異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

2 剣聖

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 この世界に飛ばされてもう半年は経つだろうか。
 シエラ=イデアル。統一国家であるこの国の名であり、この世界そのものを皆そう呼ぶ。
 わたしは意外にもここの環境に馴染むのは早かった。 

 シエラ=イデアルの文明はそれほど発達していないようだ。灯りにはランプやたいまつを用い、情報の伝達方法は手紙か伝令。農耕、輸送は人力に牛馬。
 人種は雑多で肌や毛髪、瞳の色もさまざまだ。おかげでわたしがそう目立つこともない。 
 なぜか言語も通じるし、そもそもわたしのようにから来た人間はそこまで珍しいものでもないらしい。
 
「おい、願望者デザイアのねーちゃん。ついたぜ。ここがやつらのアジトだ」

  髭もじゃのおっさんが岩陰に隠れながら指さす。
 わたしたち異世界からの訪問者は願望者デザイアと呼ばれている。大抵は畏れられ、忌み嫌われているが、このおっさんのように仕事を依頼してくる者も多い。
 
 「気をつけな。やつら今までセペノイアみたいなデカイ街には近づかなかったのによ。最近は街の兵隊を怖がってねえみたいだ」

「……野盗に手を貸している願望者デザイアがいるのかも。おい、おっさん。願望者デザイアが相手だったら報酬上乗せだからな」

「マジかよ!  まったく、あんたらが絡むとろくなことにならねえ。まだ魔物のほうが可愛いもんだ」

 こっちだって好きでこんな世界に来たわけではない。電化製品はない、コンビニもない、時代劇もない。統一国家のくせに治安が悪いし、衛生面も悪いし、魔物は出るし。

 まあ、この髭のおっさんに言っても仕方がない。愚痴もほどほどにして仕事に取りかからねば。
 ──野盗退治。それが今回の仕事だ。願望者デザイアが受ける仕事としてかなりポピュラーなもののひとつだろう。

 岩陰から少し身を乗りだし、まず見張りの数を確認する。
 ただの野盗相手なら無双ゲームよろしくバッサバッサと切り込むだけだが、今回はそうもいかない。

 三人の見張りの位置を瞬時に見定めた。 
 柄に手をかけ、腰を落とす。

「シッ!」

 居合い斬り、袈裟懸けけさが、一文字。 
 宙空を切り裂く。刀から三筋の衝撃波が放たれ、三人の見張りを打ち倒した。
 髭のおっさんが感嘆の声をあげた。ふふん、これで少しはわたしのことを見直しただろう。ここの案内をする途中、ずっとわたしの腕を疑っていたのだ。

「うお、すげぇ! あんな離れたとこにいたのに当てやがった! あんた、本当にすげぇよ!」

 ちょっとこの人、声デカ。せっかく敵に見つからないよう倒したのに。……ほら、アジトの中からワラワラ出てきた。これ、絶対このおっさんのせいだ。

「や、やべぇ。おい、後は頼んだぜ、ねーちゃん。高い金払ってるんだからな」

 髭のおっさんはそう言って一目散に逃げ出した。顔はいかついくせに、こんなところに女の子ひとり置いていくなんて。
 数本の矢が足元に突き刺さった。生意気に野盗どもが矢を射かけてきたのだ。
 わたしは刀を鞘に納め、再び居合いの構えに入る。

「シッ!」

 短く息を吐き、抜刀。先ほど見張りを倒した技、太刀風たちかぜ。今度は七回、宙空を斬りつけた。
 迫りくる矢を弾き飛ばし、飛ぶ斬撃は十数人の野盗集団を蹴散らした。

 土煙が立ち込め、その中から飛び出す様子はない。さすがに戦意喪失か。
──チュンッ。
 何かが頬をかすめた。矢ではない。やはり予想通り。野盗の凶暴化には必ずといっていいほど関わっている。願望者デザイアだ。
 
「出てこい。決着をつけるぞ」

 頬の血をぬぐいながら呼びかけると土煙からぬっ、と現れたのは中年の男。重ったるいコ―トにレザーハット、両手には回転式拳銃リボルバ―

 男を見たときから頭の中に直接ダダダダ、と文字が浮かんでくる。《クレイジーガンマン》クレイグ・オルブライト。
 相手にもわたしの名が打ち込まれているはずだ。
 クレイグは無造作に近づいてくる。

「ふん……《剣聖》ね。たいそうな二つ名だ。しかもイイ女ときている」
 
 くるくると拳銃を回しながらべっ、と唾を吐いた。わたしはイイ女と言われて顔がニヤけそうになったが、ぐっと我慢する。
 
「元の姿はどうせキモいブタ女か男だろうが。いちいち俺の──」

 セリフの途中で二つの銃口が火を吹く。
横っ飛びにかわし、近くの岩かげへ。クレイグはお構いなしに銃弾を岩に打ち込む。
太刀風で対抗したいが、連射やスピードでは銃に勝てない。

「邪魔するんじゃねぇよ! せっかく好き放題やれる世界に来たのによぉ!  正義の味方のつもり──」

 セリフが途切れ、銃声も止む。銃弾が尽きたか。わたしは岩かげから転がり出、太刀風の構えに入る。

「──かよッ! 死ね!」

 クレイグは二丁の拳銃を投げ捨てていた。コ―トの背中からズッ、と長身の銃を取り出す。これは、マズイ。
 バンッ、と弾ける音とともに、背後の岩が粉々に砕けた。とっさに伏せてかわしたが、ひとつ間違えばわたしがああなっていた。しかし、距離が近い。ここは有利だ。
 もう一度散弾が放たれた。これもかわし、一気に距離をつめる。刀を抜きざま、斬りつけた。
 
「クソがっ!」
 
 クレイグはショットガンの銃身でそれを受けるが、名刀飛蝶めいとうひちょうの切れあじの前では棒切れに等しい。真っ二つにし、刀の切っ先は胸元まで届いた。
 手応えは浅いがクレイグは膝をつき、シャツが真っ赤に染まる。戦意喪失するには十分なダメージだ。

「勝負はついた。武器を捨てて投降しろ。お前の部下たちも全員生きている」
 
 周辺では野盗たちが固唾をのんで見守っている。さっきの太刀風は手加減していたので、ひどくても骨が折れる程度のケガだろう。

 いかに悪党とはいえ、人間を殺すつもりはない。わたしはさらにカッコいい決めゼリフはないものかと考え、クレイグから一瞬、目をはなした。

 ジャララララッ。
 何の音? 目を向けると、クレイグのコ―トから大蛇のように弾帯がのたうち出てきている。さらにコ―トの奥から出てきたのは──映画とかマンガで見たことある。回転式多銃身機関銃ガトリングガンだ。

 わたしはあらん限りの脚力で大きく飛び退く。

 狂気に歪んだ顔のクレイグが何かを叫びながら掃射を開始した。激しい炸裂音、野盗たちの悲鳴、舞い上がる土煙、血飛沫。おびただしい数の薬莢。

 混乱のなか、回避、回避、回避。跳躍し、地面を転がり、わたしは刀を鞘に納めながら力を溜めていく。
 つばと鞘の隙間からキイィィ、と気を練った光が漏れる。

 最後の勝負だ。クレイグと目があった。笑っている。もしかしたら、わたしも笑っていたかもしれない。

「シッ!」

 ──渾身の太刀風を放った。
 
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