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不和 1
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――そして、その翌日、事件は起きた。
「あれっ? おっかしいなあ……。」
不意に、クラスの男子の声が教室中に響き渡った。
けげんそうな声を上げたのは、運動神経バツグンで知られている佐々木レオくんだ。昼休みが終わって、校庭でサッカーをしていたところから帰ってきたばかりのようで、ネットに入ったボールを片手に持っている。
「どうしたんだよ、レオ?」
「いや、なんか家の鍵がなくなっててさ……。」
自分の席で、机の中をまさぐりながら、佐々木くんが首をかしげる。
クラスメイトもいぶかしそうに顔を見合わせる。
「えー、どっかに落としたとかじゃね?」
「サッカーしてたんだし、グラウンドとかは?」
「いや、グラウンドに持ってってないから、外に落としたってことは多分ないと思う。」
うーん、とうなる佐々木くん。
鍵をなくしたって、けっこうつらいよね。ただの私物ならともかく……家に入れなくなったら途方に暮れてしまうこともあるだろうし、セキュリティにも関わる。
「どうしよう、けっこうまずいよな、これ……。」
苦い声で佐々木くんが後頭部をかく。
近くのクラスメイトが「いっしょに探してあげるよ。」と声をかけているけれど、もう昼休みも終盤だ。探しものをするなら早い方がいいだろうが、もう少しで授業が始まってしまう。
それを佐々木くんもわかっているみたいで、弱りきった顔をしている。
「佐々木。」
すると。……今まで黙ってなりゆきを見守っていたスバルくんが、口を開いた。
あ、そうか。スバルくんなら、鍵の場所もわかるかもしれない。
でも、と思う。彼は、探偵をすることを嫌がっているはずで……。
「その鍵って、ブレザーのポケットとかに入れてあったんじゃないか?」
しかし、スバルくんはわたしの心配をよそに、淡々と質問を続ける。
あれ……? 推理すること自体は、嫌な訳じゃない、ってことなのだろうか。
「え、ああ、そうだけど……。」
うなずいた佐々木くんが、自分の席の背もたれにかかったブレザーを見た。
「そのブレザーって、ずっとそこに掛けてた?」
「ああ、まあ。ほら、サッカーしたら暑くなると思ってさ。朝、教室出る前にここにかけたんだ。」
「それでその鍵って、なにかやわらかい感じのキーホルダーがついてたとか。」
「え、なんでわかるんだ? 毛糸のポンポンのストラップつけてたけど。姉ちゃんが手芸部で髪ゴムづくりしてて、あまったやつ押し付けられて……。」
「そう……。」
それだけ言って、軽くうなずいたスバルくんが、ついと佐々木くんのとなりの席の、めぐみちゃんに視線を向けた。
「飯田さんだっけ。」
「あ、はいっ!」
いきなり声をかけられ、めぐみちゃんが緊張した面持ちでぴしっと背筋をのばす。
「別にそんな力まなくてもいいから。……ねえ、彼の鍵、君が持ってるんじゃない?」
「えっ⁉」
めぐみちゃんが目を見開く。そして勢いよく首を横に振った。
「わ、わたしレオくんの家の鍵、盗んだりしてないですっ!」
「……いや、盗んだなんて言ってないけど?」
「え?」
めぐみちゃんが目をぱちくりさせる。
スバルくんは逆に、そんなめぐみちゃんの反応の方が不可解だとでも言いたげに、「君が鍵を拾ったんじゃないかと思ったんだけど。」とちょっぴり眉を寄せている。
「飯田さん、たしか一時間目の終わりごろ、佐々木のブレザーが床に落ちてるの、拾ってたよな。」
「あ、うん。イスのすぐ近くに落ちてたから、イスの背にかけ直しておいたんだけど。」
「え、そんなことしてくれてたのかよ! 知らなかった。ありがとな、飯田。」
「あ、いや……。」
佐々木くんのまっすぐな感謝の言葉を受けて、めぐみちゃんが赤くなってうつむく。
「その時、ホコリをはたいたりしたんじゃないか?」
「そう、だね。うん。床に落ちてたから、ちょっとこう、パンパンって。」
「それで、イスの背もたれにブレザーを掛けて、下を見て……鍵を見つけたんじゃないか。毛糸のポンポンのストラップがついた鍵を。」
「あ……!」
めぐみちゃんが目を丸くして、あわてたようにブレザーのポケットに手を入れた。
そして取り出したのは、白いポンポンのストラップがついた鍵。
「それ、オレの鍵……!」
「そ、そうだったの? 放課後、先生に届けようと思って持ってたんだけど……。」
めぐみちゃんも佐々木くんも、目を丸くして驚いている。
わたしもびっくりだ。本当にあった。
「たぶん、鍵はブレザーがイスの背からずり落ちた時か、ホコリをはたいた時に、ポケットから落ちたんだろうね。この学校の制服、ポケットの口がななめになってるから、入れたモノが落ちやすいはずだし。」
そう言って、スバルくんが肩をすくめる。
「それで、毛糸のポンポンがクッションになったことで落ちた時に音は出なかったことと、あまり男子がつけなさそうなストラップがついていたことが重なって、その鍵がまさか彼のブレザーから落ちたものだと思わなかった。それで『誰のものだろう?』と思って拾って、後から大人に預けようとしていた……そんなところじゃないかと思ったんだけど。」
「そ、そう! まさにその通りだよ……!」
めぐみちゃんが何度もうなずきながら、鍵を佐々木くんに渡す。
佐々木くんはそれを半ば呆然としながら受け取って、そしてスバルくんを見た。
