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異変 1

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「……え?」
不意に発せられた、愛らしい声。
声の主である氷の王は、かわいい男の子の顔に、酷薄な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
『鬼は、若い生命力を五人分まるまる喰らえば、一段階は強くなる。五人というのはある種の指標なのだ、鬼としての格を上げるためのな。』
「……だから、五人の生命力を一気に取り込むために、まだ被害者の四人には手を出していない、と?」
『ありうる話だ、というだけだがな。……だが、間隔を空けて人をさらうのも、標的を選ぶのも――いかにも退治屋を恐れている鬼の行動だとは思わないか?』
強さに自信がなければ、慎重に、頭を使って行動する。
常識だな、と言って、氷の王がうっそりと笑う。
『鬼には、異能を使えるものもいる。俺のように自然をつかさどる力を持つものもあれば、人に化けたり乗り移ったりできる存在もある。ただでさえややこしかろうに……なかなかしっぽを出さぬ鬼が相手だと、苦労をするなあ? なあ、退治屋の童よ。』
「うるさい、黙れ。」
そう、冷たく切って捨てると。
百城くんはおもむろにわたしに顔を向けた。
「ともあれ、少しは調査も進展した。また、監視と調査に協力してくれ。」
「うん、わかっ――、」
「……木花?」
途中で言葉をつまらせたわたしに、百城がけげんそうな表情になる。といっても、眉が少し動いたくらいだったけれど。
しかし、わたしはそれどころじゃなかった。
 
視界に、こちらを呆然と見つめて立ちすくむ、茉莉花ちゃんの姿をとらえてしまったから。

茉莉花ちゃんは、わたしと目が合うと、ギロッとこちらをにらんで、そしてその場から走り去ってしまう。
「ま、待って、茉莉花ちゃんっ!」
彼女を呼び止めるべく、あわてて、さけぶ。
もちろん、百城くんとのことをゴカイされたらまずい、ということもある。

でも、何より――こちらをにらみつけた彼女の目から、涙がこぼれたように見えたから。

「茉莉花ちゃん!」
必死に声を張り上げるけど、もう、届かないようだ。
わたしはそれを悟ると、うつむく。
(……どうしよう。ゼッタイ、誤解されたよね?)
宗くんはわたしのトクベツなの、と言っていた茉莉花ちゃんの声が頭によみがえる。
牽制のやり方はアレだったけど、茉莉花ちゃんはたぶん、本気で百城くんのことが好きなんだ。それなのに……。
(もっとちゃんと、周囲を気にしておくべきだった。きっと、茉莉花ちゃんを傷つけちゃった……。)
うなだれたわたしのうしろで、百城くんが困惑しているのがわかる。
気まずい空気がただようなか、ただ氷の王だけが、愉快そうな笑顔のままで。
彼は暗くなり始めた空を見上げ、楽しげに言った。

『――あと数日で、朔の日だな。』








「あれ? 宝生は今日休みか?」

うーん、と風早先生が出席簿を片手に首をひねる。
「おかしいな。連絡、来てないんだが……何か知ってる人ー?」
先生の呼びかけに、クラスメイトは困惑したように、ちらちらと近くの人と目を合わせたりするが、だれも手を挙げる人はいない。
――茉莉花ちゃんに、追いつけなかったその二日後、月曜日。
わたしは緊張しながら登校したけれど、茉莉花ちゃんは学校に来ていなかった。

(どうしよう、百城くんとはなんでもないから、ってちゃんと説明しようと思ってたのに……。)
茉莉花ちゃんがお休みだなんて。
しかも、先生もその理由を知らないらしい。
「はあ……。」
家に行ってみたら、いるかな? でも突然お宅を訪ねるのも迷惑だよね。茉莉花ちゃん、たぶんわたしのこと好きじゃないと思うし。 
……土曜日、茉莉花ちゃん、泣いてた。
こちらにも事情があるとはいえ、茉莉花ちゃんを傷つけたのは間違いない。
『わからんな。どうしてそうまで気にするのか。』
席について一時間目で使う教科書を準備していると、すぐそばの窓によりかかっていた氷の王がつまらなそうな声で言う。
『やっかいな女がいなくなったのだろう? せいせいすると思いそうなものだがな。』
(そんなこと、ない。)
心の中で反論する。本心だった。
茉莉花ちゃんはたしかに気が強いし、可愛くてお金持ちだからこそちょっとわがままで、クラスの中心人物なのかもしれない。
……でも、たぶん、彼女は卑怯な子ではない。
メイちゃんは茉莉花ちゃんが、百城くんに近づいた子に嫌がらせをした、と言ってたけど――たぶん、誰かと組んでいじめをしたりはしていないんじゃないかな。嫌がらせをしていたとしても、一人でしたんだと思う。
クラスでも取り巻きがいるわけではないみたいだし、わたのことを呼び出す時だって、茉莉花ちゃんは一人だった。数人でわたしを牽制したわけじゃない。
だから、わたしは茉莉花ちゃんがキライになれない。
誤解されたままなら、それを解きたい。

「あの、メイちゃん。」
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