異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

56 餓狼衆

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 アルマの姿を見ても怒りなどはなかった。
 懐かしさと、あの一年前の爆発に巻き込まれて無事だったのかという安堵感。

 対するアルマの表情。特別何か感じているふうではなさそうだ。
 わたしが早足で駆け寄ると、少し警戒したように眉をひそめる。

「アルマ、無事だったんだな、良かった……」

「……あたしは今、あなたの敵なの。信じられない、無防備に近づいてきて……」

 あとはもにょもにょと何言ってるか分からない。いつものアルマだ。思わず笑みがこぼれる。

「この大会に参加したのは、由佳も優勝の賞品目当てね……」

 優勝の賞品? わたしは首をかしげる。
 前回は志求磨を助けるための秘蒼石という珍しい石が賞品だったが……大会に参加して街に入るのが目的だったから、全然気にしていなかった。

「呆れた……そんなことも知らないで参加してるなんて。賞品は《青の魔女》カーラから願いを一つ、叶えてもらえること」

「げ、そうなのか。それなら必死こいてカーラさんを探す必要なかったのか。優勝したら会えるんだから。ん? だったら、やっぱり会場のどこかにいるのかな」

「……《青の魔女》は《覇王》の死後、誰にも会わなくなった。それが突然の武道大会の主催者に。そして自ら優勝者の願いを叶えると。あたしはその調査でこの大会に参加したの」

「じゃあ、もしかして決勝の相手は」

「……あたしのチーム。チーム餓狼衆。悪いことは言わない。次の決勝戦、棄権して」

 まさかアルマが大会に参加していたとは。なるほど、あの葉桜溢忌もカーラさんの力は脅威とみえる。
 しかし棄権しろとは。どういうことだろうか。

「《召喚者》の継承者も分かったけど、この場でナギサをさらってこいとまでは言われてない。今回の目的はあくまで《青の魔女》。あなた達に危害は加えるつもりは今のところないから……」

 やはり直に見るまでは、《召喚者》の継承者がナギサとは分からなかったようだ。
 今回はカーラさんが目的だから見逃すと言っているようだが……それならなおさら引くわけにはいかない。
 
 アルマ達がカーラさんに対してよからぬ事を企んでいるのは確かだし、優勝者の願いを叶えてもらうなら、ぜひ葉桜溢忌と戦うのに協力してもらいたい。
 わたしは固く決意して、アルマの目をじっと見つめた。

「悪いが棄権なんてできない。相手がアルマでもだ。優勝はわたし達が頂く」

「……そう言うと思った。だけど気をつけて。餓狼衆は葉桜溢忌から力を分けられた願望者デザイア。きっと勝つことはできない……」

「なんだかんだ言って心配してるんだな。頑張ってよく喋ってるし、安心したよ、アルマ」

 わたしがからかうと、アルマは赤くなってまたもにょもにょ小声に戻る。

 最後に死なないで、とだけ告げると、会場に向けて走り去っていった。

 形的にはわたしを裏切ったことになるのだろう。しかし、アルマは内気で優しいままのアルマだった。
 葉桜溢忌に、というよりミリアムに逆らえない何かがあるようだが……。



 わたしは会場に戻ると、メンバーにアルマと出会ったこと、決勝の相手がアルマ率いる餓狼衆だということ、優勝の賞品のことを話した。

「餓狼衆だと……」

 レオニードの表情が曇る。どうやらその名称は以前から存在するものらしい。

「いや、俺も詳しいことは知らねえけどよ、覇王大戦で《覇王》が壊滅させた集団だぜ。例の葉桜溢忌の親衛隊みたいなヤツらだ」

「僕も聞いたことがある。オヤジがかなり手を焼いたって。アイツが復活してまた結成されたんだな」

 ナギサも思い出したように頷く。
 この二人が言うくらいだから、相当な手練れ揃いなのだろう。

「相手にとって不足はないね。カーラさんにも会えるし、頑張らなきゃ」

 志求磨がわたしの肩に手を置きながら言った。
 アルマの裏切りをわたしが引きずっていないか、心配しているようだ。気を使っているのがわかる。
 
 わたしがうん、と頷くと、試合場のほうからドンドン、と太鼓の音が聞こえてきた。休憩時間が終わり、決勝戦の始まる合図だ。

「よし、行こう」

 ナギサが先頭に立ち、わたし達もそれに続いた。



 試合場はすでに観客たちの熱気に包まれていた。
 チーム餓狼衆はいままでの試合で圧倒的な強さを見せつつも、観客たちを沸かせるような戦いをしてきたようだ。

 声援で、がろう、がろう、と言っているのが分かる。準決勝でふざけた戦いを何度もしたわたし達とは大違いの人気だ。

 アウェーで戦うスポーツ選手の気持ちはこんなんだろうなと思いつつ、相手チームを見る。
 ローブに身を包んだ五人。あの中にアルマがいる。組み合わせ次第では直に戦うことになるかもしれない。
 
「それでは決勝戦! チーム餓狼衆とチームナギサの試合を開始する!」

 審判の声にワアアア、と歓声が一段と大きくなる。がろう、がろう、のコールに合わせてドドドド、と足踏みも始まった。
 
「先鋒戦、チーム餓狼、《レッサーパンダラー》間宮京一まみやきょういち!」

 間宮京一……はて、どこかで聞いた名だが……いてて、志求磨がわたしの腕をぎゅうっ、と掴む。

「間宮京一って、ほら、今人気のイケメン俳優だよ! 由佳も知ってるでしょ? 大河の主演もしたことあるから」
 
 興奮したように掴んだ腕をぶんぶんと振る。ああ、だから知っているのか。
 ローブを脱いだ間宮京一はたしかに線の細い、今どきのイケメンだ。
 観客席から黄色い声援が飛ぶ。なるほど、このチームの人気はコイツのせいでもあるのか。

 それより志求磨。見た目は少年なのに、もうすっかりイケメンアイドル追っかけ少女のノリになっている。
 もはや天塚志求磨ではなく、元の世界の比嘉綾だ。花岡賢の願望者デザイアを見てメロメロになってしまったわたしの事、責められないじゃないか。
 
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