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1 失恋と、謎のイケメン
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……どうして。
「おいおい、蒼、モテモテじゃん!」
「イマドキ、ラブレターとかさ。なかなかもらえないぜ?」
……どうして。
「送り主、宮野かあ~。オレ、話したことねーや。」
すーっと、急激に胸の奥が冷えていく。
「蒼は幼なじみなんだっけ? どんなやつ?」
「あの、大人しくて地味めな女子だろ? 『ずっと好きだった』だって! ひゅー、ぴゅあぴゅあじゃん!」
「ハァ? 知らねーし、あんなやつ。」
嫌そうな蒼の声に、私はハ、と短く息を吐き出した。
とっさに隠れた、教室の扉の後ろ。
蒼と、その友だちがしゃべっている内容を聞いて――とても立っていられなくて、私はそのままずり落ちるように座り込んだ。
「ひでー言い方!」
「返事どうすんの? その感じだと断るわけ?」
「……あったりまえだろ。幼なじみとか、昔の話だし。親しくもないやつからこんなんもらったって、気持ち悪いだけだろ」
……酷い。
ぽろり、と、目から涙が零れた。
胸にぽっかり穴が開いて、そこから冷たいすきま風が、びゅうびゅう吹いているよう。
「気持ち悪い、なんて……。」
蒼、そんなに私が嫌いだったんだ。
最近、たしかにあんまりしゃべれてなかったけど、そんなふうに思ってたんだ。
心臓が、引きしぼられるように痛い。
「やめなよ、こういうの。……手紙だって人に見せるもんじゃないだろ、蒼。」
庇ってくれてるのは、佐古くんだろうか。蒼の親友だ。
でも……優しいな、と思うよりも、なんてみじめなんだろう、と思った。
手紙を回し読みされて、気持ち悪いって言われて。
そう言った蒼の友達にかばわれて。
……みじめで、辛くて、もうだめ。
忘れ物なんて取りに帰るんじゃなかった。
余計なことするから、私の手紙を男子が回し読みしてる場面になんて遭遇するんだ。
早く帰ろう。こんな場所にいたくない。
――ガタッ。
「あっ、」
慌てて立ち上がったせいか、寄りかかっていた扉が音を立てた。
机の上に腰かけて、忌々しそうに私の手紙を見ていた蒼が、ハッとしたようにこちらを見る。
ばち、と目が合って――蒼の顔が瞬時にこわばった。
「え、やべ、宮野……。」
「今のまさか、聞いて……?」
その場にいた男子が、ひきつった声をもらす。
それを聞いてカッ、と頬が熱くなった。ギュッと唇を噛んで、慌ててその場から逃げ出す。
見られた。
泣いてるのも、多分、蒼に。
「待っ、ひな――宮野!」
蒼の声が背中に投げつけられるけど、振り返らずに走った。
『ひな!』
満面の笑みで、そう読んでくれた子どもの頃の蒼の顔を思い出す。
胸が痛くて、冷たくて、涙が出た。
呼び止めようとする時すら、名前で呼んでくれないんだ。
ぼろぼろ零れる涙を拭ながら、ただただ走る。
……バカみたいだ、私。
らしくなく勇気なんて出して、こんなことになって。
ホント、バカみたい。
*
篠崎蒼と、私、宮野雛子は幼稚園の時からの幼なじみだった。
子どものころは何をするにも一緒で、二人でたくさん遊んで。
秘密基地を作って、そこで、結婚の約束をしたりして。
……でも、小学校高学年になると、キョリが開いた。
かっこよくてスポーツができて、頭もいい蒼。
それに対して、なんの取り柄もなくて地味で引っ込み思案な私。
そんな私たちが、同じ仲良しグループになるはずもなくて、中学校に上がると言葉も交わさなくなった。
……それでも。
それでも私は、子どもの頃からずっと、蒼が好きだった。
結婚の約束、蒼は忘れてるんだろうけど、私はずっと覚えてた。
