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20 咎人の儀

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 咎人の儀と聞いて謁見の間がどよめく。
 もちろんわたしはそれがなんなのか知らない。
 だが慌ててひとりの騎士が進み出て、ひざまずきながら陛下、と呼びかけるのを見て異常なことだと気づいた。
 周りの廷臣や兵士らも驚いている。

 その騎士はウィリアムだった。

「なんだ、貴様」
「僭越ながら申し上げます。咎人の儀とは重罪に問われた騎士や兵士が身の潔白を示すための決闘。王妃殿下にそれを課すのはあまりにも……」
「酷だと申すか」
「それもありますが決闘の場に貴人の、それも女性の血が流れるのはどうかと」

 顔面蒼白になりながらウィリアムは答える。
 
 いち騎士が許しも得ずに王に受け答えをしているのだ。
 決死の覚悟で前に出てきたに違いなかった。
 ただ、これ以上アレックス王の不興を買えば本当にウィリアムの命が危うい。

 アレックス王が再び口を開く前にわたしが先手を打つ。

「陛下。その咎人の儀というものに挑戦し、乗り越えることができればわたしの無実になるわけですね」
「そういうことになる。だがな、先に言っておくが咎人の儀を無事に成し遂げた者はいない。過去ただのひとりもな」
「なるほど。それほどの難関というわけですか」
「当然だ。国一番の勇士と戦い、これに勝利せねばならない。こればかりは口先や狡猾さではどうにもならんぞ」

 アレックス王がどうだと言わんばかりににやけながら見下ろす。
 わたしがその内容に怯え、恐怖に顔をひきつらせるとでも思っているのだろう。

「承知致しました。その咎人の儀、ぜひ受けさせて頂きます」

 周りが騒然となる。誰もがわたしがその儀式を拒否し、アレックス王に許しを乞う展開を想像していたようだ。
 ウィリアムも王妃殿下、と責めるようにこちらを見ている。

「強がりもそこまでいけば立派なものだな。闘技場で無様な姿を見せぬよう、形だけでも鍛えておけ。一週間の猶予をやる」
「……一週間後ですか」
「そうだ。武器は飛び道具以外なら自由。鍛錬の方法や師も自由。勝手にやるがいい」
「ご厚情に感謝致します」
「ちいっ、まだ言うか。もういい、下がれ! 決闘の日までその憎たらしい面を見せるな」
「わかりました。その前にもうひとつお願いが」
「なんだ、簡潔に言え」
「侍女から召使いへと降格されたジェシカという者のことです。あの者がいないとなにかと不便なので、復帰させて頂けませんか」
「ああ、勝手にしろ。早く下がれ」
「ありがとうございます」

 謁見の間から退出し、自室へ向かう。
 見張りの兵はもうついてこなかった。城から出さえしなければ自由に行動していいようだ。



 しばらくしてジェシカが部屋に現れた。
 服装が召使いのものから侍女のものへと戻っている。

「ジェシカ、良かった。無事に侍女へと戻れたのですね」

 声をかけながら近づき、髪をなでる。
 彼女はバカッ、と言いながら抱きついてきた。

「それどころじゃないでしょ! 人のことより自分の心配しなさいよ。決闘なんて……いくらアンタでもそんなの絶対無理だわ」
 
 すでに話は知っているらしい。
 わたしはそうですね、と他人事のように言いながらドアのほうに目を向ける。

「ですが、そろそろ協力してくれる方もここへ来てくれるはずです」
「えっ、協力って。誰が?」

 ジェシカもドアのほうを向く。
 その時、ドアの外から男性の声。

「王妃殿下。今、よろしいでしょうか」
「ええ。ちょうどあなたの話をしていたところです。入ってきてください」
「失礼します」

 わたしの部屋に入ってきたのはウィリアム。
 謁見の間でわたしをかばおうとしていたので、その後もなにかしら言ってくるだろうと予想していた。

「先程は力になれず、申し訳ありません」
 
 入ってきて早々、そう言ってうつむくウィリアム。
 わたしは首を横に振り、逆にウィリアムの身を心配した。
 
「陛下の前でわたしをかばうとあなたの立場が危うくなるのでは? ありがたいのですが、それが気にかかります」
「いえ、陛下はわたしの行動など歯牙にもかけていないようです。ここへ来てることもすでに知っています」
「そうなのですか。どうやら陛下はわたしが何をやっても無駄と思われているようですね」
「それはそうです。咎人の儀は戦い慣れた戦士ですら突破できた者がいません。普通はそう考えるでしょう」

