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第二章
嘘と秘密の境界線
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事の発端、なんてもう何処まで遡ればいいのかもわからない。けれど、今のこの状況を作った原因ならはっきりしている。ほんの少し前の話だ。
朝十時出港予定のこの船にユーゴたちが乗船したのは、乗船用のタラップが取り外される寸前だった。客船ターミナルで慌ただしくチェックインを済ませ、乗務員に急かされながらの乗船。
これについては寝坊をしたのはユーゴも一緒なのでレイを責めるつもりはない。
問題はもっとずっと後だ。
乗船後、すぐに避難訓練に参加させられた。これについても文句はないが訓練中に船が出港してしまって、離岸するところがゆっくり見れなかったのはちょっと残念だった。
その後ビュッフェで軽食を食べて、終わる頃に部屋に入れるようになった。ユーゴとレイも一度部屋に入ろうと客室を目指したが、部屋の前には制服を着た女性のキャビンクルーがいて、ふたりに気付くとペコリと頭を下げた。
「おくつろぎのところ申し訳ありません。船長のセオドアがおふたりにお会いしたいと申しております」
そう言われて、ユーゴとレイはそのキャビンクルーについて歩き、船長室に案内された。
レイが言うにはその船長のセオドアはレイの昔からの友人でこの船のオーナーで船長なのだという。どんな人なのだろうと少し緊張しながら、ユーゴは船長室のドアをくぐった。
「おー、レイ。久しぶり」
「セオドア!!」
室内にいたのはユーゴの想像よりずっと若くて小柄な男性だった。室内は手前に応接セットがあって、奥に執務用らしいデスクが置いてある。そのデスクを背にして立っていた彼にレイは駆け寄ると、ぎゅうぎゅうとその小さな身体を抱きしめている。
「馬鹿! 離せっ」
叩かれ蹴られ、渋々といったふうにレイは彼を解放した。彼はふうと息をつくと、ぴんと背筋を伸ばしてユーゴを見る。
「失礼しました。はじめまして。ホワイトプリンセス号船長のセオドアです。本日はご乗船ありがとうございます」
「あ、あの。こちらこそ。ユーゴと申します。よろしくお願いします」
手を差し出されて慌てて応じる。少し躊躇いながら軽く握った手はユーゴより一回り小さかった。
チラとその顔に視線を向けるとセオドアとパチリ目が合う。澄んだ松葉の色をした瞳は落ち着きと意志の強さを感じさせ、きっと彼は見た目よりもずっと大人なのだろうと思わせた。
「他のみんなは?」
室内をくるり見回してレイが問う。
「ああ。集まるように言ってあるし、そろそろ来るよ」
セオドアがそう言い終わるか終わらないかのうちにドアがノックされ、返事を聞く前にドアが開いた。
「ホンマや。いた! ひさびさやなぁ。レイくん」
「お疲れ。久しぶり」
まず賑やかな声とともに赤髪の青年が入ってきて笑顔でレイと握手し、その後から入ってきた泣きぼくろのある青年はレイの肩をポンと叩いた。更にその後ろから来た金髪の青年は、軽くレイに挨拶をしたあと、下から覗き込むようにユーゴを見上げてくる。
「こちらがウワサの彼氏さんやね。ホンマべっぴんさんやなぁ。俺、リアム言います。よろしくね」
「ユーゴです。こちらこそよろしくお願いします」
視線を合わせると思ったより顔が近い位置にあって、びっくりして身体が少し引いた。それから自分がちゃんと眼鏡をかけていることを確認する。
エリヤを疑うわけではないけれど、この眼鏡はちゃんとその効力を発揮しているのだろうか。真っ直ぐにこちらを見ているトパーズの色をした瞳になんだか不安になる。
そもそもユーゴを『べっぴんさん』などと言っていたけれど、そう言った本人の方がとんでもない美人だ。
なんだか恥ずかしくなってきて、ユーゴはパッと視線を外して俯いた。
「こらこら騒ぐな。ユーゴさんがびっくりするだろ」
セオドアにそう言われ、三人ははいはいと適当な返事をする。それからユーゴたちとは応接セットを挟んで逆側に整列した。
「奥から、リアム、アラン、テオ、そしてセオドアです。俺ら四人とレイとユーゴさん。それから、今来ると思うんですけど、もう一人。今回の仕事はこの七人で当たります」
仕事……?
