上 下
8 / 26

氷の王 3

しおりを挟む
『……なに?』
「わたしの力は、みんなより強いんですよね? なら、わたしが全て渡します。
……その代わり、わたしの生命力を喰って満足したら、もうみんなを殺すのはやめて!」
「やめろ! 正気か⁉」
凍てついたろうかに、百城くんの声が響く。
ようやく立ち上がれるようになったらしい彼は、打ったお腹をおさえてわたしの肩をつかんだ。
「鬼との口約束はそのまま、強固な『契約』になる! 今すぐ撤回しないと、本当に死ぬぞ転入生!」
「しないよ! だって、こうするしかない!」
わたしには、これしか思いつかない。
……だって、この鬼は邪悪そのものだ。
わたしは鬼の存在を今はじめて知ったけど、少し会話をしただけで、それがわかった。こいつが、ただ頼んだだけで願いを受け入れてくれるはずがない。
それに、あいつがここにいるのは、わたしが封印を解いてしまったせいなんだ。
――どうせ、最後にみんな死ぬなら同じ。
持ちかけてみる価値はあるはずだ!
『ふ……は、ははははは!』
目を丸く見開いていた鬼が、不意に笑い声をはじけさせた。
『面白い! 鬼の存在も知らぬまま平和に生きてきた小娘が、自分の命をかけるか! ……いいだろう、その誘い、乗ってやる!』
「やめろっ! ……命なら、オレが賭ける! こいつの生命力でいいなら、退治屋のオレの生命力でもいいだろっ⁉」
百城くんがわたしをかばうように前に立つ。
彼の、わたしを守ってくれようとするその言葉に目を見開いたけれど、鬼は薄笑いを浮かべつつ『駄目だ』と言った。
『つねに命を賭して戦う退治屋の命を賭けられても、なんの面白みもない。安穏と暮らしてきた小娘に命を賭けさせるから面白いのだ。』
「下衆が……!」
ギリ、と歯を食いしばる百城くん。
彼はくやしそうだけど、わたしは少しだけうれしかった。かばおうとしてくれたこと。
……おかげで勇気、出た。
わたしは意を決すると一歩踏み出し、きっと白い鬼を睨めつけた。
さあこい、というように。
『ふん、本当にいい度胸だ。……その胆力に免じて、俺も一つ約束してやろう。もし貴様一人の生命力を喰らいつくせなかった場合、俺は大人しく貴様のしもべとなってやる。』
……まあそんなことが、あるはずがないがな。
顔に浮かんだ、あざけるような笑みが、そう言っている。
(バカにして……!)
わたしはぐっ、とくちびるを噛み締めると、さけんだ。
「とっとと、済ませて!」
『いいだろう。』
美しくもおぞましくほほえんだ白い鬼の、白い手がわたしの首にかかる。
転入生、とさけぶ百城くんの声をバックに、わたしはぎゅ、と強く目をつぶる。
次いで、自分の身体の奥底から、何かが引っ張り出されるような感覚がして――。
(……、あれ?)
――何も、起きなかった。
引っ張り出されるような感覚があって、それだけで、何もない。てっきり、干からびるようにして死んでしまうかもと思っていたのに、変わらず、死ぬほど寒いだけ。
どういうこと?
心の中で首をひねりながら、おそるおそる目を薄く開けた、その瞬間。
『ありえない……。』
呆然としたような声が、耳に届いた。
今度こそまぶたを開けると、わたしの首に手を伸ばしたまま、極限まで目を見開いた鬼と視線がぶつかった。
さっきまで、余裕そうにしていた鬼が、くちびるを震わせている。
『ありえるはずがない、このようなことが、』
「え?」

『――この俺が喰らい切れないほど、この小娘の生命力が強いなど!』

悲鳴のような声がはじけ。
わたしがその意味を理解する間もなく、校内に強い風が吹いた。
極寒の地の、冷たい風じゃない。
――初夏の、本来の風だった。
どういうこと? 氷の王とかいう、この鬼の力が弱まっているってこと?
「信じられない。でも、これは……。」
百城くんが、呆然としてつぶやく。そして、すぐに気を取り直したようにわたしを見た。
「転入生、いや、木花! 今だ!」
「え⁉」
「忘れたか、お前は賭けに勝ったんだ! 氷の王はお前の生命力を喰らい切れなかった。つまり、『契約』が成立した!
こいつは――今この瞬間に、お前のしもべになったんだ!」
民話の『大工と鬼六』で、大工と約束したとおり、鬼六に名前を呼ばれた鬼が消えたように。
鬼とわたしの間に結ばれた約束という名の『契約』が、果たされたのだ、と。
だから命令しろ、と百城くんがさけぶ。
「こいつほどの鬼なら、いつ契約ごと破壊されるかわからない。今がチャンスだ、鏡に戻れと命じろ!」
「――ッ、うん!」
白い鬼が顔をゆがめ、『やめろ!』とさけぶが、聞かない!
わたしは思いっきり息を吸い込み、言った。

「鬼よ! 鏡に、戻れ!」

刹那。また、強い風が吹いて――真っ白な銀世界だった校舎が、みるみるうちに元の様子に戻っていく。
そして、白い光がうずまいて、美貌の鬼が割れたミラーの中に吸い込まれる。
『くそっ、またか! 木花め――!』
悔しげな声が響き、次の瞬間。
ミラーがひときわ強く輝いて、あたりを白い光が包み込んだ。
わたしたちは、そのあまりのまぶしさに目を覆う。
そして光がやんで、そっと目を開けると――校舎は完全に、元通りになっていた。
「はぁ、はっ……。」
かじかんでろくに動かせなかった手足も、まるでうそのようにちゃんと動く。制服にもソックスにも、霜はついていない。
茉莉花ちゃんやメイちゃん、他の生徒たちも気がついたのか、ゆっくりと身体を起こしている。
わたしは力が抜けて、ぺたんとその場に座り込んだ。
(助かった、の……?)
ゆるゆると、後ろに立っている百城くんを振り返る。
――しかし、安心した表情になっているかと思われる彼は、一点を見つめて硬直していた。
「百城くん……?」
「木花、あれ、」
どうしたの、と聞く前に百城くんが、鬼を封じたミラーが落ちているあたりを指さした。
何だろう。そう思って、指が指し示す先を見やり……わたしは思わず悲鳴を上げた。
「なっ……ウソでしょ⁉」
なんと、そこには。

白い着物をまとった、氷の王を名乗った鬼によく似た、五歳くらいの男の子が、すやすやと眠っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

処理中です...