91 / 185
第1部 剣聖 羽鳴由佳
91 旧王都突入
しおりを挟む
一年ぶりの王都。
現在は旧王都と呼ばれている。
このシエラ=イデアルの正当な王はもういない。
それを名乗る者もいない。いや、名乗ったとしても誰も認めないだろう。それだけ《覇王》黄武迅の存在は大きかった。
もしも認められるとしたら、それは正当に王位を継承した者だけ──そう、ナギサのような存在だ。
しかし、葉桜溢忌の存在により、ナギサはそれを公に出来なかった。しかも今は囚われの身だ。
意外にも旧王都へはあっさりと入れた。
兵士の姿も見かけるが、わたし達を見てもまったく騒がない。
葉桜溢忌や餓狼衆には気づかれているだろう。だが今のところ攻撃を加えようとする動きはない。
中央広場や市場は以前と同じように活気がある。葉桜溢忌の政治手腕というより、ミリアムの辣腕のおかげだろう。
雑踏の中をわたしたち六人は王城の方へ向かって歩く。
あの《覇王》らしい無骨な王城は一年前の爆発によって跡形も無くなっていた。
範囲を王城だけにとどめた、局地的な高エネルギー爆発。その光は天にまで届いた。
わたしの目の前には、白く輝く石畳が広がる華美な敷地。
庭園が随所にあり、高そうな彫像やら噴水やらが設置してある。
奥にそびえるは白い壁に青い楕円形の屋根がいくつも連なった、巨大な宮殿。
こんなものを一年で……これほどの贅を尽くした建築物は、このシエラ=イデアルに来てからはじめて見た。
この辺りには兵士すらいない。あまりに無用心というか無頓着というか。
それだけ自分と餓狼衆の力に自信があるということか。
宮殿に向かって歩き出す。
広場中央に黒い円形の穴のようなモノが現れた。
ステージの昇降装置のようにせり上がってくる人影。あれは──《神算司書》ミリアム・エーベンハルト。
わたしたち六人のもとまでツカツカとヒールの音を響かせて近づき、あと十メートルぐらいのところで止まった。
「由佳さん……ついにここまで来てしまったのですね」
「志求磨たちを返してもらう」
「……あの方を刺激しないで頂きたいものです。このまま享楽にふけっているうちは、この世界は平穏なのですから」
「アイツを封印から解いたのはお前だろう。《覇王》を裏切って、世界に混乱を招いたのは……!」
「ええ、そう。超級魔物の復活、志求磨の石板化、《覇王》の負傷、岩秀の反乱。そして《覇王》の死……すべてわたくしの思惑通り。でもそれは、この世界のため……あなたにはまだ理解できることではないでしょうが」
意味がわからないことを……《覇王》黄武迅はこの世界に来る願望者のことを考えていた。
元の世界で行き場所をなくした、彼らの居場所を守ってやると。そんな男を殺しておいて、なにが世界のためだ。
「溢忌さま、そして《覇王》に仕えながら何年も月日をかけ、わたくしは調査してきました。この世界のこと、そして魔物のこと……わたくしは《魔を統べる者》となりましたが、それでも超級魔物の制御はできないのです」
ますますわけが分からない。わたしが聞きたいのは、そんなことではない。
わたしは柄に手をかける。
「……わたくしがどう言おうと退く気はないようですね。ならば進みなさい。中では餓狼衆が待ち構えています。そう、あなた方の仲間の入ったカプセルを持って」
ミリアムはそう言って願望者全書を開き、ページを引き破る。
手にした長剣で足元に円を描き、出来た黒い空間に吸い込まれていった。
言われるまでもない。
わたし達は宮殿へと突入した。
入ってすぐに二つの大きな扉にぶち当たる。他に入口は見当たらない。
右か、左か……わたしが迷っていると、セプティミアが提案する。
「この広さからして、二手に別れて探したほうがよさそうね」
「それはそうだが……罠じゃないのか?」
ここは敵地。慎重に行動しなければならない。だが、黒由佳やクレイグは知ったことかとばかりにさっさと二チームに別れて、扉を開けた。
わたしは左の扉。黒由佳と日之影宵子がついてくる。
右の扉にはセプティミアとサイラス、クレイグだ。
入るとすぐに扉が閉まり、なにもない壁へと変化した。ほら、やっぱり罠だ。もう後戻りできない。
「いいじゃんよ~。どうせみんな助け出すんでしょ? んで、ついでにナントカってヤツもブッ殺せばいいわけだし」
