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昨日の夜、俺は何か新しい扉を開いてしまった気がする。
自分でも気付きつつあるこの気持ちに困惑していて、野々山の顔を直視することが出来ず、朝から若干避けていた。
「慶くん~。今日の午前中のシフト終わったらステージまで時間あるじゃん?だから俺と……」
野々山が後ろから抱きついてきたが、俺は反射的にバッと離れてしまった。
思わず振り払うような形になってしまったが今は気にしてられない。
顔が赤くなるのを見られたくなかった。
「あっ、悪い…。あの…い、急いで着替えないといけないから」
よく分からない言い訳をしながら野々山から離れた。
固まって何も言わなくなった野々山のことを気遣う余裕もなく、俺は着替えに向かった。
2日目の一般公開も大盛況だった。
一般公開といっても招待制で、関係者しか来ないのだが、1日目よりは人の数が多く、俺たちはてんやわんやしていた。
だから、野々山と二人きりになったり、顔をみたりしなくて済んだのでほっとした。
もし、二人になってしまったら、この気持ちにきっと勘付かれてしまう。
そうしたら、もう逃げられない。
俺は野々山から逃げるために自分からここに来たのに、この気持ちを認めてしまっては、元も子もない気がする。
俺は、どうしたらいい……?
答えが分からないままひたすら来客の相手をしているとクラスメイトから話しかけられた。
「畠中、なんか今順番待ってる人、お前のこと呼んでるんだけど、知り合い?」
「ちょっと確認してくる」
廊下では、その待ってる人とやらのせいで歓声が上がっていた。
どれだけの男前がいるのかと少し構えて姿を見てみると、そこにいたのは知り合いもいいたこで。
「兄貴…!」
「慶…!いや、エロすぎるってその格好は!!」
久しぶりに会った兄貴は俺を見るなり何故かいきなり鼻血を噴き出した。
「えっ、あの人会長のお兄さん!?格好いい!!」
「美形兄弟だ…」
「陰のある感じが素敵…」
兄貴は、大学生だが講義のある日以外はほとんど自宅に引き篭もり、家の仕事の手伝いをしている。
それは、後継者候補としては聞こえがいいが実際の所、兄貴が注目を浴びたくたくない引き篭もりで俺以上の根暗なだけだった。
小・中・高と不登校気味だった兄貴を見かねた両親が、せめて大学だけは通ってくれれば将来には困らせないからと、無理矢理後継者候補に仕立て上げたのだった。
だから、兄貴はこんなに注目を浴びる場は苦手なはず。
なんだってわざわざうちの高校にまでやってきたんだ。
っていうか、誰から招待されたんだ。
俺はしていない。
兄貴を席に案内し、注文表を持っていく。
「久しぶり、兄貴。ここまで来るの大変だったんじゃないか?」
「あぁ…。死ぬかと思った…。人がとにかく沢山で…」
「そりゃ文化祭だから…。ってかなんで来たんだよ」
「だって!慶が女装するって聞いて!」
「は!?誰に」
「誰って…尊くんだけど」
ちょうどその時、セーラー服姿の野々山が現れた。
「あ、快さん。どうも~注文済みました?」
「悪い、まだだ。おすすめをくれ」
「了解です!じゃあ一番高いパンケーキセットにしときます!」
「ああ、それで」
何故か顔見知りらしく、普通に雑談する二人に疑問が止まらない。っていうか、名前呼びって、そんなの。
「ちょっと待て、なんでお前と兄貴が知り合いなんだ」
「え~、今更?っていうか、俺が快さんのこと招待したんだもん」
「な、なんで…」
「快さん、今うちの会社で出向役員やってもらってるからね。仲良くなっちゃった」
平然と言い放つ野々山に、俺はハッと思い至り、愕然とした。
「お、俺と同じ顔なら何でもいいのか…」
もしかして俺が逃げたから、その間は兄貴と…。
俺の考えてることが分かったのか、野々山が慌てて否定した。
「違うって!!いや、確かに二人似てるけど、全然違うじゃん!!」
「仲良くはなってないからな。こいつのしたことを俺は許した覚えはないし、あくまで業務上の付き合いだ。あと…慶の近況を教えてもらうための」
「俺の…?」
兄貴は、あの事件のことを酷く怒っていた。
野々山グループの傘下から抜けるべきだとも。
それが出来なかったのは、もう畠中グループは野々山グループがなければ会社として成り立たないくらい、全ての事業への融資を全面的に受けていたからだった。
当時、兄貴は俺より辛そうな顔をしていて、悔しがっていた。
「こいつがこの学園に行くときに、約束したんだ。二度と同じことは起こさない、酷いことはしないって。毎日毎日号泣しながら許しを乞いにきて……精神的に病むかと思った…。
だから、学園に行くのを許可する代わりに、慶の近況を教えるって条件を出した」
兄貴の心折れてるんじゃん……。しつこすぎるだろ野々山。
「そうだったのか…」
「お兄さんに認めてもらわなきゃ、よくないじゃん?」
「お兄さんってなんだ、お前にお兄さんなんて呼ばれたくない」
「え~、いずれ家族になるんですから~。照れないで下さいよ」
俺の知らない所で、野々山が俺に会うために奔走していた。
そんなに、会いたかったのか、とか。
そんなに、想われていたのか、とか。
今まで嫌われて、虐められていたとしか思っていなかったあの行動達が、真反対の感情だったんだと思う気持ちが、今更だけどこう、じわじわきて。
「慶くん、俺と快さんが仲良いと思って妬いちゃった?」
静かになった俺に、野々山が茶々を入れてきた。
ニヤニヤした顔がやたらウザい。
「は!?違う!!何言ってんだ」
「慶くん可愛い~」
「慶?尊くんに何か嫌なことされてないか?厭らしいことされたりとか…」
心配そうな兄貴の言葉に、俺は今までのことを思い返して、顔が熱くなった。
「えっ……」
「お、お前…。合意じゃなければ手を出さないとあれほど約束したのに…!」
「合意です、合意です!だからその手をしまって下さい!ね、慶くん、合意だよね?」
「あの…、その…」
今にも殴りかかろうとする兄貴、慌てながら逃げる野々山、顔を赤くするだけで何も言わない俺、と状況はかなり修羅場だった。
いつの間にかちょっとした騒ぎになり、駆けつけた風紀(星崎)に、兄貴が取り押さえされてその場は落ち着いた。
事情を諸々聞いた星崎が、かなり落ち込んでいたけど、俺は、考えてみれば合意だった…と恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
俺と野々山はそのままシフトを外されたので、兄貴に別れを告げて早めにステージの準備に向かった。
原稿の最終調整をする副会長、会場のセッティング指示を出す書記に挨拶し、俺はどこのクラスが投票数一位なのか、昨日時点での中間計を確認する為に、データを取りまとめている庶務を探そうとした。
すると、野々山が妙に大人しいことに気が付いて、声を掛けた。
「おい、どうした」
「……なんかさ、今日の慶くん様子がおかしくない?」
「……っ!」
「ひょっとして、俺に隠してることでもある?」
見透かされてるのかと思った。
俺の気持ちが、混乱しているこの感情が、全てバレてしまっているのではないかと。
「な、なんでもない」
「嘘。だって、ほら。全然目合わないよ。朝も身体振り解くし」
野々山の顔は、静かに怒っていた。
俺は、その顔をされると怖くなってしまって小さく震えていた。
「あ、あの…野々山…」
俺の身体の震えに気が付いたのが、野々山は表情を切り替えて俺に向き直した。
「なんてね。俺の考えすぎかな?ごめん気にしないで?」
わざとらしいくらいの笑顔に、俺のことを安心させようとしているのが分かって、それが酷くきゅんとした。
「……庶務を探してくる」
「そっか。俺はセッティング手伝ってくるね」
野々山と別れ、庶務を探す。
たまたま、体育館の入り口付近に居たので、すぐ見つけられた。
「お疲れ」
「会長!お疲れ様です!会場くるの予定より早かったですね?」
「まぁ、なんだ、なんか色々あって…」
「そうだ、会長。昨日までの中間計、見ていただこうと思ってたんです」
「あぁ、俺もそれで探していた」
「今のところの一位、会長のいる二年S組ですよ!流石です!」
なんと、今現在の一位に俺のクラスだった。
もし1位になったら、どう考えてもMVPは俺だろう。
自分で言うのもなんだが、めちゃくちゃ売り上げに貢献してる。
やばい、誰に何をお願いしようとか全然考えてなかった…。
薄らと悩みつつ、いよいよ文化祭の大トリ、生徒会主催のステージが始まった。
まず、生徒にはこの時間までに予め投票を済ましてもらっている。それに加えて、先生方、招待の一般客の分が最終投票として、このステージで投票されるという仕組みだ。
つまり、一般投票が一番大きな数を占めるので、昨日までの投票数はあくまで目安。
一位はまだまだ分からないという訳だ。
実際、去年は一日目で投票最下位だった演劇を行ったクラスが、何故か一般客に大ウケで、奇跡の一位をとり、大逆転を飾ったのだ。
副会長の案内で、先生方と観覧の一般客に投票してもらい、迅速に集計にかかる。
この作業は、会計、庶務、書記、野々山の四人で行うことになっていて、俺はその間の場繋ぎだ。
「皆、文化祭は楽しめただろうか?もうすぐ発表になると思うが、それぞれどのクラスも素晴らしい出し物だった。もし、一位でなかったとしても、悲観しないでほしい」
俺のスピーチに歓声が沸く。
皆、文化祭の雰囲気でテンションが最高潮に上がっているようだ。
「優勝賞品のお願いは考えただろうか?なんでも、と言われても困るよな。まぁ、あんまり気負いせずに。ただし、相手を困らせるようなお願いはあまり感心しないからな。」
ここで、庶務からOKサインが出た。
集計が終わって、これから結果発表にうつれる。
俺は目線で頷き、スピーチを締めにかかる。
「どんなお願いにせよ、相手の気持ちを尊重すべきだ。お願い権だから無理矢理何でもしていい訳ではない。そこは履き違えないように。以上だ」
副会長にマイクを渡して、進行を任せた。
何故かマイクを受け取ろうとせずポーッと呆けていたので、軽く腕を引っ張ると、我に返っていた。
「それでは、結果を発表します」
副会長の言葉に、会場が一気に盛り上がる。
「一位は…一年B組の忍者屋敷です!」
なんと、驚いたことに尾崎のクラスは本当に一位を取ってしまった。
「投票理由のコメントを読み上げます。
『忍者の動きが本格派だった』『アクションの教え方が上手』『内装も衣装も格好いい』とのことです。クラス内投票で見事MVPに輝いた尾崎くん、壇上までお願いします」
1年B組の皆に歓声を浴びながら、尾崎が壇上に上がってくる。
「尾崎くんは、実家のアクション教室で培った経験を活かし、皆にアクションを指導していたそうです。MVP、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。皆のおかげで一位になれました。とても嬉しいです」
「早速ですが、誰にお願い権を使うか、決めていますか」
「はい、もちろん」
尾崎がお願い権を使う相手に皆興味津々で、会場は静まり返っていた。
尾崎は、少し溜めた後に意を決してマイクを握り直した。
「生徒会長、畠中慶先輩です」
おーーーーーー!!!と会場が割れるくらいの歓声が鳴り響いた。
いや、俺行きづらいって。
「なるほど…。会長、壇上までお願いします」
副会長に呼ばれ、俺は壇上へと上がった。
