可愛い悪魔の飼いならし方

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第一章

弔い

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 まずは一人目の首の後ろを斧の柄で殴り、二人目は低い体勢から突き上げるように肘でみぞおちを打つ。ドスンと鈍い音を立てて男の体躯が倒れるのを横目に、ユーゴは次の獲物を探した。
 結局ユーゴは一番時間のかかる身体能力に頼る方法を選択した。
 三人目は横から突進してきたところを躱し、そのまま足を引っ掛けよろけた背中に飛び蹴りを食らわせて昏倒させる。そうやって伸した人数が三になったところで、ユーゴは違和感に気づいた。あまりにも手ごたえがないのだ。
 恐る恐る今さっき蹴り倒した男に近づいてその身体を仰向ける。月明りが弱くて遠目にはよくわからなかったけれど、膝をついて近くで見てみると、その顔も肌も土気色で精気がなく、ついさっきまで動いていた人間とはとても思えない色をしていた。

「……屍鬼グール…?」

 屍鬼は、簡単に言えば動く死体だ。
 死んだ人間の蘇生は禁術。基本的に身体が動くようになるだけで、知能も理性もほぼ戻らない。だからそういう方法があることはユーゴでも知ってはいるけれど試したことはないし、やろうと思ったこともない。実際、目にするのも初めてだった。

「誰が、こんなことを」

 可哀想だ、と思う。
 そんなことを思う資格はユーゴにはないのかもしれないけれど。それでも、死んでしまった身体を勝手に使われるのは、やっぱり可哀想だ。

「ごめんなさい」

 言ってユーゴは立ち上がると懐にしまっていた銃を取り出して、今しがた蹴り倒した男を撃った。さらにこちらに走ってくる男に向けて引き金を引く。
 もう、急所を外すとか足元だけを狙うとか、そんなことを考える必要はない。だって彼らはもう一度死んでいるし何も感じないのだ。
 三発も撃ち込むと男は倒れた。その身体を抱えて同じように倒れている仲間のところに置くと、最後のひとりを探す。
 残ったひとりは背後から撃った。動かなくなったのを確認して、その身体も仲間のとこに連れて行く。それから延焼を防ぐための半径一メートルほどの魔法陣を敷くと、その上に五人を並べてユーゴはそこに火を放った。
 屍鬼はダメージを食らうとしばらくは動かなくなるけれど、その身体がある限りはまた動いてしまう。だから。

「おやすみなさい」

 ユーゴは赤く燃え上がる炎をしばらく見つめ、それからひとつ息をつくと、レイのいる方角に向かって走り出した。



 しばらくして、家を出る前にレイと決めた合流地点に着いたときにはもう、だいたいのことは終わっていた。
 金の採掘場に近いそこは広い空き地で、周囲を木々に囲まれている。額に穴を開けて倒れている男の横を通りすぎ、次にうつ伏せで背中に赤黒い染みを滲ませている男の足を跨いで進むと、その先にレイの姿が見えた。

「レイくん!」

 名前を呼ぶと足元にうつ伏せた初老の男をじっと見下ろしていたレイが、ユーゴの声に反応してゆっくりと顔をこちらに向ける。

「ああ。ゆーちゃん。大丈夫やった?」

 何処かぼんやりとした顔のまま、そう訊ねてきたレイに、うん。まあ。と曖昧に答えると、良かった。と言いながら、レイはまた自分の足元に視線を落とした。
 この暗さでもわかる程、顔色がひどく悪い。

「あ、あの、レイくん、その人…」
「大丈夫。しばらくは動かんよ」

 そう言ってその場にしゃがんだレイが、倒れている初老の男の頬をそっと撫でた。
 その身体には何発もの銃弾を受けた跡があり、額にも穴が開いていた。他の二人は一撃で仕留めてあった。とても同じ人間が撃ったとは思えないな、とユーゴは不思議に思う。
 レイはまだ初老の男を撫でている。よく見るとその頬には細かいヒビがたくさん入っていた。レイが撫でるたびその厚く塗られた白粉らしきものがパラパラと剥がれ落ち、下から土気色の肌が覗いた。

「この人も…」
「うん。まあ、屍鬼はたまに送られてくるし、珍しくはないんやけど……こんなにちゃんと会話ができるんは初めてやったなぁ」

 最初は屍鬼やって気づかんかったもん。と続けて、それからレイは薄く笑った。

「この人ね、おれの知り合いなんよ」
「え……っ!?」
「すごい、久しぶりに会ったんやけどなぁ……。手紙とかも、もう何年も出してなくて、もっとちゃんとしておけばよかったわ。……ごめんね、先生。おれのせいで、本当に、ごめん」

