人質王女が王妃に昇格⁉ レイラのすれ違い王妃生活

みくもっち

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33 仲直り

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 冷たい感触が額や頬を撫でる。
 それで目を覚ました。わたしを覗き込むジェシカの顔。

 わたしの頭をヒザに乗せ、濡れたハンカチで顔を拭いてくれていたようだ。

「ジェシカ……ここは? わたしたちは助かったのですか」
「うん。あの廃教会の地下道はそこの橋の下に繋がってたみたい。そこから脱出してきたの」

 ジェシカが指差す先に古びた石橋が見えた。

「目が覚めたか。まったく無茶をする女だ」

 後ろから声。振り向くとアレックス王がそこにいた。

「レイラ?」

 ジェシカが心配そうに声をかけてくる。
 彼の姿を見ると自然とポロポロと涙がこぼれてきた。

「お前ほどの女でも泣くか。フロストと戦った時でも平然としていたお前が。今回のことはよほどこたえたのか」

 アレックス王の言葉にわたしは涙を拭い、首を横に振った。

「違います。正直に嬉しかったからです。あなたが助けに来てくれたこと。そして無事であったことが」

 ハリエットの企みはジェシカを人質にしてわたし、そしてアレックス王を誘い出すのが狙いだった。
 そしてこの周辺をロージアンとハノーヴァーの軍勢が包囲すると言っていた。
 だけどそんなものは影も形も見えない。
 
 わたしの言葉にアレックス王は軽く「そうか」と答え、うつむきながら周りには聞こえないような声で「お前も無事で良かった」と言った。

 アレックス王の反応にジェシカがウソでしょ、と驚いていた。
 ジェシカや家臣の前では暴言を吐き、尊大な態度を取る姿しか見せていない。

「そろそろ戻ってくる頃だ」

 照れを隠すようにアレックス王は石橋の先の方に視線を移した。

 今は水もほとんど流れていない川。その土手の向こうからウィリアムやフロスト、複数の兵士らが現れた。
 そしてその後にはロープで縛られた集団が続く。
 フードを目深に被った人物ら。ロージアンの残党たちだ。

 ロージアンやハノーヴァーからの援軍をあてにし、簡単に逃げられると思っていたのだろう。
 だが実際はどこからも助けは来ず、逆に捕縛される状況。

 その中にはハリエットもいた。
 怒りに満ちた眼差しをアレックス王に向け、喚いている。

「どうして……どうして軍が来ないのっ⁉ 絶好の機会だったのに! 軍さえ来ればアレックス王を仕留められたのにっ」
「ロージアンの残党か。フン、友軍に見捨てられたかなんらかのトラブルが起きたか。どちらにしろ無駄な謀りごとだったな」

 無理やりひざまずかされた彼らの前で、アレックス王はぎらりと剣を抜いた。

「や、やめてっ! ハリエットを殺さないで!」

 真っ先に飛び出したのはジェシカだ。
 ハリエットらをかばうように両手を広げ、アレックス王に懇願する。

「……コイツらに殺されそうになったのになぜかばう? 理解できんな」

 アレックス王が首をかしげる。わたしもジェシカの横に並んで彼らの助命を乞う。

「彼らにはもう反逆する力など残っていません。それにハリエット……エレイン王女はロージアンの最後の王族です。彼女が殺されれば、現在落ち着いてきたロージアンの統治に問題が起きかねません」
「王族の生き残りがいるからこそ、それに望みを託そうと反乱を企てるのではないか? ならば根絶やしにしたほうが早いとは思わんか」
「それは逆です。そんなことをすればロージアンのみならず、シェトランドやブリジェンドからも非難の声が上がるでしょう。もちろんダラム国内からも。ダラムによって統一されたこの大陸に必要なのは恐怖による支配ではなく、陛下の広い御心による仁愛です」
「なに、仁愛だと」
「はい。自国の家臣や兵だけでなく万民に対する愛です。大陸の覇者となった陛下にはそれを施す義務があると存じます」
「……やめろ。なんというか……むず痒くなる。よくもまあ恥ずかしげもなく愛などと」
「恥ずかしいことなどありません。何度でも言います。どうか陛下の温情と仁愛を──」
「やめろ、面倒な女だ……そいつらの処遇については助命の方向で考えてやる。一定期間は虜囚として幽閉するが」
「十分です。ありがとうございます」

