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第1部 剣聖 羽鳴由佳
27 疑念
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王都では大きな変化は見られなかった。
以前のように大勢の人間が市場を行き来している。武道大会がはじまるとき、超級魔物が近づいているという一報が入ったが、この様子なら被害はなかったのだろう。
王城へ向かう。こちらは前回と違って装備した兵が大勢配置され、物々しい雰囲気だ。兵の一人に話しかけて取り次いでもらう。しばらくすると城の中に案内された。
城内も同じく多くの兵が動いていた。王の間に近づくと、武官のみならず文官までもが早足で歩いている。これは何かあったのだろうか。
王の間では《神算司書》ミリアム・エーベンハルトが各政務官に対し、慌ただしく指示を出していた。玉座に《覇王》黄武迅の姿はない。
ミリアムはわたしの姿に気付くと人払いをし、その広い空間に二人きりになった。
「《覇王》は?」
「……王は負傷され、今は治療を受けています。超級魔物との戦いでわたくしを庇ったばかりに……」
「あの《覇王》が……城内の騒がしさはそのせいか」
「いえ、王の怪我はそこまでひどくはないのですが、リヴィエールの反乱鎮圧に手こずっているのです。五禍将のひとり、レオニードを向かわせたのですが」
反乱……《覇王》の統治に不満を持つ領主が起こしたものだろうか。あの消失したセプティミアも造反を考えていた。
「リヴィエール地方はセペノイア並みの大都市をいくつも抱えた豊潤な地。そこの大領主が反乱となれば……」
「戦争か」
願望者同士の戦いだけでは済まない。多くの一般兵士、そして市民も捲き込まれて犠牲になるだろう。
「多くの都市はまだ反乱に同調していません。規模が膨れ上がる前に鎮圧したいのです」
ミリアムはがしっとわたしの両手を掴む。
「《剣聖》、あなたがここに来たのも天啓。ぜひ反乱鎮圧に協力して頂きたい」
「な、なんでわたしが?」
「王は負傷し、わたくしはここを離れるわけにはいきません。ショウとは連絡が取れませんし、アルマはあなたに懐いている。これを考えてもあなた以外に考えられません」
目が真剣だ。ミリアムの手に力がこもり、わたしはうむむ、と唸る。
「もちろん報酬は出しますし、成功のあかつきにはそれなりの官職を用意します。あなたのような人材が必要なのです」
報酬、官職という言葉にわたしの心は揺れる。
もし本当なら、これって公務員ってことだよな。安定した給料、ボーナス、週休2日、残業なし。いまのその日暮らし生活からおさらばできるかも。
下手したら領主さまだ。わたしの頭の中ではドレスを着て舞踏会で華麗に舞うディ○ニー映画のお姫様のような自分が想像できた。そして居並ぶイケメンたちの誘いをゴメンあそばせ、ゴメンあそばせ、とかわしながら一人の男性のもとにたどり着く。その男性は──ちょんまげ頭に羽織袴姿の俳優、花岡賢だ。
ぐふ、ぐふふふ、とわたしが妄想に浸っていると、ミリアムが咳払いをひとつ。現実世界に引き戻された。
「……わかった。シエラ=イデアルの平和のために力を貸そう」
わたしは力強く頷き、ミリアムの誘いを受けることにした。
さっそくリヴィエール遠征軍の一隊に加えられ、行軍日程を聞く。出発は明日。今日はこの王城に泊まることになった。
王の間を出ようとしたとき、ミリアムは声を落として呼び止めてきた。
「《剣聖》……いえ、由佳さん。余計なことかもしれませんが、《青の魔女》とはこれ以上関わらないほうがよいのかと」
ミリアムの声にはどこか畏れと不安が入り交じっているように聞こえる。わたしがどうして、と聞く前にミリアムは分厚い本をペラペラとめくりだす。
「超級魔物の復活……そんな真似が出来るのは強大な力を持つ彼女以外に考えられないのです。それに、わたくしのこの【願望者全書】……彼女の名だけ無いのです。これが意味することは──」
ミリアムはここでいったん言葉を切る。その先を言うのをためらっているようだ。
「…………………」
沈黙が続いたが、ミリアムは意を決したように口を開く。
「……願望者以前に人ですらないのかも。この世界からわたくしたちを排除しようとする側だとは考えられませんか?」
「まさか。あの人はわたしを何度も助けてくれた」
わたしは即座に否定する。怪我を負ったわたしを治療してくれたし、セペノイアでも彼女がいなければ街を守れなかった。そもそも、結界を張ったり治療をしたりと長い期間シエラ=イデアルの住人として馴染んでいるではないか。
「それがかえって恐ろしいとは思えませんか? 強大な力に、人心を得る策謀にも長けている……いいでしょう、由佳さん。今はまだ推測に過ぎません。ですが、わたくしの忠告を忘れないでください」
「…………」