びっくりして横を見ると、パチパチと何度か瞬きをした後、レイがふにゃりと笑った。嫌な予感しかしなかった。
「あの…っ」
どういうことなのか訊ねようとして口を開いたところで、バタバタと騒がしい音がしてバン!と勢いよくドアが開いた。
「遅れてすんません!」
そう言って、誰かが転がるように部屋の中に入ってくる。
「あ、れ……?」
言葉を発したのは彼だったのか自分だったのか。
それすら曖昧なままユーゴは驚いて何度も瞬きをした。
そこにいたのは昨日会ったタフィーだった。
「ユーゴじゃん。なんで? どういうこと?」
言いながら部屋の中をくるりと見回している。
そんなの、訊きたいのは自分の方だとユーゴは思う。
タフィーが今日この船に乗ることは知っていた。知っていた、けど。
「タフィー、ユーゴさんと知り合い?」
「友達だよ」
セオドアの問いにタフィーがそう答えると、横にいるレイがびっくりした顔でユーゴを見た。
「え?! ゆーちゃんタフィーと友達なん!?」
「あ……え、えっと」
「ん? あれ? ユーゴの連れってレイくん? なーんだ。……嘘ついたんだな、オマエ」
「嘘?」
拗ねた顔のタフィーに言われて、ユーゴは首を傾げた。隠し事はたくさんしたけれど、嘘をついた覚えはない。
「だってユーゴの連れって、レイくんなんでしょ?」
「う、うん」
「言えば良かったじゃん。何で嘘ついたんだよ。レイくんみたいな大悪魔つかまえて人間だなんて…」
「タ、タフィーっ!!!」
慌てたようにレイがタフィーを遮る。けれど聞き捨てならない言葉が、ユーゴの耳にははっきりと聞こえていた。
朝十時出港予定のこの船にユーゴたちが乗船したのは、乗船用のタラップが取り外される寸前だった。客船ターミナルで慌ただしくチェックインを済ませ、乗務員に急かされながらの乗船。
これについては寝坊をしたのはユーゴも一緒なのでレイを責めるつもりはない。
問題はもっとずっと後だ。
乗船後、すぐに避難訓練に参加させられた。これについても文句はないが訓練中に船が出港してしまって、離岸するところがゆっくり見れなかったのはちょっと残念だった。
その後ビュッフェで軽食を食べて、終わる頃に部屋に入れるようになった。ユーゴとレイも一度部屋に入ろうと客室を目指したが、部屋の前には制服を着た女性のキャビンクルーがいて、ふたりに気付くとペコリと頭を下げた。
「おくつろぎのところ申し訳ありません。船長のセオドアがおふたりにお会いしたいと申しております」
そう言われて、ユーゴとレイはそのキャビンクルーについて歩き、船長室に案内された。
レイが言うにはその船長のセオドアはレイの昔からの友人でこの船のオーナーで船長なのだという。どんな人なのだろうと少し緊張しながら、ユーゴは船長室のドアをくぐった。
「おー、レイ。久しぶり」
「セオドア!!」
室内にいたのはユーゴの想像よりずっと若くて小柄な男性だった。室内は手前に応接セットがあって、奥に執務用らしいデスクが置いてある。そのデスクを背にして立っていた彼にレイは駆け寄ると、ぎゅうぎゅうとその小さな身体を抱きしめている。
「馬鹿! 離せっ」
叩かれ蹴られ、渋々といったふうにレイは彼を解放した。彼はふうと息をつくと、ぴんと背筋を伸ばしてユーゴを見る。
「失礼しました。はじめまして。ホワイトプリンセス号船長のセオドアです。本日はご乗船ありがとうございます」
「あ、あの。こちらこそ。ユーゴと申します。よろしくお願いします」
手を差し出されて慌てて応じる。少し躊躇いながら軽く握った手はユーゴより一回り小さかった。
