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第1部 剣聖 羽鳴由佳
44 日常
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高2の春、いつもの通学途中。
バス停のベンチに並んで座り、雑談に花を咲かせる。
雑談といっても、一方的に喋っているのはショートカットの似合う、親友の綾。わたしはうん、とかそう、とか素っ気ない返事をするのがほとんどなのだが。
今朝の綾は鼻息荒く、昨日見たドラマの話をしている。
「ちょっと、由佳。聞いてる?」
綾がむくれた顔で肩をゆする。わたしは視点が定まらないまま答えた。
「ん? 聞いてるよ。あれだよね、家政婦はバタコってドラマだよね。パン屋の娘が経営難で、やむなく家政婦のバイトをはじめたとかどうとか……」
「ぜんっぜん違う。どうしたの、ボーッとして。昨日、ちゃんと寝た? また遅くまで時代劇見てたんでしょ」
そうだったかな? よく覚えていない。なんだかモヤモヤするが……あれ、綾にわたしが時代劇好きなこと、まだ打ち明けてないはずなのに……。
まあ、いいか、と自己完結した。
さすがわたしの親友。そんなことでは引いたりする子ではなかった。今までとは違う。
もっと早く伝えておけば良かった。
「しっかりしてよ~。ほら、バス来たよ」
バス……。なんだか引っかかる。
いつものバス。プシュー、と音を立てて乗降口の扉が開いた。
急かされるように立ち、何気なくサイドミラーに映った自分の姿を見た。
ボサボサ髪の目つきの悪い、猫背の陰気な女。
あれ、わたしってこんな姿だったっけ。もっとこう、ストレートの長い髪で、切れ長の碧眼で、整った鼻筋に妖艶な唇をしていた気がする。
そんなバカな、と首を振った。そんなのは夢に過ぎない。そんなのは幻想、理想。わたしの願望……。
ハッ、と気づく。
願望──そう、願望どおりの姿だった。あの異世界、シエラ=イデアルで。
「やっと気づいた? 由佳。戻って来たんだよ。元の世界に」
綾が優しく笑う。いや、どこか寂しげだ。
「気づかないほうが良かったのかな……わたしにもわかんないよ。でもね、気づいたってことは、望んでいるんだよ。あの世界にまた行きたい、やり残したことがあるって」
「綾、もしかしたら綾は……」
あの世界で、わたしのことをすでに知っていた。
幾度となく、手助けをしてくれた。
元の世界から消えた少女を守ると言っていた。それが願望だと。
「そう、わたしが天塚志求磨。わたしが書いている小説の主人公」
綾はそう言ってわたしを抱きしめた。
願望だから、性別も自由に変えられる。ただ、ほぼ99%の確率で見破ることが出来る。
何気ない話し方や所作で分かるものだが……志求磨の場合はまったく分からなかった。
「わたし、こっちで疲れてたんだ。周りの期待とか、それこそ願望とかに……。本当のわたしは小説が書きたい。学校の人気者でも、バスケ部のエースでもない。そんなの、望んでない」
「綾……」
こちらも背に手を回してぎゅっ、と抱きしめた。この親友は苦しんでいたんだ。それに気づいてやれなくてゴメン。
「由佳が目の前で消えたとき、どうしようかって思った。それで助けなきゃって、強く願ったんだ。そうしたらわたしもあの世界に行くことができた」
「ありがとう、綾。ずっとわたしのこと心配してくれてたんだ」
「当たり前だよ。わたし、ずっと由佳のこと好きだったんだから」
「うん、わたしも」
「本当? 由佳、わたし嬉しい……」
綾が潤んだ瞳で顔を近づけてくる。あれ、好きって友達としてってことだよね。これは……ガチなヤツか?