わたしのうろたえている姿を見て、黒由佳がケタケタ笑う。
その底無しの能天気さがうらやましい……。わたしはどうにもこの宮殿に入ってからイヤな予感しかしない。
「黒由佳っちのいう通りさ。ほれ、美少年たちがわたしを待ってるんだ。早く進もう」
戦えないクセに、日之影宵子は先頭をずんずん歩いていく。真っ白にのびた、先の見えない一本道の長い通路だ。
まるで病院のような……先を歩く宵子の白衣姿と妙にマッチしている。
しばらく進むと先ほどの入口のような扉が見えてきた。ためらわずに開ける宵子。
三人が入ると、やはり自動的に扉は閉まり、壁へと変化。ああ、やっぱり。
中はかなり広い。小ホールぐらいあるだろうか。ただ、何もない。柱が何本かあるくらいの殺風景な空間。
「おお、ビリビリくるね。いいねえ、お姉さま。姿見えないけど、この殺気は隠し切れないねえ」
黒由佳が嬉しそうに話しかける。
わたしも気づいていた。餓狼衆だ。日之影宵子を下がらせ、わたしと黒由佳は身構えた。
現在は旧王都と呼ばれている。
このシエラ=イデアルの正当な王はもういない。
それを名乗る者もいない。いや、名乗ったとしても誰も認めないだろう。それだけ《覇王》黄武迅の存在は大きかった。
もしも認められるとしたら、それは正当に王位を継承した者だけ──そう、ナギサのような存在だ。
しかし、葉桜溢忌の存在により、ナギサはそれを公に出来なかった。しかも今は囚われの身だ。
意外にも旧王都へはあっさりと入れた。
兵士の姿も見かけるが、わたし達を見てもまったく騒がない。
葉桜溢忌や餓狼衆には気づかれているだろう。だが今のところ攻撃を加えようとする動きはない。
中央広場や市場は以前と同じように活気がある。葉桜溢忌の政治手腕というより、ミリアムの辣腕のおかげだろう。
雑踏の中をわたしたち六人は王城の方へ向かって歩く。
あの《覇王》らしい無骨な王城は一年前の爆発によって跡形も無くなっていた。
範囲を王城だけにとどめた、局地的な高エネルギー爆発。その光は天にまで届いた。
わたしの目の前には、白く輝く石畳が広がる華美な敷地。
庭園が随所にあり、高そうな彫像やら噴水やらが設置してある。
奥にそびえるは白い壁に青い楕円形の屋根がいくつも連なった、巨大な宮殿。
こんなものを一年で……これほどの贅を尽くした建築物は、このシエラ=イデアルに来てからはじめて見た。
この辺りには兵士すらいない。あまりに無用心というか無頓着というか。
それだけ自分と餓狼衆の力に自信があるということか。
宮殿に向かって歩き出す。
広場中央に黒い円形の穴のようなモノが現れた。
ステージの昇降装置のようにせり上がってくる人影。あれは──《神算司書》ミリアム・エーベンハルト。
わたしたち六人のもとまでツカツカとヒールの音を響かせて近づき、あと十メートルぐらいのところで止まった。
「由佳さん……ついにここまで来てしまったのですね」
「志求磨たちを返してもらう」
「……あの方を刺激しないで頂きたいものです。このまま享楽にふけっているうちは、この世界は平穏なのですから」
「アイツを封印から解いたのはお前だろう。《覇王》を裏切って、世界に混乱を招いたのは……!」
「ええ、そう。超級魔物の復活、志求磨の石板化、《覇王》の負傷、岩秀の反乱。そして《覇王》の死……すべてわたくしの思惑通り。でもそれは、この世界のため……あなたにはまだ理解できることではないでしょうが」
意味がわからないことを……《覇王》黄武迅はこの世界に来る願望者のことを考えていた。
元の世界で行き場所をなくした、彼らの居場所を守ってやると。そんな男を殺しておいて、なにが世界のためだ。
「溢忌さま、そして《覇王》に仕えながら何年も月日をかけ、わたくしは調査してきました。この世界のこと、そして魔物のこと……わたくしは《魔を統べる者》となりましたが、それでも超級魔物の制御はできないのです」
ますますわけが分からない。わたしが聞きたいのは、そんなことではない。
わたしは柄に手をかける。
「……わたくしがどう言おうと退く気はないようですね。ならば進みなさい。中では餓狼衆が待ち構えています。そう、あなた方の仲間の入ったカプセルを持って」
