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1 二人の王女
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ガタゴトと揺れる馬車の中。
わたしの向かい側には長いブロンドの髪の少女が座っている。幼く見えるが、歳はたしかわたしと同じ十六だった。
仏頂面で足を組み、頬杖をつきながらブツブツと呟いている。
「ブリジェンドの王女ともあろうわたしがこんな馬車に他人とまとめて放り込まれるなんて。信じられないわ、こんな扱い」
「…………」
独り言だと思ってわたしはなにも言わなかった。
すると少女は身を乗り出してわたしに顔を近づける。
「ねえ、あなたもそう思うでしょ? あなただって王族なんだから。シェトランドの、えっと……」
「レイラです。ジェシカ王女。それにもう王族というのも意味が無いのかもしれません。わたし達は人質としてダラムへ赴くのですから」
そう。わたし達はダラムに隣接する二国の王女。
最近急激に力を増したダラムに屈服し、王女を差し出すという形でなんとか国を存続させてもらおうという考えだった。
戦いもせずにそういう判断をした父や重臣たちを別に軽蔑したりはしない。
実際に抵抗したロージアンという国はあっという間に侵攻され、ダラムに併呑されてしまった。
無駄な犠牲を出さず、わたしひとりの身を差し出すことで国が存続できるなら。
そう思ってわたしは覚悟を決めている。
でも決して卑屈になったり、媚を売ったりはしない。
強国の王だろうとなんだろうと、魂だけは、誇りまでは差し出さない。
「ジェシカでいいわよ。たしかにもう王族なんて関係ないわね。わたしもレイラって呼ぶわ」
「お好きなように」
そう言って微笑む。このジェシカの立ち振る舞いも話し方も王族のそれとはかけ離れていたが、まったく不快には思わなかった。
「へえ、青い髪に海の底みたいな色の瞳。めずらしいわね、それにすごく綺麗」
ジェシカは遠慮なしにわたしの髪に触れ、瞳を覗き込む。
切れ長の目であまり表情を変えないところから冷たそう、氷のようだと言われるけれど、この髪も瞳の色もお母様譲りのもの。
わたしの誇りだった。そういえば人質になると決まったとき、泣いて悲しんでくれたのはお母様だけだった。
少しだけさみしい気持ちになりながらも、それを紛らわせるようにジェシカと会話を続けた。
関所を越えたのが窓から見える。
ダラムの王都に入り、馬車の揺れが小さくなった。整備された道のおかげだろう。
すれ違う人や同じような馬車、商人の荷台の数も次第に増えていく。
しばらくすれば王城へと着くだろう。
ここでジェシカの様子がおかしいことに気づいた。
両腕を抱えるようにしてガチガチと震えている。
どうしたの、と聞くと、ジェシカは震えながら怖い、怖いと繰り返す。
「ダラムのアレックス王って、野蛮で残酷だと聞いたわ。もしかしたらわたし達、殺されてしまうのかも」
その噂はもちろんわたしも聞いたことがある。
先代王から王位を引き継いだばかりの若い王。
強引な軍拡を押し進め、それまで拮抗していた四国のバランスを崩すきっかけを作った人物。
逆らう者は味方でも容赦なく処断し、一度歯向かえば降伏しても絶対に許さずに皆殺しにするという。
ジェシカも無理に明るく振る舞っていたのだろう。王城が近づくにつれ、その恐怖感に耐えられなくなってきたのかもしれない。
「大丈夫。殺すつもりなら、とっくにそうしているでしょう。王城まで連れて行くのは、まだわたし達に利用価値があるということ」
ジェシカの背中をさすりながらそう言うと、少しは落ち着いてきたようだ。
「そ、そう? 本当に? ひどいこと、されないかしら」
「ええ。恭順を示した人質相手にそんな真似をすれば他国からも人民からも信用を失うでしょう。わたしを信じて」
とは言ったものの、確証はなかった。
