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「ハァ……あの、もう一杯いただけますか……」
「……あいよ」

 肌の浅黒い店主が麦酒エールの器をリリオの前に置いた。

「ありがとうございます……」リリオは両手に余るどでかい器を傾けると、黄金の麦酒を物凄い勢いで喉に流し込んだ。瞬きの内に酒が消える。「ぷは……あの、もう一杯」
「……兄ちゃん」
「ハイ?」
「あのよ、大丈夫なのか。んなほそっこい身体でそんなに呑んだら潰れちまうんじゃねえか。まだ夕方にもなってねえぞ?」

 ウワァという顔だった。
 竜にバツをあしらった厳つい刺青を上腕に刻んだ厳つい店主が、完全にドン引きしていた。


 ――フロラシオン皇国エルメンライヒ公爵領公都エルメル、その郊外の酒場である。

 広い飲み屋街の中でも繁盛している大衆の酒場にて、十七歳の貴族令息リリオ・レックスは、飲み始めて十数杯目の空の麦酒の器を持ったまま、「エッ?」という顔をした。馬鹿の呑む量をあっさり飲み干したというのに、無垢な赤ちゃんみたいな顔であった。

 リリオは、店主だけでなく、百戦錬磨の酒好きでさえ、自分を遠巻きにしている惨状を見て、ようやく理解する。――アレ? もしかして 僕 引かれてる……?

「あの、僕、ちゃんと成人してますよ? もう十七歳なので……」
「そうじゃねえ」

 淡い金髪に緑の瞳の甘い顔立ちをしたリリオ青年は、普段から若く見られがちだった。ゆえに、未成年飲酒――皇国の成人年齢は十六歳だ――を疑われたのかと焦ったが、当然そういうことではなかった。

 刺青店主が呆れ果てた顔になる。

「すげえ量呑んでるだろ、さっきから。それ結構強い酒なんだぞ? 具合悪くなるぞ」
「ああ……それなら大丈夫です。僕、こう見えてけっこう酒に強いんですよ」
「いやそれはもうわかってる」

 店主がリリオの持つ空の器の山(巨大)をちらと見る。

「……まあ、兄ちゃんがいいならいいんだけどよ。でもさっきからなんか、落ち込みながらすげぇ呑んでるもんだから気になっちまって。なんかあったのか?」
「ああ……いえ、僕、ここに今朝到着したばっかりなんですけど。不安なことが多くて、それでお酒で気分を誤魔化そうと思って……」
「なるほどなあ。で、日も高いうちから呑んでたわけか。どっから来たんだ?」

 店主の問いに、リリオは「皇都です」と応える。
 リリオの生れたレックス家は領地を持たない中央貴族だ。皇都の中心街、高街と呼ばれる高級住宅街に居を構えている。

「皇都かあ。兄ちゃんは雰囲気からして中心街あたりの……金持ちの商人の坊主ってとこだろ? 皇都の中心街は綺麗だって聞くぜ」

 公都には視察にでも来たのか、と問われ、そのようなものだ、とリリオは頷いた。普通、中央の貴族の子息が供も連れずに、しかも下町の酒場で酒を呑むことなどない。

 その、「普通はない」ことをリリオがしているのは――。

「でも、エルメルも治安がいいと有名でしょう」

 公爵が治める大領地のうち、公城のある都市のことを公都、と呼ぶ。公都はこの国で三つあり、それぞれが独自の法と律によって治められている大都市だ。
 エルメルを治めるエルメンライヒ公爵は賢君と名高い人物だ。長男と長女はぱっとしないと聞くが、二子である次男は優秀だという。

「あー、確かにそうだったんだが……最近はそうでもなくてな」
「そうなんですか? それは、どうして」


「――【黑妖ノワール】だよ」


 忌々し気に、同時にさも恐ろしそうに、客の一人が言う。

「最近、でかいのがよく出るようになった。呪いで死ぬやつもずいぶん増えたよ――ここ数か月で死人が続出してンだ」
「【黑妖】が、エルメルに……」
「店主の腕も一年前に奪われたんだぜ。軍人だったけど、腕を怪我したから、ここで酒場を始めたんだと」

 リリオははっとする。
 確かに店主の、刺青のない方の腕は肘から下が欠けていた。


(――聖騎士長様から伺った情報と同じだ)

 リリオはぐ、と唇を噛んだ。

(このエルメルで、不自然に出没【黑妖】が増えているのは確かみたいだ)

 でも、と思う。
 ――エルメルの異変の調査なんて、僕なんかに本当に務まるのか?


 魔法もろくに使えない、落ちこぼれの僕なんかに。
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