上 下
34 / 44

34 発表

しおりを挟む
 ハリエットらが起こした誘拐事件から一週間が経った。

 アレックス王暗殺を狙いとした重大な事件。
 本来なら国中で大騒ぎになるはずだが、厳しい箝口令が敷かれて公にはなっていない。

 その黒幕であるはずの大国ハノーヴァーも特に動きは見せず、ダラムに潜入しているであろう工作員も鳴りを潜めているようだった。

 その平穏が束の間でしかないことは分かっているけれど、少しはゆっくり出来そうな気がする。

 アレックス王の病状も現在は落ち着いている日が多い。

 朝の評議会や昼間も廷臣の前に顔を出すようになっていた。

「アレックス王、最近はなんか体調良くなってきてない? この前はめずらしく馬で遠乗りしたらしいよ」

 部屋の中を掃除しながらジェシカが聞いてきた。
 わたしは読んでいた本にしおりを挟み、それに同意する。

「ええ。夜に様子を見に行きますが、発作も起きてないようですね。わたしの言った通りに早めに休んでいるようですし」
「レイラの作った食事もちゃんと食べてるみたいだしね~。このまま快復するんじゃないの?」
「だといいのですが……彼の病は身体のみならず、精神的なものも原因だったと思います。両親も兄弟も亡くし、誰も頼れる者もいない中でいつ死ぬかもしれない恐怖と国を背負っている重圧。常人ならとても耐えられる状況ではないでしょう」
「ほら、良くなってきたのはやっぱりレイラがいるからだよ。気を許せる相手が一人でもいたら安心するもんね」
「そうですね……どんな状況でも人との繋がりは大事です。わたしにとってのあなたやウィリアム、フィンにフロスト。本当にたくさんの人に助けられてきました」

 わたしがそう言ってジェシカに微笑みかけると、彼女も満面の笑みで返す。

「それはお互い様。ここに連れて来られたときはどうなるかと思ったけど……レイラのお陰でなんとかやっていけてる」

 ここでドアの外からウィリアムの呼びかける声が聞こえた。

「王妃殿下、陛下がお呼びです。用意が出来しだい謁見の間までお越しください」

 わたしとジェシカは顔を見合わせる。
 今まで呼び出しを受けて、ろくな目に遭ったことがない。
 
 また何か無理難題を押し付けられるのか。
 アレックス王との関係は良い方向に向かってるとはいえ、まだその可能性はある。

 嫌な予感はするが無視するわけにはいかない。
 わたしはジェシカに着替えや化粧を手伝ってもらい、謁見の間へと向かった。



 謁見の間に入り、わたしはいつものように階下にひざまずこうとするとアレックス王がそれを止めた。

「何をしている。お前のいるべき場所はここだ」

 見上げると、アレックス王の隣に席が設けられている。
 アレックス王の玉座と遜色ない程の豪華なものだ。
 まさかそこに座れと? わたしがためらっていると、アレックス王がさらに促す。

「さっさとしろ。お前がここに座らんと話が進まん」

 わたしは仕方なく階を上がり、そこへ腰掛けた。

 居並ぶ廷臣や兵士たちを見下ろし、どうにも居心地が悪い。
 廷臣らも困惑している顔。わたしはついこの前まで嫌がらせや罵倒されていた立場だったから無理もない。

「なんだ? 何を縮こまっている? 背筋を伸ばして堂々としろ」
「な、なんだか気恥ずかしいものがあります。こんな所から皆を見下ろすというのも」
「フン、決闘や戦は恐れぬというのに変わった女だ。まあいい、本題に入る」
 
 アレックス王はそう言って声高に発表した。

「朝の評議会に参加した重臣らはすでに知っていようが、改めてここで皆に知らせる。余が即位してから1年が経とうとしている。これを記念して大陸の各地を訪れてみたいと計画している」

