異世界の餓狼系男子

みくもっち

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20 黒蜂

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「でかした、カルロス。あとは任せたぞ」

 小太りの男は自分が持ってきた革袋を両手に、脇の下には剣と槍を挟めてよたよたと逃げ始めた。

「逃がすかよ、ブタ野郎」
 
 李秀雅イ・スアが走る。ギャッ、とすぐにカルロスが回り込む。
 ドガガガッ、と激しい打撃音が響く。

「溢忌、死んだフリはもういいぞ。あのカルロスを先に倒さなきゃ」

 シエラに揺り動かされ、俺はむくりと起き上がる。イ・スアによる銃撃のダメージはない。

「わかるっスけど、チートスキル持ってるカルロスのほうが有利だから、大丈夫っスよね。ふたりが疲れるのを待ったほうがいいんじゃ……」

 ドゴオッ、と衝撃音。
 入り口の扉まで吹っ飛んだのはカルロスだった。
 扉のすぐ横にいた小太りの男はヒエエ、と腰を抜かす。

「クロハチを甘く見ちゃダメだ。前もだいぶアイツに苦しめられたんだ。ほら、カルロスが超加速アクセルを発動する前に早く」

 シエラが急かす。わかったっスと、俺はカルロスに向かって走りだした。

 べっ、と血を吐いてからイ・スアも走りだす。

 向かってくるふたりを前に、カルロスがグググ、と力を溜めるように起き上がる。そして──消えた。

 ゴゴゴッ、と身体に衝撃が走り、宙に浮いた。
 ダメージはないが、目に見えないほどの高速打撃。
 追撃はない。あくまで依頼主を守る事を優先しているようだ。

 バババババッ、とイ・スアが拳打や蹴りを繰り出す。カルロスの高速移動が見えているのか。弾けるように後ろへ跳ぶと、カルロスも姿を現した。
 カルロスはまたグググ、と力を溜めている。

 ドサッ、と俺の身体が床へ落ちる。と、同時にステータスウインドウを開いて属性付与エンチャントで冷気属性を剣に。いや、俺だけの力では足りないかもしれない。

「イルネージュッ!」

 俺が叫ぶと、イルネージュはすぐに俺の意図を察したようだ。氷雪剣アイスブランドを抜く。
 そして同時に剣を床に叩きつける。
 ビシビシビシィッ、と俺とイルネージュの周り以外の床が凍結。
 
 ガキイッ、と高速移動中のカルロスの動きを止めた。足が床に張り付けられたのだ。
 即座に近づき、軽く殴る。
 張り付いた足が外れ、カルロスは吹っ飛んだ。

 倒れたカルロスから光る球体が飛び出し、俺の胸に吸い込まれた。これでチートスキル、超加速アクセルは俺のモノになった。

 倉庫内の床が凍りつき、動けなくなったのはカルロスだけではなかった。イ・スアと部下たち。そして小太りの男。

 イ・スアは凍りついた足を気にもせず、シエラを見て話しかける。

「ブタ野郎の仲間かと思ったが……そこの赤髪のガキ……どこかで見たツラだな」

 シエラはイルネージュの後ろに隠れながらホホホ、と乾いた笑い声をあげる。

「ま、まさか。滅相もない。ただの通りすがりの美少女でございますことよ、ホホホ」

 うう、とカルロスが動きだした。だいぶ加減して殴ったのでそこまでダメージはないようだ。 
 イ・スアが瞬時に動いた。苦もなく凍りついた足を引き抜き、カルロスの背後へ──。

「あっ、ダメッ!」

 イルネージュの制止の声。イ・スアの手刀。ボンッ、とカルロスの首が天井近くまで飛んだ。

「うおお、おっかねえ……」
 
 イルネージュにしがみつきながら、シエラが震えている。イルネージュもその惨劇に気を失いそうだ。

 イ・スアは扉近くでへたり込んでいる小太りの男に目をやり、下唇のピアスを舐める。
 小太りの男は悲鳴をあげるが……俺はその仕草が妙に色っぽくてゾクッとした。
 目ざといシエラが俺を叱りつける。

「おい~っ、ムッツリー二男爵! これ以上、勇者の前で人を殺させるなよ! あの男を助けて、そんでもって離脱だっ!」

 いつの間に爵位を得たのか……いや、そんなことより、もうチートスキルは得たのだから用はないはずだ。
 取引の現場を見た俺たちをイ・スアは簡単に逃がそうとはしないだろうが……あの小太り男を囮に使えば、離脱自体は容易に思える。

「また勇者らしからぬ事を考えてるなっ! 早く! 男が殺されるぞっ!」

 俺はやれやれとステータスウインドウを開く。
 そして覚えたてのチートスキル、超加速アクセルを発動──。
 
 すでに小太り男の襟首を掴んでいるイ・スアのもとへ。誰も俺の動きを感知できていない。それほどの高速。
 超高速で動いている影響か、周りの動きがスローモーションに見える。
 イ・スアの手刀がゆっっくりと小太り男の首に。
 俺がその手を掴んだ瞬間、イ・スアの眼球がギロリと動いた。バカな、俺の動きが見えているのか──。

 ドッ、ガガガガガガッ、とイ・スアの拳。
 間違いない。この女、超加速アクセルの動きについてこれる……!

 ババッ、とお互いに距離を取り、超加速アクセルの能力はいったん解除。小太り男は無事。それより確認しなければ。

「シエラ! あのイ・スアって人、もしかして……」

 シエラはうむ、と頷いた。
 
「そう、クロハチも持ってるんだ。似たような過強化ブーストって能力。しかもあっちは攻撃力もアップしているという……以前、シエラはあれを界○拳と呼んでいた」

 そういう事は早めに教えてくれ。
 イ・スアはジャケットを脱ぎ捨て、シャツの左袖をめくり上げる。
 左腕には黒い蜂の刺青が彫られてあった。そこを中心に願望の力を高めている。
 
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