噂以上の暴虐の王ならなにをしでかすか分からない。
わざわざ人質など取らなくてもシェトランド、ブリジェンド両国を圧倒する軍事力を有しているのだから。
いったいわたし達にどれだけ人質としての価値があるのか。
でもこんなことをジェシカに話して必要以上に怖がらせても仕方がない。
わたしは自分にも言い聞かせるように、もう一度大丈夫と口にした。
窓から深い堀にたたえられた水面が見える。
今は城門前の跳ね橋を渡っている途中か。
しばらくして馬車が停まった。
馬車の扉が開き、兵士から降りるよう促される。
怯えるジェシカの手を引きながらわたしは馬車を降りた。
王城の中庭。ここからは歩きで奥にある城館へと向かうようだ。
複数の兵士に囲まれながら歩いていく。
等間隔に植えられ、手入れの行き届いた木々や花々。
美しい庭園だが、今はそれをゆっくり眺めている暇はない。
その庭園とは対照的に城館は無骨な造りで、見る者に圧迫感を与える。
堅固な城壁、遠方まで見通せる見張り台。
四方に建てられた城壁塔。各所に設置している門衛棟。
配備している兵の数も多い。まるで戦時下にあるような物々しさだ。
城館の中に入り、ジェシカのわたしの手を握る力が強くなった。
通路の壁には甲冑や刀剣。鹿の頭の飾りがずらりと並んでいる。
狩りで仕留めた獲物だろうか。床には豪勢な絨毯の他に、獅子や熊を剥製にした敷物もあった。
城の主の武威を見せつけるような装飾。わたしはどこか虚栄というか空々しいものに見えた。
ジェシカは怯えきって、わたしにしがみつくように歩いている。
重厚な扉の前に着く。ここから先がダラム王アレックスのいる謁見の間。
扉の両脇に控えていた兵士が踏ん張りながら扉を引いた。
謁見の間。目に飛び込んできたのは白い大理石の柱と絢爛なシャンデリア。
両脇に並ぶ廷臣と兵士。玉座まで続く赤い絨毯。
そして階の上。玉座の王の姿。
みんなの視線がわたしとジェシカに注がれているのがわかる。
わたしはジェシカと共に謁見の間を歩き、階の前でひざまずいた。
わたしの向かい側には長いブロンドの髪の少女が座っている。幼く見えるが、歳はたしかわたしと同じ十六だった。
仏頂面で足を組み、頬杖をつきながらブツブツと呟いている。
「ブリジェンドの王女ともあろうわたしがこんな馬車に他人とまとめて放り込まれるなんて。信じられないわ、こんな扱い」
「…………」
独り言だと思ってわたしはなにも言わなかった。
すると少女は身を乗り出してわたしに顔を近づける。
「ねえ、あなたもそう思うでしょ? あなただって王族なんだから。シェトランドの、えっと……」
「レイラです。ジェシカ王女。それにもう王族というのも意味が無いのかもしれません。わたし達は人質としてダラムへ赴くのですから」
そう。わたし達はダラムに隣接する二国の王女。
最近急激に力を増したダラムに屈服し、王女を差し出すという形でなんとか国を存続させてもらおうという考えだった。
戦いもせずにそういう判断をした父や重臣たちを別に軽蔑したりはしない。
実際に抵抗したロージアンという国はあっという間に侵攻され、ダラムに併呑されてしまった。
無駄な犠牲を出さず、わたしひとりの身を差し出すことで国が存続できるなら。
そう思ってわたしは覚悟を決めている。
でも決して卑屈になったり、媚を売ったりはしない。
強国の王だろうとなんだろうと、魂だけは、誇りまでは差し出さない。
「ジェシカでいいわよ。たしかにもう王族なんて関係ないわね。わたしもレイラって呼ぶわ」
「お好きなように」
そう言って微笑む。このジェシカの立ち振る舞いも話し方も王族のそれとはかけ離れていたが、まったく不快には思わなかった。
「へえ、青い髪に海の底みたいな色の瞳。めずらしいわね、それにすごく綺麗」
ジェシカは遠慮なしにわたしの髪に触れ、瞳を覗き込む。
切れ長の目であまり表情を変えないところから冷たそう、氷のようだと言われるけれど、この髪も瞳の色もお母様譲りのもの。