「あ、早く乗らなきゃ」
わたしはごまかすように慌てて綾の手を引いてバスに乗り込む。
ふいにガクン、と階段を踏み外したような感覚。
「由佳、新しい《召喚者》が喚んでる。行こう、また一緒に」
──綾と手を繋いだまま、また暗闇の中に落ちていった。
バス停のベンチに並んで座り、雑談に花を咲かせる。
雑談といっても、一方的に喋っているのはショートカットの似合う、親友の綾。わたしはうん、とかそう、とか素っ気ない返事をするのがほとんどなのだが。
今朝の綾は鼻息荒く、昨日見たドラマの話をしている。
「ちょっと、由佳。聞いてる?」
綾がむくれた顔で肩をゆする。わたしは視点が定まらないまま答えた。
「ん? 聞いてるよ。あれだよね、家政婦はバタコってドラマだよね。パン屋の娘が経営難で、やむなく家政婦のバイトをはじめたとかどうとか……」
「ぜんっぜん違う。どうしたの、ボーッとして。昨日、ちゃんと寝た? また遅くまで時代劇見てたんでしょ」
そうだったかな? よく覚えていない。なんだかモヤモヤするが……あれ、綾にわたしが時代劇好きなこと、まだ打ち明けてないはずなのに……。
まあ、いいか、と自己完結した。
さすがわたしの親友。そんなことでは引いたりする子ではなかった。今までとは違う。
もっと早く伝えておけば良かった。
「しっかりしてよ~。ほら、バス来たよ」
バス……。なんだか引っかかる。
いつものバス。プシュー、と音を立てて乗降口の扉が開いた。
急かされるように立ち、何気なくサイドミラーに映った自分の姿を見た。
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あれ、わたしってこんな姿だったっけ。もっとこう、ストレートの長い髪で、切れ長の碧眼で、整った鼻筋に妖艶な唇をしていた気がする。
そんなバカな、と首を振った。そんなのは夢に過ぎない。そんなのは幻想、理想。わたしの願望……。
ハッ、と気づく。
願望──そう、願望どおりの姿だった。あの異世界、シエラ=イデアルで。
「やっと気づいた? 由佳。戻って来たんだよ。元の世界に」
綾が優しく笑う。いや、どこか寂しげだ。
「気づかないほうが良かったのかな……わたしにもわかんないよ。でもね、気づいたってことは、望んでいるんだよ。あの世界にまた行きたい、やり残したことがあるって」
「綾、もしかしたら綾は……」
あの世界で、わたしのことをすでに知っていた。
幾度となく、手助けをしてくれた。
元の世界から消えた少女を守ると言っていた。それが願望だと。
「そう、わたしが天塚志求磨。わたしが書いている小説の主人公」
綾はそう言ってわたしを抱きしめた。
願望だから、性別も自由に変えられる。ただ、ほぼ99%の確率で見破ることが出来る。
何気ない話し方や所作で分かるものだが……志求磨の場合はまったく分からなかった。
「わたし、こっちで疲れてたんだ。周りの期待とか、それこそ願望とかに……。本当のわたしは小説が書きたい。学校の人気者でも、バスケ部のエースでもない。そんなの、望んでない」
「綾……」
こちらも背に手を回してぎゅっ、と抱きしめた。この親友は苦しんでいたんだ。それに気づいてやれなくてゴメン。
「由佳が目の前で消えたとき、どうしようかって思った。それで助けなきゃって、強く願ったんだ。そうしたらわたしもあの世界に行くことができた」
「ありがとう、綾。ずっとわたしのこと心配してくれてたんだ」
「当たり前だよ。わたし、ずっと由佳のこと好きだったんだから」
「うん、わたしも」
「本当? 由佳、わたし嬉しい……」
綾が潤んだ瞳で顔を近づけてくる。あれ、好きって友達としてってことだよね。これは……ガチなヤツか?
「あ、早く乗らなきゃ」
わたしはごまかすように慌てて綾の手を引いてバスに乗り込む。
ふいにガクン、と階段を踏み外したような感覚。
「由佳、新しい《召喚者》が喚んでる。行こう、また一緒に」
──綾と手を繋いだまま、また暗闇の中に落ちていった。
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