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9 視察

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 翌日。朝の会食を済ませ、そのまま使節団とわたし、ジェシカ、ウィリアムを含む数名の者でまずは城の造りを見て回る。

 使節団から城についてウィリアムがいろいろ質問されている。

 城の防備については鋸壁や狭間窓、見張り台、門衛棟などの詳しい説明ができていたが、城の造りそのものについては言葉につまっている様子だった。
 ここはわたしが代わりに説明に入る。

 使節団のひとりが城壁を触りながら聞いてきた。

「城壁の石積みはよい仕事をされていますな。優秀な設計士や職人がおられるのでしょう」

 わたしはここに来て日が浅いが、計画書を作成する時に城の造りについての資料にも目を通していた。

「はい。建築よりすでに六十年経っておりますので当時を知っている者は少ないですが、その知識や技術は後進の者にしっかりと伝えられています」
「ほう、これで六十年も経っているとは。まだ数年しか経っていないように見えますね」
「補修を定期的に行っていますので。また良質な石の産地が近くにあるのも幸いしてます」
「なるほど。風化や劣化に強いというわけですね。オークニーは海が近いので海風で傷みやすいのですよ」
「石材は水分、塩、熱に弱く、変色やひび割れを起こします。ですがそれも石質によってだいぶ変わります」
「ふむ、これは貴国との交易で石材もその一覧に加えたほうが良さそうですね」
「ぜひご検討をおすすめします」

 交易の話になるとまでは予想していなかったが、うまくいったようだ。
 ウィリアムが小声で助かりました、と礼を言ってきた。

「いえ、それよりも次は兵の演習の視察です。この説明はあなたでなければ出来ません」
「はっ、お任せください」

 ウィリアムは気を取り直し、先頭へ立って兵のいる広場へと案内する。

 広場に近づくにつれ、指揮官の号令や兵のかけ声が聞こえてくる。

 広場についてからはウィリアムが使節団に兵の動きや陣形について説明していく。

 ここはわたしは専門外なのでウィリアムに任せておけばいい。
 使節団のメンバーと並んで、見学しながら説明を聞いた。

「今、行っているのは騎兵の調練ですね。指揮官の指示通りに突撃、散開、整列といった動きを繰り返しています」
「見事なものだ。ここにいるのは戦に参加していない予備兵なのでしょう。それでも士気は高いし、整然とした動きだ」

 オークニーの使節団は口々にダラムの兵の動きを褒めた。
 わたしも祖国のシェトランドの兵と比べて、その規模や装備にはやはり到底敵うものではないと再認識した。

 ダラムの騎兵は強固なプレートアーマーに身を包んでいるが、シェトランドではまだ鎖帷子にサーコートをまとったものが主流だった。

 あんなものを揃えるだけでも相当な資金が必要だろう。
 
 この国の軍を恐れてわたしを差し出したのも無理はない。
 むしろわたしひとりの犠牲で戦が回避できたのだから良かったと思うべきだ。

「次は歩兵も加わり、部隊を二つに分けての演習を行います」

 ウィリアムの説明通りに兵は東西に分かれていく。
 その動きも無駄がなく、指揮官の指示も的確だった。

 太鼓が打ち鳴らされ、二つの部隊が喚声とともにぶつかり合う。
 その熱気と気迫に空気が振動し、ここまで伝わるほどだ。

「す、すごい迫力ですな。まるで実戦を見ているようだ」
「まさに。この大陸で無双を誇る騎士団というのも頷ける」

 使節団は息をのみ、食い入るように演習を見ている。

「武器は木製のものですが、たしかに実戦さながらの訓練です。その激しさに負傷者や死者が出ることもありますが、それだけの事をしなければ精強な軍は作れないでしょう」

 ウィリアムは誇らしげに語った。
 やがてぶつかり合った兵たちが引き、また元の位置に戻る。

「いや、いいものを見せてもらった。あれほどの騎兵がオークニーにもいれば」

 使節団代表のエドワーズ卿が感心したように何度もうなずく。

「次は弓兵の訓練場所に移ります。どうぞこちらへ」
 
 ウィリアムと使節団が弓射の訓練場へと向かう途中でわたしはそこから離れ、城門へ。

 もうここはウィリアムだけに任せておけば大丈夫だ。
 わたしは昼の会食と、午後からの視察の準備が出来ているか確認しないといけない。

 昼食をとる会場。
 召使いたちがせわしなく動き回り、テーブルに食器を並べたり、飾り付けや清掃に余念が無い。
 厨房でも料理人たちが汗だくになりながら調理をしていた。こちらも忙しそうではあるが、順調に見える。