ミリアムはそう言って願望者全書を開き、ページを引き破る。
手にした長剣で足元に円を描き、出来た黒い空間に吸い込まれていった。
言われるまでもない。
わたし達は宮殿へと突入した。
入ってすぐに二つの大きな扉にぶち当たる。他に入口は見当たらない。
右か、左か……わたしが迷っていると、セプティミアが提案する。
「この広さからして、二手に別れて探したほうがよさそうね」
「それはそうだが……罠じゃないのか?」
ここは敵地。慎重に行動しなければならない。だが、黒由佳やクレイグは知ったことかとばかりにさっさと二チームに別れて、扉を開けた。
わたしは左の扉。黒由佳と日之影宵子がついてくる。
右の扉にはセプティミアとサイラス、クレイグだ。
入るとすぐに扉が閉まり、なにもない壁へと変化した。ほら、やっぱり罠だ。もう後戻りできない。
「いいじゃんよ~。どうせみんな助け出すんでしょ? んで、ついでにナントカってヤツもブッ殺せばいいわけだし」
わたしのうろたえている姿を見て、黒由佳がケタケタ笑う。
その底無しの能天気さがうらやましい……。わたしはどうにもこの宮殿に入ってからイヤな予感しかしない。
「黒由佳っちのいう通りさ。ほれ、美少年たちがわたしを待ってるんだ。早く進もう」
戦えないクセに、日之影宵子は先頭をずんずん歩いていく。真っ白にのびた、先の見えない一本道の長い通路だ。
まるで病院のような……先を歩く宵子の白衣姿と妙にマッチしている。
しばらく進むと先ほどの入口のような扉が見えてきた。ためらわずに開ける宵子。
三人が入ると、やはり自動的に扉は閉まり、壁へと変化。ああ、やっぱり。
中はかなり広い。小ホールぐらいあるだろうか。ただ、何もない。柱が何本かあるくらいの殺風景な空間。
「おお、ビリビリくるね。いいねえ、お姉さま。姿見えないけど、この殺気は隠し切れないねえ」
黒由佳が嬉しそうに話しかける。
わたしも気づいていた。餓狼衆だ。日之影宵子を下がらせ、わたしと黒由佳は身構えた。
0
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
里子の恋愛
星 陽月
恋愛
娘の里子が1ヶ月後に結婚式を控え、宗太郎は幸せを願いながらも内心では寂しさを募らせていた。
そんな父親の気持ちなど知らずに、里子は結婚に素直に踏み切れないものを感じて始めていた。
婚約者の倉田に、これといった不満があるわけでもなく、幸せになれるとも思っているのだが、何かが欠けているような気がしてならないのだった。
その思いが拭いきれない里子は、倉田との結婚式を延期することを決意する。
渋々ながら結婚式の延期を同意した倉田だったが、ある日、里子と待ち合わせの場所で倉田が口にしたのは、「結婚を白紙にもどしてほしい」という言葉だった。
その倉田が結婚を白紙にした理由とは……
物語は、里子を中心に、登場人物が様々な展開を見せながら進んでいく。
女海賊グレイスの大冒険
(笑)
恋愛
あらすじ
海賊として名を馳せるグレイスは、海上で数々の冒険と戦いを繰り広げる中、さらなる野望を抱いていく。彼女は巧みな戦術と大胆な行動で次々と敵を打ち破り、勢力を拡大していく。仲間たちと共に、彼女が狙う次なる目標は一体何か。そして、海賊としての栄光を追い求める彼女の行く先には、どのような運命が待ち受けているのか。
「彼を殺して私も死ぬわ!」と叫んだ瞬間、前世を思い出しました~あれ? こんな人別にどうでも良くない? ~
雨野六月(まるめろ)
恋愛
伯爵令嬢クローディアは婚約者のアレクサンダーを熱愛していたが、彼は他の女性に夢中でクローディアを毛嫌いしており、「お前を見ていると虫唾が走る。結婚しても生涯お前を愛することはない」とクローディアに言い放つ。
絶望したクローディアは「アレク様を殺して私も死ぬわ!」と絶叫するが、その瞬間に前世の記憶が戻り、ここが前世で好きだった少女漫画の世界であること、自分が悪役令嬢クローディアであることに気が付いた。「私ったら、なんであんな屑が好きだったのかしら」
アレクサンダーへの恋心をすっかり失ったクローディアは、自らの幸せのために動き出す。
愛しいあなたが、婚約破棄を望むなら、私は喜んで受け入れます。不幸せになっても、恨まないでくださいね?
