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異変 4
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百城くんは廃ゲームセンターを出てから、ずっと難しい顔をして考え込んでいる。
何を考えてるんだろう……。
黙り込んだまま歩いている百城くんに、わたしと氷の王は顔を見合わせる。氷の王は無言で小さな肩をすくめてみせた。
そこでふと、百城くんが足を止めた。……松野さんを見かけた交番の近くで。
「百城くん? どうしたの?」
「……実は、可能性はずっと考えてたんだ。だが信じたくなくて、なるべくそう思わないようにしていた。」
「え?」
意味をはかりかねて問い返すと、百城くんはわたしを見て、それから交番を見た。
「警察内部に鬼がいたら、四件の失踪も正式に『家出』だってことにしやすいんじゃないか、って。」
「……!」
するどく、息を呑む。
……たしかに、そうだ。氷の王が、人に化けたり、のりうつったりできる異能を持つ鬼もいると言っていた。
それはつまり、鬼が、警察の人間に成りすますこともできるということ。
警察が一連の件を家出だと結論づければ、もう、消えた人を気にするのは、近しい人以外にいなくなる。
「さっき、たまり場に警察が出入りすることもあるって言ってただろ。なら、消えた四人と接触する機会があったってことになる。」
「そんな……!」
真っ青になる。
警察官はみんなを守ってくれる存在のはずだ。それなのに……。
「鬼はいったい誰に成りすましてるの⁉」
「わからない。あそこに出入りしてるって言うんだから、おそらく上層部の人間じゃない。だから交番の警官か、現場の刑事だとは思うが……。」
見つけるまでに、消えた四人が無事でいられるかどうか。
険しい表情の百城くんに、わたしはごくりとつばを飲み下した。
いったい、どうすれば……。
すると、その時だった。
「――すまない、少し話を聞いてもいいか。」
見知らぬ、スーツの男の人に声をかけられたのは。
……だれだろう? 不審者?
四十代になるかならないか、というくらいのその男性は、どこか焦った顔をしている。
身構えながらそっととなりの百城くんをうかがうと、彼は少しびっくりしたような顔をしていた。そして、「弁護士だ。」とぽつりとつぶやく。
「えっ?」
「この人は弁護士だ。ほら、スーツのえりにバッジがついてるだろ。」
たしかに、男の人のスーツには、くすんだ金色のバッジがついている。
「自由と正義を表すひまわりと、公正と平等を表す天秤がデザインされたバッジ。あれは、弁護士であることを示す身分証なんだ。」
「へぇ……そうなんだ。」
ということは、不審者ではないか。よかった。
それにしても物知りだなあ、と思っていると、スーツの男の人も感心したように言った。
「驚いたな、一目でこのバッジを一目で弁護士バッジだと見抜く子どもがいるとは。君は中学生か?」
「はい。」
百城くんが表情を変えずにうなずく。
「……それで、弁護士の方がオレたちに何の用ですか?」
「ああ、そうだった。すまないな、いきなり。君たちは第一中の生徒か? それとも別の中学の生徒かな?」
「えっと、第一中の一年生ですけど……。」
百城くんがいぶかしそうにして押し黙ったので、わたしが代わりに応える。
すると、彼は軽く目を見開いて、わたしの肩をつかんだ。
「第一中の一年生というのは本当か? なら、茉莉花の居場所を知らないか⁉」
「えっ?」
面食らってのけぞると、男性は名刺を取り出して、わたしの手に押しつける。
そこには、法律事務所の名前と、『宝生直人』という名前が印字されていた。
「私は茉莉花の父親だ。学校から茉莉花が無断欠席したと連絡がきて、つい先ほど茉莉花が日曜日から帰ってきてないと知ったんだ。」
ドクン、と。
心臓が嫌な音を立てる。
「妻はプチ家出か何かだろう、この歳の子ならよくあることだし心配いらないだろうと言うが……どうしても気になってな。仕事を抜け出して、あてもなく探しているんだが……。」
弱った表情で、スーツの男性――茉莉花ちゃんのお父さんがこぼす。
……茉莉花ちゃん、やっぱり家でうまくいってなかったんだ。
だって、新しいお母さんは明らかに、茉莉花ちゃんを心配していない。ふつう、二日も娘の行方がわからなければ、心配するはずだよね。
それに目の前のお父さんも、茉莉花ちゃんの失踪を今の今まで知らなかったようだ。お仕事がいそがしかったにしても、きちんと毎日家に帰っていれば異変に気がついたはず。
心配していないわけではなさそうだけど……。
「家出を疑われてもおかしくない家庭環境……。やっぱり今までのケースと、カブるな。」
茉莉花ちゃんのお父さんに気づかれないくらいの小さな声で、百城くんがつぶやく。
わたしも、同意見だった。
茉莉花ちゃんは不良じゃない。たぶん、廃ゲームセンターに出入りもしていない。
でも――。
(茉莉花ちゃんはたぶん、『五人目』の行方不明者になっちゃったんだ……!)