正直、俺は事前に聞いてしまっていたので、大体察しはついている。
付き合って下さい…か。
断ることももちろん可能だが、こんな全校生徒の前で『お願い権』として使われては、MVPの旨味がなくなるだろう。
そうしたら、来年以降の士気が欠けるかもしれない。
俺は、どうしたら穏便にいくのかと眉を寄せた。
「好きです、付き合って下さい」
「……」
尾崎の告白に会場が阿鼻叫喚に包まれた。
何故か泣き出す者、怒り出す者、歓声を浴びせる者、囃し立てる者、本当に様様だ。
当の尾崎は、それを全く気にしないで話を続けた。
「本当は、そう言うつもりでした。『お願い権』を使って、付き合ってもらいたいって。でも、先程の会長のスピーチを聞いていて、それじゃ相手の意思を全然考えてないって気付きました」
「尾崎…」
「会長、俺はあなたが好きです。もし、今好きな人が居なかったら、俺を好きになってくれる可能性が一ミリでもあれば、付き合って下さい!!!」
尾崎の告白は真剣そのものだった。
俺の気持ちを優先してくれて、自分の気持ちを押し付けることはしないで。
付き合えない理由が、尾崎のことを好きになる可能性がないとか、そんなんじゃない。
こんな純粋な好意を向けられて、もし付き合えばそのうち好きになるかもしれない。
けれど、俺はそれができない。
だって、既に俺はあいつのことが、好き、かもしれなくて。
もう答えは出つつあった。
「……悪いが、お前とは付き合えない」
「…やっぱり、可能性がないからですか。僕じゃ駄目ですか」
「そうじゃなくて…俺、あの、好きな人がいる、んだ…」
俺の返答に、尾崎だけではなく会場中が驚きに包まれた。
「えっ、会長、それ本当ですか!?俺を振る為の嘘、とか…」
「ごめん、本当…。信じてほしい」
恥ずかしくて赤くなった俺の顔を見て、本当だと思ってくれたのか、尾崎は納得してくれた。
「会長…ずっと特定の相手ができたことないって有名だったのに…学園の方ですか?」
「ちょ、ちょっとそれ以上は…」
結局、騒ぎが収集つかなくなってきたので、副会長が止めに入ってくれてようやくおしまいになった。
お願い権は、あれで終わりでは可哀想だったので、俺から食堂で好きな物を奢ってやることで代わりということになった。
色々あったが、やっと文化祭も終わってひと段落だ。
なんやかんやありすぎて疲れていた。
自室に戻って、風呂も浴び、寝る準備を整えてベッドに入ろうとしたら、不意に部屋をノックする音がした。
ドアを開けると、暗い表情の野々山が立っていて、いつもと少し違う様子にドキっとした。
「ど…どうしたんだ。何か用か」
「慶くん…」
とりあえず部屋の中に入れて、話を聞こうと思った。
……期待している訳ではないし、他意はないけれど、落ち着いて話を聞く為に紅茶でも淹れようとキッチンに向かおうとすると、手を掴まれた。
「え、何…」
「慶くん、好きな人いたんだね」
「あっ…」
皆がいる体育館で公表したんだから、そりゃこいつも聞いていたに決まっている。
考えたらわかることだったのに、今更すぎてじわじわ恥ずかしくなった。
だって俺からしたら、公開告白をしたようなものだ。
こいつだって、実は気付いているのかもしれない。
「それ、俺が知ってる人?」
「あの、それは…」
自分からはとてもじゃないけど言えなくて、顔を背けた。
野々山の顔は見れない。
「今日様子がおかしかったのって、好きな人が出来たから?」
「……っ!」
「…図星、みたいだね」
言葉を詰まらせた俺に、野々山は納得したようだった。
「……最近、ようやく気付いたんだ」
「へぇ。それってさ、俺よりいい男なの?」
「へ?」
俺よりいい男?いや、お前のことなんだけど。
「だから、俺より慶くんのこと愛せんのそいつ?って聞いてんだけど」
思わず野々山の顔をみると、酷く怒っていて、でも冷静でいようと耐えている顔をしていた。
「あの、野々山…」
「答えられないの?片想いな訳?慶くんに好きって思われて気付けない奴とか鈍感すぎるでしょ」
どの口が言ってんだよ。
「だから…」
「俺なら気付かない訳がない。なんで、なんで俺じゃないんだ!こんなに好きなのに…、慶くんのこと愛してるのに…」
野々山は俺の話を碌に聞かず、泣き出してしまった。
こんな状態でお前のことだと言えるほど、俺の度胸は決まってない。
「……」
「やっぱり、この学校に来てまず抱いておくべきだった。身体から攻めた方が早かった」
「え……」
「まだ片想いなんでしょ?じゃあそいつより先に俺が抱くから」
野々山は勝手にそう宣言すると俺を無理矢理抱えてベッドへと押し倒した。
いや、俺の方が背高いのに力で適いそうにない。
「の、野々山…、待て…」
「待たない。慶くんに好きな人が出来たとか、もう無理だ。せめて身体だけでも、俺のものにしないと…」
野々山の目は完全にどこかへ行っていた。
興奮状態というか、あの日を彷彿とさせる眼をしていて、身体の震えが止まらない。
「あ…や、やだ…怖い…」
「慶くん…怖がらないで、お願い…優しくしたいんだ…」
「ひっ、あ、あ…」
野々山の手が俺の身体に伸びる。
「あっ、ンッ」
性急に、乳首と股関の両方を揉まれて、高い声が漏れた。
嫌々言いながら、好きな人に触られているので身体は正直で、快感を拾い始めていた。
「ここ、弱いの?あの時は感じてなかったのに、エロいね」
俺だって、乳首が感じるようになったなんて今知った。それはきっと、野々山が触っているからで。好きな人に触られた場所は、どこもかしこも気持ちよくなるんだと思った。
「んっ、ン…あ…つまむなっ、あっ…」
先端をつまむようにくいっと引っ張られると、たまらない気持ちになって、腰を動かして快感を何とかしようとした。
