2 / 22
2 茜くんとひとつ屋根の下
しおりを挟む「ええっ、茜くん⁉ やだ、大きくなったわねえ!」
「こんにちはー、おばさん。相変わらずキレーですね!」
「やだ、お世辞も言えるようになっちゃって!」
きゃー、なんて言いながら、お母さんが茜くんの背中を叩く。
……ど、どうしよ。
つい、家まで連れて来ちゃった。
――あの後、茜くんの前で本格的に号泣してしまって。
ようやく泣き止んで、人の前で泣きわめいた恥ずかしさと自己嫌悪に呆然としていと、見かねた茜くんが家まで送ってくれたのだ。
茜くんはお母さんと話しながら、楽しそうににこにこ笑ってる。
……お母さんと会うのなんて本当に久々のはずなのに、すぐに打ち解けてしまった茜くんは、さすが蒼の従兄だなという感じだ。
少しだけまた胸が痛んで、俯く。
明るくて、誰とでもすぐに仲良くなれるところまで、そっくりだ。
「でも茜くん、どうしてこっちに? 蒼くんちに遊びに来たの?」
「あ、それ……。」
私も気になってた。
茜くんの家は結構遠いところだったはず。引っ越し先もよく知らないし、蒼も連絡を取ってる素振りはなかった。
どうしていきなり、ここに戻って来たんだろ……?
「あー、えっと、それなんだけど、実はさ……。」
すると、茜くんは気まずそうに目をそらした。
「オレ、家出してきたんだよね。」
「えっ!」
「あら……。」
ちょっと親と派手なケンカしてさ、と言って、茜くんが舌を出す。
その仕草が年上らしくなくてかわいく見えて、ちょっとドキッとしてしまう。
「やだ、すぐ親御さんに連絡しないと! ……ああでも、茜くんの親御さんの今の連絡先、わかんないわあ……。」
「いーですよ別に連絡しなくて。十八の男が何日か家を留守にするくらい、大騒ぎしたりしないって。」
「そういう訳にはいかないでしょ、せめて蒼くんちには連絡を……。」
わたわたとスマホを取り出すお母さん。
蒼の名前に、びく、と肩が跳ねた。
「いいって。……蒼んちに連絡したらすぐ親に居場所がバレちゃうだろ? 一、二週間くらいしたら観念して家戻るし!」
「でも……。」
「ね、お願いです! 連絡は今はやめといて!」
ぱちん!
茜くんが、このとおり! と言って手を合わせる。
お母さんはしばらく迷ってたみたいだけど、ややあってから、「仕方ないわねえ。」と肩をすくめた。
「……でも茜くん、蒼くんちがダメならそれまで、どこに泊まるの? 宿の当てはあるの?」
「えっ。」
茜くんがきょとん目を丸くして、それから、苦々しい声で「あー……。」とつぶやく。
……え。もしかして、考えてなかったの?
小さい頃お世話になったお兄さんのおっちょこちょいなところは、なんだか意外に思えた。
お母さんは少し唸ると、「あっ!」と声を上げた。
「そうだ、なら、うちに泊まればいいわ!」
「えっ⁉ お、お母さん⁉」
「ほら、お母さんこれからしばらく忙しくなるから、家を空けなくちゃいけなかったんだけど……。」
でも女の子、家に一人にするのは心配でしょう? とお母さんが言う。
お母さんは小さな弁護士事務所で弁護士をしている。だからたまーに大きな仕事があると、いそがしくて事務所に泊まり込むこともあるのだ。
でも、今はお父さんはちょうど長期の単身赴任中。泊まり込みをしたら、私が家に一人になっちゃうから、今回はやめるべきか悩んでいたらしい。
「でも、茜くんがいてくれるなら安心して家を空けられるわ。ね、どう? 部屋も空いてるし。」
「え、ちょ、お母さん、」
「え、いいんですか?」
「茜くん⁉」
ぱっと顔を明るくさせた茜くんに、ぎょっと目を見開く。
そんな。……茜くんが、うちで過ごすの? 何日も?
しかも……お母さんがいない、私だけの家で?
「蒼くんの従兄の茜くんなら信用できるし、お願いできたら嬉しいわ。雛子のこと、頼める?」
「お、お母さん……!」
「もちろん。……ひなのことはオレが守ります。」
きっぱり。
言い切った茜くんに、私はぽかんと口を開けた。
ひなはオレが守る。……蒼そっくりなその声で言われたセリフに、じわじわと頬が熱くなる。
「ふふ、じゃあ、お願いね!」
「任せてください。」
胸を軽く叩いた茜くんが、私を見て微笑む。
「じゃあ一週間くらい、よろしくな、ひな。」
その笑顔が、大人っぽくてかっこよくて、ドキーッと胸が高鳴る。
これって……お母さんがいないあいだ、私たち、二人っきりってことだよね?