 会場から移動し、城門前へ。
 第五区荘園への馬車。そして護衛の兵はすでに待機していた。

 家令を呼び出し、現在の荘園の様子も聞いてみるが問題はなさそう。
 これも計画書通りに進みそうだった。

 しばらくして使節団一行が会場まで案内されてくる。わたしは再度合流して共に昼食をとる。
 
 その際にわたしは使節団代表のエドワーズ卿に弓兵の調練の様子を聞いてみた。

「弓兵の練度も相当なものでした。命中率、飛距離、連射速度。あれは海戦でもかなり有効でしょう。我が国はクロスボウが主流なのですが、ロングボウの習熟も侮れませんね」

 たしかにクロスボウなら射程や貫通力に優れ、そこまで訓練が必要ではない。
 
 だが熟練のロングボウ使いはクロスボウに匹敵する威力の矢を放つことができ、特に連射は比べ物にならないほど。
 こうした個々の兵の強さもダラムを強国としている要因なのだろう。

 昼の会食が終わり、午後からは荘園の視察。
 今日の予定はこれで終了する。
 騎士ウィリアムは護衛の兵と共にわたしたちを送迎するところまでが任務だ。

 出発前にわたしは使節団のメンバーにあらかじめ説明しておく。

「次は我が国の農耕や畜産を見て頂きます。出兵にて家畜の大半が出払ってしまいましたが、現地では詳しく説明できる者がいますので」

 使節団は三輛の馬車に別れて乗り込む。

 わたしはウィリアムが御者を務める王妃専用の馬車にジェシカと共に乗り込んだ。

「次は荘園でフィンが案内するのね。予定通りにいきそう?」

 まわりに使節団がいて気軽に声をかけられなかったからか、馬車の中では嬉しそうに話しかけてくるジェシカ。

 わたしも緊張を解いて、ええ、とうなずいた。

「フィンもすでにあちらで待っているはずです。彼に任せておけば大丈夫でしょう」



 馬車の中で談笑している間に荘園へ到着。
 馬車を降りると、さっそくフィンが駆け寄ってきて挨拶と自己紹介をはじめる。

 その小太りの愛嬌ある容姿と懸命さに、使節団一行から自然と好意的な笑いが起きた。

 フィンはきょとんとしつつも、使節団を案内しながら農地について説明していく。

「オークニーでも採用されていると思いますが、ダラムでは三圃式農業を行っています。農地を冬穀、夏穀、休耕地に分けてローテーションを組んで耕作しているのです」
「ふむ。具体的にはどのような作物を?」
「冬穀では秋蒔きの小麦、ライ麦。夏穀では春蒔きの大麦、燕麦、豆などですね」
「やはり連作障害を防ぐためですね」
「はい。繰り返し同じ作物を作ると、農地の地力低下を招きます。それを防ぐのが目的ですね。休耕地に家畜を放牧して排泄物を肥料とすることで土地の回復を助けます」
「この辺りは日当たりも悪く、耕作地もそれほど広くないように見えますが」
「この第五区荘園はまだ開拓途中ということもありますが、これからの工夫次第ではさらなる収穫を増やすことが出来るとわたしは予測しております。独自にですが、短い日照時間や雨が少なくてもそれに強い品種を選別して組み合わせる事も行っています。さらには家畜の排泄物以外の肥料の作成も考えていまして」
「おお、それをぜひご教授願えないでしょうか。我が国でも活用していきたい」
「ぜひぜひ。寒冷地でもよく育つ種子も分けてもらえるよう、お願いもしておきますよ」

 なにやら勝手に話を進めているが、ここでの使節団の反応も上々だ。
 頼もしく思いながら、わたしも荘園の農地を見渡した。

 農地の一画では農夫が冬の飼料用の干し草を刈っているのが見えた。
 来月になれば本格的な冬麦の収穫や脱穀で大忙しになるだろう。

 フィンは農夫らを指差しながら荘園の管理について説明していく。

「彼ら農奴の仕事ぶりを監督したり、地代を徴収したり、会計記録をつけたりするのが主にわたしの役目です。他には種子の管理や設備の修復、家令様への報告など。やることは山ほどあります」
「ひとりでこの荘園を管理するのは大変でしょう。農奴の中には反抗的な者もいるのではないですか? ここには兵が配備されてないようですが、反乱などの対抗策はあるのですか?」
「うーん。彼らとの信頼関係でここは成り立っていますからね。もちろんトラブルがないわけではありません。上との交渉、調停、揉め事の裁判なんかでとにかく彼らの話をよく聞く事です。彼らがいないと耕作も収穫も出来ないのですから」

 フィンの何気ない言葉に、使節団は感心したように唸った。

「なるほど、力で隷属させるだけが生産性を上げる方法ではないと。たしかにそれは一理ある」

 オークニーでは海賊行為によって得た捕虜を奴隷として働かせ、それを主な労働力としているのでここでの農奴の扱いが奇異に見えたのかもしれない。

 この視察がきっかけで、オークニーで奴隷として働いている人々の待遇が少しでも向上すれば良いのだけど、などと考えてしまう。



 第五区荘園を一回りし、視察は無事に終了した。
 城に帰ってからは休憩を挟み、日が暮れればお決まりの夜の会食。

 それが終わって自室に戻り、やっと解放された気分になる。
 だけど明日に備えてわたしにはやる事がある。ドレス姿のまま机に向かった。
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