異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

77 取り立て

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「そもそもさあ、願望者デザイアから受けたキズって治しにくいんだよね。相手の傷つけたい、壊したいって願望がこもってるから。それを傷口からひとつひとつ取り除いてるんだから手間がかかるのなんのって。中には魔法みたいな力で一気に治す化け物みたいなのもいるみたいだけど、わたしのはアナログで手作業だから。ちょっとやそっとの金じゃ、払えないと思うなあ」

 日之影宵子はもったいぶったように、なかなか金額を言わない。

 仕方ないなあ、と白衣のポケットから一枚の紙切れを取り出す。
 
「これはね、今までに治療代を踏み倒した願望者デザイアのリスト。ざっと30件はあるかな。これをうまく回収できたら、手術代はチャラにするわ」

 突然の提案にわたしは考え込む。チャラになるのはいいが、すごく手間がかかりそうだ。
 そんな取り立てみたいな事、したことないし……いや待てよ。

 取り立てといえば、ある男を思い出した。

「ごめんやっしゃああああッ!」

 ドガアッ、とドアを蹴飛ばして入ってきたのは──わたしから黒由佳の借金を取り立てた男。
《セペノイアの帝王》神田敏次郎かんだびんじろう。どうしてここに。

「ふん、そない驚くことやないで。銭の匂いや。銭の匂いがするところにワシは引き寄せられるんや」

 なに言ってるんだコイツ、と思ったがちょうどいい。この取り立てのプロを利用すれば、この回収もうまくいくのではないか。

 わたしは神田敏次郎に事情を話し、この踏み倒された治療代の回収を手伝ってほしいと頼んだ。

 神田敏次郎はリストの名にざっと目を通す。

「なるほどなあ。事情はよおわかったで。しかもこのリストに載っとるヤツらの大半は、ワシからも銭を借りて返済が滞っとる。これは都合がええ。危険な願望者デザイアの場合は由佳はん、アンタの剣でいわしてやったらええんや」

 ふむ、わたしには取立ての知識。神田敏次郎には腕っぷし。互いに足りないところを補って協力するというわけだな。これならいけそうだ。

「そやけどなあ、そっちの回収分の半分は手数料としてもらいまっせ。これを呑まんかったら、この話はナシや」

 神田敏次郎の図々しい要求に、宵子はいいよ、とあっさり承諾した。だろうな。この人の目的はなんか別のところにありそうだ……。

「わたしも条件。回収が終わるまでは人質を預からせてもらうよ。志求磨君とナギサ君ね。キミたちはわたしの家に来てもらうから」

「ええっ!」

 露骨にイヤな顔をする志求磨とナギサ。
 やはりな。彼女の狙いはあの二人。二人には悪いが──ここは尊い犠牲となってくれ。

 わたしは合掌して二人の無事を祈るばかりだ。

 私掠船団のアジトよりも、宵子の家のほうが敵に襲われにくいだろう。御手洗剛志もそこでのほうがゆっくり養生できるはずだ。

 御手洗剛志を担いだビノッコ。早くも興奮して鼻血が垂れている日之影宵子。
 死んだような目の志求磨とナギサ。

 この五人に別れを告げ、わたしとアルマ、神田敏次郎は旅立つ。目的は踏み倒された医療代の回収だ。
   


 二日ほどかけて、とある街に到着。
 そこでまず向かったのは服屋だった。
 
「ワシらはまず見た目からナメられたらアカン。ここは知り合いの願望者デザイアがやっとる服屋や。アンタら、ワシが選んだ服に着替えてや」

 わたしたち願望者デザイアは見た目の服装は体型と同じく初期願望のものが固定されている。
 これが便利なのは破れたり汚れたりしても、願望の力で修復できる点だ。

 どうしても着替えたい場合は、いったん解除して普通の服を着るしかない。
 
 わたしはチョークストライプ柄のパンツスーツ。髪は後ろでひとつに束ね、サングラスをかける。ヒールなんてはじめて履くな。
 アルマはシンプルにグレーのスーツ。おお、あのもにょっ娘がデキる女に見える。
 
「ほう、よう似合うやんけ。ほな、さっそくキリトリ開始といくで。まずはこの街におるヤツからや」

 この回収の困難な点は、定住している願望者デザイアが少ないということだ。

 たいがいの願望者デザイアは街や村を渡り歩いて用心棒やら魔物討伐やらの仕事を請け負って生活している。

 助かるのは、そのリストの人物のことを神田敏次郎が正確に把握していることか。

「当たり前や。命の次に大事な銭を貸すんやで。その相手の事はどんな些細な事も知らんとあかん」

 この街に滞在していそうな人物はすでに目星がついているようだ。
 街の住人に聞き込みをし、街の一角にある安下宿にいる事がわかった。

「ごめんやっしゃああああッ!」

 下宿の二階。ドアを蹴破って部屋に踏み込む。
 部屋にいた若い戦士ふうの男が飛び起きた。

「ひいっ、神田さん! こんなところまでっ」

「こんガキャアッ、借りた銭、返さんかいッ!」

 胸ぐらを掴まれた男は慌てて弁明する。
 
「もう少し待ってください。必ず返しますから。もう少ししたらデカイ仕事が入るんですよ」

「このガキ……前も同じこと抜かしおったぞ、オドレは。仕事はええ。こっちでキッツイ現場を用意しとるからのぉ」

「ひい、それだけはご勘弁を……」

 土下座する若い戦士。その手の下に武器を隠し持っているのをわたしは見逃さなかった。

 ばっ、と起き上がりながらナイフを突き出す男。居合いで叩き落とす。
 ぐっ、と呻きながら窓へ突っ込む男。
 飛び降りて逃げる気だ。しかし、飛び降りた先には──アルマが待ちかまえていた。
 
 華麗な体術で取り押さえるアルマ。
 男は観念し、抵抗するのを諦めたようだった。
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