……ど、どうしよう。まさか、こんなことになるなんて!
*
お母さんはあのあと、バタバタと家を出ていった。
茜くんを出迎えた時のお母さんは悠長そうだったけど、その実めちゃくちゃ仕事が詰まっていたらしい。
そして、茜くんと私で、ぽつんとリビングに二人きり。
並んでリビングのソファに座って、何もつけてないテレビを見つめて。
……き、気まずい……。
「ひな。」
「は、はいっ!」
不意に、茜くんが勢いよくソファから立ち上がった。
ばっ、と真剣な顔を向けられて、慌てて返事をする。
「夕飯さ。好きなもの頼めって、お金渡されただろ。」
「う、うん、」
「頼むんじゃなくて、つくろ、一緒に!」
「……えっ?」
――トントントントン。
茜くんがたまねぎをみじん切りにしていく。その手際のよさに、頬、と息をついた。
「茜くんて、料理できるんだ……。」
「まあもう俺高校生だし多少はね。ひなだって手際いいだろ?」
「まあ、私はたまに、お母さんが事務所に泊まり込むから……。自分で作る機会、そこそこあるんだよね。」
おみそ汁の味噌を溶かし終え、ぐるりとおたまで鍋をかき混ぜる。
「蒼は多分、料理できないから、なんか、意外かも。」
「……そうなの? なんで知ってんの?」
「前、家庭科で同じ班になって、調理実習したことがあって。苦手そうだったから。」
野菜を切るのが下手くそで、同じ班の他の男子にからかわれてた。
私は昔から、忙しいお母さんの代わりにたまにご飯を作ってたから、家庭科で扱うメニューくらいは作れる。
……それで蒼、「手際いいじゃん、すごいな宮野。」って褒めてくれたんだっけ。それで「今度教えてくれね?」って言ってくれて――冗談だったんだろうけど。
中学生になってから今まであまり話せなていかったから、そう言ってもらえたのがすごく嬉しかったのを覚えてる。
「……茜くんは、料理できるようになるまで、練習したりしたの?」
蒼は少なくとも、練習したことはないと思う。
茜くんが、挽き肉の入ったボウルにたまねぎを投入する。つなぎを入れて、ぐねぐねとこね混ぜていく。
「ん、まあね。今の時代、家事を覚えて悪いこととかないだろうし。」
「まあ、たしかに。」
「……それに、料理好きな子が彼女だったら、一緒にご飯作ったりできるだろ?」
今みたいにさ。
そう言って、茜くんがやわらかく微笑んだ。
「えっ……。」
どういう、意味……?
そんなことを考えてしまった次の瞬間、右手の指が鍋のフチに当たってしまった。
「あつっ。」
「っバカ、ひな! すぐ冷やせ!」
思わず声を上げると、すぐさま手を取られ、流し台まで連れていかれる。
熱された鍋のフチに当たってちょっと赤くなった右手。その手首を掴んで、流水に私の指を当てさせる。
「火、使ってる最中にぼうっとするなよ。危ないだろ?」
「ご、ごめんなさい。」
……後ろから私の手首を掴んで固定しているから、まるで、後ろから抱きしめられているような体勢になる。
心臓がバクバク、大きく音を立て始める。
――一緒にご飯作ったりできるだろ、今みたいにさ。
さっき言われた言葉が、脳裏によみがえる。
……背中があったかくて、あっつい。
流水の冷たさなんて、忘れてしまうくらいに。
*
「指大丈夫? ひな。」
「うん、もう平気。すぐ冷やしたからかな……。」
「そっか、ならよかった。」
ふ、と笑った茜くんが、いただきます、と手を合わせるのを見て、私も慌てて手を合わせた。
……夕ご飯のメニューは、じゃがいもとワカメのおみそ汁、ハンバーグ、付け合わせの野菜炒め。
ハンバーグと、しかもデミグラスソースまで、ほとんど茜くんが作ってくれた。ハンバーグの形はきちんと楕円形で、デミグラスソースも心なしかつやつやしてる。
「おいしい……!」
「ほんと? よかった。」
ハンバーグを一切れ口に入れると、じゅわっとしみ出る肉汁。
目を輝かせると、茜くんが嬉しそうに笑う。
「ひなのおみそ汁と、付け合あわせの野菜炒めもおいしいよ。オレ、みそ汁にじゃがいも入れたことないから新鮮かも。」
「そうなの? へえ、おみそ汁にも家の個性が出るんだね……。」
まじまじと自分が作ったおみそ汁を覗き込んでいると、茜くんがふっと笑った気配がした。
顔を上げると、優しい目で私を見る茜くんと目が合う。
「……やっと笑った、ひな。」
「えっ。」
「まあ当然だけど、ずっと元気なかったからさ。……ひなは笑ってた方がかわいいよ。」
――かわいい。
また、正面切って言われたその言葉に、頬がすごい勢いで熱くなる。
恥ずかしくて、バッ! と慌てて下を向いた。
「そ、んなこと……。私、地味でトロいし、さっきだって火傷しそうになって迷惑かけたし……、」
「あは、まーたしかにちょっとトロいかもしんないけど。」
「うっ、」
「……でも、ひなはかわいいよ。」
どくん、と心臓が大きく音を立てた。
それは、心の底までしみ込むような声だった。本気で、真剣に、そう思ってくれてることがわかる声――。