わたしは無言で王の間を後にした。あり得ない話だが、ミリアムの言葉はわたしの心に何か重たいものを残した。
以前のように大勢の人間が市場を行き来している。武道大会がはじまるとき、超級魔物が近づいているという一報が入ったが、この様子なら被害はなかったのだろう。
王城へ向かう。こちらは前回と違って装備した兵が大勢配置され、物々しい雰囲気だ。兵の一人に話しかけて取り次いでもらう。しばらくすると城の中に案内された。
城内も同じく多くの兵が動いていた。王の間に近づくと、武官のみならず文官までもが早足で歩いている。これは何かあったのだろうか。
王の間では《神算司書》ミリアム・エーベンハルトが各政務官に対し、慌ただしく指示を出していた。玉座に《覇王》黄武迅の姿はない。
ミリアムはわたしの姿に気付くと人払いをし、その広い空間に二人きりになった。
「《覇王》は?」
「……王は負傷され、今は治療を受けています。超級魔物との戦いでわたくしを庇ったばかりに……」
「あの《覇王》が……城内の騒がしさはそのせいか」
「いえ、王の怪我はそこまでひどくはないのですが、リヴィエールの反乱鎮圧に手こずっているのです。五禍将のひとり、レオニードを向かわせたのですが」
反乱……《覇王》の統治に不満を持つ領主が起こしたものだろうか。あの消失したセプティミアも造反を考えていた。
「リヴィエール地方はセペノイア並みの大都市をいくつも抱えた豊潤な地。そこの大領主が反乱となれば……」
「戦争か」
願望者同士の戦いだけでは済まない。多くの一般兵士、そして市民も捲き込まれて犠牲になるだろう。
「多くの都市はまだ反乱に同調していません。規模が膨れ上がる前に鎮圧したいのです」
ミリアムはがしっとわたしの両手を掴む。
「《剣聖》、あなたがここに来たのも天啓。ぜひ反乱鎮圧に協力して頂きたい」
「な、なんでわたしが?」
「王は負傷し、わたくしはここを離れるわけにはいきません。ショウとは連絡が取れませんし、アルマはあなたに懐いている。これを考えてもあなた以外に考えられません」
目が真剣だ。ミリアムの手に力がこもり、わたしはうむむ、と唸る。
「もちろん報酬は出しますし、成功のあかつきにはそれなりの官職を用意します。あなたのような人材が必要なのです」
報酬、官職という言葉にわたしの心は揺れる。
もし本当なら、これって公務員ってことだよな。安定した給料、ボーナス、週休2日、残業なし。いまのその日暮らし生活からおさらばできるかも。
下手したら領主さまだ。わたしの頭の中ではドレスを着て舞踏会で華麗に舞うディ○ニー映画のお姫様のような自分が想像できた。そして居並ぶイケメンたちの誘いをゴメンあそばせ、ゴメンあそばせ、とかわしながら一人の男性のもとにたどり着く。その男性は──ちょんまげ頭に羽織袴姿の俳優、花岡賢だ。
ぐふ、ぐふふふ、とわたしが妄想に浸っていると、ミリアムが咳払いをひとつ。現実世界に引き戻された。
「……わかった。シエラ=イデアルの平和のために力を貸そう」
わたしは力強く頷き、ミリアムの誘いを受けることにした。
さっそくリヴィエール遠征軍の一隊に加えられ、行軍日程を聞く。出発は明日。今日はこの王城に泊まることになった。
王の間を出ようとしたとき、ミリアムは声を落として呼び止めてきた。
「《剣聖》……いえ、由佳さん。余計なことかもしれませんが、《青の魔女》とはこれ以上関わらないほうがよいのかと」
ミリアムの声にはどこか畏れと不安が入り交じっているように聞こえる。わたしがどうして、と聞く前にミリアムは分厚い本をペラペラとめくりだす。
「超級魔物の復活……そんな真似が出来るのは強大な力を持つ彼女以外に考えられないのです。それに、わたくしのこの【願望者全書】……彼女の名だけ無いのです。これが意味することは──」
ミリアムはここでいったん言葉を切る。その先を言うのをためらっているようだ。
「…………………」
沈黙が続いたが、ミリアムは意を決したように口を開く。
「……願望者以前に人ですらないのかも。この世界からわたくしたちを排除しようとする側だとは考えられませんか?」
「まさか。あの人はわたしを何度も助けてくれた」
わたしは即座に否定する。怪我を負ったわたしを治療してくれたし、セペノイアでも彼女がいなければ街を守れなかった。そもそも、結界を張ったり治療をしたりと長い期間シエラ=イデアルの住人として馴染んでいるではないか。
「それがかえって恐ろしいとは思えませんか? 強大な力に、人心を得る策謀にも長けている……いいでしょう、由佳さん。今はまだ推測に過ぎません。ですが、わたくしの忠告を忘れないでください」
「…………」
わたしは無言で王の間を後にした。あり得ない話だが、ミリアムの言葉はわたしの心に何か重たいものを残した。
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