野々山が、そんな俺を見逃す訳がなかった。
「腰、動いてる。やらし~。ここも、大きくなってるね」
「あっ、やっ、ああっ!はぁ…っ」
そこに触れられるのは、この間の風呂場以来で、野々山の手の感触が気持ち良すぎて、すぐにでも達してしまいそうだった。
「あ、野々山ぁっ、気持ち、いい、ああっ!」
「……なんで抵抗しないの、慶くん」
野々山の顔は苦しそうで、悲しく歪んでいた。
俺は、抵抗できる訳がない。
だって心のどこかで、あの日のリベンジをしたいと言っていたあの言葉に期待していたのだ。
昨日だって、後ろを自分で解してイッているし、俺は野々山に抱かれたいと思ってしまっている。
だから、この状況は正直嬉しいとしか思えなくて。
そりゃ、あの日のことを思い出して、少しは恐怖はあるけれど、野々山に塗り替えてほしいと思っていた。
身体を重ねれば、俺も本音を話せるかもしれない。
抱いてもらって、一つになって、その時に言いたい。
お前が好きだ、と。
何も言わずに快楽に耐える俺に、面白くない顔をしながら、野々山は遂に俺の後ろに手を伸ばした。
唾液で濡らした指を入れているうちに、違和感に気づいたのか、野々山の表情が曇っていく。
「慶、くん…。ここ、柔らかくない…?え、どういうこと?」
「……」
まさか、一人で解してましたなんて言いたくない。
「嘘だ…、だってあんなに固くて、入らなくて、血も出てたのに…。普通に入るなんて、そんな…」
「…ア、あっ、あっ、そこ、駄目っ」
言いながらぐい、ぐいと俺の中を押す野々山の指が俺のいい所を掠めた。
「後ろで気持ち良くなることも覚えてんの?……なんだ、そういうことか。もうとっくに抱かれてたってことか」
「…は?」
「許せない、俺の慶くんを取りやがって。誰なんだよ、ぶっ殺す、おい!言えよ!」
「野々山!ちょっと,ア!」
野々山は穴から指を引き抜くと、突然目の色が変わり、俺の肩を揺さぶり出した。
「言えって!!慶!!誰が好きなんだよ!!!
誰に抱かれたんだよ!!
今の野々山に何を言っても無駄なことは分かっていた。
あの時と同じ状態になってしまっている。
興奮で、ただ叫び続けながら犯されたあの時。
野々山は確かにあの時も怒っていた。
『誰に抱かれたんだ』と。
あの時は意味が分からなかったがきっとこいつは、あの時も同じように勘違いをして、暴走して俺を無理矢理犯したんだろうと今になって理解した。
「野々山、違うから…、落ち着いて」
「何が違うんだよ。…慶くんはそいつのこと庇う訳?名前言えないの?ねぇ、なんで…」
「そうじゃくて、俺の好きな人は……」
俺が本当のことを言おうとすると、野々山は取り乱して、肩を強く押さえつけてきた。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、慶くん、嫌だ。何で他の人こと好きになるの!?俺のことだけ見てよ!」
野々山は、俺の顔を殴った。
あの時に受けた暴力に比べれば、抑えているのかまだ軽いもので。
それでも痛いことには変わりなくて。
「ぐっ……」
俺が痛みで顔を歪ませると野々山は顔を青ざめて、自分がしたことに気が付いたようだった。
ショックだった。
二度と同じことをしないと言っておきながら、全く同じ状態になっていて、しかも暴力を振るわれた。
あの時と違うことと言えば、俺が野々山のことを好きになってしまっているということだけだろう。
だから、俺は余計に悲しくなって、そんなには痛くないのに勝手に涙が出てしまっていた。
「……ずっ」
「慶くん、俺……」
「お前は、」
「……!」
「俺の話を聞かないで、無理矢理犯そうとして、暴力振るって。最低だよ」
「ごめん、俺……」
「……帰れ」
野々山は、大人しくゆっくりと俺の上から退くと部屋から出て行った。
最後まで、ごめん、愛してる、ごめんと繰り返していた。
扉がパタンと閉まると,俺は一人きりになった部屋で、声を上げて泣いた。
塗り替えて欲しかった。俺のために変わったという野々山に。
はじめての記憶を、今の野々山に超えてほしかった。
俺が本当のことを言えたら何かが違っていたのかな。
お前が好きだよと正直に言えたらと、後悔もあって、涙が次から次へと溢れ出す。
でも、今度は逃げたいとは思わなかった。
俺は、野々山に向き合いたい。
ちゃんと、好きだと伝えて、あいつに抱かれたい。
そうじゃなきゃ、俺たちは前に進むことができないと思うから。
俺は、痛む頬を押さえながら、どう野々山にこの気持ちを伝えようか悩んだ。
自分でも気付きつつあるこの気持ちに困惑していて、野々山の顔を直視することが出来ず、朝から若干避けていた。
「慶くん~。今日の午前中のシフト終わったらステージまで時間あるじゃん?だから俺と……」
野々山が後ろから抱きついてきたが、俺は反射的にバッと離れてしまった。
思わず振り払うような形になってしまったが今は気にしてられない。
顔が赤くなるのを見られたくなかった。
「あっ、悪い…。あの…い、急いで着替えないといけないから」
よく分からない言い訳をしながら野々山から離れた。
固まって何も言わなくなった野々山のことを気遣う余裕もなく、俺は着替えに向かった。
2日目の一般公開も大盛況だった。
一般公開といっても招待制で、関係者しか来ないのだが、1日目よりは人の数が多く、俺たちはてんやわんやしていた。
だから、野々山と二人きりになったり、顔をみたりしなくて済んだのでほっとした。
もし、二人になってしまったら、この気持ちにきっと勘付かれてしまう。
そうしたら、もう逃げられない。
俺は野々山から逃げるために自分からここに来たのに、この気持ちを認めてしまっては、元も子もない気がする。
俺は、どうしたらいい……?
