛えられて最強の不良になったので、血が騒いぐのかもしれない。

「土鋸組の組長さんは、押し込み強盗が角館をうろつく前から、私のそばにいたんだね」

 そうとは知らない四葉に接触するために、わざと道を尋ねたのだ。
 新しい組長になったと噂の黒羽組の一人娘を確認するために。

(抜け目ない相手みたい)

 むむむと顔をしかめていたら、由岐がレシピ帳を閉じた。

「上納金を集めたら土屋に会いに行くんだろ。そこに俺も連れて行け。どんな繋がりでジジイが角館に来て、パン屋になったのか知りたい」

「いいけど。ちょっとゴタゴタするかもしれないよ。みんなには話していないけれど考えていることがあるの――」

 四葉は、手をかざして由岐にだけ聞こえるように囁いた。
 彼が目を見開くのを、やっぱりそうなるよね、と見つめる。

「それで、お前は後悔しないんだな?」

「うん。いっぱい考えて決めたよ。だから、もう迷わない」
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