地味で引っ込み思案で、でも、そんな自分を変えたいって、蒼ともっと話したいって――そう思ったから告白したのに。
――逃げて、逃げて、逃げて。
いつの間にか辿り着いていた公園のベンチ。
冷たいそこに一人で腰かけて、制服のまま体育座り。
「蒼、私のことなんて嫌いだったんだなあ……。」
酷い、と思った。
でも、同時に、私が悪いような気もした。
蒼が私のことを嫌いだったんなら、蒼は、嫌いな人間からラブレターをもらってしまったことになる。
……嫌いな人からラブレターなんて貰ったら、そりゃ、気持ち悪いよね。
私こそ、蒼に酷いことしたのかもしれない。
「告白なんてするんじゃなかったな……。」
……そんなこと言いながら、逃げた先が二人でよく遊んだ公園じゃ始末に負えないよね。
小さなブランコと、砂場と、鉄棒。
小さい頃は蒼と、ここでよく一緒に遊んだっけ。
「未練たらたらだぁ……。」
あんなことされたのに、あんなところを見たのに。
私まだ、蒼のことが好きなんだな。
ひと昔前の少女マンガみたいに、手紙を下駄箱にそっと差し込んで、ドキドキして家に帰って。
そこで、忘れ物に気づきさえしなければ……こんな思いはせずに済んだのかもしれない。
「ほんと、バカ……。」
ベンチの上に体育座りして、ごしごし目を擦る。
「そんなにこすると、目ェ赤くなるよ。」
……蒼?
一瞬、そう思ってしまうくらい、彼にそっくりな声が頭の上から降ってきた。
同時に、目の前に差し出されるハンカチ。
「なんか辛いことでもあった? 大丈夫?」
やわらかい声は、よく聞けば、蒼よりも少し低い。
……ゆるゆると顔を上げて、私は息を呑んだ。
そこに立っていたのは、高校生くらいの、格好いい人だった。少し離れた進学校のブレザーを着ていて、優しい目をしていた。私は中1だけれど、恐らく年上だろう。
何より。
微笑んで私を見ている彼は、蒼にそっくりだった。
「な、お前。ひな、だよな?」
「え? あ、あなたは……。」
「え、覚えてない? オレ、茜だよ。篠崎茜、蒼の従兄。」
「あかね、くん、」
……ああ、と思い出す。
そういえば、かなり昔何度か、遊んでもらったことがあったっけ。
茜くんは、離れたところに住んでいる、蒼の従兄さんだ。
子どもの頃はたまに蒼の家に遊びに来てて、その時、蒼と一緒にかまってもらったんだよね。
たしか、私たちよりも三つ年上だったはずだから、今は高校一年生、かな。
いつだったかさらに遠いところに引っ越しちゃって、それからずっと会ってないけど……。
「ほんとに……茜くん?」
「うん、そう。大丈夫? ……ね、ひな。なんで泣いてんの?」
「な、泣いてないよ、」
「ウソ。そんな真っ赤な目してさ。……ひな、せっかくかわいいのに、目ェ腫らしてたらもったいないよ。」
かわいい。
蒼の声をちょっと大人っぽくしたような声にそう言われて、また、ぼろりと目から涙が零れた。
……蒼が、そう言ってくれたならよかったのに。
「ちょ⁉ ……な、泣くなって、大丈夫か?」
ぎょっとしたように目を見開く茜くんが蒼と重なる。
茜くんは眉を下げて、ベンチの前にひざまずくと、私の目元をハンカチでぬぐう。
「な? ひな。オレがいるから。ほら、泣かないで、」
頭を優しくなでられて、私は俯いた。
気持ち悪い、そう冷たく吐き捨てた蒼の声とは正反対の、優しくて甘い声。
……ああ。そうだ。
グルグルとうずまいていた苦しさが、すとん、と形を成して胸に落ちた。
私、ふられたんだ。……好きな人に。
ずっとずっと、好きだった人に。
「あかね、くん、私ね、」
「うん、」
「蒼に、失恋、しちゃったあ……!」
私は、わあ、と泣いた。
再会したばかりの好きな人の従兄。好きな人にそっくりな、優しいお兄さんに、すがりつくようにして。
茜くんは何も言わずに、肩に額を押し付けて泣く私の背を、ゆっくりなでてくれた。