答えが分からないままひたすら来客の相手をしているとクラスメイトから話しかけられた。
「畠中、なんか今順番待ってる人、お前のこと呼んでるんだけど、知り合い?」
「ちょっと確認してくる」
廊下では、その待ってる人とやらのせいで歓声が上がっていた。
どれだけの男前がいるのかと少し構えて姿を見てみると、そこにいたのは知り合いもいいたこで。
「兄貴…!」
「慶…!いや、エロすぎるってその格好は!!」
久しぶりに会った兄貴は俺を見るなり何故かいきなり鼻血を噴き出した。
「えっ、あの人会長のお兄さん!?格好いい!!」
「美形兄弟だ…」
「陰のある感じが素敵…」
兄貴は、大学生だが講義のある日以外はほとんど自宅に引き篭もり、家の仕事の手伝いをしている。
それは、後継者候補としては聞こえがいいが実際の所、兄貴が注目を浴びたくたくない引き篭もりで俺以上の根暗なだけだった。
小・中・高と不登校気味だった兄貴を見かねた両親が、せめて大学だけは通ってくれれば将来には困らせないからと、無理矢理後継者候補に仕立て上げたのだった。
だから、兄貴はこんなに注目を浴びる場は苦手なはず。
なんだってわざわざうちの高校にまでやってきたんだ。
っていうか、誰から招待されたんだ。
俺はしていない。
兄貴を席に案内し、注文表を持っていく。
「久しぶり、兄貴。ここまで来るの大変だったんじゃないか?」
「あぁ…。死ぬかと思った…。人がとにかく沢山で…」
「そりゃ文化祭だから…。ってかなんで来たんだよ」
「だって!慶が女装するって聞いて!」
「は!?誰に」
「誰って…尊くんだけど」
ちょうどその時、セーラー服姿の野々山が現れた。
「あ、快さん。どうも~注文済みました?」
「悪い、まだだ。おすすめをくれ」
「了解です!じゃあ一番高いパンケーキセットにしときます!」
「ああ、それで」
何故か顔見知りらしく、普通に雑談する二人に疑問が止まらない。っていうか、名前呼びって、そんなの。
「ちょっと待て、なんでお前と兄貴が知り合いなんだ」
「え~、今更?っていうか、俺が快さんのこと招待したんだもん」
「な、なんで…」
「快さん、今うちの会社で出向役員やってもらってるからね。仲良くなっちゃった」
平然と言い放つ野々山に、俺はハッと思い至り、愕然とした。
「お、俺と同じ顔なら何でもいいのか…」
もしかして俺が逃げたから、その間は兄貴と…。
俺の考えてることが分かったのか、野々山が慌てて否定した。
「違うって!!いや、確かに二人似てるけど、全然違うじゃん!!」
「仲良くはなってないからな。こいつのしたことを俺は許した覚えはないし、あくまで業務上の付き合いだ。あと…慶の近況を教えてもらうための」
「俺の…?」
兄貴は、あの事件のことを酷く怒っていた。
野々山グループの傘下から抜けるべきだとも。
それが出来なかったのは、もう畠中グループは野々山グループがなければ会社として成り立たないくらい、全ての事業への融資を全面的に受けていたからだった。
当時、兄貴は俺より辛そうな顔をしていて、悔しがっていた。
「こいつがこの学園に行くときに、約束したんだ。二度と同じことは起こさない、酷いことはしないって。毎日毎日号泣しながら許しを乞いにきて……精神的に病むかと思った…。
だから、学園に行くのを許可する代わりに、慶の近況を教えるって条件を出した」
兄貴の心折れてるんじゃん……。しつこすぎるだろ野々山。
「そうだったのか…」
「お兄さんに認めてもらわなきゃ、よくないじゃん?」
「お兄さんってなんだ、お前にお兄さんなんて呼ばれたくない」
「え~、いずれ家族になるんですから~。照れないで下さいよ」
俺の知らない所で、野々山が俺に会うために奔走していた。
そんなに、会いたかったのか、とか。
そんなに、想われていたのか、とか。
今まで嫌われて、虐められていたとしか思っていなかったあの行動達が、真反対の感情だったんだと思う気持ちが、今更だけどこう、じわじわきて。
「慶くん、俺と快さんが仲良いと思って妬いちゃった?」
静かになった俺に、野々山が茶々を入れてきた。
ニヤニヤした顔がやたらウザい。
「は!?違う!!何言ってんだ」
「慶くん可愛い~」
「慶?尊くんに何か嫌なことされてないか?厭らしいことされたりとか…」
心配そうな兄貴の言葉に、俺は今までのことを思い返して、顔が熱くなった。
「えっ……」
「お、お前…。合意じゃなければ手を出さないとあれほど約束したのに…!」
「合意です、合意です!だからその手をしまって下さい!ね、慶くん、合意だよね?」
「あの…、その…」
今にも殴りかかろうとする兄貴、慌てながら逃げる野々山、顔を赤くするだけで何も言わない俺、と状況はかなり修羅場だった。
いつの間にかちょっとした騒ぎになり、駆けつけた風紀(星崎)に、兄貴が取り押さえされてその場は落ち着いた。
事情を諸々聞いた星崎が、かなり落ち込んでいたけど、俺は、考えてみれば合意だった…と恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
