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真相 3
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彼女は鬼だからか、あのペンダントに氷の王が封じられていると理解していた。
万が一にも『鬼封じの鏡』が壊れてしまうとまずいから、彼女は必死だったのだ。
なぜなら――鬼は、鬼の生命力も喰らうから。
『ご名答!』
氷の王が愉快そうに、ぱちぱちと拍手する。
『だが急いだ方がいいぞ。何せ今日は新月、朔の日だ。浄化の光である月光がなく、闇が支配するその日の夜は、鬼の力をひときわ強める。日が完全に暮れれば、手遅れになってしまうかもなあ?』
「そんな……っ。」
蒼白になる。タイムリミットが日の入りなんて、そんな大切なことも黙っていたのか。
……原さんはメイちゃんの今の居場所までは知らないと言っていた。
家を訪ねてみる? ……だめだ、彼女の家の住所を知らない。
なら、メイちゃんはいったいどこに――。
「いや、まだ手はある。」
百城くんが真剣な口調で言った。
「木花、今度こそそいつに『命令』を!」
「……!」
そうだ。それなら。
わたしは氷の王に向き直る。そして、大きな声で告げた。
「――命令です。わたしたちを、南芽以のもとに案内して!」
肩で息をしながら、わたしたちは必死に走る。
「日の入りの時刻は午後六時五十八分! 木花、今何分だ⁉」
足を動かしながら腕時計を見下ろせば、午後六時五十五分になるところだった。
それを伝えると、少し先を走っている百城くんが、「くそっ。」とくやしげにうなった。
「間に合わない……!」
太陽はいよいよ西へと傾き、立ち並ぶ家たちの影を濃く長く伸ばしている。
必死に走り続けるあいだにも、みるみるうちに辺りが暗くなっていく。
(早くしないといけないのに……!)
ぐ、と歯を食いしばったその時、ぐん、と手を引かれた。そして、身体が浮く感覚。
声を上げる間もなかった。
「しっかりつかまってろ! こっちのほうが早い!」
「え……えええええ⁉」
気がつけば、わたしは百城くんに抱えられていて。
そして次の瞬間、彼は全速力でかけ出した――わたしのさけび声を置き去りにして。
(は、は、早い早い早い!)
人を追い越し、自転車を追い越し、まるでその速度は車のよう。さすがは、鬼を退治するために修業を積んでいる退治屋さんだ。
あまりに速く流れていく視界にめまいを覚えそうになった時、百城くんが言った。
「見えた、希正橋だ!」
その言葉に、わたしはぱっと顔を上げる。
――そう。希正橋。そここそが氷の王が指摘した、南芽以の居場所だった。
三途の川のように、あの世とこの世の境目とされることもある場所。それが、川。
(時間は、)
わたしは百城くんにかかえられたまま、腕時計を見る。
六時五十八分。ちょうどぴったり、日の入りの時刻だ。
太陽が沈んで、夜がやってくる。
「南はどこだ⁉」
百城くんがほとんど急ブレーキをかけるように急停止し、さけんだ。
辺りを見回す。橋の上にはいない。なら、
「いた、いたよ百城くん、橋の下だ! あそこ!」
欄干から身を乗り出して見下ろさなければ死角になって見えないような、暗い橋の下。
ここからじゃ少し遠いけど、間違いない。
メイちゃんがコンパクトミラーを手にして立っていて、その足元に五人の中学生が横たわっている。
それを見て、おもむろに百城くんが竹刀袋に入れていた刀を手にする。
そして欄干に足をかけて、
「まずいな。木花、行くぞ!」
「え⁉ 百城く、わあああああッッ⁉」
わたしを抱えたまま飛び降りた!
死ぬ、とそう思って目をつむったけれど、痛みも衝撃もやってこなかった。
百城くんはわたしを抱えたまま、高い橋から飛び降りて、みごと着地してみせたのだ。
(し、死ぬかと思った……!)
百城くんに下ろしてもらい、ゆっくり地面に立つ。
さすがに、恐怖で、足はガクガク震えたままだ。
「大丈夫か、木花。」
「う、うん。」
なんとかうなずく。大丈夫、のはず。ちょっと足が震えるけど。
「よかった。……だが木花、悪いけど、俺が鬼を相手してる間に、どうにか五人を、」
「わかってる。わたしが、鬼の手から助けるよ!」
はじめは、百城くんに同行するだけだったけど……調査をつづけるうちに、わたしも本気で、みんなを助けたいと思うようになった。
だから、そのためなら、なんだってするよ。
「……ありがとう。たのんだ、木花。」
「まかせて!」
わたしが言うと、彼はうなずき、橋の下にたたずんでいるメイちゃんに向き直った。
「……お前が鬼だったとはな、南。」
「意外と遅かったね、百城くん。」
百城くんの呼びかけに、メイちゃん――鬼は、背中を向けたまま応える。
「やっぱり、氷の王は何も教えなかったんだ? 百城くんたちが右往左往してるから、そうなんだろうなとは思ってたけど……予想が当たってよかったぁ。鬼が人間の味方なんて、するはずないものね。」
百城くんが眉をしかめて、刀を抜く。
しゃりんという音とともに、薄暗がりの中で、刃がぎらりとにぶく光った。
「今すぐその五人を解放しろ。もちろん、まだ無事なんだろうな?」
暗い橋の下で、ざわざわと嫌な風が吹く。
張りつめた空気の中、百城くんが低い声で言った。
「うん、まだ食べきってないから、死んでないよ。でもね、」
そして、ゆっくりと鬼がこちらを振り返る。
