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氷の王 3
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『……なに?』
「わたしの力は、みんなより強いんですよね? なら、わたしが全て渡します。
……その代わり、わたしの生命力を喰って満足したら、もうみんなを殺すのはやめて!」
「やめろ! 正気か⁉」
凍てついたろうかに、百城くんの声が響く。
ようやく立ち上がれるようになったらしい彼は、打ったお腹をおさえてわたしの肩をつかんだ。
「鬼との口約束はそのまま、強固な『契約』になる! 今すぐ撤回しないと、本当に死ぬぞ転入生!」
「しないよ! だって、こうするしかない!」
わたしには、これしか思いつかない。
……だって、この鬼は邪悪そのものだ。
わたしは鬼の存在を今はじめて知ったけど、少し会話をしただけで、それがわかった。こいつが、ただ頼んだだけで願いを受け入れてくれるはずがない。
それに、あいつがここにいるのは、わたしが封印を解いてしまったせいなんだ。
――どうせ、最後にみんな死ぬなら同じ。
持ちかけてみる価値はあるはずだ!
『ふ……は、ははははは!』
目を丸く見開いていた鬼が、不意に笑い声をはじけさせた。
『面白い! 鬼の存在も知らぬまま平和に生きてきた小娘が、自分の命をかけるか! ……いいだろう、その誘い、乗ってやる!』
「やめろっ! ……命なら、オレが賭ける! こいつの生命力でいいなら、退治屋のオレの生命力でもいいだろっ⁉」
百城くんがわたしをかばうように前に立つ。
彼の、わたしを守ってくれようとするその言葉に目を見開いたけれど、鬼は薄笑いを浮かべつつ『駄目だ』と言った。
『つねに命を賭して戦う退治屋の命を賭けられても、なんの面白みもない。安穏と暮らしてきた小娘に命を賭けさせるから面白いのだ。』
「下衆が……!」
ギリ、と歯を食いしばる百城くん。
彼はくやしそうだけど、わたしは少しだけうれしかった。かばおうとしてくれたこと。
……おかげで勇気、出た。
わたしは意を決すると一歩踏み出し、きっと白い鬼を睨めつけた。
さあこい、というように。
『ふん、本当にいい度胸だ。……その胆力に免じて、俺も一つ約束してやろう。もし貴様一人の生命力を喰らいつくせなかった場合、俺は大人しく貴様のしもべとなってやる。』
……まあそんなことが、あるはずがないがな。
顔に浮かんだ、あざけるような笑みが、そう言っている。
(バカにして……!)
わたしはぐっ、とくちびるを噛み締めると、さけんだ。
「とっとと、済ませて!」
『いいだろう。』
美しくもおぞましくほほえんだ白い鬼の、白い手がわたしの首にかかる。
転入生、とさけぶ百城くんの声をバックに、わたしはぎゅ、と強く目をつぶる。
次いで、自分の身体の奥底から、何かが引っ張り出されるような感覚がして――。
(……、あれ?)
――何も、起きなかった。
引っ張り出されるような感覚があって、それだけで、何もない。てっきり、干からびるようにして死んでしまうかもと思っていたのに、変わらず、死ぬほど寒いだけ。
どういうこと?
心の中で首をひねりながら、おそるおそる目を薄く開けた、その瞬間。
『ありえない……。』
呆然としたような声が、耳に届いた。
今度こそまぶたを開けると、わたしの首に手を伸ばしたまま、極限まで目を見開いた鬼と視線がぶつかった。
さっきまで、余裕そうにしていた鬼が、くちびるを震わせている。
『ありえるはずがない、このようなことが、』
「え?」
『――この俺が喰らい切れないほど、この小娘の生命力が強いなど!』
悲鳴のような声がはじけ。
わたしがその意味を理解する間もなく、校内に強い風が吹いた。
極寒の地の、冷たい風じゃない。
――初夏の、本来の風だった。
どういうこと? 氷の王とかいう、この鬼の力が弱まっているってこと?
「信じられない。でも、これは……。」
百城くんが、呆然としてつぶやく。そして、すぐに気を取り直したようにわたしを見た。
「転入生、いや、木花! 今だ!」
「え⁉」
「忘れたか、お前は賭けに勝ったんだ! 氷の王はお前の生命力を喰らい切れなかった。つまり、『契約』が成立した!
