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疑念 2
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「……失礼します。風早先生はいらっしゃいますか。」
「ああ、木花、こっちだ……あれ、百城もいたのか。」
少し奥の方のデスクに座っていた先生が、軽く手を上げてみせる。
わたしたちは顔を見合わせると、黙って先生のもとへ歩いていく。
「先生、これ提出物と日誌です。」
「ありがとう。百城は木花の手伝いか? かっこいいことをさらっとやれるなあ、お前。」
にこにことしながらノートの山を受け取る風早先生。
しかし、ほめられた百城くんは、硬い表情のままだ。……きっと、わたしも同じような顔をしているだろう。
「風早先生、一つ聞きたいことがあります。」
「ん? ……なんだ二人とも、そんな緊張して。」
「――先生は、素行不良の中学生たちが行くたまり場に赴くことはありますか?」
「え?」
風早先生は面食らった表情になる。
「ど、どうしたんだ、いきなりそんなこと……。」
「答えにくいなら質問を変えましょうか?
三丁目の廃ゲームセンター。行ったことがありますよね?」
――伊藤トモミさん。野田誠さん。寺田涼介さん。真木千歳さん。
そして、茉莉花ちゃん。
よくよく考えてみれば、最初の四人だけでなく、茉莉花ちゃんにも接触できて、かつ、彼らの家庭環境を察することができた可能性のある人物が、一人だけいるのだ。
そう、それが――。
「……廃ゲームセンターにいた人たちは、第一中の教師が来たことがある、と証言しました。それは風早先生、あなたですよね?」
そう。
例の四人だけならともかく、茉莉花ちゃんの家庭環境を知ることができる人には限りがある。
けれど、風早先生は茉莉花ちゃんの担任教師。
ある程度生徒の事情を把握していたって、おかしくない。
その上に、風早先生があの廃ゲームセンターに出入りしていたとなれば――もう鬼は、この人しか考えられない!
「茉莉花ちゃんはどこにいるんですかっ!」
ばん! と、わたしが先生のデスクを叩く音が、職員室に響いた。
何事だ、というように、職員室に残っている先生方から視線が向けられる。
「寺田さんや伊藤さんも……みんな、帰してください!」
「お、おい、待て木花!」
あわてたように、風早先生が立ち上がる。
「話が見えない。たしかに俺は不良たちのたまり場を見回りに行くことはある。三丁目の廃ゲームセンターにも行ったことはあるよ。でも、それがどうしたんだ?」
「……ここ数ヶ月で失踪した中学生四人はいずれも、三丁目の廃ゲームセンターに出入りしていた。そして風早先生、あなたは五人目の行方不明者、宝生茉莉花の担任だ。」
動揺した様子の風早先生を、百城くんがするどくにらみつけた。
「行方不明者は、いなくなっても家出で処理されそうな家庭環境の中学生ばかり。五人と会う機会があって、かつ彼らの家庭環境を知ることができたのはあなたくらいしかいない。」
風早先生がみるみるうちに青くなる。
「ま、まさか……俺が五人を誘拐したとでも言うつもりか?」
「誘拐? ……今起きていることはそうかもしれないが、目的としては正確じゃないな。先生、ここじゃ人目もある。場所を変えよう。」
「ちょ――ちょっと待ってくれ!」
きびすを返そうとした百城くんを、あわてたように呼び止める先生。
彼はゆるゆるとかぶりを振りながら「本当になんの話かわからないんだ。」と言った。
「たしかに廃ゲームセンターには行った。でもそれは教師として、ああいうところを遊び場にして、中学生が遅くまでたむろするのは心配だから、注意をするためだ。」
だいたい、と先生はつけ加える。
「たまに注意をしにくるだけの教師に、彼らが家庭環境のことまで話すか? 宝生のこともそうだ。担任とはいっても、家庭のことまではわからない。プライベートなことだからな。」
「それは……。」
わたしと百城くんは、同時に顔を見合せた。
……言われてみれば、たしかにそうかもしれない。
原さんたちは、風早先生のことを『説教してくる第一中の教師』とだけ言っていて、名前すら知らなかったみたいだった。名前すら知らないような大人に、自分の家庭環境のことまで話すかと言われれば、たしかに首をひねるしかない。
わたしたちの勢いがそがれたのを見て、はあ、と風早先生がため息をつき、ふたたびイスに腰かける。
「……そもそも、一人目が失踪したのは二ヶ月くらい前のことだろ? そんなに長い間、さらった子たちをどこに置いておくと言うんだ?」
わたしたちは押し黙る。
……その疑問は、口にはしないまでも、わたしたちがずっと持っていたものだからだ。
鬼は異能を持っている場合もある。異能でどこかに閉じ込めているという可能性はあるけど……。
「じゃあ……、先生は一連の行方不明には無関係、ってことなんですか?」
「そうだよ。当たり前だ。」
はぁ、と深く息を吐き出す風早先生。
……でも、なら、いったい鬼はどこにひそんでいるんだろう?