「時浦、お前、すごいな……。」
「は? オレが?」
「あれっ? おっかしいなあ……。」
不意に、クラスの男子の声が教室中に響き渡った。
けげんそうな声を上げたのは、運動神経バツグンで知られている佐々木レオくんだ。昼休みが終わって、校庭でサッカーをしていたところから帰ってきたばかりのようで、ネットに入ったボールを片手に持っている。
「どうしたんだよ、レオ?」
「いや、なんか家の鍵がなくなっててさ……。」
自分の席で、机の中をまさぐりながら、佐々木くんが首をかしげる。
クラスメイトもいぶかしそうに顔を見合わせる。
「えー、どっかに落としたとかじゃね?」
「サッカーしてたんだし、グラウンドとかは?」
「いや、グラウンドに持ってってないから、外に落としたってことは多分ないと思う。」
うーん、とうなる佐々木くん。
鍵をなくしたって、けっこうつらいよね。ただの私物ならともかく……家に入れなくなったら途方に暮れてしまうこともあるだろうし、セキュリティにも関わる。
「どうしよう、けっこうまずいよな、これ……。」
苦い声で佐々木くんが後頭部をかく。
近くのクラスメイトが「いっしょに探してあげるよ。」と声をかけているけれど、もう昼休みも終盤だ。探しものをするなら早い方がいいだろうが、もう少しで授業が始まってしまう。
それを佐々木くんもわかっているみたいで、弱りきった顔をしている。
「佐々木。」
すると。……今まで黙ってなりゆきを見守っていたスバルくんが、口を開いた。
あ、そうか。スバルくんなら、鍵の場所もわかるかもしれない。
でも、と思う。彼は、探偵をすることを嫌がっているはずで……。
「その鍵って、ブレザーのポケットとかに入れてあったんじゃないか?」
しかし、スバルくんはわたしの心配をよそに、淡々と質問を続ける。
あれ……? 推理すること自体は、嫌な訳じゃない、ってことなのだろうか。
「え、ああ、そうだけど……。」
うなずいた佐々木くんが、自分の席の背もたれにかかったブレザーを見た。
「そのブレザーって、ずっとそこに掛けてた?」
「ああ、まあ。ほら、サッカーしたら暑くなると思ってさ。朝、教室出る前にここにかけたんだ。」
「それでその鍵って、なにかやわらかい感じのキーホルダーがついてたとか。」
「え、なんでわかるんだ? 毛糸のポンポンのストラップつけてたけど。姉ちゃんが手芸部で髪ゴムづくりしてて、あまったやつ押し付けられて……。」
「そう……。」
それだけ言って、軽くうなずいたスバルくんが、ついと佐々木くんのとなりの席の、めぐみちゃんに視線を向けた。
「飯田さんだっけ。」
「あ、はいっ!」
いきなり声をかけられ、めぐみちゃんが緊張した面持ちでぴしっと背筋をのばす。
「別にそんな力まなくてもいいから。……ねえ、彼の鍵、君が持ってるんじゃない?」
「えっ⁉」
めぐみちゃんが目を見開く。そして勢いよく首を横に振った。
「わ、わたしレオくんの家の鍵、盗んだりしてないですっ!」
「……いや、盗んだなんて言ってないけど?」
「え?」
めぐみちゃんが目をぱちくりさせる。
スバルくんは逆に、そんなめぐみちゃんの反応の方が不可解だとでも言いたげに、「君が鍵を拾ったんじゃないかと思ったんだけど。」とちょっぴり眉を寄せている。
「飯田さん、たしか一時間目の終わりごろ、佐々木のブレザーが床に落ちてるの、拾ってたよな。」
「あ、うん。イスのすぐ近くに落ちてたから、イスの背にかけ直しておいたんだけど。」
「え、そんなことしてくれてたのかよ! 知らなかった。ありがとな、飯田。」
「あ、いや……。」
佐々木くんのまっすぐな感謝の言葉を受けて、めぐみちゃんが赤くなってうつむく。
「その時、ホコリをはたいたりしたんじゃないか?」
「そう、だね。うん。床に落ちてたから、ちょっとこう、パンパンって。」
「それで、イスの背もたれにブレザーを掛けて、下を見て……鍵を見つけたんじゃないか。毛糸のポンポンのストラップがついた鍵を。」
「あ……!」
めぐみちゃんが目を丸くして、あわてたようにブレザーのポケットに手を入れた。
そして取り出したのは、白いポンポンのストラップがついた鍵。
「それ、オレの鍵……!」
「そ、そうだったの? 放課後、先生に届けようと思って持ってたんだけど……。」
めぐみちゃんも佐々木くんも、目を丸くして驚いている。
わたしもびっくりだ。本当にあった。
「たぶん、鍵はブレザーがイスの背からずり落ちた時か、ホコリをはたいた時に、ポケットから落ちたんだろうね。この学校の制服、ポケットの口がななめになってるから、入れたモノが落ちやすいはずだし。」
そう言って、スバルくんが肩をすくめる。
「それで、毛糸のポンポンがクッションになったことで落ちた時に音は出なかったことと、あまり男子がつけなさそうなストラップがついていたことが重なって、その鍵がまさか彼のブレザーから落ちたものだと思わなかった。それで『誰のものだろう?』と思って拾って、後から大人に預けようとしていた……そんなところじゃないかと思ったんだけど。」
「そ、そう! まさにその通りだよ……!」
めぐみちゃんが何度もうなずきながら、鍵を佐々木くんに渡す。
佐々木くんはそれを半ば呆然としながら受け取って、そしてスバルくんを見た。
「時浦、お前、すごいな……。」
「は? オレが?」
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