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――クラスと少女は、エルメル中心街の宿屋に泊まっているらしい。
案内された場所は、下町の宿屋と比べればさすがに清潔で広いところだったが、伝説の名医である師父が泊まるような場所には思えなかった。ごく普通の宿泊所である。
国の王にも英雄視されているという名医だ。望めば公城に貴族用の客間を用意してもらうこともできるだろうに。
そもそも、どうして彼はエルメルに来たのか。
流離の医者であるはずの師父が、皇国を訪れた理由は――。
「さて、改めて」
疑問符に埋もれそうになりながら、リリオはクラスと少女について宿屋付の食事処、その個室に入った。
クラスと向かい合うように簡素な木の卓につくと、師父と対面しているという事実が緊張に喉を鳴らす。クラスの横には、亜麻色の髪の少女が微笑を浮かべて座っている。
「俺はクラス。一応、医者をしてる。こんななりだが八十……何歳だったかな」
「八十五歳でいらっしゃるかと」
「そーだったっけ。自分じゃ数えてないからわかんねーわ」
アハ! とクラスが能天気そうに笑う。
「……」
本当に彼はかの師父様なんだろうか? リリオはスンとなった。
振る舞いといい物言いと言い、ただのクソガキにしか見えないのだが。
「……あの、二度目ですが、師父様はなぜそのようなお姿に」
「クラスでいいよキモいから」
「キ、キモっ……」
「お前だって、見るからに師父様なんて敬称が似つかわしくない奴に敬語使うの嫌だろ」
見透かされて押し黙る。クソガキにしか見えないと思ったのは事実だったからだ。
「で、俺がなんでこんななりなのか、についてだったな。それについては簡単だよ。魔力が暴走したからだ――俺が十二の頃にな」
「魔力の暴走?」
「魔法の六属性のうち、無属性が他属性に比べて使える幅が広いのは知ってるだろ?」
「はい」
少なくとも貴族にとっては知っていて当然の知識である。
火水土風雷の五属性は、名の通りそれらを司る魔法を指す。火の魔法適性を持っている者は、そこにある火を自在に操ることができる。さらに鍛錬を積めば、何もないところから火を生み出し、それを攻撃に使うこともできるようになる。
ただし無属性魔法――それが指すところは広範だ。例えば生活に浸透するような――触れずに物を動かすだとか、身支度を済ませてしまうだとか、そういった魔法も無属性魔法であるし、同時に他人の心を操るだとか、クラスが扱う医療魔法も無属性魔法と呼ぶ。
「俺の持つ属性は知っての通り『無』だ。医療魔法以外にも浮遊魔法やら精神感応魔法やらも多少はできる。……ただ、俺が扱える魔法の中にはじゃじゃ馬がいてな」
「じゃじゃ馬、ですか」
「ああ。……時空間干渉魔法だよ」
ひゅ、と鋭く息を呑み込んだ。
まさか、と呟く声が意図せず掠れる。
――時空間干渉魔法。その名の通り時や空間に干渉し、世界の仕組みそのものを捻じ曲げる可能性すらあるもの。数百年に数度しか姿を見せない最凶の【黑妖】、神話級《ミトロジア》が行使するような、目も眩むほど高次元の魔法である。
それを……まさか、人の身で?
「勘違いするなよ」
リリオの動揺に気が付いたのか、すかさずクラスが言った。
「俺は別に、世界の時や空間に干渉する魔法が使えるわけじゃない。んなトンデモ魔法、コントロールなんてとてもじゃないけどできないし、そもそも人間の魔力じゃまともに発動すらしねえからな。……俺が扱えるのはあくまで、『人体の時間』に干渉する魔法だ」
俺が腕や足の欠損、致命傷の治癒も可能だという話は聞いた事あるだろ、と言われ、リリオはこっくりと頷く。通常、到底医療魔法などでは癒せないような深い傷を治すことができる――言い伝えでもよく称えられる、『師父の神業』である。
実は、とクラスは指を立てた。
「そういうのはな、医療魔法だけを使って治してるんじゃなくて、人体の時間を巻き戻す魔法を併用して治してるんだよ。さっきの俺の鳩尾の傷も同様だ」
「そうだったのですか……」
全く知らなかった。
神域にも至るような師父の御業の一端を明かされたようで、少し胸が熱くなる。この少年がかの名医であるとは未だに信じ切れないところもあるが、彼が師父であるというのは、紛れもない事実なのだろう。
「と、いうことは、暴走したというのは時空間干渉魔法なのですね」
「自分でも意識して暴走させたわけじゃないから多分だけどな。暴発して――それから年を取らなくなった。肉体年齢が全く老けないんだよ、俺にもよくわからないけど」
「なるほど……」
年を取らなくなったのは肉体年齢だけか、と聞きたくなったがやめておいた。
代わりに、次に聞きたかったことを尋ねてみる。
