ご主人様と呼びなさい! ―ひょんなことから最強の鬼の主になりました―

雨音

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はじまり 2

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「木花優希、といいます。今日からよろしくお願いします!」

わたしが転入する一年三組の担任、風早先生にうながされ、自己紹介。
どもらないでなんとか言えて、ほっとする。
拍手を受けながら座ったのは、風早先生があらかじめ用意していてくれた窓際最後列の空席。クラスに早くなじめるようにと、女の子の近くの席にしてくれたらしい。
「わたしは芽以、よろしくね。メイって呼んでくれるとうれしいな。」
「あたしは茉莉花。よろしく~。」
横の席の南芽以ちゃんと、前の席の宝生茉莉花ちゃんがそれぞれ、笑顔で言ってくれる。
少し年季の入った、金色のコンパクトミラーを持ったメイちゃんは、黒髪がさらつやな大人しそうな子。そして、色つきリップをいじっていた茉莉花ちゃんは、ミルクティーブラウンのロングヘアがふわふわとした美少女だ。
タイプはちがうけど、二人ともいい子そう。それに、持ち物が容姿に気を遣っている子、という感じで、二人とも垢抜けててすごい。都会っぽい。
彼女たちに優しく声をかけてもらったから、緊張しいのわたしも安心して「うん、よろしくね!」と返すことができた。
これなら、わたしでもすぐにクラスになじめるかも。いい席にしてくれて、ありがとうございます、風早先生。
「でも~、このクラスに転入できてラッキーだったね、ユキちゃん!」
 にこにこしながら言うのは、茉莉花ちゃん。
 え? と首をひねると、茉莉花ちゃんがわたしたちと同じ最後列、その右の席の方に目を向ける。
なんだろう、と思ってその視線の先を追って――わたしは「あっ!」と小さく声を漏らした。
「今朝の……!」
「え? ユキちゃん、百城くんと知り合いなの?」
メイちゃんが軽く目を見開く。
……二人が見ていたのは、なんと、今朝あの黒い手をふみつぶした男の子だったのだ。
あんなかっこいい子、そうそう他にはいないだろうから間違いない。
大人っぽいフンイキだったから先輩かもと思ってたけど、同級生だったんだ……。
聞けば、名前を、百城宗二郎くんというらしい。
「今日ちょっと困ってる時、声をかけてくれて……。」
ウソはついてない。
まあ、困ってる時に助けられたと言うよりかは、明らかに挙動不審な不審者に声をかけたって感じだったけど。
「……へ~、そうなんだぁ。」
 少し間をおいて、茉莉花ちゃんが言う。
「よかったねー、ユキちゃん。宗くんって、自分から女の子に話しかけることってあんまりないんだよ。すごーい偶然、ゲットしちゃったね?」
「そう、かも?」
 心なしか茉莉花ちゃんの声が冷たくなった気がしたけど、気のせい?
 とにかく、彼女が『このクラスに転入できてラッキー』というのは、三組には百城くんがいるから、という意味のようだ。
「でも、好きになっちゃダメだよ?」
「……えっ?」
 予想外の言葉に目を丸くすると、茉莉花ちゃんが笑みを深めた。
「宗二郎くんは、みんなのだから。カノジョとかになって、独り占めは禁止なの。」
「……そ、そう、なんだ?」
 なんだか嫌な予感がして、たら、とこめかみに冷や汗が流れる。茉莉花ちゃんはにこにこ笑顔のままなのに、だ。
 心なしか空気が冷たくて、重いように感じる。
 もしかして、これって……。
「では、これでホームルームを終わる。みんな、授業寝ずにがんばれよー。」
わたしが固まってしまいそうになったとき、出し抜けに、風早先生の声がした。
ハッと顔を上げると、風早先生が「宝生ー。」と茉莉花ちゃんを呼ぶ。
「なんですかぁ、先生?」
「今日、日直だろ。配布物、とりに行き忘れてたぞ。」
「あっ、あたしったら。ごめんなさ~い! 今行ってきまーす!」
 パタパタと教室の外にかけていく茉莉花ちゃん。
彼女がいなくなった途端、ふっ、と空気が軽くなって、わたしはほっと息をついた。
「ちょっと危なかったね……。」
 茉莉花ちゃんの出て行った、教室の扉を見やりながら、メイちゃんが苦笑いぎみで言う。
 危なかった、って、やっぱり……。
「うん。茉莉花、百城くんのことが好きなんだよ。だから、このクラスの女子は、百城くんに必要以上に近づかないようにしてるの。」
「じゃあ、あれってもしかして、牽制?」
「もしかしなくても、そう。」
 真面目な顔でうなずくメイちゃん。
「わたし、茉莉花と幼稚園がいっしょで、幼なじみだから、そこそこ仲が良いんだけど。でも茉莉花、昔からわりとワガママなところがあって……。自分が気に食わないことした人には、いやらがせとかしたこともあったかな。」
「ひええ……。」
「だからユキちゃんもあんまり、百城くんとベタベタとか、しない方がいいよ。」
 いやがらせなんて、あるんだ。それって、校内カーストってやつ?
 わたしの前通っていた学校では、そんなことはなかったけど、茉莉花ちゃん、気も強そうだしなあ。
(今朝のこと、少し話してみたいけど、やめた方がよさそうかも。)
そう考えながら、わたしは一瞬だけ百城くんを盗み見ようとして、

ばちっ、と、百城くんと目が合った。

「っ!」
びっくりして、あわてて目を逸らす。
バクバクと、心臓が耳元で鳴っているかのように、うるさい。
……い、今、目が合ったよね?
ということは、わたし、百城くんに見られてた?
(なんで……? 転入生が気になったから、とか?)
でも、なんでだろう。そうじゃない気がする。
あの目は、好奇心とか、そういうのじゃなくて――。
「では、これでホームルームを終わる。みんな、授業寝ずにがんばれよー。」
出席簿を閉じた風早先生が、ひらひらと手を振りながら教室を出ていく。
わたしは、百城くんから目をそらしたまま、ひざの上でこぶしを握りしめた。
(百城くんの、あの目は――)
敵か何かを見さだめるような、目だった。そんな気がした。

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