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名探偵 1
しおりを挟む――多分、もう二度と会うことはないんだろうな。
そう思っていた例の男の子との再会は、意外なことにすぐにやってきた。
「時浦昴です。よろしく。」
高級そうな雰囲気のリストランテ。彩鮮やかなイタリア料理の前、新しいお父さんのとなりで、短くそう自己紹介したのは、まぎれもなくあの時の男の子だった。
う、嘘でしょ? そんなことってある? わたしは愕然とする。
だって……まさか、あの時の男の子――スバルくんが、わたしの義理の弟になるなんて。
……いやまあ、弟と言っても同い年だし、誕生日だって一か月しか違わないんだけど。
というかスバルくん大人っぽいし、クールで落ち着いてるし、弟というよりはむしろお兄さんじゃないだろうか。
「あ、あの、わたしはこころ、といいます。はじめまして……」
内心、ひどく動揺しながら、なんとか言葉をしぼり出す。
……まあ、正確には、はじめまして、ではないんだけど。
わたしが宝石強盗の場に居合わせたって聞いた時、お母さん、すごく取り乱しちゃってたから。あの時のことを蒸し返さない方がいいかもしれないと思って、そう言うことにした。
スバルくんも何も言わないから、たぶん空気を読んでくれたんだろう。
「素敵なプレゼントをありがとう。名前入りのそろいのティーカップ、大切に使わせてもらうよ。」
「は、はいっ。」
新しいお父さんである時浦誠一さんにほほえまれて、うわずった声でなんとか答える。
誠一お義父さんはスバルくんのお父さんだけあって、とんでもなく素敵なおじさまだった。
そしてお母さんはかっこいい息子ができたと興奮を隠せない様子で、あれこれスバルくんに話しかけている。まったく、お母さんったら。気持ちはわかるけど……。
「突然、家族と言われても戸惑うかもしれないが、これからよろしく頼むよ。」
「こ、こちらこそ……!」
新しく家族になる人が、怖い人だったらどうしようとか緊張してたけど……スバルくんと誠一さんなら大丈夫かな。
うまくやっていけそう、と少しだけほっとする。
……それに、お母さんが楽しそうで、よかった。
ずっと一人でわたしを育ててきてくれていたから、お母さんが少しでも楽になるなら、わたしはそれでうれしいのだ。
……そこで、わたしはそういえば、と思い出す。
探偵に戻る、って……いったい、なんのことだったのかな。
それにどうして、あの時一瞬、彼はわたしを見たんだろうか。
なんで、あんなふうにつらそうな顔をしたんだろう。
*
はじめての『家族』での食事が終わって、四人で連れ立ってリストランテを出る。
わたしは、仲睦まじく言葉を交わすお母さんと誠一お義父さんを横目に、スバルくんに駈け寄った。
「あ、あの……スバルくん!」
かけた声はうわずってしまったが、わたしは勢いのままがばっと頭を下げた。
「あらためまして! あの時はありがとうございましたっ。」
「……。」
「本当に、スバルくんがいなかったら、わたしは今生きてなかっただろうから……!」
さゆりも直接お礼を言いたがっていたから、あの時連絡先を聞いておけばよかったのかもしれないけど……。いつの間にかスバルくん、いなくなっちゃってたんだよね。
だから、ここで会えて本当によかった。
まさか、姉弟になるとは思ってなかったけど。
「また会えるなんて、驚いたよ。しかも、これから姉弟になるなんて――」
「……悪いけど。」
すると。わたしの言葉を途中でさえぎって、スバルくんが言った。
「あの時のことは、なかったことにして。」
「え……っ?」
目を丸くする。
スバルくんの顔はうつむいていて、よく見えない。しかし、その表情がけっして明るくはないことは、声の調子でよくわかった。
なかったことに、って。どういうこと?
……いったい、どうして?
「スバル、行くぞ。」
わたしが呆然としていると、誠一お義父さんの声がした。
スバルくんは顔を上げ、「はい」と一言応えると、わたしを見た。そして言う。
「……じゃあ、また。」
わたしは混乱しながら、その背中を何も言えないまま見送る。
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