「じゃあ、師父様。話は変わりますが、そちらの女性は一体どなたなんですか?」
案内された場所は、下町の宿屋と比べればさすがに清潔で広いところだったが、伝説の名医である師父が泊まるような場所には思えなかった。ごく普通の宿泊所である。
国の王にも英雄視されているという名医だ。望めば公城に貴族用の客間を用意してもらうこともできるだろうに。
そもそも、どうして彼はエルメルに来たのか。
流離の医者であるはずの師父が、皇国を訪れた理由は――。
「さて、改めて」
疑問符に埋もれそうになりながら、リリオはクラスと少女について宿屋付の食事処、その個室に入った。
クラスと向かい合うように簡素な木の卓につくと、師父と対面しているという事実が緊張に喉を鳴らす。クラスの横には、亜麻色の髪の少女が微笑を浮かべて座っている。
「俺はクラス。一応、医者をしてる。こんななりだが八十……何歳だったかな」
「八十五歳でいらっしゃるかと」
「そーだったっけ。自分じゃ数えてないからわかんねーわ」
アハ! とクラスが能天気そうに笑う。
「……」
本当に彼はかの師父様なんだろうか? リリオはスンとなった。
振る舞いといい物言いと言い、ただのクソガキにしか見えないのだが。
「……あの、二度目ですが、師父様はなぜそのようなお姿に」
「クラスでいいよキモいから」
「キ、キモっ……」
「お前だって、見るからに師父様なんて敬称が似つかわしくない奴に敬語使うの嫌だろ」
見透かされて押し黙る。クソガキにしか見えないと思ったのは事実だったからだ。
「で、俺がなんでこんななりなのか、についてだったな。それについては簡単だよ。魔力が暴走したからだ――俺が十二の頃にな」
「魔力の暴走?」
「魔法の六属性のうち、無属性が他属性に比べて使える幅が広いのは知ってるだろ?」
「はい」
少なくとも貴族にとっては知っていて当然の知識である。
火水土風雷の五属性は、名の通りそれらを司る魔法を指す。火の魔法適性を持っている者は、そこにある火を自在に操ることができる。さらに鍛錬を積めば、何もないところから火を生み出し、それを攻撃に使うこともできるようになる。
ただし無属性魔法――それが指すところは広範だ。例えば生活に浸透するような――触れずに物を動かすだとか、身支度を済ませてしまうだとか、そういった魔法も無属性魔法であるし、同時に他人の心を操るだとか、クラスが扱う医療魔法も無属性魔法と呼ぶ。
「俺の持つ属性は知っての通り『無』だ。医療魔法以外にも浮遊魔法やら精神感応魔法やらも多少はできる。……ただ、俺が扱える魔法の中にはじゃじゃ馬がいてな」
「じゃじゃ馬、ですか」
「ああ。……時空間干渉魔法だよ」
ひゅ、と鋭く息を呑み込んだ。
まさか、と呟く声が意図せず掠れる。
――時空間干渉魔法。その名の通り時や空間に干渉し、世界の仕組みそのものを捻じ曲げる可能性すらあるもの。数百年に数度しか姿を見せない最凶の【黑妖】、神話級《ミトロジア》が行使するような、目も眩むほど高次元の魔法である。
それを……まさか、人の身で?
「勘違いするなよ」
リリオの動揺に気が付いたのか、すかさずクラスが言った。
「俺は別に、世界の時や空間に干渉する魔法が使えるわけじゃない。んなトンデモ魔法、コントロールなんてとてもじゃないけどできないし、そもそも人間の魔力じゃまともに発動すらしねえからな。……俺が扱えるのはあくまで、『人体の時間』に干渉する魔法だ」
俺が腕や足の欠損、致命傷の治癒も可能だという話は聞いた事あるだろ、と言われ、リリオはこっくりと頷く。通常、到底医療魔法などでは癒せないような深い傷を治すことができる――言い伝えでもよく称えられる、『師父の神業』である。
実は、とクラスは指を立てた。
「そういうのはな、医療魔法だけを使って治してるんじゃなくて、人体の時間を巻き戻す魔法を併用して治してるんだよ。さっきの俺の鳩尾の傷も同様だ」
「そうだったのですか……」
全く知らなかった。
神域にも至るような師父の御業の一端を明かされたようで、少し胸が熱くなる。この少年がかの名医であるとは未だに信じ切れないところもあるが、彼が師父であるというのは、紛れもない事実なのだろう。
「と、いうことは、暴走したというのは時空間干渉魔法なのですね」
「自分でも意識して暴走させたわけじゃないから多分だけどな。暴発して――それから年を取らなくなった。肉体年齢が全く老けないんだよ、俺にもよくわからないけど」
「なるほど……」
年を取らなくなったのは肉体年齢だけか、と聞きたくなったがやめておいた。
代わりに、次に聞きたかったことを尋ねてみる。
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