「料理してる時の横顔とか、ご飯おいしそうに食べるとことか。ちゃんとかわいい。オレが保証する。」
「あ、かねくん、」
「どんな酷いやつがひなのこと振ってもさ、オレはひなのこと好きだよ。」
だから元気出して。
……そう言われ、顔が熱くて、のども熱くて、うまく声が出ない。
妹みたいにかわいいとか、幼なじみとして好きだとか、きっとそういうことだ。わかってる。高一の、かっこいいお兄さんが、地味な私を好きだなんてありえないから。
「あ、ありがと……ございます……。」
「なんで今さら敬語?」
茜くんが楽しそうに笑う。
……わかってるはずなのに、心臓はずっとうるさく跳ねるままだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
月神山の不気味な洋館
ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?!
満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。
話は昼間にさかのぼる。
両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。
その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。
スペクターズ・ガーデンにようこそ
一花カナウ
児童書・童話
結衣には【スペクター】と呼ばれる奇妙な隣人たちの姿が見えている。
そんな秘密をきっかけに友だちになった葉子は結衣にとって一番の親友で、とっても大好きで憧れの存在だ。
しかし、中学二年に上がりクラスが分かれてしまったのをきっかけに、二人の関係が変わり始める……。
なお、当作品はhttps://ncode.syosetu.com/n2504t/ を大幅に改稿したものになります。
改稿版はアルファポリスでの公開後にカクヨム、ノベルアップ+でも公開します。
トウシューズにはキャラメルひとつぶ
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。
小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。
あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。
隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。
莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。
バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。
甘い香りがする君は誰より甘くて、少し苦い。
めぇ
児童書・童話
いつもクールで静かな天井柊羽(あまいしゅう)くんはキレイなお顔をしていて、みんな近付きたいって思ってるのに不愛想で誰とも喋ろうとしない。
でもそんな天井くんと初めて話した時、ふわふわと甘くておいしそうな香りがした。
これは大好きなキャラメルポップコーンの匂いだ。
でもどうして?
なんで天井くんからそんな香りがするの?
頬を赤くする天井くんから溢れる甘い香り…
クールで静かな天井くんは緊張すると甘くておいしそうな香りがする特異体質らしい!?
そんな天井くんが気になって、その甘い香りにドキドキしちゃう!
友梨奈さまの言う通り
西羽咲 花月
児童書・童話
「友梨奈さまの言う通り」
この学校にはどんな病でも治してしまう神様のような生徒がいるらしい
だけど力はそれだけじゃなかった
その生徒は治した病気を再び本人に戻す力も持っていた……
にきの奇怪な間話
葉野亜依
児童書・童話
十三歳の夏休み。久しぶりに祖母の家へと訪れた少年・にきは、突然奇怪なモノ――所謂あやかしが見えるようになってしまった。
彼らの言動に突っ込みつつ、彼らの存在を受け入れつつ、それでも毎日振り回されてばかり。
小鬼や動き出す欄間、河童に喋る吐水龍、更には狐憑きの女の子も現れて……。
普通の少年と奇怪なモノたちによる、ひと夏の日常あやかし話。
【完結】僕らのミステリー研究会
SATO SATO
児童書・童話
主人公の「僕」は、何も取り柄のない小学校三年生。
何をやっても、真ん中かそれより下。
そんな僕がひょんなことから出会ったのは、我が小学校の部活、ミステリー研究会。
ホントだったら、サッカー部に入って、人気者に大変身!ともくろんでいたのに。
なぜかミステリー研究会に入ることになっていて?
そこで出会ったのは、部長のゆみりと親友となった博人。
三人で、ミステリー研究会としての活動を始動して行く。そして僕は、大きな謎へと辿り着く。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる