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真相 4
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その刹那。
彼女の指から、白い糸のようなものが、百城くんに向かっていきおいよく飛び出した。
「なっ……!」
ガキン!
刀でとっさに受け止めた百城くんが、うしろに吹き飛ばされる。
何、今の音。あれって糸じゃないの? なんで、刀とぶつかってあんな音が出るの?
『硬度を持つ糸の異能か。なるほど、面白い。触れれば肌は裂け、ただではすまないだろう……だが、それにしても妙だな?』
氷の王がゆっくりと目を細めて、つぶやいた。
『どんな鬼であれ、持つ異能はひとつだけのはずだが。』
――ガキン、ガキン、ガキンッ!
連続で、金属と金属がぶつかる甲高い音がはじける。
百城くんは四方八方から襲い来る糸を全てはじきながら姿勢を直し、一気に鬼との距離を縮めるべく、地面を蹴った。
(百城くんは大丈夫そう、なら、わたしはそのスキに五人を助けなきゃ!)
鬼は百城くんに集中していて、こちらを見ていない。
ふるえる足を叱咤して、鬼を気にしつつ、並んで横たわる五人のそばまで走っていく。
どんどん暗くなっていく中、スマホのライトで辺りを照らして、わたしはなんとか五人の下までたどりつき、その様子を確認した。
(生きてる、けど……。)
みるみる、顔色が悪くなっていっている。
きっとあの鬼は、戦っているあいだも、生命力を吸うことができるんだ。それが『早くしないと食べ終わっちゃうかもね。』という言葉のイミなんだろう。
あいつを早く倒さないと、みんなが衰弱して死んでしまう。
(でも、どうして、離れているのに生命力を吸えるの?)
氷の王でさえ、わたしの生命力を喰らう時、わたしに触れたのに――。
「覚悟しろ、南!」
不意に聞こえてきた百城くんの声に、わたしははっとしてそちらを見る。
すると、目に入ったのは、メイちゃんに――鬼に向かって刀を振り上げる百城くんの姿。
やった、と、そう思った。
……しかし。
「おっと、やめておいた方がいいんじゃない? 今はわたしの支配下にあるけど、南芽以の身体はちゃ~んと、人間なんだよ?」
「!」
その言葉を聞いて、一瞬、百城くんがためらった。
それを見て、鬼がにやりと笑う。そして、その一瞬のスキをつくように、右手を前に突き出した。
「百城くん!」
さけんでも、遅い。百城くんは次の瞬間には、糸の束に吹き飛ばされてしまった。
わたしは、水しぶきを上げながら川の中を転がっていく百城くんを、呆然としながら見ていることしかできなくて――。
「ああ、ユキちゃん。こんなところにいたんだ?」
「っ! きゃあッ⁉」
耳元で、声がひびいたと思ったら。
次の瞬間にはわたしは糸にぐるぐる巻きにされ、指一本も動かせないようにされていた。
「だめだよ。見ていないからって、人の食事に手を出しちゃ。」
「……ッ!」
メイちゃんの顔をした鬼が、メイちゃんの顔で、にこりとほほえむ。
その笑顔は、やはり、人間のものとは思えないほどにおぞましい。
わたしが恐怖で、凍りつきそうになった、その時。
「南……! 木花に、そいつらに手を出すな!」
不意にざばり、と水の音がして、百城くんが、ゆっくりと川の中で立ち上がった。
そしてその目はまだ、あきらめてない。
「まだ動けるの? うっとうしいなあ……。どうせこの身体を傷つけられない君には勝ち目なんてないんだから、大人しくていればいいのに。」
「このまま引き下がれるわけがない。オレは退治屋だ。お前を倒すのが、オレの役目だ!」
「ふぅん。じゃあ、やってみなよ。」
冷めた口調で言った鬼が、ふたたび百城くんを糸で攻撃する。
百城くんは変わらず刀で攻撃をはじくけれど、あきらかに疲れているし――『南芽以』の身体が人間であると聞いて、どう反撃すべきか迷っているようだった。
(というか、身体が人間、ってどういうこと?)
メイちゃんは鬼が人に化けた姿じゃなくて、鬼が人にのりうつってる状態だってこと?
でも、氷の王は異能は一つだけだって言っていた。
それなのに、彼女は糸をあやつる異能を使って、百城くんを攻撃している。
(わかんないよ……!)
