名探偵が弟になりまして

雨音

文字の大きさ
上 下
3 / 28

出会い 3

しおりを挟む
「なっ⁉」

地面を蹴って飛び出したわたしに気づいたのか、お客さんを警戒していた強盗犯の一人が顔をひきつらせた。
そして、手に持った拳銃をこちらに向かって構えようとする。でも、わたしの方が早い。
――撃たれるより先に、拳銃を奪う!

「ハッ!」

地を蹴り、お客さんを警戒していた覆面の男に迫る。
目出し帽の下で目を見開く男のふところに入ると、銃身をつかんで腕をねじり上げ、拳銃を奪い取って、おなかを蹴って気絶させる。
くずおれる男を横目に、わたしは、明らかにうろたえた残りの二人を見すえた。
彼らも銃を持っているけど、衝撃のあまり武器をこちらに向ける余裕がないようだ。
 ……よし。
 このまま二人とも制圧する――、

『女のくせに、キモチワリー。』

 しかし、そう考え、構え直したその瞬間。
 不意に頭の中によみがえった声に、わたしは硬直した。

『なに、かっこつけちゃってんだよ。助けてくれなんて頼んでねーよ。きもっ!』
『やめろって。そんなこと言ったら、今度はオレたちがぶっとばされちゃうぜー?』

一回思い出せば、もう止まらなかった。幻聴だとわかっていても、身体が動かなくなる。
 はっ、はっ、はっ。
……だめ、ちゃんと、息をしないと。目の前の状況を目で見て、耳でよく聞かないと。
 助けなきゃ。わたし、今までたくさんさゆりに助けられてきたじゃない。
 わたしが、わたしが、さゆりを――。

「――危ないっ!」

刹那、さけび声。
そして、銃声。
えっ、と思ったその瞬間には、わたしは誰かに抱き込まれて地面を横に転がっていた。
「いった……!」
 ころんだ痛みに、うめく。
 どうして、銃声が? 残りの二人は、わたしを撃とうとするそぶりはなかったのに。
 ……もしかして、強盗犯は、もう一人……、
 四人目がいたってこと?
「何やってるんだよ、飛び出して、あんなところで立ち止まって……!」
 耳のすぐ横で、男の子の声がした。
強盗犯に聞かれないようにするためか、それは小さくしぼった声だった。でも、怒っていることがよくわかる。……声の感じからして、同じ年くらいかな。
もしかして、助けてくれたのは、この男の子?
わたしはさっと蒼白になる。……わたしのせいで、わたしがためらったせいで、この男の子も危険な目に遭わせてしまった。
「ご、ごめんなさ、」
言いながら、横目でそっとその顔をうかがって――わたしは思わず絶句する。
すっと通った鼻筋に、切れ長の大きな目。薄い唇。
あまりに整った顔立ちに、わたしは息を呑んで固まる。
「やりやがったなぁ、クソガキ……。」
けれど、もちろん、のんびり男の子にみとれているヒマはない。
うしろから聞こえてきた男のだみ声に、意図せず肩が跳ねる。
「動くなっつったのが聞こえなかったのかァ? 耳ついてんのかお嬢ちゃん?」
おそるおそる振り返ると、黒光りする銃口がすぐ目の前にあった。
やっぱり、四人目の強盗犯がいたんだ。緊張して視野がせまくなって、気づけなかった。
目を見開いて、ごくり、とつばを飲み込む。
……どうしよう。こんな至近距離から撃たれたら、避けられない。
いや、それだけならまだいい。わたしのせいで、わたしを助けてくれたこの男の子まで撃たれてしまったら……!
 蒼白になるわたしを見下ろし、男がせせら笑う。
「そんなに死にたいならお望み通りにしてやるよ。動かれると目障りだしな。」
 その指が、銃の引き金にかかるのを見て、わたしはぎゅっと目をつむった。
 撃たれる……!