黙り込むわたしたちを見て、風早先生がおもむろに口を開いた。
そして声をひそめて、聞く。
「百城。お前が消えた中学生のことを調べてるのは、もしかして……その、家業のためか?」
「ああ、木花、こっちだ……あれ、百城もいたのか。」
少し奥の方のデスクに座っていた先生が、軽く手を上げてみせる。
わたしたちは顔を見合わせると、黙って先生のもとへ歩いていく。
「先生、これ提出物と日誌です。」
「ありがとう。百城は木花の手伝いか? かっこいいことをさらっとやれるなあ、お前。」
にこにことしながらノートの山を受け取る風早先生。
しかし、ほめられた百城くんは、硬い表情のままだ。……きっと、わたしも同じような顔をしているだろう。
「風早先生、一つ聞きたいことがあります。」
「ん? ……なんだ二人とも、そんな緊張して。」
「――先生は、素行不良の中学生たちが行くたまり場に赴くことはありますか?」
「え?」
風早先生は面食らった表情になる。
「ど、どうしたんだ、いきなりそんなこと……。」
「答えにくいなら質問を変えましょうか?
三丁目の廃ゲームセンター。行ったことがありますよね?」
――伊藤トモミさん。野田誠さん。寺田涼介さん。真木千歳さん。
そして、茉莉花ちゃん。
よくよく考えてみれば、最初の四人だけでなく、茉莉花ちゃんにも接触できて、かつ、彼らの家庭環境を察することができた可能性のある人物が、一人だけいるのだ。
そう、それが――。
「……廃ゲームセンターにいた人たちは、第一中の教師が来たことがある、と証言しました。それは風早先生、あなたですよね?」
そう。
例の四人だけならともかく、茉莉花ちゃんの家庭環境を知ることができる人には限りがある。
けれど、風早先生は茉莉花ちゃんの担任教師。
ある程度生徒の事情を把握していたって、おかしくない。
その上に、風早先生があの廃ゲームセンターに出入りしていたとなれば――もう鬼は、この人しか考えられない!
「茉莉花ちゃんはどこにいるんですかっ!」
ばん! と、わたしが先生のデスクを叩く音が、職員室に響いた。
何事だ、というように、職員室に残っている先生方から視線が向けられる。
「寺田さんや伊藤さんも……みんな、帰してください!」
「お、おい、待て木花!」
あわてたように、風早先生が立ち上がる。
「話が見えない。たしかに俺は不良たちのたまり場を見回りに行くことはある。三丁目の廃ゲームセンターにも行ったことはあるよ。でも、それがどうしたんだ?」
「……ここ数ヶ月で失踪した中学生四人はいずれも、三丁目の廃ゲームセンターに出入りしていた。そして風早先生、あなたは五人目の行方不明者、宝生茉莉花の担任だ。」
動揺した様子の風早先生を、百城くんがするどくにらみつけた。
「行方不明者は、いなくなっても家出で処理されそうな家庭環境の中学生ばかり。五人と会う機会があって、かつ彼らの家庭環境を知ることができたのはあなたくらいしかいない。」
風早先生がみるみるうちに青くなる。
「ま、まさか……俺が五人を誘拐したとでも言うつもりか?」
「誘拐? ……今起きていることはそうかもしれないが、目的としては正確じゃないな。先生、ここじゃ人目もある。場所を変えよう。」
「ちょ――ちょっと待ってくれ!」
きびすを返そうとした百城くんを、あわてたように呼び止める先生。
彼はゆるゆるとかぶりを振りながら「本当になんの話かわからないんだ。」と言った。
「たしかに廃ゲームセンターには行った。でもそれは教師として、ああいうところを遊び場にして、中学生が遅くまでたむろするのは心配だから、注意をするためだ。」
だいたい、と先生はつけ加える。
「たまに注意をしにくるだけの教師に、彼らが家庭環境のことまで話すか? 宝生のこともそうだ。担任とはいっても、家庭のことまではわからない。プライベートなことだからな。」
「それは……。」
わたしと百城くんは、同時に顔を見合せた。
……言われてみれば、たしかにそうかもしれない。
原さんたちは、風早先生のことを『説教してくる第一中の教師』とだけ言っていて、名前すら知らなかったみたいだった。名前すら知らないような大人に、自分の家庭環境のことまで話すかと言われれば、たしかに首をひねるしかない。
わたしたちの勢いがそがれたのを見て、はあ、と風早先生がため息をつき、ふたたびイスに腰かける。
「……そもそも、一人目が失踪したのは二ヶ月くらい前のことだろ? そんなに長い間、さらった子たちをどこに置いておくと言うんだ?」
わたしたちは押し黙る。
……その疑問は、口にはしないまでも、わたしたちがずっと持っていたものだからだ。
鬼は異能を持っている場合もある。異能でどこかに閉じ込めているという可能性はあるけど……。
「じゃあ……、先生は一連の行方不明には無関係、ってことなんですか?」
「そうだよ。当たり前だ。」
はぁ、と深く息を吐き出す風早先生。
……でも、なら、いったい鬼はどこにひそんでいるんだろう?
黙り込むわたしたちを見て、風早先生がおもむろに口を開いた。
そして声をひそめて、聞く。
「百城。お前が消えた中学生のことを調べてるのは、もしかして……その、家業のためか?」
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