 ここでジェシカが話に割り込んでくる。

「だったら、あなたはレイラが助かるような方法を思いついてここに来たんじゃないの? どうにかして助けたいって思わないの⁉」
「無論、できるだけのことはします。わたしが知ってる限りの情報はお教えしましょう。お望みであれば剣や槍の使い方も」
「たった一週間で国一番の勇士に勝てるようになんてなるのかしら? 狩りのときみたいに弓が使えたらいいのに」

 ジェシカが弓を引くポーズを取る。わたしは苦笑しながらそれに答えた。

「飛び道具はダメだと言ってましたね。その代わりそれ以外は自由だと。ウィリアム、相手はどんな方なのですか」
「国一番の勇士……間違いなくフロストでしょう。戦槌の使い手で、先の戦でもタムワース兵三十人をひとりで打ち殺しています」

 それを聞いてジェシカが悲鳴をあげる。もう絶対無理だわ、と。

「そんな化け物と戦うぐらいなら、逃げる方法を考えたほうがマシじゃない? ねえ、レイラ!」
「もちろん真正面からまともに戦えば万にひとつの勝ち目も無いでしょう。ですが、扱う武器と工夫さえあればわたしでも生き延びる可能性はあります」
「本当にそんな方法が」

 出来ることはやるといったウィリアムも半信半疑の顔。
 わたしはうなずきながら言った。

「それには準備と練習が必要です。まずは試作品を作ってみましょう」



 わたしはウィリアムとジェシカと共に城の中を移動。
 目的地は資材倉庫だった。

 城の内外で使うものがふんだんにここに置いてある。

「王妃殿下。ここには武器はないと思いますが」
「そうよ。武器庫と間違えて来ちゃった? 埃っぽいし、カビくさい」

 困惑するふたりをよそに、わたしは資材の中からロープと小さめの麻袋を何枚か見つけ出した。

「以前、蔵書庫で遠い異国で扱う武器についての資料を目にしたのです。それをヒントに思いつきました」

 次にわたしは召使いに頼み、外の石ころや砂を集めてきてもらう。

 今度はその石や砂を麻袋に詰める。そして口が開かないよう、きつく縛る。

 ウィリアムとジェシカはまだわたしがなにをしようとしているのか分からないようだった。

 わたしはロープの両端に砂石の入った麻袋を結んだ。これも解けないようにきつく。

「試作品はこれで完成です。本当は鉄球や分銅を用いるのですが、時間がないので。でも重さを調整するのはこれが都合が良いですね」

 完成品を見せてもふたりは首をかしげるばかり。

「これが武器? こんなんでどうやって攻撃するの? 全然強そうじゃない」
「わたしも見たことがありません。これをどうやって使うのですか?」

 わたしはそれなら広い所に移動しましょうとウィリアムに適切な場所がないか聞いた。
 あと対戦相手にも知られないように人目につかないほうがいい。

「それならもう使っていない地下の修練場があります。あそこなら誰にも見られないでしょう」

 ウィリアムを先頭にまた移動する。

 地下にあるという修練場はたしかに広く、松明で照らせば明かりも十分だった。

「屋外に新しい修練場が出来てからは、ここは滅多に人も来ません。備品はまだ残っているので訓練には不自由しないでしょう」

 ウィリアムはそう言いながら人の上半身を模した木像を中央へ置いた。おもりがついており、どこから押しても倒れそうになかった。

「ああ、これに剣や槍を打ち込んで練習するわけね。よく出来てるじゃない」

 ジェシカが木像をペタペタ触りながら言った。
 わたしは修練場を見渡し、木像との距離を測りながら麻袋のついたロープを持ち上げた。

「この広さなら十分です。一週間で使いこなせるかは分かりませんが、とにかく繰り返し練習するしかありません」


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