珠宮さくら
ファンタジー
妖精王の孫娘のクリティアは、美しいモノをこよなく愛する妖精。両親の死で心が一度壊れかけてしまい暴走しかけたことが、きっかけで先祖返りして加護の力が、他の妖精よりとても強くなっている。彼女の困ったところは、婚約者となる者に加護を与えすぎてしまうことだ。
そんなこと知らない婚約者のアキントスは、それまで尽くしていたクリティアを捨てて、家柄のいいアンテリナと婚約したいと一方的に破棄をする。
愛している者の望みが破棄を望むならと喜んで別れて、自国へと帰り妖精らしく暮らすことになる。
アキントスは、すっかり加護を失くして、昔の冴えない男へと戻り、何もかもが上手くいかなくなり、不幸へとまっしぐらに突き進んでいく。
※全5話。予約投稿済。
吟遊詩人は好敵手
にわ冬莉
ファンタジー
パーティーを追い出されたシュリは、張り出された「ドラゴン討伐」の張り紙を見、ギルドに足を向けた。
そこには、どうしても懸賞金を手に入れたいと出向いた十六歳の双子、トビーとリリーナ、それに伝説とまで言われたテイマーであるアシルの姿もあった。
それぞれが問題を抱える中、ひょんなことからパーティーを組むことになったのだ。
しかし、テイムしている魔獣がいないテイマー。
駆け出しの青二才である剣士トビーと魔法使いリリーナ。
吟遊詩人というスキルしかないシュリ。
ちぐはぐなメンバーでのドラゴン討伐。
シュリを追放した前パーティーもまた、討伐に参加している。
先の見えない戦いに挑む四人であったが、どうもおかしい。
このドラゴン討伐には隠された第三者の思惑が絡んでおり……。
リベンジを誓うテイマーのアシル。
村を護りたいトビーとリリーナ。
そして口男の異名を持つシュリの、隠された裏の顔とは?
今、ここに彼らの戦いが始まる。
現代に蘇ってしまった大魔王
根鳥 泰造
ファンタジー
ファンタジーというよりは、ラブコメ要素の多い作品。
異世界の大魔王バーンが、蘇生術の失敗により、この地球の現代に不完全な形、幼児の姿で蘇生してしまう。魔力の源となる魔素がないこの世界では、大魔王と言えども魔法が使えない。偶然出会った妻ミユイと瓜二つな山口美唯に保護されながら、現世を生きていくことになる。
偶然、魔素溜まりを見つけ、魔力を取り戻し、大人のバーンになり、美唯も昔の記憶を取り戻す。だが、今度は、変身能力者として、謎の組織に狙われてる。
貧寒伯爵と偏屈令嬢 〜放っておいてくださいませと伝えたのに、なぜか心穏やかなおじさま伯爵に溺愛されています〜
汐瀬うに
恋愛
計10回のお見合いを緊張のせいでふいにし、恥ずかしがりなせいで口走った言葉によって「偏屈令嬢」と噂されるマリアリーゼ。父が11回目のお見合い相手として持ってきたのは「貧寒伯爵」と噂されるひとまわり以上年上の伯爵様。屋敷へ赴いてみれば、噂通り美しいとは言えない屋敷で驚くも、貧寒とは程遠い彼の温かさにマリアリーゼは惹かれるようになり、少しずつ心を開いていく。
7.31〜連載スタート!
( * ) 序盤からおじさまに愛されるほっこり系作品です
( * ) 本編は8万文字ほどの中編を予定しています
余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~
藤森フクロウ
ファンタジー
相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。
悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。
そこには土下座する幼女女神がいた。
『ごめんなさあああい!!!』
最初っからギャン泣きクライマックス。
社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。
真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……
そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?
ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!
第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。
♦お知らせ♦
余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!
漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。
よかったらお手に取っていただければ幸いです。
書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。
7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。
今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。
コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。
漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。
※基本予約投稿が多いです。
たまに失敗してトチ狂ったことになっています。
原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。
現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる