YESか農家

ノイア異音

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夏休み目前編

西瓜戦争

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「普通は5月くらいに苗を植付けするのが基本なの。でも実際6月末までに植えるのも結構良くて、急な冷え込みとか雨不足の心配が減るから個人的には6月下旬に植えるのは5月植付けより結構ありだと思ってた。でも化成肥料とか混ぜて慣らすのに一週間は見なきゃだから…かなりケツカッチンかも」

 小さな雑草を毟りながら伊奈子は饒舌に話を続ける。
 西瓜スイカが渡来してきた歴史から始まり、日本で普及しているスイカの種類など、教室での彼女からは想像できないくらいに話つづけ、彼女のワンマントークショーが15分ほど続いていた。

「ケツカッチンって?」

 はじめがどうしても気になっていた彼女のワードにツッコミも入れると、一瞬彼女が固まってから少し顔を赤らめて「死語使っちゃった…」とか細い声で漏らしてから「予定が盛りだくさんって事」と言い直した。

「と、とりあえず。スイカはツルが広がって場所をとるから、花壇の残り半分は全部スイカ用にうねら無いとダメ。それも時間がないから肥料混ぜってマルチもひきたい」

「え?今日中?てかマルチって何?」

「そっけ…そっから言わなきゃダメなのね、とりま一緒に肥料取りに行こ、そん時歩きながら話すから」

 伊奈子は農作の話が絡むと饒舌になり訛りが出る。その発見を喜んでいたのも束の間、一はマルチの説明と今後の予定を聞かされて精神的に窶れた。そして今まで何度か我流でスイカを育てたが、ことごとく失敗していたのは、まずこの大切な下準備を何一つやっていなかったからだと理解した。
 ※(マルチ)土の上にはるビニールのフィルム、色によってある程度効果が異なる、加工の度合いで値段も変わる。

「とりあえず。今日できるのはここまで…あとは一週間後ね」

 伊奈子はぴっちりと黒いマルチが貼られた畝を見下ろして、すぐ隣の一にそう言った。
 彼は駆け足で始まった農業体験に勢い付いていて、少々物足りなく感じウズウズしている。

「一週間放置するってのが驚きだ、すぐにでも苗植えちゃいたくなるけど…根が痛むんだっけか」

「正解、ちゃんと私の話聞いてたね。」

「そりゃもちろん、伊奈子さん普段からそれくらい話せばいいのに。めっちゃ面白かったよスイカの歴史とか」

「…あ、わ、私は流行りの音楽とか服とか知らないし、話せる事は農業のことくらいだから、その…なんというか、多分空気悪くしちゃう」

「俺は聞いてて面白かった。それに俺も流行りには疎いからおんなじだよ…ってか苗持って無いじゃん!?スイカの苗ってどこで買えんの?コンビニ?クソ高いとまずいな」

 いい感じのムードが西陽と共に降りてきていたが、突如重要なキーアイテムを思い出して一は思わず伊奈子の肩を掴んでいた。ハッとして彼女の肩から手を離し言い訳を絞り出そうとしていると、先に伊奈子が口を開く。

「苗は私が家で育ててる。毎年家の畑でやってたからあるんだ」

「よし、伊奈子さん特製の苗なら言い値で買おう」

「あげるよ、嬉しかったから…あげる。こうやって同じ世代の人が畑とか農業に興味を持ってくれるのが、すっごく嬉しい」

「えぇ…じゃあお言葉に甘えて」

 一気に気まずい空気が戻ってくる。
 今の状況こそテニス部が見つけたら歓喜して、精一杯ズームして録画を始めるだろう。
 互いの距離感がぐっと縮まった感覚に安堵と興奮、そして青い春を感じている。
 伊奈子はそんな昂る感情のままに質問も彼にした。

「あのさ、なんでスイカ育てたいの?」

「あー、えっと…」

 彼のいつもぶら下げている飄々として気の抜けた表情に影が落ちる。
 彼女もそれに気がつき一の顔を覗き込むと、彼は何度か言葉を出しかけては固く結んでいた唇を開いた。

「死ぬ前に親父が食いたいんだって」




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