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74 届かない想い
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俺は再び100人の術者達とともにイルネージュに挑む。
だが二回目も同じ結末。イルネージュは元に戻らず、術者達も全滅。俺も氷漬け寸前まで追いつめられる。
また時間跳躍発動。
時間は遡り、この街へ瞬間移動した時まで。
何回も挑戦した。何回も繰り返した。
何回も何回も何回も──。
200回近く繰り返した頃だろうか。
俺の渾身の一撃がついにアイスブランドを叩き折った。
凍獄魔剣アイスブランドは折れた部分からぐにぐに伸びて再生しようとしている。
俺はさらに柄のあたりを狙って剣を振り下ろす。
ビャアッ、とアイスブランドから幾本もの触手が伸びた。
触手は俺の剣を奪い、身体にもズドドド、と突き刺さる。
血を吐きながら俺は前へ──イルネージュの両肩を掴んだ。
イルネージュはガアッ、と俺の首筋に噛みついてきた。おびただしい血が噴き出すが、俺はそのままイルネージュを抱き締める。
もう呼びかけたりはしない。だが願った。以前の、あの優しい笑顔を向けてくれるイルネージュに……ドジで恥ずかしがりやで、天然で……俺がこの異世界で気を許せるのは、シエラとこのイルネージュだけなんだ。
『溢忌さん──』
イルネージュの声。
はっとして、元に戻ったんスかと話しかけるが、依然イルネージュは俺の首筋に噛みついたままだ。
『溢忌さん、もう……もういいんです。わたしの事は──』
この声は……頭の中に直接飛び込んでくる。念話みたいなものか。アイスブランドが折れ、一時的に精神は束縛から逃れられたようだ。
「イルネージュッ、もういいってなんスか! 俺は諦めないっスよ! その剣を完全に破壊してイルネージュを元に戻すっス!」
『もう……わたしの身体は元に戻らない。完全にアイスブランドに支配されてしまったんです。今はほんの少し残ったわたしの意識で話せているだけ……これも、もう消えてしまうんです』
「そんな……! なんか方法があるはずっス! 俺は勇者なんスよ。今はダメでも、もっと強くなって──」
『だからもう──溢忌さんが傷つくのも、他の人を傷つけるのも見たくない。わたしなんかのせいで』
イルネージュ……知っていたのか。俺が認識の力を得るために戦争を起こし、大勢の人間を殺したことを。
『今からこの魔王の、凍獄魔剣アイスブランドの力を暴走させて自らを封じます。わたしの意識が残っているうちに──』
「!──やめるっス、イルネージュ! 俺がなんとかするって言ってるんス! イルネージュがいなくなったら、俺は──」
『ありがとう、溢忌さん。シエラさんにも伝えておいて下さい。短い間だったけど、すごく楽しかったって……わたし、この世界に来て本当に良かった。この世界が好きだから、絶体に守りたい』
イルネージュの六枚の翼からズバババッ、と氷刃が発射される。
俺はそれに貫かれ、凍った家屋の壁に張り付けになった。
「イルネージュッッ! やめろおぉっっ!」
叫ぶ。やめろ、やめてくれ。俺をひとりにしないでくれ──。
イルネージュの身体から凄まじい凍気が発せられ、足元からビキビキと凍りついていく。
イルネージュの腰、胸の辺りと、あっという間に氷が這い上がる。これは自分に永久凍獄をかけている。
美しい氷の棺。その中にイルネージュは閉じ込められた。
魔剣に支配されていたとは思えないような穏やかな顔で。
俺は叫んだ。地を揺るがすほどに。凍りついた街がガラガラと崩れ落ちてもなお──イルネージュの名を叫び続けた。
──第二次魔王討伐戦を終え、世間的には俺が魔王を倒したという事になっているらしいと噂で聞いた。
実際には倒してなどいない。イルネージュが魔王の力を利用して自らを封印したのだ。
どちらにしろ魔王を倒した事になっており、俺は世界の英雄──となるはずはない。
世界中の国を敵に回し、侵略、虐殺を繰り返してきたのだから。
あれから三ヶ月が過ぎ、俺はブクリエ城の自室に引きこもったままだ。
戦争は膠着状態が続いている。
反ブクリエの連合軍の連携もここのところうまく機能していないようだ。
政務にも戦争にも興味はない。
イルネージュを元に戻す方法と深淵に行く方法を研究させてはいるが、思うような結果は出ていない。
俺はベッドの上でうつ伏せになりながら──ふと、うなじにぞくっとしたものを感じ、起き上がる。
いつの間にかひとりの女が部屋の隅に立っていた。
黒のジャケット。ゆるいウェーブのかかった茶髪のボブカット。下唇のピアス……。
《黒蜂》李秀雅だ。
魔王討伐戦で勝手に喚び出し、戦いに巻き込んでしまった。イルネージュの魔王化の際には安否は不明だったが……。
「さすがっスね。いつの間に忍びこんだんスか」
「……戦争中にしては警備が緩いな。にしても、なんてツラしてやがる。今のお前なら簡単に殺れそうだな」
「ああ、殺しに来たんスか。まあ、恨みがあるから仕方ないっスよね。いつでも襲ってきていいっスよ」
俺は両手を広げて力無く笑う。だがイ・スアは見てらんねえな、と首を横に振る。
「前に言った事、覚えてねえのか。テメーの神器練精を使いこなせるようになっとけってな。今日は取引の話に来た」
「取引……俺の作った神器を売りさばくんスね……ああ、いいっスよ。俺も金がいるなと思ってたとこっス」
「本当かよ? 今、思いついたような顔してやがるが……まあいい。この戦争中は稼ぎ時だからな。早速作ってもらうぞ。必要な素材はこっちから用意してもいい」
「あ~、助かるっス。もうまともに動く気もないっスから。はは、俺の神器が戦場に出回れば、もっと戦火が広がりそうっスね。戦争も長引きそうっス」
こうして俺とイ・スアは神器の裏取引を始めた。予想通り、戦場に出回り出した神器により両軍の戦いは激しくなり、戦火は拡大。
戦争も長期化の様相を見せはじめていた。
そして俺は数年もしないうちにイ・スアとの取引で巨万の富を得る。その金で城のすぐ近くに豪勢な宮殿を建て、各地から集めた大勢の美女をそこに住まわせた。
俺は連日連夜、そこで享楽にふけり──イルネージュの事もシエラの事も考えないようになっていった。
だが二回目も同じ結末。イルネージュは元に戻らず、術者達も全滅。俺も氷漬け寸前まで追いつめられる。
また時間跳躍発動。
時間は遡り、この街へ瞬間移動した時まで。
何回も挑戦した。何回も繰り返した。
何回も何回も何回も──。
200回近く繰り返した頃だろうか。
俺の渾身の一撃がついにアイスブランドを叩き折った。
凍獄魔剣アイスブランドは折れた部分からぐにぐに伸びて再生しようとしている。
俺はさらに柄のあたりを狙って剣を振り下ろす。
ビャアッ、とアイスブランドから幾本もの触手が伸びた。
触手は俺の剣を奪い、身体にもズドドド、と突き刺さる。
血を吐きながら俺は前へ──イルネージュの両肩を掴んだ。
イルネージュはガアッ、と俺の首筋に噛みついてきた。おびただしい血が噴き出すが、俺はそのままイルネージュを抱き締める。
もう呼びかけたりはしない。だが願った。以前の、あの優しい笑顔を向けてくれるイルネージュに……ドジで恥ずかしがりやで、天然で……俺がこの異世界で気を許せるのは、シエラとこのイルネージュだけなんだ。
『溢忌さん──』
イルネージュの声。
はっとして、元に戻ったんスかと話しかけるが、依然イルネージュは俺の首筋に噛みついたままだ。
『溢忌さん、もう……もういいんです。わたしの事は──』
この声は……頭の中に直接飛び込んでくる。念話みたいなものか。アイスブランドが折れ、一時的に精神は束縛から逃れられたようだ。
「イルネージュッ、もういいってなんスか! 俺は諦めないっスよ! その剣を完全に破壊してイルネージュを元に戻すっス!」
『もう……わたしの身体は元に戻らない。完全にアイスブランドに支配されてしまったんです。今はほんの少し残ったわたしの意識で話せているだけ……これも、もう消えてしまうんです』
「そんな……! なんか方法があるはずっス! 俺は勇者なんスよ。今はダメでも、もっと強くなって──」
