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15 茜くんの隠し事3
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*
「――ほら、これ。あげるよ。……落ち着いたか?」
「え、いいの? ありがとう、蒼。」
エスカレーターから少し離れたベンチ。いつの間にか近くのコーヒーショップに寄っていたらしい蒼は、私に冷たいアイスティーを渡してくれた。
アイスティーには、すでに一個分ガムシロップが入っていたようで、少しだけ甘かった。……私が少し甘い紅茶を好きなこと、蒼は覚えてくれていたらしい。思わずきゅんとときめきそうになって、ときめくな、って自分に言い聞かせる。
……やっぱり、蒼は優しい。
エスカレーターは足場が不安定だ。自分だって危なかったかもしれないのに、階段から落ちそうになっていた私を助けてくれた。今も、私を元気づけるように飲み物をおごってくれたけど、貸しにしたり、恩に着せたりしない。
(蒼はいざという時、自分の危険も顧みず、ひとを守ろうとする。やっぱり、蒼は、)
変わってないんだ。
私に四つ葉のクローバーを渡してくれたあの時からずっと、優しいままだ。
……だからこそ、どうしてあの時あんなことをしたのか、気になってしまう。今さら、聞く勇気はないけれど。
「あの、改めて助けてくれてありがとう。蒼がいなかったら、危なかったと思う……。」
「……別に。大したことはしてねーし。」
私がもう一度お礼を言うと、蒼は素っ気なくそう返した。
冷淡な態度だけど、助けてくれた時、蒼は本気で心配してくれていた。だからこの態度は照れ隠しか、あるいは気まずさを残しているからか。
きっとどちらもなんだろうな、と思う。……あの言い合いから、私たちはろくに話をしていない。
「その袋……明日着てく服とかか?」
「え?」
不意に、蒼がショッパーを見てそう言ったので、目を見開いた。なんでそんなこと……。
蒼は視線をさまよわせて、続ける。
「お前明日、佐古とデート行くんだろ。二人で勉強するって聞いた。……さっき袋からはみ出てた靴履いてくんだろ? あんなヒールで、今日みたいにコケんなよ。」
「え、な、なんで知って……。」
――私、直樹くんとデートすること、誰にも言ってないのに。
私が色を失ったことに気がついたのか、蒼がすぐに補足した。
「佐古本人から聞いたんだよ。……ようやく距離を縮められるかもって、嬉しそーにしてた。」
「……そう、なんだ……。」
「うん。」
直樹くんが嬉しそうにしてた、と聞いて、私は視線をアイスティーに落とす。
蒼からそれを聞くのが、なんだかひどく居たたまれない気持ちだった。……直樹くんも、なんで蒼にそんなことを話してるんだろ。
「……あー、あとなんか、女子たちからもなんか来てたな。」
「え? なんか、って……。」
「お前が佐古と出かけるらしいとかなんとかウワサしてた。マジでよく知ってるよな、アイツら。まあヒトの恋愛事とか、いいおしゃべりの種なのかもしれないけど。」
「……。」
どうして知ってるんだろう。
直樹くんがわざわざ女子にデートのことを広めたとは考えにくいし、だったら、図書室とかで聞かれてたのかな。
周りに人はあんまりいなかったし――少なくとも閲覧スペースには――そこまで大きな声で話してなかったから、大丈夫だと思ってたんだけど。
(ここしばらく、誰かから文句を言われたりしてなかったから、気が抜けてたのかも……。)
文句を言われなくても、直樹くんは人気者なんだ。
親しくするなら、変わらず気を配るべきだったのかも。
――それにしても。
「……蒼、そのことを話すために私を呼び止めたの?」
見かけても、気づかなかったふりをして無視することだってできたはずだ。
気まずい相手に、休日わざわざ話しかける必要はないのに、どうして。
……すると、蒼は唐突に顔を強ばらせた。
(蒼……?)
そして、彼は眉間に皺を寄せ、何かを考えるように視線を辺りにさまよわせた。いやこれは、考える……というよりは悩んでいる顔だろうか。
でも、いったい何に?
