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43 アレックスとレイラ

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 王都までの帰路の途中。
 橋の崩落で分断されたダラムの騎士団とようやく合流できた。

 再会して早々、ジェシカは思い切りぶつかるようにわたしに抱きついた。

「ほんとにっ……一時はどうなるかと思ったわ。橋の向こうで敵に襲われてるのが見えたけど、どうにも出来なくて。でもレイラが無事で良かった」
「ええ、ジェシカ。あなたも無事でなによりです。わたしは助かりましたが、フロストや多くの兵士の犠牲がありました。彼らがいなければわたし達などとうに命を失っていたでしょう」
「うん……それにアレックス王の具合も悪いんでしょう?」

 アレックス王は馬車の中で寝たきりでわたし以外の者に姿を見せていない。

「はい。馬車の中でも何度も吐血しています。正直、王都まで持つかどうかも分かりません」
「そ、そんなにひどいなんて。レイラ、もしもの時はどうするつもり?」
「……分かりません。とにかく今は王都まで急ぎましょう。陛下もそれを望んでいます」

 合流して休憩もそこそこに、わたし達は再出発することにした。

 エヴァンらシェトランドの一隊ともそこで別れる。
 わたしはもう一度エヴァンに礼を言おうと近付いた。
 だけど彼は騎乗で頭を下げ、何も言わずに隊を引き連れて去って行った。



 * * *



 それから数日が過ぎ──。
 王都まであと少しの距離。
 このまま休まずに王都まで行くべきか。
 だけど日も落ちてきた。街に寄るにも引き返さなくてはならない。

 さすがに夜間に強行するのは危険なのでどこかで野営することに決めた。
 ウィリアムが手頃な場所を見つけ、そこで幕舎を張る。

 できるだけ人目に付かないようにアレックス王を運び、幕舎の中で休ませた。

 幕舎の中ではアレックス王と二人きり。
 アレックス王はほとんど喋らなくなっていた。
 咳は少なくなったが、息が弱々しくなっている。  
 もしかしたら今夜を乗り切ることさえ難しいのかもしれない。

 そんな考えが頭をよぎり、わたしは首を振った。自分が弱気でどうする。
 なんとかして王都までは持たせなければ。無事に戻ってきたと臣下や民に知らせなければならない。

 病のことはもう隠しようがない。
 アレックス王が自ら公表して、これからの事を皆で話し合わないと。
 それが混乱を避けるための唯一の手段。巡幸中に急逝ともなればあらぬ憶測が飛び交うだろう。
 
 彼の寝顔を眺めながら銀髪を撫で、わたしは小声で話しかける。
 
「陛下、頑張ってください。王都はもうすぐです。皆が陛下のお帰りを待っていますよ」
 
 眠っていたとばかり思っていたアレックス王は薄く目を開け、微笑みながらわたしの頬に触れた。

「そう……だな。いや、それよりもだ。お前に大事な話がある」

 そう言いながら上半身を起こし、しっかりとした口調でアレックス王はわたしを見つめた。

「余はもうじき死ぬ。不思議なものだな。今は平気で話せているが、それでも分かる。おそらく朝まで持たんだろう」
「なにを、陛下──」
「いいか、これは神が最後に余に与えてくれた力かもしれん。お前に伝えておくために」
「陛下……」
「余が亡き後の事だ。子もおらず、正当な跡継ぎも無いダラムは混乱に陥るだろう。そこを狙ってハノーヴァーや反乱分子が騒ぎ出すのは火を見るより明らかだ」
「ならば今からでも後継者をお決めになるのですか」
「いや、すでに余は後継者を決め、この文書に名を記してある」

 遺言状。アレックス王直筆のものであれば誰であろうと異論を唱える者はいないだろう。

 一番可能性があるのは騎士団長であり王族の一人でもあるグレイソンだ。
 人格的に問題はありそうだが、実績も実力も兼ね備えている。

「グレイソン騎士団長ならば軍事面でハノーヴァーの圧力にも屈しないでしょう。適切な人選だと思います」
 
 わたしはそう答えたが、アレックス王は怪訝な顔で首をかしげる。

「何を言っている? この書にはお前の名を書いているのだぞ」
「な、なにを⁉ ご冗談でしょう? なぜわたしなんかが」
「いかな事態にも希望を捨てず、知恵があり機転が利く。胆力も備え、何をやらせてもそつなくこなす。民からの人気も申し分ない。これ以上の人物はいないだろう。お前は女王としてダラムに君臨するのだ」
「む、無理です。女王だなんて。そのような前例も無いでしょう」
「前例もクソも無い。もう決めたことだ。お前に拒否権などないぞ」

 ここまで言ってアレックス王は苦しそうに胸を押さえる。
 わたしは慌てて横に寝かせようとするが、彼はそれを断った。

「よい。このままで……おい、もっとよく顔を見せろ」

 間近にいるのだが、もうよく見えてないのか。
 わたしはこらえきれずに涙を流し、くっつきそうなくらいに顔を近づける。

「泣いているのか? フ、そんな顔をするな。国を背負う重責に耐えられんのか?」
「違います、そんなことではなくて。陛下がいなくなると思うと……」
「不安か。いや、お前なら大丈夫だ。信頼できる仲間もいるだろう」
「はい。でも、やはり陛下は必要です。ダラムにはもちろん、わたしにとっても」
「不思議なものだな。あれほどいがみ合っていたのに。だが本音でぶつかり合えたのは結局お前だけだった。心を許せる相手も」
「……陛下」
「今までお前にしてきた仕打ち……済まなかったな。こんな時になってはじめて分かった。余はお前を……愛していたのだ。レイラ、余はお前と一緒にもっと生きていたかった」
「陛下、わたしもです。自分でもよく分からなかった気持ちがはっきりと分かりました。尊敬でも同情でもなく、これは愛なのだと」

 自然と唇を重ねていた。
 アレックス王は病が伝染るぞ、と離れようとするが、わたしは構わず彼の身体を抱きしめた。

「伝えるべきことは伝えた。もう余に残された時間は無いようだ」

 アレックス王の身体の力が抜けたような感触。
 わたしはゆっくりとアレックス王の身体を横に寝かせる。

「陛下、いかないでください。あなたがいなくなったら、わたしは」

 覚悟していた事なのに。分かりきっていたことなのに。
 消えようとしている命の灯火を目の当たりにしてわたしは子供のようにすがった。

「もう泣くな。短い人生だったがお前に会えた。よく分からんが、幸福な人生とはそういう人物に会えるかどうかだと余は思う」
「陛下っ……わたしも。わたしもです。陛下に会えて、わたしは」
「最後に、余の名を呼んでくれないか。呼び捨てで構わん。レイラ、側にいるのか」
「います、ここに。アレックス、わたしはここにいます」

 アレックス王の手を握り、呼びかける。
 アレックス王は穏やかな顔で目を静かに閉じた。その目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
 握っていた手にも力が失われ、だらんと垂れ下がる。

「アレックス? ……アレックス! アレックス!」

 彼の魂がすでに身体から遠ざかったのだと頭では理解していた。だけど呼びかけられずにはいられなかった。
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