「――それじゃ、強盗罪が強盗殺人罪に変わるね?」

冷ややかな声が、ジュエリーショップ全体によく通った。
いきなりのことに驚いて、わたしは再び男の子の顔を見る。
見たところ、やっぱり、わたしと同じ年くらいだろう。でも、漂わせているオーラはひどく大人びていて、そして同時に――圧倒されるほどひややかだ。
……けれど、わたしの背を支える手は、わずかに震えていて。
彼もけっして余裕なわけじゃなくて、わたしを助けるために口を挟んでくれたのだとわかった。
「なんだと?」
「強盗殺人の罪は重い。刑法犯の中でもトップクラスに重大な犯罪だ。刑法二四〇条でも定められてる。課せられる刑は、死刑か無期懲役……無抵抗の子ども二人を撃ったらどうなるのか、足りない頭でもう一度考えてみたら?」
「てめえ……。」
強盗犯の声が低く沈んだ。拳銃を持っている手に力が入り、拳銃がみしりという音を立てる。
 男の子は固い表情で、強盗犯をにらんでいる。
「このクソガキが。立場わかってんのか?」
「……わかってるよ。本当は、オレ自身は口を出すつもりはなかったんだ。でも、」
 苦々しげにこぼされた言葉に、え、とわたしは目を丸くする。
 今の、どういう意味だろう。口を出すつもりはなかった……?
「あ? 意味がわからねえな。実際、口を出してきてるじゃねぇか。……それによぉ……そもそも強盗罪も強盗殺人罪も、捕まりさえしなければ関係ないんだよっ!」
わたしを狙っていた銃口が横にずらされ、男の子の額に向けられる。
それを見て、わたしは短く息を呑んだ。
「捕まりさえしなければ、だろ。」
けれど。……わたしの焦りとは裏腹に、男の子の笑みは崩れない。
「何……?」
「すぐそこまで警察が来てるっていうのに、余裕だね」
「ふざけるな、俺も影に潜んで見ていたが、ジュエリーショップの客は警察に話なんてしてねぇ。いやできるわけがねぇ。他のモールの客が事態に気づいて通報してたにしても、警察がすぐそこまで来てるなんてありえねぇな!」
「そう思う?」
男の子が首を傾ける。「……なら自分の目で確かめてみればいい。」
「なにっ?」
 男が眉をしかめ、それから、「いや、待てよ?」とつぶやく。
「お前、その顔。どこかで――」

「――警察だ! 全員動くな‼」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ご主人様と呼びなさい! ―ひょんなことから最強の鬼の主になりました―

雨音
児童書・童話
ユキは平凡な中学生女子。転校したのは「鬼」と「退治屋」が住まうと言われる小さな町。 これから転入生活をはじめようとするユキだが、 ひょんなことから「氷の王」と呼ばれる「原初の鬼」の封印を解いてしまって……!?

たった一度の、キセキ。

雨音
児童書・童話
「幼なじみとか、昔の話だし。親しくもないやつからこんなんもらったって、気持ち悪いだけだろ」 片思いする幼馴染み・蒼にラブレターを渡したところ、教室で彼が友達にそう言っているところを聞いてしまった宮野雛子。 傷心の彼女の前に現れたのは、蒼にそっくりな彼の従兄・茜。ひょんなことから、茜は雛子の家に居候することになる。突然始まった、片思いの人そっくりな年上男子とのひとつ屋根の下生活に、どぎまぎする雛子だが、 どうやら彼には秘密があるようで――。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

トウシューズにはキャラメルひとつぶ

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。 小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。 あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。 隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。 莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。 バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。

「羊のシープお医者さんの寝ない子どこかな?」

時空 まほろ
児童書・童話
羊のシープお医者さんは、寝ない子専門のお医者さん。 今日も、寝ない子を探して夜の世界をあっちへこっちへと大忙し。 さあ、今日の寝ない子のんちゃんは、シープお医者んの治療でもなかなか寝れません。 そんなシープお医者さん、のんちゃんを緊急助手として、夜の世界を一緒にあっちへこっちへと行きます。 のんちゃんは寝れるのかな? シープお医者さんの魔法の呪文とは?

月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?! 満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。  話は昼間にさかのぼる。 両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。 その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...