 アレックス王は辟易した顔で城の方へ戻っていった。
 その後に続き、兵に囲まれながら歩き出すハリエット。わたしと目が合った。怒るでも礼を言うわけでもない。

 ただ冷たく、暗い視線でなにかを言いたげな表情だったが、結局は言葉を交わすことなく重い足取りで連れて行かれた。
 

 ✳ ✳ ✳


 その日の夕方。
 ジェシカも侍女へと復帰し、わたしの自室で様々な話をした。

 まずはハリエットのこと。
 現在は城の一室に幽閉されているようだが、ひどい扱いは受けていないようだ。

 たださすがに面会は許されていない。会えたとしても、今のハリエットはまともに会話しそうになかった。

「まさかハリエットがロージアンのエレイン王女たったなんて。はじめて聞いたときは本当に驚いたわ……これからどうなるのかしら? レイラが説得してくれたお陰で死罪は無さそうだけど」

 ジェシカが不安そうに聞いてきた。
 自身があんな目に遭ったのにハリエットのことを心配している。

 アレックス王は助命を聞き入れてくれたけれど、廷臣らが何かうるさく言ってくる懸念はある。特に法や規律に厳しいギリアン司祭なんかが。

「わたしたちでなんとか守ってあげましょう。ここでは味方になるのはわたしたちだけでしょうから」
「うん……それとごめんね、レイラ。わたしのせいであんなことになっちゃって」
「いえ、わたしがちゃんと説明出来なかったのがいけないのです。あなたは大事な友達なのに」
「それはわたしだって同じよ。レイラがどんな人を好きになったって自由なのに、わたしったら」

 ジェシカはアレックス王とわたしが親密な関係になっているとまだ勘違いしているようだった。

 たしかに以前のような嫌がらせはないし、理不尽な叱責もない。
 お互いに腹を割って話すようにもなった。
 でもそれは個人的な恋とか愛なんかとは違う。
 病に冒されている身で、この国や大陸の行く末を思っているのには尊敬に値するけれども。

「いいですか、ジェシカ。アレックス王のことなのですが……」
 
 わたしはアレックス王の病について説明。
 今までの横暴な振る舞いも、人を近づけさせないのもそれを隠すためだったことを明かした。

「まさかあのアレックス王が? 今日だって元気そうに見えたのに」
「日中は調子の良い時が多いようです。ですが夜や早朝には発作を起こしたり、熱を出すこともあります」
「意地悪な態度も戦好きなのも演技だったってわけ? 大陸の平定を急いだのもハノーヴァーの脅威から守るため?」

 アレックス王の性格……残忍だとか凶暴だとかは噂に過ぎないこと。それと深刻な病に冒されていることは信じてくれた。
 だけどジェシカはそれでも納得がいかないようだった。
 
「たしかに強引な軍拡や侵略、人質の要求など彼の行ってきたことすべてが正しいとは言えません。ですが彼なりに国や民を思っていたのは事実です。限られた時間の中で、孤独に」

 わたしがそう言うと、う~ん、と腕組みをしながらジェシカは唸る。

「そう考えたらちょっと可哀想な気もしてきたわね。レイラはその良き理解者になってあげてるってことか」
「理解者……そうですね。彼の志を知ったからには少しでも支えてあげたいとは思っています。表面上だけとはいえ、わたしは王妃なのですから」
「んん~? 本当にそれだけ? 目を覚ましたときにアレックス王を見て涙を流してたじゃない。あれは恋する乙女の涙じゃないのかな~?」
「ち、違いますよ。あのときに説明した通りです。お互いの無事が確認できたのが嬉しくて」
「あ、レイラが赤くなってる! めずらしい!」
「か、からかわないでください。赤くなどなっていません」

 わたしが両手で顔を隠すと、ジェシカが横や後ろから覗き込もうとする。

「絶対赤くなってるよ! ねー、顔を隠さないでよ」
「だ、だめです。これは……あの炎の中で肌が乾燥して、それで」
「うそだ~、だって同じ所にいたわたしは平気だもん」

 そんなやり取りをバタバタと何度もわたしたちはくり返していた。
 
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