焦りが先走って、考えがまとまらない。
わたし、まだ五人を助けられてないのに。
それにこのままじゃ、百城くんが鬼に負けてしまう――!
『――助けてほしいか?』
刹那。まるで鈴が鳴るような、やさしく美しい声が耳もとで響いた。
いつのまにかわたしの横に来ていた氷の王が、天使のように愛らしい笑みを浮かべてわたしを見ている。
『このままではまずいだろう? 力がほしいだろう? 本来の姿の俺ならば、あんな鬼など敵ではない。身体を殺さず、鬼を倒してやる。』
「え……?」
『なに、簡単なことだ。お前はただ、俺の封印を解けばいい。それだけで、全て解決する。』
わたしはぼんやりと、氷の王の顔を見る。
そのまなざしは、思わずすがりつきたくなるほどに、慈愛に満ちていた。
……わたしが彼の封印を解けば、百城くんを助けられるの? 本当に?
もし、それだけでいいなら。
それで、みんなが無事なら――。
『絶望させて、抵抗する気力を失わせてから生命力を吸い取るのは、鬼の常套手段だ!』
『強い心を持って生きること。いざという時、困難に立ち向かう勇気を持つこと。』
不意に、脳裏によみがえったふたつの声に。
わたしはペンダントにのばしかけていた手を止めた。
『……どうした? 小娘。早くしなければ、童が危ないぞ?』
そうだ。そうだった。
何をまどわされそうになっているんだろう。
……わたしは、ぐっ、と手を握りしめる。
強い心を持つんだ。困難に立ち向かえる、強い心を。
たとえ引っ込み思案でも、すぐ弱気になっても……いざという時にはゼッタイ、勇気をもって前を向くんだ。
わたしはずっと、そうありたいと思って生きてきたでしょ!
「……小娘じゃない。」
『何?』
「小娘じゃないよ。……ねえ氷の王、あなた、立場を忘れてる?」
助けてほしいだろう? 力がほしいだろう? ……ちがうよね。
あなたは『与えてやる』立場にはないし、わたしも、『助けを乞う』立場にない。
「あなたがはじめた契約でしょ? もちろん、忘れてなんかないはずだよね?」
『貴様……、』
「――わたしが主だ。命令する、わたしたちを助けなさい!」
彼女の指から、白い糸のようなものが、百城くんに向かっていきおいよく飛び出した。
「なっ……!」
ガキン!
刀でとっさに受け止めた百城くんが、うしろに吹き飛ばされる。
何、今の音。あれって糸じゃないの? なんで、刀とぶつかってあんな音が出るの?
『硬度を持つ糸の異能か。なるほど、面白い。触れれば肌は裂け、ただではすまないだろう……だが、それにしても妙だな?』
氷の王がゆっくりと目を細めて、つぶやいた。
『どんな鬼であれ、持つ異能はひとつだけのはずだが。』
――ガキン、ガキン、ガキンッ!
連続で、金属と金属がぶつかる甲高い音がはじける。
百城くんは四方八方から襲い来る糸を全てはじきながら姿勢を直し、一気に鬼との距離を縮めるべく、地面を蹴った。
(百城くんは大丈夫そう、なら、わたしはそのスキに五人を助けなきゃ!)
鬼は百城くんに集中していて、こちらを見ていない。
ふるえる足を叱咤して、鬼を気にしつつ、並んで横たわる五人のそばまで走っていく。
どんどん暗くなっていく中、スマホのライトで辺りを照らして、わたしはなんとか五人の下までたどりつき、その様子を確認した。
(生きてる、けど……。)
みるみる、顔色が悪くなっていっている。
きっとあの鬼は、戦っているあいだも、生命力を吸うことができるんだ。それが『早くしないと食べ終わっちゃうかもね。』という言葉のイミなんだろう。
あいつを早く倒さないと、みんなが衰弱して死んでしまう。
(でも、どうして、離れているのに生命力を吸えるの?)