わたしの誇りだった。そういえば人質になると決まったとき、泣いて悲しんでくれたのはお母様だけだった。
少しだけさみしい気持ちになりながらも、それを紛らわせるようにジェシカと会話を続けた。
関所を越えたのが窓から見える。
ダラムの王都に入り、馬車の揺れが小さくなった。整備された道のおかげだろう。
すれ違う人や同じような馬車、商人の荷台の数も次第に増えていく。
しばらくすれば王城へと着くだろう。
ここでジェシカの様子がおかしいことに気づいた。
両腕を抱えるようにしてガチガチと震えている。
どうしたの、と聞くと、ジェシカは震えながら怖い、怖いと繰り返す。
「ダラムのアレックス王って、野蛮で残酷だと聞いたわ。もしかしたらわたし達、殺されてしまうのかも」
その噂はもちろんわたしも聞いたことがある。
先代王から王位を引き継いだばかりの若い王。
強引な軍拡を押し進め、それまで拮抗していた四国のバランスを崩すきっかけを作った人物。
逆らう者は味方でも容赦なく処断し、一度歯向かえば降伏しても絶対に許さずに皆殺しにするという。
ジェシカも無理に明るく振る舞っていたのだろう。王城が近づくにつれ、その恐怖感に耐えられなくなってきたのかもしれない。
「大丈夫。殺すつもりなら、とっくにそうしているでしょう。王城まで連れて行くのは、まだわたし達に利用価値があるということ」
ジェシカの背中をさすりながらそう言うと、少しは落ち着いてきたようだ。
「そ、そう? 本当に? ひどいこと、されないかしら」
「ええ。恭順を示した人質相手にそんな真似をすれば他国からも人民からも信用を失うでしょう。わたしを信じて」
とは言ったものの、確証はなかった。
噂以上の暴虐の王ならなにをしでかすか分からない。
わざわざ人質など取らなくてもシェトランド、ブリジェンド両国を圧倒する軍事力を有しているのだから。
いったいわたし達にどれだけ人質としての価値があるのか。
でもこんなことをジェシカに話して必要以上に怖がらせても仕方がない。
わたしは自分にも言い聞かせるように、もう一度大丈夫と口にした。
窓から深い堀にたたえられた水面が見える。
今は城門前の跳ね橋を渡っている途中か。
しばらくして馬車が停まった。
馬車の扉が開き、兵士から降りるよう促される。
怯えるジェシカの手を引きながらわたしは馬車を降りた。
王城の中庭。ここからは歩きで奥にある城館へと向かうようだ。
複数の兵士に囲まれながら歩いていく。
等間隔に植えられ、手入れの行き届いた木々や花々。
美しい庭園だが、今はそれをゆっくり眺めている暇はない。
その庭園とは対照的に城館は無骨な造りで、見る者に圧迫感を与える。
堅固な城壁、遠方まで見通せる見張り台。
四方に建てられた城壁塔。各所に設置している門衛棟。
配備している兵の数も多い。まるで戦時下にあるような物々しさだ。
城館の中に入り、ジェシカのわたしの手を握る力が強くなった。
通路の壁には甲冑や刀剣。鹿の頭の飾りがずらりと並んでいる。
狩りで仕留めた獲物だろうか。床には豪勢な絨毯の他に、獅子や熊を剥製にした敷物もあった。
城の主の武威を見せつけるような装飾。わたしはどこか虚栄というか空々しいものに見えた。
ジェシカは怯えきって、わたしにしがみつくように歩いている。
重厚な扉の前に着く。ここから先がダラム王アレックスのいる謁見の間。
扉の両脇に控えていた兵士が踏ん張りながら扉を引いた。
謁見の間。目に飛び込んできたのは白い大理石の柱と絢爛なシャンデリア。
両脇に並ぶ廷臣と兵士。玉座まで続く赤い絨毯。
そして階の上。玉座の王の姿。
みんなの視線がわたしとジェシカに注がれているのがわかる。
わたしはジェシカと共に謁見の間を歩き、階の前でひざまずいた。
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