それが、すごく安心して。
……そして同時に、すごく辛かった。
「おいおい、蒼、モテモテじゃん!」
「イマドキ、ラブレターとかさ。なかなかもらえないぜ?」
……どうして。
「送り主、宮野かあ~。オレ、話したことねーや。」
すーっと、急激に胸の奥が冷えていく。
「蒼は幼なじみなんだっけ? どんなやつ?」
「あの、大人しくて地味めな女子だろ? 『ずっと好きだった』だって! ひゅー、ぴゅあぴゅあじゃん!」
「ハァ? 知らねーし、あんなやつ。」
嫌そうな蒼の声に、私はハ、と短く息を吐き出した。
とっさに隠れた、教室の扉の後ろ。
蒼と、その友だちがしゃべっている内容を聞いて――とても立っていられなくて、私はそのままずり落ちるように座り込んだ。
「ひでー言い方!」
「返事どうすんの? その感じだと断るわけ?」
「……あったりまえだろ。幼なじみとか、昔の話だし。親しくもないやつからこんなんもらったって、気持ち悪いだけだろ」
……酷い。
ぽろり、と、目から涙が零れた。
胸にぽっかり穴が開いて、そこから冷たいすきま風が、びゅうびゅう吹いているよう。
「気持ち悪い、なんて……。」
蒼、そんなに私が嫌いだったんだ。
最近、たしかにあんまりしゃべれてなかったけど、そんなふうに思ってたんだ。
心臓が、引きしぼられるように痛い。
「やめなよ、こういうの。……手紙だって人に見せるもんじゃないだろ、蒼。」
庇ってくれてるのは、佐古くんだろうか。蒼の親友だ。
でも……優しいな、と思うよりも、なんてみじめなんだろう、と思った。
手紙を回し読みされて、気持ち悪いって言われて。
そう言った蒼の友達にかばわれて。
……みじめで、辛くて、もうだめ。
忘れ物なんて取りに帰るんじゃなかった。
余計なことするから、私の手紙を男子が回し読みしてる場面になんて遭遇するんだ。
早く帰ろう。こんな場所にいたくない。
――ガタッ。
「あっ、」
慌てて立ち上がったせいか、寄りかかっていた扉が音を立てた。
机の上に腰かけて、忌々しそうに私の手紙を見ていた蒼が、ハッとしたようにこちらを見る。
ばち、と目が合って――蒼の顔が瞬時にこわばった。
「え、やべ、宮野……。」
「今のまさか、聞いて……?」
その場にいた男子が、ひきつった声をもらす。
それを聞いてカッ、と頬が熱くなった。ギュッと唇を噛んで、慌ててその場から逃げ出す。
見られた。
泣いてるのも、多分、蒼に。
「待っ、ひな――宮野!」
蒼の声が背中に投げつけられるけど、振り返らずに走った。
『ひな!』
満面の笑みで、そう読んでくれた子どもの頃の蒼の顔を思い出す。
胸が痛くて、冷たくて、涙が出た。
呼び止めようとする時すら、名前で呼んでくれないんだ。
ぼろぼろ零れる涙を拭ながら、ただただ走る。
……バカみたいだ、私。
らしくなく勇気なんて出して、こんなことになって。
ホント、バカみたい。
*
篠崎蒼と、私、宮野雛子は幼稚園の時からの幼なじみだった。
子どものころは何をするにも一緒で、二人でたくさん遊んで。
秘密基地を作って、そこで、結婚の約束をしたりして。
……でも、小学校高学年になると、キョリが開いた。
かっこよくてスポーツができて、頭もいい蒼。
それに対して、なんの取り柄もなくて地味で引っ込み思案な私。
そんな私たちが、同じ仲良しグループになるはずもなくて、中学校に上がると言葉も交わさなくなった。
……それでも。
それでも私は、子どもの頃からずっと、蒼が好きだった。
結婚の約束、蒼は忘れてるんだろうけど、私はずっと覚えてた。
地味で引っ込み思案で、でも、そんな自分を変えたいって、蒼ともっと話したいって――そう思ったから告白したのに。
――逃げて、逃げて、逃げて。
いつの間にか辿り着いていた公園のベンチ。