 家臣たちからどよめきが起こる。
 わたしも突然のことに驚いた。

 大陸の各地を王が訪れる──巡幸か。
 たしかに大陸はダラムが統一し、即位1周年というタイミングを考えればそういう話も出てくるだろう。

 けれど海の向こうにはハノーヴァーという脅威があり、その密偵や工作員があちこちに潜んでいるかもしれない。

 それについこの前、ロージアンの残党に襲われたばかりだというのに。

 わたしの怪訝な視線に気付いているのかいないのか、アレックス王はそのまま廷臣たちに意見を求めた。

 廷臣たちは素晴らしいお考えです、とそれを賛美する。
 反対する者などいるはずが無かった。わたしに対する態度が軟化したとはいえ、家臣たちの前ではまだ恐ろしい為政者のイメージが強い。

「この計画については外務卿やギリアン司祭を中心に早急にまとめあげろ。出発は早いほうがいいからな」


  ✳ ✳ ✳


 その夜、わたしはアレックス王の部屋を訪れて非難の声をあげていた。

「無謀です、国中を回る巡幸など。あなたの身体のこともあるのに」
「だからこそだ。余が生きているうちに済ませておきたい。ダラムの力や余の威光を示す良い機会だろう」
「そんなもの……ダラムの強さなど民は骨身に染みるほど知っています。今さらそんなことをしなくとも」
「もう決めたことだ。お前も王妃として余に付いてこい。民もお前の姿を見たがっていよう」
「それに危険です。道中、陛下に害をなさんとする者どもに襲われでもしたら」
「それは逆に好都合だ。襲ってくる賊を騎士団が撃退すれば、ますますダラムの強さが広まるだろう」

 わたしは呆れてそれ以上何も言えなかった。

 強引な性格や不器用な態度はあるが、彼の本質は国や民を思っての行動だ。
 
 それが即位1周年の巡幸……たしかに喜ぶ民衆もいるだろう。
 でも今回の件はダラム軍の武威や煌びやかさを見せつけるような意図を感じる。それに莫大な費用もかかるだろう。
 
 何より自身の体調や危機管理に無頓着すぎる。
 これまでわたしが口うるさく注意してきたことが無駄になってしまう。

「………………」
「なんだ、怒ったのか?」
「……怒ってなどいません。わたしが怒る理由などないでしょう」
「いや、怒っているな。お前は怒るとわずかだが目つきが変わる。微妙な変化だが」
「やめてください。なんでも知っているような言い方は」
「余の身体を心配しているのだろう。だからこそお前が付いてくることに意味がある。お前は唯一、余の側にいられる人間だ」

 アレックス王の病は親や兄弟から伝染った疑いがある。
 毎日のように部屋を訪れているわたしが病にかかった兆候が見られないので伝染病でない可能性も十分にあるのだが、アレックス王は頑なにわたし以外の人物は側に近付けなかった。
 
「もし万が一、余の体調が悪くなってもお前がいれば安心だ。そのときは頼むぞ」
「頼むと言われても……わたしは医者でもなんでもありませんよ。不測の事態に対応できません」
「いや、側にいるだけでいい。それだけで良いのだ。こう言うのもなんだが、お前がここに来るようになってから調子がいいのだ」
「そ、そうなのですか。それは偶然だと思います。でも良くなっているのなら、わたしは嬉しいです」

 ここでお互いにうつむく。
 なんだか気まずくなって、わたしはもう休みますと部屋を出た。
 
 突然のアレックス王の発表。
 本人の考えなのか、誰かの入れ知恵なのか。

 わたしの胸の中には不安な思いがもやもやと広がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】契約の花嫁だったはずなのに、無口な旦那様が逃がしてくれません

Rohdea
恋愛
──愛されない契約の花嫁だったはずなのに、何かがおかしい。 家の借金返済を肩代わりして貰った代わりに “お飾りの妻が必要だ” という謎の要求を受ける事になったロンディネ子爵家の姉妹。 ワガママな妹、シルヴィが泣いて嫌がった為、必然的に自分が嫁ぐ事に決まってしまった姉のミルフィ。 そんなミルフィの嫁ぎ先は、 社交界でも声を聞いた人が殆どいないと言うくらい無口と噂されるロイター侯爵家の嫡男、アドルフォ様。 ……お飾りの妻という存在らしいので、愛される事は無い。 更には、用済みになったらポイ捨てされてしまうに違いない! そんな覚悟で嫁いだのに、 旦那様となったアドルフォ様は確かに無口だったけど───…… 一方、ミルフィのものを何でも欲しがる妹のシルヴィは……

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

処理中です...