俺と野々山はそのままシフトを外されたので、兄貴に別れを告げて早めにステージの準備に向かった。
原稿の最終調整をする副会長、会場のセッティング指示を出す書記に挨拶し、俺はどこのクラスが投票数一位なのか、昨日時点での中間計を確認する為に、データを取りまとめている庶務を探そうとした。
すると、野々山が妙に大人しいことに気が付いて、声を掛けた。
「おい、どうした」
「……なんかさ、今日の慶くん様子がおかしくない?」
「……っ!」
「ひょっとして、俺に隠してることでもある?」
見透かされてるのかと思った。
俺の気持ちが、混乱しているこの感情が、全てバレてしまっているのではないかと。
「な、なんでもない」
「嘘。だって、ほら。全然目合わないよ。朝も身体振り解くし」
野々山の顔は、静かに怒っていた。
俺は、その顔をされると怖くなってしまって小さく震えていた。
「あ、あの…野々山…」
俺の身体の震えに気が付いたのが、野々山は表情を切り替えて俺に向き直した。
「なんてね。俺の考えすぎかな?ごめん気にしないで?」
わざとらしいくらいの笑顔に、俺のことを安心させようとしているのが分かって、それが酷くきゅんとした。
「……庶務を探してくる」
「そっか。俺はセッティング手伝ってくるね」
野々山と別れ、庶務を探す。
たまたま、体育館の入り口付近に居たので、すぐ見つけられた。
「お疲れ」
「会長!お疲れ様です!会場くるの予定より早かったですね?」
「まぁ、なんだ、なんか色々あって…」
「そうだ、会長。昨日までの中間計、見ていただこうと思ってたんです」
「あぁ、俺もそれで探していた」
「今のところの一位、会長のいる二年S組ですよ!流石です!」
なんと、今現在の一位に俺のクラスだった。
もし1位になったら、どう考えてもMVPは俺だろう。
自分で言うのもなんだが、めちゃくちゃ売り上げに貢献してる。
やばい、誰に何をお願いしようとか全然考えてなかった…。
薄らと悩みつつ、いよいよ文化祭の大トリ、生徒会主催のステージが始まった。
まず、生徒にはこの時間までに予め投票を済ましてもらっている。それに加えて、先生方、招待の一般客の分が最終投票として、このステージで投票されるという仕組みだ。
つまり、一般投票が一番大きな数を占めるので、昨日までの投票数はあくまで目安。
一位はまだまだ分からないという訳だ。
実際、去年は一日目で投票最下位だった演劇を行ったクラスが、何故か一般客に大ウケで、奇跡の一位をとり、大逆転を飾ったのだ。
副会長の案内で、先生方と観覧の一般客に投票してもらい、迅速に集計にかかる。
この作業は、会計、庶務、書記、野々山の四人で行うことになっていて、俺はその間の場繋ぎだ。
「皆、文化祭は楽しめただろうか?もうすぐ発表になると思うが、それぞれどのクラスも素晴らしい出し物だった。もし、一位でなかったとしても、悲観しないでほしい」
俺のスピーチに歓声が沸く。
皆、文化祭の雰囲気でテンションが最高潮に上がっているようだ。
「優勝賞品のお願いは考えただろうか?なんでも、と言われても困るよな。まぁ、あんまり気負いせずに。ただし、相手を困らせるようなお願いはあまり感心しないからな。」
ここで、庶務からOKサインが出た。
集計が終わって、これから結果発表にうつれる。
俺は目線で頷き、スピーチを締めにかかる。
「どんなお願いにせよ、相手の気持ちを尊重すべきだ。お願い権だから無理矢理何でもしていい訳ではない。そこは履き違えないように。以上だ」
副会長にマイクを渡して、進行を任せた。
何故かマイクを受け取ろうとせずポーッと呆けていたので、軽く腕を引っ張ると、我に返っていた。
「それでは、結果を発表します」
副会長の言葉に、会場が一気に盛り上がる。
「一位は…一年B組の忍者屋敷です!」
なんと、驚いたことに尾崎のクラスは本当に一位を取ってしまった。
「投票理由のコメントを読み上げます。
『忍者の動きが本格派だった』『アクションの教え方が上手』『内装も衣装も格好いい』とのことです。クラス内投票で見事MVPに輝いた尾崎くん、壇上までお願いします」
1年B組の皆に歓声を浴びながら、尾崎が壇上に上がってくる。
「尾崎くんは、実家のアクション教室で培った経験を活かし、皆にアクションを指導していたそうです。MVP、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。皆のおかげで一位になれました。とても嬉しいです」
「早速ですが、誰にお願い権を使うか、決めていますか」
「はい、もちろん」
尾崎がお願い権を使う相手に皆興味津々で、会場は静まり返っていた。
尾崎は、少し溜めた後に意を決してマイクを握り直した。
「生徒会長、畠中慶先輩です」
おーーーーーー!!!と会場が割れるくらいの歓声が鳴り響いた。
いや、俺行きづらいって。
「なるほど…。会長、壇上までお願いします」
副会長に呼ばれ、俺は壇上へと上がった。
正直、俺は事前に聞いてしまっていたので、大体察しはついている。
付き合って下さい…か。
断ることももちろん可能だが、こんな全校生徒の前で『お願い権』として使われては、MVPの旨味がなくなるだろう。
そうしたら、来年以降の士気が欠けるかもしれない。
俺は、どうしたら穏便にいくのかと眉を寄せた。
「好きです、付き合って下さい」
「……」
尾崎の告白に会場が阿鼻叫喚に包まれた。
何故か泣き出す者、怒り出す者、歓声を浴びせる者、囃し立てる者、本当に様様だ。
当の尾崎は、それを全く気にしないで話を続けた。
「本当は、そう言うつもりでした。『お願い権』を使って、付き合ってもらいたいって。でも、先程の会長のスピーチを聞いていて、それじゃ相手の意思を全然考えてないって気付きました」
「尾崎…」
「会長、俺はあなたが好きです。もし、今好きな人が居なかったら、俺を好きになってくれる可能性が一ミリでもあれば、付き合って下さい!!!」
尾崎の告白は真剣そのものだった。
俺の気持ちを優先してくれて、自分の気持ちを押し付けることはしないで。
付き合えない理由が、尾崎のことを好きになる可能性がないとか、そんなんじゃない。
こんな純粋な好意を向けられて、もし付き合えばそのうち好きになるかもしれない。
けれど、俺はそれができない。
だって、既に俺はあいつのことが、好き、かもしれなくて。
もう答えは出つつあった。
「……悪いが、お前とは付き合えない」
「…やっぱり、可能性がないからですか。僕じゃ駄目ですか」
「そうじゃなくて…俺、あの、好きな人がいる、んだ…」
俺の返答に、尾崎だけではなく会場中が驚きに包まれた。
「えっ、会長、それ本当ですか!?俺を振る為の嘘、とか…」
「ごめん、本当…。信じてほしい」
恥ずかしくて赤くなった俺の顔を見て、本当だと思ってくれたのか、尾崎は納得してくれた。
「会長…ずっと特定の相手ができたことないって有名だったのに…学園の方ですか?」
「ちょ、ちょっとそれ以上は…」
結局、騒ぎが収集つかなくなってきたので、副会長が止めに入ってくれてようやくおしまいになった。
お願い権は、あれで終わりでは可哀想だったので、俺から食堂で好きな物を奢ってやることで代わりということになった。
色々あったが、やっと文化祭も終わってひと段落だ。
なんやかんやありすぎて疲れていた。
自室に戻って、風呂も浴び、寝る準備を整えてベッドに入ろうとしたら、不意に部屋をノックする音がした。
ドアを開けると、暗い表情の野々山が立っていて、いつもと少し違う様子にドキっとした。
「ど…どうしたんだ。何か用か」
「慶くん…」
とりあえず部屋の中に入れて、話を聞こうと思った。
……期待している訳ではないし、他意はないけれど、落ち着いて話を聞く為に紅茶でも淹れようとキッチンに向かおうとすると、手を掴まれた。
「え、何…」
「慶くん、好きな人いたんだね」
「あっ…」
皆がいる体育館で公表したんだから、そりゃこいつも聞いていたに決まっている。
考えたらわかることだったのに、今更すぎてじわじわ恥ずかしくなった。
だって俺からしたら、公開告白をしたようなものだ。
こいつだって、実は気付いているのかもしれない。
「それ、俺が知ってる人?」
「あの、それは…」
自分からはとてもじゃないけど言えなくて、顔を背けた。
野々山の顔は見れない。
「今日様子がおかしかったのって、好きな人が出来たから?」
「……っ!」
「…図星、みたいだね」
言葉を詰まらせた俺に、野々山は納得したようだった。
「……最近、ようやく気付いたんだ」
「へぇ。それってさ、俺よりいい男なの?」
「へ?」
俺よりいい男?いや、お前のことなんだけど。
「だから、俺より慶くんのこと愛せんのそいつ?って聞いてんだけど」
思わず野々山の顔をみると、酷く怒っていて、でも冷静でいようと耐えている顔をしていた。
「あの、野々山…」
「答えられないの?片想いな訳?慶くんに好きって思われて気付けない奴とか鈍感すぎるでしょ」
どの口が言ってんだよ。
「だから…」
「俺なら気付かない訳がない。なんで、なんで俺じゃないんだ!こんなに好きなのに…、慶くんのこと愛してるのに…」
野々山は俺の話を碌に聞かず、泣き出してしまった。
こんな状態でお前のことだと言えるほど、俺の度胸は決まってない。
「……」
「やっぱり、この学校に来てまず抱いておくべきだった。身体から攻めた方が早かった」
「え……」
「まだ片想いなんでしょ?じゃあそいつより先に俺が抱くから」
野々山は勝手にそう宣言すると俺を無理矢理抱えてベッドへと押し倒した。
いや、俺の方が背高いのに力で適いそうにない。
「の、野々山…、待て…」
「待たない。慶くんに好きな人が出来たとか、もう無理だ。せめて身体だけでも、俺のものにしないと…」
野々山の目は完全にどこかへ行っていた。
興奮状態というか、あの日を彷彿とさせる眼をしていて、身体の震えが止まらない。
「あ…や、やだ…怖い…」
「慶くん…怖がらないで、お願い…優しくしたいんだ…」
「ひっ、あ、あ…」
野々山の手が俺の身体に伸びる。
「あっ、ンッ」
性急に、乳首と股関の両方を揉まれて、高い声が漏れた。
嫌々言いながら、好きな人に触られているので身体は正直で、快感を拾い始めていた。
