異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

102 世界の根源

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 もしや、アルマが使おうとしている技は──武道大会で言っていた相絶殺とかいう、自分の命を引き換えに相手を殺す技──。

「やめろっ、アルマ! やめるんだ!」

 わたしが叫ぶが、アルマは無言。その異様な願望の高まりは止まらない。

「バカッ、このままじゃ全滅だ! 僕が押さえてる間に──僕ごとやれっ」

 ナギサも叫ぶ。

「おや、なんかヤバそうっスね。念のために避けるっスよ」

 葉桜溢忌はナギサを振りほどこうとするが、その怪力に手を焼いている。
 やれやれと言いつつ、肘でナギサの脇腹を何度も打った。

 血を吐きながらもナギサは力を緩めない。
 いや、よりいっそうメキメキと締め上げている。
 
 アルマが低い姿勢から走った。
──無音。一瞬、時が止まったかのような静寂。

 見えなかった。それほどの速度。アルマはすでにすり抜けるように溢忌とナギサの後ろで屈んでいる。

 ゆっくりと、横へ寝そべるように倒れるアルマ。
 溢忌とナギサも倒れた。
 
「アルマ……ナギサ……」

 止められなかった。
 わたしはダン、と床に両手を打ちつけ、そのまま突っ伏した。

「由佳っち……」

 日之影宵子がわたしの背中をさする。

 わたしのせいだ……皆を巻き込んだ。
 はじめからカプセル奪還だけに目的を絞っていれば……。
 ミリアムの忠告を聞いていれば、こんな大勢の犠牲を出さなくて済んだかもしれない。

 後悔しても、もう遅い。取り返しがつかない。
 わたしは血がにじむほど手を何度も打ちつけた。

 ドサッ、と何かが落ちる音。顔を上げる。
 目の前に宵子の身体が横たわっていた。

「え……?」

 宵子は心臓が貫かれていた。ドクドクと生温かい血がわたしの両手を濡らす。

「イイ線いってたっスね。即死耐性も通じない、スゲエ技。あんな願望の使い方もあるんスね。自動復活オートリザレクションがなけりゃ、マジで死んでたっス」

 葉桜溢忌。生きている。宵子の返り血を浴びながら笑っている。

「うああぁぁっ!」

 立ち上がり、刀を突き出す。バチンッ、と鍔鳴りの音とともにわたしの刀が粉々に砕けた。

「神器ガラティーンに、チートスキル紫電一閃しでんいっせん。攻撃したの見えないっしょ。それより……」

 葉桜溢忌は振り返り、アルマのほうを見る。

「アルマちゃん、死んじゃったじゃないスか。楽しみにしてたのに。アンタが責任取らなきゃ」

 溢忌はわたしの長衣とブレザーを掴むと、乱暴に引き破った。

「なっ、なにを……」
 
 ブラウスとスカートだけになったわたしはその場にうずくまる。
 
 溢忌はおや、と意外そうな顔をする。

「男っぽいと思ってたけど、その反応いいっスねえ。はは、やっぱり嫌がるのを無理やりってのが楽しいっスね」

 やめろ、やめろやめろ──!
 暴れるが、両手を掴まれ、押し倒された。

 今までに感じたことのない恐怖。
 嫌悪感、憎悪、怒り。悲しみ。いろんな感情がないまぜになる。

 助けて、助けて──。誰か。アルマ、志求磨……黒由佳……誰かっ。

 パアッ、と目の前が明るくなった。
 
 真っ白な空間の中にわたしはへたり込んでいた。
 何もない。葉桜溢忌もいない。倒れた仲間たちも。

 果てのない、真っ白な世界。もしかしたら……わたしは死んでしまったのだろうか。
 
「ごめんなさい……間に合わなかったわね」

 背後から声。振り向く。

 青のローブにウィッチハット。ブロンドの髪に紅い瞳。手には杖。

《青の魔女》カーラ・ヴィジェ=ルブラン。

「カーラ……さ……ん」

 見たとたん、涙が溢れた。今までどこに……どうして来てくれなかったのか。どうして助けてくれなかったのか。
《覇王》のときも、さっきの戦いのときも──。

 カーラさんも泣きそうな顔をしていた。
 近づいてわたしの涙を優しく拭いながら、またごめんなさいと謝った。

「世界の危機については聞いたでしょう。ひとまずは落ち着いたけど……あなたたちを救えなかった」

 カーラさんはそう言ってある方向を杖で指した。

 何かふわふわと浮いている物体が見える。この空間……距離感も方位もまったく分からないが……。

 カーラさんに手を引かれ、それに近づいていく。
 
 胎児のようにうずくまり、宙に浮いているのは──十四、五歳くらいの少女。眠っているようだ。

 シンプルな白のワンピース。腰以上もある長い赤髪。白く細い身体からは淡い乳白色の光を放っている。
 わたしの頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれた。

《女神》《原初の願望者デザイア》《世界の根源》シエラ=イデアル。

 この世界と同じ名……。
《女神》……葉桜溢忌が言っていた《女神》とはこの少女の事だったのか。

「カーラさん、この子は……」

「……そう。彼女が《女神》。はじまりの願望者デザイア。彼女の願望がこの世界を造ったの」

「造った……この子が?」

「ええ……はじめは絵本のような美しい世界だったらしいわ。でもいつからか彼女は孤独に耐えられなくなった。そこで《召喚者》の能力で次々と人間をこちらに喚んだの」

 まさか……とんでもない願望の力だ。世界を造ってしまうなんて。
 それに最初に《召喚者》の能力を持っていたのは、この子だというのだろうか。

「彼女の願望……そして喚ばれた大勢の人間の認識によって世界は形成されていった。でもそこにイレギュラーが発生したの……それが魔物の出現」

「魔物……最初はいなかったんですか? 一体、どこから……」

「それも彼女。彼女の負の感情からよ。大勢の人間を喚んで彼女の孤独は癒された。でも、代わりに人間同士のイヤな部分をたくさん見ることになるわ。欲望、争い、憎しみい、戦い、殺し合う……彼女が望み、彼女が理想とした世界はけがされてしまった。彼女は悲しみ、苦しみ……その感情が魔物を生み出してしまったの」

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