冷たいそこに一人で腰かけて、制服のまま体育座り。
「蒼、私のことなんて嫌いだったんだなあ……。」
酷い、と思った。
でも、同時に、私が悪いような気もした。
蒼が私のことを嫌いだったんなら、蒼は、嫌いな人間からラブレターをもらってしまったことになる。
……嫌いな人からラブレターなんて貰ったら、そりゃ、気持ち悪いよね。
私こそ、蒼に酷いことしたのかもしれない。
「告白なんてするんじゃなかったな……。」
……そんなこと言いながら、逃げた先が二人でよく遊んだ公園じゃ始末に負えないよね。
小さなブランコと、砂場と、鉄棒。
小さい頃は蒼と、ここでよく一緒に遊んだっけ。
「未練たらたらだぁ……。」
あんなことされたのに、あんなところを見たのに。
私まだ、蒼のことが好きなんだな。
ひと昔前の少女マンガみたいに、手紙を下駄箱にそっと差し込んで、ドキドキして家に帰って。
そこで、忘れ物に気づきさえしなければ……こんな思いはせずに済んだのかもしれない。
「ほんと、バカ……。」
ベンチの上に体育座りして、ごしごし目を擦る。
「そんなにこすると、目ェ赤くなるよ。」
……蒼?
一瞬、そう思ってしまうくらい、彼にそっくりな声が頭の上から降ってきた。
同時に、目の前に差し出されるハンカチ。
「なんか辛いことでもあった? 大丈夫?」
やわらかい声は、よく聞けば、蒼よりも少し低い。
……ゆるゆると顔を上げて、私は息を呑んだ。
そこに立っていたのは、高校生くらいの、格好いい人だった。少し離れた進学校のブレザーを着ていて、優しい目をしていた。私は中1だけれど、恐らく年上だろう。
何より。
微笑んで私を見ている彼は、蒼にそっくりだった。
「な、お前。ひな、だよな?」
「え? あ、あなたは……。」
「え、覚えてない? オレ、茜だよ。篠崎茜、蒼の従兄。」
「あかね、くん、」
……ああ、と思い出す。
そういえば、かなり昔何度か、遊んでもらったことがあったっけ。
茜くんは、離れたところに住んでいる、蒼の従兄さんだ。
子どもの頃はたまに蒼の家に遊びに来てて、その時、蒼と一緒にかまってもらったんだよね。
たしか、私たちよりも三つ年上だったはずだから、今は高校一年生、かな。
いつだったかさらに遠いところに引っ越しちゃって、それからずっと会ってないけど……。
「ほんとに……茜くん?」
「うん、そう。大丈夫? ……ね、ひな。なんで泣いてんの?」
「な、泣いてないよ、」
「ウソ。そんな真っ赤な目してさ。……ひな、せっかくかわいいのに、目ェ腫らしてたらもったいないよ。」
かわいい。
蒼の声をちょっと大人っぽくしたような声にそう言われて、また、ぼろりと目から涙が零れた。
……蒼が、そう言ってくれたならよかったのに。
「ちょ⁉ ……な、泣くなって、大丈夫か?」
ぎょっとしたように目を見開く茜くんが蒼と重なる。
茜くんは眉を下げて、ベンチの前にひざまずくと、私の目元をハンカチでぬぐう。
「な? ひな。オレがいるから。ほら、泣かないで、」
頭を優しくなでられて、私は俯いた。
気持ち悪い、そう冷たく吐き捨てた蒼の声とは正反対の、優しくて甘い声。
……ああ。そうだ。
グルグルとうずまいていた苦しさが、すとん、と形を成して胸に落ちた。
私、ふられたんだ。……好きな人に。
ずっとずっと、好きだった人に。
「あかね、くん、私ね、」
「うん、」
「蒼に、失恋、しちゃったあ……!」
私は、わあ、と泣いた。
再会したばかりの好きな人の従兄。好きな人にそっくりな、優しいお兄さんに、すがりつくようにして。
茜くんは何も言わずに、肩に額を押し付けて泣く私の背を、ゆっくりなでてくれた。
それが、すごく安心して。
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