――五人目を待っているのかもしれんな。
かつて、わたしたちにそう告げた氷の王が、ゆっくり目を細めて笑う。
百城くんは廃ゲームセンターを出てから、ずっと難しい顔をして考え込んでいる。
何を考えてるんだろう……。
黙り込んだまま歩いている百城くんに、わたしと氷の王は顔を見合わせる。氷の王は無言で小さな肩をすくめてみせた。
そこでふと、百城くんが足を止めた。……松野さんを見かけた交番の近くで。
「百城くん? どうしたの?」
「……実は、可能性はずっと考えてたんだ。だが信じたくなくて、なるべくそう思わないようにしていた。」
「え?」
意味をはかりかねて問い返すと、百城くんはわたしを見て、それから交番を見た。
「警察内部に鬼がいたら、四件の失踪も正式に『家出』だってことにしやすいんじゃないか、って。」
「……!」
するどく、息を呑む。
……たしかに、そうだ。氷の王が、人に化けたり、のりうつったりできる異能を持つ鬼もいると言っていた。
それはつまり、鬼が、警察の人間に成りすますこともできるということ。
警察が一連の件を家出だと結論づければ、もう、消えた人を気にするのは、近しい人以外にいなくなる。
「さっき、たまり場に警察が出入りすることもあるって言ってただろ。なら、消えた四人と接触する機会があったってことになる。」
「そんな……!」
真っ青になる。
警察官はみんなを守ってくれる存在のはずだ。それなのに……。
「鬼はいったい誰に成りすましてるの⁉」
「わからない。あそこに出入りしてるって言うんだから、おそらく上層部の人間じゃない。だから交番の警官か、現場の刑事だとは思うが……。」
見つけるまでに、消えた四人が無事でいられるかどうか。
険しい表情の百城くんに、わたしはごくりとつばを飲み下した。
いったい、どうすれば……。
すると、その時だった。
「――すまない、少し話を聞いてもいいか。」
見知らぬ、スーツの男の人に声をかけられたのは。
……だれだろう? 不審者?
四十代になるかならないか、というくらいのその男性は、どこか焦った顔をしている。
身構えながらそっととなりの百城くんをうかがうと、彼は少しびっくりしたような顔をしていた。そして、「弁護士だ。」とぽつりとつぶやく。
「えっ?」
「この人は弁護士だ。ほら、スーツのえりにバッジがついてるだろ。」
たしかに、男の人のスーツには、くすんだ金色のバッジがついている。
「自由と正義を表すひまわりと、公正と平等を表す天秤がデザインされたバッジ。あれは、弁護士であることを示す身分証なんだ。」
「へぇ……そうなんだ。」
ということは、不審者ではないか。よかった。
それにしても物知りだなあ、と思っていると、スーツの男の人も感心したように言った。
「驚いたな、一目でこのバッジを一目で弁護士バッジだと見抜く子どもがいるとは。君は中学生か?」
「はい。」
百城くんが表情を変えずにうなずく。
「……それで、弁護士の方がオレたちに何の用ですか?」
「ああ、そうだった。すまないな、いきなり。君たちは第一中の生徒か? それとも別の中学の生徒かな?」
「えっと、第一中の一年生ですけど……。」
百城くんがいぶかしそうにして押し黙ったので、わたしが代わりに応える。
すると、彼は軽く目を見開いて、わたしの肩をつかんだ。
「第一中の一年生というのは本当か? なら、茉莉花の居場所を知らないか⁉」
「えっ?」
面食らってのけぞると、男性は名刺を取り出して、わたしの手に押しつける。
そこには、法律事務所の名前と、『宝生直人』という名前が印字されていた。
「私は茉莉花の父親だ。学校から茉莉花が無断欠席したと連絡がきて、つい先ほど茉莉花が日曜日から帰ってきてないと知ったんだ。」
ドクン、と。
心臓が嫌な音を立てる。
「妻はプチ家出か何かだろう、この歳の子ならよくあることだし心配いらないだろうと言うが……どうしても気になってな。仕事を抜け出して、あてもなく探しているんだが……。」
弱った表情で、スーツの男性――茉莉花ちゃんのお父さんがこぼす。
……茉莉花ちゃん、やっぱり家でうまくいってなかったんだ。
だって、新しいお母さんは明らかに、茉莉花ちゃんを心配していない。ふつう、二日も娘の行方がわからなければ、心配するはずだよね。
それに目の前のお父さんも、茉莉花ちゃんの失踪を今の今まで知らなかったようだ。お仕事がいそがしかったにしても、きちんと毎日家に帰っていれば異変に気がついたはず。
心配していないわけではなさそうだけど……。
「家出を疑われてもおかしくない家庭環境……。やっぱり今までのケースと、カブるな。」
茉莉花ちゃんのお父さんに気づかれないくらいの小さな声で、百城くんがつぶやく。
わたしも、同意見だった。
茉莉花ちゃんは不良じゃない。たぶん、廃ゲームセンターに出入りもしていない。
でも――。
(茉莉花ちゃんはたぶん、『五人目』の行方不明者になっちゃったんだ……!)
――五人目を待っているのかもしれんな。
かつて、わたしたちにそう告げた氷の王が、ゆっくり目を細めて笑う。
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