 俯いたままボソボソと話すレイの表情は見えない。どうしたらいいのかわからなくて、ユーゴはただただ視線をウロウロと彷徨わせた。

「屍鬼って、やっぱおれ、嫌い。先生の顔しとって、先生の声で話して、おれのこと知ってるみたいに喋るくせに、昔のこととか何訊いても全然わかんないの。わかんないから偽物だってわかるのに、身体はやっぱり先生で」
「……」
「今までの屍鬼よりちゃんと喋れる屍鬼やったから、本当はもっと良く話し聞かんとアカンかったんやけど、嫌で……先生の身体、勝手に使われとるの我慢できんくて、頭、撃っちゃった」

 大概の屍鬼は話さない。会話が出来たということはただ蘇生されただけではなくて、他の術も施されていたのだろう。知性を司るのは脳。恐らくそこに何かされていた。だから脳を傷つけてしまった今、もうまともに話すことはないだろう。
 そんなことを考えながらユーゴはチラとレイを見た。憔悴している。きっととても大切な人だったのだ。

「ごめんね、ゆーちゃん。何言っとるかわからんよね。ごめん」

 声が出なかった。声が出なくてかわりにブンブンと首を横に振ると、チラリとユーゴを振り返ったレイが薄く笑う。

「……この人、他の屍鬼より強化してあったからたぶんじきにまた動く。その前にちゃんと、始末、せんとやね」

 言って、のそりとレイが立ち上がった。
 懐に手を入れようとしているのが見えて、ユーゴは咄嗟にその腕を掴む。

「下がって。僕が、やる」

 ユーゴを見るレイの目が驚いたように見開かれて、それから何とも言えない色をした瞳が瞼の下に隠されていく。

「レイくんはあっちの大男二人、できたらこっちに運んできて」
「……わかった」

 ユーゴの指示に従って動き出したレイを目の端で見送って、足元の男に目を落とす。
 レイは彼を『先生』と呼んだ。すごく久しぶりということは、レイが子供の頃にお世話になった人なのかもしれないと考えて、それからユーゴはふうとひとつ息をつき、懐から銃を取り出した。

「すみません」

 口の中で呟いて、額に照準を合わせて引き金に指をかける。
 生きているときに話をしてみたかったな、と思う。レイはどんな子供だったんだろう。今とあまり変わらない天真爛漫な子だっただろうか。
 パン! と乾いた音が響いて硝煙の匂いが辺りを満たす。月の明かりが鈍くて良かった。そう思いながらユーゴは彼の胸のポケットチーフを抜いて、ふわりとその顔を覆い隠した。




「ゆーちゃんの描く魔法陣て、綺麗やね」

 先ほどと同じように魔法陣を敷いて、遺体を並べて火を放って。一通りのことが終わって、近くの石に座ってそれを見ていたレイの元に戻った途端そんなことを言われて、ユーゴはパチパチと目を瞬かせた。

「そう?」
「うん。綺麗やし、早くて正確」

 褒められて、でも、ユーゴは正直微妙な気分だった。
 だって魔法陣を敷かなければこの程度の魔力すら使えない魔物なんて、少なくともユーゴは自分以外に会ったことがない。だから魔法陣を素早く正確に描けるのは生きていくために必然的にそうなっただけで、特に凄いことでも何でもないと思うのだけれど。

「自分では、よくわかんない」

 そもそも他人が敷いた魔法陣を見ることがあまりない。さっきレイが描いたであろう魔法陣は見たけれど、それも消えかけだったし、比較するには対象が少なすぎた。というか。

「レイくんはどうやってんの?」

 人間が魔法陣を描くのは結構大変な作業だと聞く。けど実際に見たことはない。不思議に思って訊ねると、レイは、ん? と首を傾げて、今度見せてあげるね。と曖昧に笑った。

「帰ろっか?」

 だいぶ小さくなった炎を尻目にそう言って、差し出してきたレイの手を取って引くと、そのまま倒れ込むようにレイが抱き着いてくる。

「ありがとう。ユーゴ」

 ぎゅうときつく抱きしめられて返すようにその身体を抱き返すと、ほうとレイの口からため息のような呼気が零れる。
 じんと胸の奥が痺れてぎゅうと心臓が痛くなって、ユーゴはまた、何も言えなくなった。
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