「ここ、弱いの?あの時は感じてなかったのに、エロいね」
俺だって、乳首が感じるようになったなんて今知った。それはきっと、野々山が触っているからで。好きな人に触られた場所は、どこもかしこも気持ちよくなるんだと思った。
「んっ、ン…あ…つまむなっ、あっ…」
先端をつまむようにくいっと引っ張られると、たまらない気持ちになって、腰を動かして快感を何とかしようとした。
野々山が、そんな俺を見逃す訳がなかった。
「腰、動いてる。やらし~。ここも、大きくなってるね」
「あっ、やっ、ああっ!はぁ…っ」
そこに触れられるのは、この間の風呂場以来で、野々山の手の感触が気持ち良すぎて、すぐにでも達してしまいそうだった。
「あ、野々山ぁっ、気持ち、いい、ああっ!」
「……なんで抵抗しないの、慶くん」
野々山の顔は苦しそうで、悲しく歪んでいた。
俺は、抵抗できる訳がない。
だって心のどこかで、あの日のリベンジをしたいと言っていたあの言葉に期待していたのだ。
昨日だって、後ろを自分で解してイッているし、俺は野々山に抱かれたいと思ってしまっている。
だから、この状況は正直嬉しいとしか思えなくて。
そりゃ、あの日のことを思い出して、少しは恐怖はあるけれど、野々山に塗り替えてほしいと思っていた。
身体を重ねれば、俺も本音を話せるかもしれない。
抱いてもらって、一つになって、その時に言いたい。
お前が好きだ、と。
何も言わずに快楽に耐える俺に、面白くない顔をしながら、野々山は遂に俺の後ろに手を伸ばした。
唾液で濡らした指を入れているうちに、違和感に気づいたのか、野々山の表情が曇っていく。
「慶、くん…。ここ、柔らかくない…?え、どういうこと?」
「……」
まさか、一人で解してましたなんて言いたくない。
「嘘だ…、だってあんなに固くて、入らなくて、血も出てたのに…。普通に入るなんて、そんな…」
「…ア、あっ、あっ、そこ、駄目っ」
言いながらぐい、ぐいと俺の中を押す野々山の指が俺のいい所を掠めた。
「後ろで気持ち良くなることも覚えてんの?……なんだ、そういうことか。もうとっくに抱かれてたってことか」
「…は?」
「許せない、俺の慶くんを取りやがって。誰なんだよ、ぶっ殺す、おい!言えよ!」
「野々山!ちょっと,ア!」
野々山は穴から指を引き抜くと、突然目の色が変わり、俺の肩を揺さぶり出した。
「言えって!!慶!!誰が好きなんだよ!!!
誰に抱かれたんだよ!!
今の野々山に何を言っても無駄なことは分かっていた。
あの時と同じ状態になってしまっている。
興奮で、ただ叫び続けながら犯されたあの時。
野々山は確かにあの時も怒っていた。
『誰に抱かれたんだ』と。
あの時は意味が分からなかったがきっとこいつは、あの時も同じように勘違いをして、暴走して俺を無理矢理犯したんだろうと今になって理解した。
「野々山、違うから…、落ち着いて」
「何が違うんだよ。…慶くんはそいつのこと庇う訳?名前言えないの?ねぇ、なんで…」
「そうじゃくて、俺の好きな人は……」
俺が本当のことを言おうとすると、野々山は取り乱して、肩を強く押さえつけてきた。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、慶くん、嫌だ。何で他の人こと好きになるの!?俺のことだけ見てよ!」
野々山は、俺の顔を殴った。
あの時に受けた暴力に比べれば、抑えているのかまだ軽いもので。
それでも痛いことには変わりなくて。
「ぐっ……」
俺が痛みで顔を歪ませると野々山は顔を青ざめて、自分がしたことに気が付いたようだった。
ショックだった。
二度と同じことをしないと言っておきながら、全く同じ状態になっていて、しかも暴力を振るわれた。
あの時と違うことと言えば、俺が野々山のことを好きになってしまっているということだけだろう。
だから、俺は余計に悲しくなって、そんなには痛くないのに勝手に涙が出てしまっていた。
「……ずっ」
「慶くん、俺……」
「お前は、」
「……!」
「俺の話を聞かないで、無理矢理犯そうとして、暴力振るって。最低だよ」
「ごめん、俺……」
「……帰れ」
野々山は、大人しくゆっくりと俺の上から退くと部屋から出て行った。
最後まで、ごめん、愛してる、ごめんと繰り返していた。
扉がパタンと閉まると,俺は一人きりになった部屋で、声を上げて泣いた。
塗り替えて欲しかった。俺のために変わったという野々山に。
はじめての記憶を、今の野々山に超えてほしかった。
俺が本当のことを言えたら何かが違っていたのかな。
お前が好きだよと正直に言えたらと、後悔もあって、涙が次から次へと溢れ出す。
でも、今度は逃げたいとは思わなかった。
俺は、野々山に向き合いたい。
ちゃんと、好きだと伝えて、あいつに抱かれたい。
そうじゃなきゃ、俺たちは前に進むことができないと思うから。
俺は、痛む頬を押さえながら、どう野々山にこの気持ちを伝えようか悩んだ。
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