こいつは――今この瞬間に、お前のしもべになったんだ!」
民話の『大工と鬼六』で、大工と約束したとおり、鬼六に名前を呼ばれた鬼が消えたように。
鬼とわたしの間に結ばれた約束という名の『契約』が、果たされたのだ、と。
だから命令しろ、と百城くんがさけぶ。
「こいつほどの鬼なら、いつ契約ごと破壊されるかわからない。今がチャンスだ、鏡に戻れと命じろ!」
「――ッ、うん!」
白い鬼が顔をゆがめ、『やめろ!』とさけぶが、聞かない!
わたしは思いっきり息を吸い込み、言った。
「鬼よ! 鏡に、戻れ!」
刹那。また、強い風が吹いて――真っ白な銀世界だった校舎が、みるみるうちに元の様子に戻っていく。
そして、白い光がうずまいて、美貌の鬼が割れたミラーの中に吸い込まれる。
『くそっ、またか! 木花め――!』
悔しげな声が響き、次の瞬間。
ミラーがひときわ強く輝いて、あたりを白い光が包み込んだ。
わたしたちは、そのあまりのまぶしさに目を覆う。
そして光がやんで、そっと目を開けると――校舎は完全に、元通りになっていた。
「はぁ、はっ……。」
かじかんでろくに動かせなかった手足も、まるでうそのようにちゃんと動く。制服にもソックスにも、霜はついていない。
茉莉花ちゃんやメイちゃん、他の生徒たちも気がついたのか、ゆっくりと身体を起こしている。
わたしは力が抜けて、ぺたんとその場に座り込んだ。
(助かった、の……?)
ゆるゆると、後ろに立っている百城くんを振り返る。
――しかし、安心した表情になっているかと思われる彼は、一点を見つめて硬直していた。
「百城くん……?」
「木花、あれ、」
どうしたの、と聞く前に百城くんが、鬼を封じたミラーが落ちているあたりを指さした。
何だろう。そう思って、指が指し示す先を見やり……わたしは思わず悲鳴を上げた。
「なっ……ウソでしょ⁉」
なんと、そこには。
白い着物をまとった、氷の王を名乗った鬼によく似た、五歳くらいの男の子が、すやすやと眠っていた。
「わたしの力は、みんなより強いんですよね? なら、わたしが全て渡します。
……その代わり、わたしの生命力を喰って満足したら、もうみんなを殺すのはやめて!」
「やめろ! 正気か⁉」
凍てついたろうかに、百城くんの声が響く。
ようやく立ち上がれるようになったらしい彼は、打ったお腹をおさえてわたしの肩をつかんだ。
「鬼との口約束はそのまま、強固な『契約』になる! 今すぐ撤回しないと、本当に死ぬぞ転入生!」
「しないよ! だって、こうするしかない!」
わたしには、これしか思いつかない。
……だって、この鬼は邪悪そのものだ。
わたしは鬼の存在を今はじめて知ったけど、少し会話をしただけで、それがわかった。こいつが、ただ頼んだだけで願いを受け入れてくれるはずがない。
それに、あいつがここにいるのは、わたしが封印を解いてしまったせいなんだ。
――どうせ、最後にみんな死ぬなら同じ。
持ちかけてみる価値はあるはずだ!
『ふ……は、ははははは!』
目を丸く見開いていた鬼が、不意に笑い声をはじけさせた。
『面白い! 鬼の存在も知らぬまま平和に生きてきた小娘が、自分の命をかけるか! ……いいだろう、その誘い、乗ってやる!』
「やめろっ! ……命なら、オレが賭ける! こいつの生命力でいいなら、退治屋のオレの生命力でもいいだろっ⁉」
百城くんがわたしをかばうように前に立つ。
彼の、わたしを守ってくれようとするその言葉に目を見開いたけれど、鬼は薄笑いを浮かべつつ『駄目だ』と言った。
『つねに命を賭して戦う退治屋の命を賭けられても、なんの面白みもない。安穏と暮らしてきた小娘に命を賭けさせるから面白いのだ。』
「下衆が……!」
ギリ、と歯を食いしばる百城くん。
彼はくやしそうだけど、わたしは少しだけうれしかった。かばおうとしてくれたこと。
……おかげで勇気、出た。
わたしは意を決すると一歩踏み出し、きっと白い鬼を睨めつけた。
さあこい、というように。
『ふん、本当にいい度胸だ。……その胆力に免じて、俺も一つ約束してやろう。もし貴様一人の生命力を喰らいつくせなかった場合、俺は大人しく貴様のしもべとなってやる。』
……まあそんなことが、あるはずがないがな。
顔に浮かんだ、あざけるような笑みが、そう言っている。
(バカにして……!)