私が戸惑っていると、ふと蒼が私を見た。逡巡が消えた、真剣な瞳が正面から私を射抜く。
「……違う。オレがお前を引き止めたのは、話したいことがあったからだ。お前は『あいつ』を慕ってるみたいだったから、言おうかどうか迷ってたけど……。」
「え、な、なんの話……?」
「……なあ、ひな。」
蒼が、間を置く。
彼のこめかみから一筋、汗が流れていくのがやけにハッキリと見えた。
「――あの茜って、本当に茜か?」
「――ほら、これ。あげるよ。……落ち着いたか?」
「え、いいの? ありがとう、蒼。」
エスカレーターから少し離れたベンチ。いつの間にか近くのコーヒーショップに寄っていたらしい蒼は、私に冷たいアイスティーを渡してくれた。
アイスティーには、すでに一個分ガムシロップが入っていたようで、少しだけ甘かった。……私が少し甘い紅茶を好きなこと、蒼は覚えてくれていたらしい。思わずきゅんとときめきそうになって、ときめくな、って自分に言い聞かせる。
……やっぱり、蒼は優しい。
エスカレーターは足場が不安定だ。自分だって危なかったかもしれないのに、階段から落ちそうになっていた私を助けてくれた。今も、私を元気づけるように飲み物をおごってくれたけど、貸しにしたり、恩に着せたりしない。
(蒼はいざという時、自分の危険も顧みず、ひとを守ろうとする。やっぱり、蒼は、)
変わってないんだ。
私に四つ葉のクローバーを渡してくれたあの時からずっと、優しいままだ。
……だからこそ、どうしてあの時あんなことをしたのか、気になってしまう。今さら、聞く勇気はないけれど。
「あの、改めて助けてくれてありがとう。蒼がいなかったら、危なかったと思う……。」
「……別に。大したことはしてねーし。」
私がもう一度お礼を言うと、蒼は素っ気なくそう返した。
冷淡な態度だけど、助けてくれた時、蒼は本気で心配してくれていた。だからこの態度は照れ隠しか、あるいは気まずさを残しているからか。
きっとどちらもなんだろうな、と思う。……あの言い合いから、私たちはろくに話をしていない。
「その袋……明日着てく服とかか?」
「え?」
不意に、蒼がショッパーを見てそう言ったので、目を見開いた。なんでそんなこと……。
蒼は視線をさまよわせて、続ける。
「お前明日、佐古とデート行くんだろ。二人で勉強するって聞いた。……さっき袋からはみ出てた靴履いてくんだろ? あんなヒールで、今日みたいにコケんなよ。」
「え、な、なんで知って……。」
――私、直樹くんとデートすること、誰にも言ってないのに。
私が色を失ったことに気がついたのか、蒼がすぐに補足した。
「佐古本人から聞いたんだよ。……ようやく距離を縮められるかもって、嬉しそーにしてた。」
「……そう、なんだ……。」
「うん。」
直樹くんが嬉しそうにしてた、と聞いて、私は視線をアイスティーに落とす。
蒼からそれを聞くのが、なんだかひどく居たたまれない気持ちだった。……直樹くんも、なんで蒼にそんなことを話してるんだろ。
「……あー、あとなんか、女子たちからもなんか来てたな。」
「え? なんか、って……。」
「お前が佐古と出かけるらしいとかなんとかウワサしてた。マジでよく知ってるよな、アイツら。まあヒトの恋愛事とか、いいおしゃべりの種なのかもしれないけど。」
「……。」
どうして知ってるんだろう。
直樹くんがわざわざ女子にデートのことを広めたとは考えにくいし、だったら、図書室とかで聞かれてたのかな。
周りに人はあんまりいなかったし――少なくとも閲覧スペースには――そこまで大きな声で話してなかったから、大丈夫だと思ってたんだけど。
(ここしばらく、誰かから文句を言われたりしてなかったから、気が抜けてたのかも……。)
文句を言われなくても、直樹くんは人気者なんだ。
親しくするなら、変わらず気を配るべきだったのかも。
――それにしても。
「……蒼、そのことを話すために私を呼び止めたの?」
見かけても、気づかなかったふりをして無視することだってできたはずだ。
気まずい相手に、休日わざわざ話しかける必要はないのに、どうして。
……すると、蒼は唐突に顔を強ばらせた。
(蒼……?)
そして、彼は眉間に皺を寄せ、何かを考えるように視線を辺りにさまよわせた。いやこれは、考える……というよりは悩んでいる顔だろうか。
でも、いったい何に?
私が戸惑っていると、ふと蒼が私を見た。逡巡が消えた、真剣な瞳が正面から私を射抜く。
「……違う。オレがお前を引き止めたのは、話したいことがあったからだ。お前は『あいつ』を慕ってるみたいだったから、言おうかどうか迷ってたけど……。」
「え、な、なんの話……?」
「……なあ、ひな。」
蒼が、間を置く。
彼のこめかみから一筋、汗が流れていくのがやけにハッキリと見えた。
「――あの茜って、本当に茜か?」
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