チラとその顔に視線を向けるとセオドアとパチリ目が合う。澄んだ松葉の色をした瞳は落ち着きと意志の強さを感じさせ、きっと彼は見た目よりもずっと大人なのだろうと思わせた。
「他のみんなは?」
室内をくるり見回してレイが問う。
「ああ。集まるように言ってあるし、そろそろ来るよ」
セオドアがそう言い終わるか終わらないかのうちにドアがノックされ、返事を聞く前にドアが開いた。
「ホンマや。いた! ひさびさやなぁ。レイくん」
「お疲れ。久しぶり」
まず賑やかな声とともに赤髪の青年が入ってきて笑顔でレイと握手し、その後から入ってきた泣きぼくろのある青年はレイの肩をポンと叩いた。更にその後ろから来た金髪の青年は、軽くレイに挨拶をしたあと、下から覗き込むようにユーゴを見上げてくる。
「こちらがウワサの彼氏さんやね。ホンマべっぴんさんやなぁ。俺、リアム言います。よろしくね」
「ユーゴです。こちらこそよろしくお願いします」
視線を合わせると思ったより顔が近い位置にあって、びっくりして身体が少し引いた。それから自分がちゃんと眼鏡をかけていることを確認する。
エリヤを疑うわけではないけれど、この眼鏡はちゃんとその効力を発揮しているのだろうか。真っ直ぐにこちらを見ているトパーズの色をした瞳になんだか不安になる。
そもそもユーゴを『べっぴんさん』などと言っていたけれど、そう言った本人の方がとんでもない美人だ。
なんだか恥ずかしくなってきて、ユーゴはパッと視線を外して俯いた。
「こらこら騒ぐな。ユーゴさんがびっくりするだろ」
セオドアにそう言われ、三人ははいはいと適当な返事をする。それからユーゴたちとは応接セットを挟んで逆側に整列した。
「奥から、リアム、アラン、テオ、そしてセオドアです。俺ら四人とレイとユーゴさん。それから、今来ると思うんですけど、もう一人。今回の仕事はこの七人で当たります」
仕事……?
びっくりして横を見ると、パチパチと何度か瞬きをした後、レイがふにゃりと笑った。嫌な予感しかしなかった。
「あの…っ」
どういうことなのか訊ねようとして口を開いたところで、バタバタと騒がしい音がしてバン!と勢いよくドアが開いた。
「遅れてすんません!」
そう言って、誰かが転がるように部屋の中に入ってくる。
「あ、れ……?」
言葉を発したのは彼だったのか自分だったのか。
それすら曖昧なままユーゴは驚いて何度も瞬きをした。
そこにいたのは昨日会ったタフィーだった。
「ユーゴじゃん。なんで? どういうこと?」
言いながら部屋の中をくるりと見回している。
そんなの、訊きたいのは自分の方だとユーゴは思う。
タフィーが今日この船に乗ることは知っていた。知っていた、けど。
「タフィー、ユーゴさんと知り合い?」
「友達だよ」
セオドアの問いにタフィーがそう答えると、横にいるレイがびっくりした顔でユーゴを見た。
「え?! ゆーちゃんタフィーと友達なん!?」
「あ……え、えっと」
「ん? あれ? ユーゴの連れってレイくん? なーんだ。……嘘ついたんだな、オマエ」
「嘘?」
拗ねた顔のタフィーに言われて、ユーゴは首を傾げた。隠し事はたくさんしたけれど、嘘をついた覚えはない。
「だってユーゴの連れって、レイくんなんでしょ?」
「う、うん」
「言えば良かったじゃん。何で嘘ついたんだよ。レイくんみたいな大悪魔つかまえて人間だなんて…」
「タ、タフィーっ!!!」
慌てたようにレイがタフィーを遮る。けれど聞き捨てならない言葉が、ユーゴの耳にははっきりと聞こえていた。
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