氷の王でさえ、わたしの生命力を喰らう時、わたしに触れたのに――。
「覚悟しろ、南!」
不意に聞こえてきた百城くんの声に、わたしははっとしてそちらを見る。
すると、目に入ったのは、メイちゃんに――鬼に向かって刀を振り上げる百城くんの姿。
やった、と、そう思った。
……しかし。
「おっと、やめておいた方がいいんじゃない? 今はわたしの支配下にあるけど、南芽以の身体はちゃ~んと、人間なんだよ?」
「!」
その言葉を聞いて、一瞬、百城くんがためらった。
それを見て、鬼がにやりと笑う。そして、その一瞬のスキをつくように、右手を前に突き出した。
「百城くん!」
さけんでも、遅い。百城くんは次の瞬間には、糸の束に吹き飛ばされてしまった。
わたしは、水しぶきを上げながら川の中を転がっていく百城くんを、呆然としながら見ていることしかできなくて――。
「ああ、ユキちゃん。こんなところにいたんだ?」
「っ! きゃあッ⁉」
耳元で、声がひびいたと思ったら。
次の瞬間にはわたしは糸にぐるぐる巻きにされ、指一本も動かせないようにされていた。
「だめだよ。見ていないからって、人の食事に手を出しちゃ。」
「……ッ!」
メイちゃんの顔をした鬼が、メイちゃんの顔で、にこりとほほえむ。
その笑顔は、やはり、人間のものとは思えないほどにおぞましい。
わたしが恐怖で、凍りつきそうになった、その時。
「南……! 木花に、そいつらに手を出すな!」
不意にざばり、と水の音がして、百城くんが、ゆっくりと川の中で立ち上がった。
そしてその目はまだ、あきらめてない。
「まだ動けるの? うっとうしいなあ……。どうせこの身体を傷つけられない君には勝ち目なんてないんだから、大人しくていればいいのに。」
「このまま引き下がれるわけがない。オレは退治屋だ。お前を倒すのが、オレの役目だ!」
「ふぅん。じゃあ、やってみなよ。」
冷めた口調で言った鬼が、ふたたび百城くんを糸で攻撃する。
百城くんは変わらず刀で攻撃をはじくけれど、あきらかに疲れているし――『南芽以』の身体が人間であると聞いて、どう反撃すべきか迷っているようだった。
(というか、身体が人間、ってどういうこと?)
メイちゃんは鬼が人に化けた姿じゃなくて、鬼が人にのりうつってる状態だってこと?
でも、氷の王は異能は一つだけだって言っていた。
それなのに、彼女は糸をあやつる異能を使って、百城くんを攻撃している。
(わかんないよ……!)
焦りが先走って、考えがまとまらない。
わたし、まだ五人を助けられてないのに。
それにこのままじゃ、百城くんが鬼に負けてしまう――!
『――助けてほしいか?』
刹那。まるで鈴が鳴るような、やさしく美しい声が耳もとで響いた。
いつのまにかわたしの横に来ていた氷の王が、天使のように愛らしい笑みを浮かべてわたしを見ている。
『このままではまずいだろう? 力がほしいだろう? 本来の姿の俺ならば、あんな鬼など敵ではない。身体を殺さず、鬼を倒してやる。』
「え……?」
『なに、簡単なことだ。お前はただ、俺の封印を解けばいい。それだけで、全て解決する。』
わたしはぼんやりと、氷の王の顔を見る。
そのまなざしは、思わずすがりつきたくなるほどに、慈愛に満ちていた。
……わたしが彼の封印を解けば、百城くんを助けられるの? 本当に?
もし、それだけでいいなら。
それで、みんなが無事なら――。
『絶望させて、抵抗する気力を失わせてから生命力を吸い取るのは、鬼の常套手段だ!』
『強い心を持って生きること。いざという時、困難に立ち向かう勇気を持つこと。』
不意に、脳裏によみがえったふたつの声に。
わたしはペンダントにのばしかけていた手を止めた。
『……どうした? 小娘。早くしなければ、童が危ないぞ?』
そうだ。そうだった。
何をまどわされそうになっているんだろう。
……わたしは、ぐっ、と手を握りしめる。
強い心を持つんだ。困難に立ち向かえる、強い心を。
たとえ引っ込み思案でも、すぐ弱気になっても……いざという時にはゼッタイ、勇気をもって前を向くんだ。
わたしはずっと、そうありたいと思って生きてきたでしょ!
「……小娘じゃない。」
『何?』
「小娘じゃないよ。……ねえ氷の王、あなた、立場を忘れてる?」
助けてほしいだろう? 力がほしいだろう? ……ちがうよね。
あなたは『与えてやる』立場にはないし、わたしも、『助けを乞う』立場にない。
「あなたがはじめた契約でしょ? もちろん、忘れてなんかないはずだよね?」
『貴様……、』
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