黒髪を風になびかせながら、彼女はうっそりと笑って右手を上げ、
「早くしないと、食べ終わっちゃうかもね?」
万が一にも『鬼封じの鏡』が壊れてしまうとまずいから、彼女は必死だったのだ。
なぜなら――鬼は、鬼の生命力も喰らうから。
『ご名答!』
氷の王が愉快そうに、ぱちぱちと拍手する。
『だが急いだ方がいいぞ。何せ今日は新月、朔の日だ。浄化の光である月光がなく、闇が支配するその日の夜は、鬼の力をひときわ強める。日が完全に暮れれば、手遅れになってしまうかもなあ?』
「そんな……っ。」
蒼白になる。タイムリミットが日の入りなんて、そんな大切なことも黙っていたのか。
……原さんはメイちゃんの今の居場所までは知らないと言っていた。
家を訪ねてみる? ……だめだ、彼女の家の住所を知らない。
なら、メイちゃんはいったいどこに――。
「いや、まだ手はある。」
百城くんが真剣な口調で言った。
「木花、今度こそそいつに『命令』を!」
「……!」
そうだ。それなら。
わたしは氷の王に向き直る。そして、大きな声で告げた。
「――命令です。わたしたちを、南芽以のもとに案内して!」
肩で息をしながら、わたしたちは必死に走る。
「日の入りの時刻は午後六時五十八分! 木花、今何分だ⁉」
足を動かしながら腕時計を見下ろせば、午後六時五十五分になるところだった。
それを伝えると、少し先を走っている百城くんが、「くそっ。」とくやしげにうなった。
「間に合わない……!」
太陽はいよいよ西へと傾き、立ち並ぶ家たちの影を濃く長く伸ばしている。
必死に走り続けるあいだにも、みるみるうちに辺りが暗くなっていく。
(早くしないといけないのに……!)
ぐ、と歯を食いしばったその時、ぐん、と手を引かれた。そして、身体が浮く感覚。
声を上げる間もなかった。
「しっかりつかまってろ! こっちのほうが早い!」
「え……えええええ⁉」
気がつけば、わたしは百城くんに抱えられていて。
そして次の瞬間、彼は全速力でかけ出した――わたしのさけび声を置き去りにして。
(は、は、早い早い早い!)
人を追い越し、自転車を追い越し、まるでその速度は車のよう。さすがは、鬼を退治するために修業を積んでいる退治屋さんだ。
あまりに速く流れていく視界にめまいを覚えそうになった時、百城くんが言った。
「見えた、希正橋だ!」
その言葉に、わたしはぱっと顔を上げる。
――そう。希正橋。そここそが氷の王が指摘した、南芽以の居場所だった。
三途の川のように、あの世とこの世の境目とされることもある場所。それが、川。
(時間は、)
わたしは百城くんにかかえられたまま、腕時計を見る。
六時五十八分。ちょうどぴったり、日の入りの時刻だ。
太陽が沈んで、夜がやってくる。
「南はどこだ⁉」
百城くんがほとんど急ブレーキをかけるように急停止し、さけんだ。
辺りを見回す。橋の上にはいない。なら、
「いた、いたよ百城くん、橋の下だ! あそこ!」
欄干から身を乗り出して見下ろさなければ死角になって見えないような、暗い橋の下。
ここからじゃ少し遠いけど、間違いない。
メイちゃんがコンパクトミラーを手にして立っていて、その足元に五人の中学生が横たわっている。
それを見て、おもむろに百城くんが竹刀袋に入れていた刀を手にする。
そして欄干に足をかけて、
「まずいな。木花、行くぞ!」
「え⁉ 百城く、わあああああッッ⁉」
わたしを抱えたまま飛び降りた!
死ぬ、とそう思って目をつむったけれど、痛みも衝撃もやってこなかった。
百城くんはわたしを抱えたまま、高い橋から飛び降りて、みごと着地してみせたのだ。
(し、死ぬかと思った……!)
百城くんに下ろしてもらい、ゆっくり地面に立つ。
さすがに、恐怖で、足はガクガク震えたままだ。
「大丈夫か、木花。」
「う、うん。」
なんとかうなずく。大丈夫、のはず。ちょっと足が震えるけど。
「よかった。……だが木花、悪いけど、俺が鬼を相手してる間に、どうにか五人を、」
「わかってる。わたしが、鬼の手から助けるよ!」
はじめは、百城くんに同行するだけだったけど……調査をつづけるうちに、わたしも本気で、みんなを助けたいと思うようになった。
だから、そのためなら、なんだってするよ。
「……ありがとう。たのんだ、木花。」
「まかせて!」
わたしが言うと、彼はうなずき、橋の下にたたずんでいるメイちゃんに向き直った。
「……お前が鬼だったとはな、南。」
「意外と遅かったね、百城くん。」
百城くんの呼びかけに、メイちゃん――鬼は、背中を向けたまま応える。
「やっぱり、氷の王は何も教えなかったんだ? 百城くんたちが右往左往してるから、そうなんだろうなとは思ってたけど……予想が当たってよかったぁ。鬼が人間の味方なんて、するはずないものね。」
百城くんが眉をしかめて、刀を抜く。
しゃりんという音とともに、薄暗がりの中で、刃がぎらりとにぶく光った。
「今すぐその五人を解放しろ。もちろん、まだ無事なんだろうな?」
暗い橋の下で、ざわざわと嫌な風が吹く。
張りつめた空気の中、百城くんが低い声で言った。
「うん、まだ食べきってないから、死んでないよ。でもね、」
そして、ゆっくりと鬼がこちらを振り返る。
黒髪を風になびかせながら、彼女はうっそりと笑って右手を上げ、
「早くしないと、食べ終わっちゃうかもね?」
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