わたしはぐっ、とくちびるを噛み締めると、さけんだ。
「とっとと、済ませて!」
『いいだろう。』
美しくもおぞましくほほえんだ白い鬼の、白い手がわたしの首にかかる。
転入生、とさけぶ百城くんの声をバックに、わたしはぎゅ、と強く目をつぶる。
次いで、自分の身体の奥底から、何かが引っ張り出されるような感覚がして――。
(……、あれ?)
――何も、起きなかった。
引っ張り出されるような感覚があって、それだけで、何もない。てっきり、干からびるようにして死んでしまうかもと思っていたのに、変わらず、死ぬほど寒いだけ。
どういうこと?
心の中で首をひねりながら、おそるおそる目を薄く開けた、その瞬間。
『ありえない……。』
呆然としたような声が、耳に届いた。
今度こそまぶたを開けると、わたしの首に手を伸ばしたまま、極限まで目を見開いた鬼と視線がぶつかった。
さっきまで、余裕そうにしていた鬼が、くちびるを震わせている。
『ありえるはずがない、このようなことが、』
「え?」
『――この俺が喰らい切れないほど、この小娘の生命力が強いなど!』
悲鳴のような声がはじけ。
わたしがその意味を理解する間もなく、校内に強い風が吹いた。
極寒の地の、冷たい風じゃない。
――初夏の、本来の風だった。
どういうこと? 氷の王とかいう、この鬼の力が弱まっているってこと?
「信じられない。でも、これは……。」
百城くんが、呆然としてつぶやく。そして、すぐに気を取り直したようにわたしを見た。
「転入生、いや、木花! 今だ!」
「え⁉」
「忘れたか、お前は賭けに勝ったんだ! 氷の王はお前の生命力を喰らい切れなかった。つまり、『契約』が成立した!
こいつは――今この瞬間に、お前のしもべになったんだ!」
民話の『大工と鬼六』で、大工と約束したとおり、鬼六に名前を呼ばれた鬼が消えたように。
鬼とわたしの間に結ばれた約束という名の『契約』が、果たされたのだ、と。
だから命令しろ、と百城くんがさけぶ。
「こいつほどの鬼なら、いつ契約ごと破壊されるかわからない。今がチャンスだ、鏡に戻れと命じろ!」
「――ッ、うん!」
白い鬼が顔をゆがめ、『やめろ!』とさけぶが、聞かない!
わたしは思いっきり息を吸い込み、言った。
「鬼よ! 鏡に、戻れ!」
刹那。また、強い風が吹いて――真っ白な銀世界だった校舎が、みるみるうちに元の様子に戻っていく。
そして、白い光がうずまいて、美貌の鬼が割れたミラーの中に吸い込まれる。
『くそっ、またか! 木花め――!』
悔しげな声が響き、次の瞬間。
ミラーがひときわ強く輝いて、あたりを白い光が包み込んだ。
わたしたちは、そのあまりのまぶしさに目を覆う。
そして光がやんで、そっと目を開けると――校舎は完全に、元通りになっていた。
「はぁ、はっ……。」
かじかんでろくに動かせなかった手足も、まるでうそのようにちゃんと動く。制服にもソックスにも、霜はついていない。
茉莉花ちゃんやメイちゃん、他の生徒たちも気がついたのか、ゆっくりと身体を起こしている。
わたしは力が抜けて、ぺたんとその場に座り込んだ。
(助かった、の……?)
ゆるゆると、後ろに立っている百城くんを振り返る。
――しかし、安心した表情になっているかと思われる彼は、一点を見つめて硬直していた。
「百城くん……?」
「木花、あれ、」
どうしたの、と聞く前に百城くんが、鬼を封じたミラーが落ちているあたりを指さした。
何だろう。そう思って、指が指し示す先を見やり……わたしは思わず悲鳴を上げた。
「なっ……ウソでしょ⁉」
なんと、そこには。
白い着物をまとった、氷の王を名乗った鬼によく似た、五歳くらいの男の子が、すやすやと眠っていた。
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