『だからもう──溢忌さんが傷つくのも、他の人を傷つけるのも見たくない。わたしなんかのせいで』
イルネージュ……知っていたのか。俺が認識の力を得るために戦争を起こし、大勢の人間を殺したことを。
『今からこの魔王の、凍獄魔剣アイスブランドの力を暴走させて自らを封じます。わたしの意識が残っているうちに──』
「!──やめるっス、イルネージュ! 俺がなんとかするって言ってるんス! イルネージュがいなくなったら、俺は──」
『ありがとう、溢忌さん。シエラさんにも伝えておいて下さい。短い間だったけど、すごく楽しかったって……わたし、この世界に来て本当に良かった。この世界が好きだから、絶体に守りたい』
イルネージュの六枚の翼からズバババッ、と氷刃が発射される。
俺はそれに貫かれ、凍った家屋の壁に張り付けになった。
「イルネージュッッ! やめろおぉっっ!」
叫ぶ。やめろ、やめてくれ。俺をひとりにしないでくれ──。
イルネージュの身体から凄まじい凍気が発せられ、足元からビキビキと凍りついていく。
イルネージュの腰、胸の辺りと、あっという間に氷が這い上がる。これは自分に永久凍獄をかけている。
美しい氷の棺。その中にイルネージュは閉じ込められた。
魔剣に支配されていたとは思えないような穏やかな顔で。
俺は叫んだ。地を揺るがすほどに。凍りついた街がガラガラと崩れ落ちてもなお──イルネージュの名を叫び続けた。
──第二次魔王討伐戦を終え、世間的には俺が魔王を倒したという事になっているらしいと噂で聞いた。
実際には倒してなどいない。イルネージュが魔王の力を利用して自らを封印したのだ。
どちらにしろ魔王を倒した事になっており、俺は世界の英雄──となるはずはない。
世界中の国を敵に回し、侵略、虐殺を繰り返してきたのだから。
あれから三ヶ月が過ぎ、俺はブクリエ城の自室に引きこもったままだ。
戦争は膠着状態が続いている。
反ブクリエの連合軍の連携もここのところうまく機能していないようだ。
政務にも戦争にも興味はない。
イルネージュを元に戻す方法と深淵に行く方法を研究させてはいるが、思うような結果は出ていない。
俺はベッドの上でうつ伏せになりながら──ふと、うなじにぞくっとしたものを感じ、起き上がる。
いつの間にかひとりの女が部屋の隅に立っていた。
黒のジャケット。ゆるいウェーブのかかった茶髪のボブカット。下唇のピアス……。
《黒蜂》李秀雅だ。
魔王討伐戦で勝手に喚び出し、戦いに巻き込んでしまった。イルネージュの魔王化の際には安否は不明だったが……。
「さすがっスね。いつの間に忍びこんだんスか」
「……戦争中にしては警備が緩いな。にしても、なんてツラしてやがる。今のお前なら簡単に殺れそうだな」
「ああ、殺しに来たんスか。まあ、恨みがあるから仕方ないっスよね。いつでも襲ってきていいっスよ」
俺は両手を広げて力無く笑う。だがイ・スアは見てらんねえな、と首を横に振る。
「前に言った事、覚えてねえのか。テメーの神器練精を使いこなせるようになっとけってな。今日は取引の話に来た」
「取引……俺の作った神器を売りさばくんスね……ああ、いいっスよ。俺も金がいるなと思ってたとこっス」
「本当かよ? 今、思いついたような顔してやがるが……まあいい。この戦争中は稼ぎ時だからな。早速作ってもらうぞ。必要な素材はこっちから用意してもいい」
「あ~、助かるっス。もうまともに動く気もないっスから。はは、俺の神器が戦場に出回れば、もっと戦火が広がりそうっスね。戦争も長引きそうっス」
こうして俺とイ・スアは神器の裏取引を始めた。予想通り、戦場に出回り出した神器により両軍の戦いは激しくなり、戦火は拡大。
戦争も長期化の様相を見せはじめていた。
そして俺は数年もしないうちにイ・スアとの取引で巨万の富を得る。その金で城のすぐ近くに豪勢な宮殿を建て、各地から集めた大勢の美女をそこに住まわせた。
俺は連日連夜、そこで享楽にふけり──イルネージュの事もシエラの事も考えないようになっていった。
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