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物思いにふける
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朝が来た。
ベッドから見える窓の外は薄暗かった。
目の前のことに集中して行動していたはずだったが、いつもしないミスをしていることが多かった。
何か心の奥の何かがポッカリと空洞ができたような、暗いトンネルに入ったかのような空虚感に満たされていた。
制服に着替え、ネクタイが曲がってることにも気づかず、いつもはたたない寝癖もななめに立ち上がっていた。
「おはよー。」
どこを見てるのか、心ここに在らずの生活がさとしの目でも分かるくらいの様子だった。
食卓に座ると朝ごはんの目玉焼きにしゅうゆをかけようとして、ウィンナーにかかっていた。
「陸斗、学校休んだら?」
「えー?あ! ウィンナーにしょうゆかかってるし!!ちょっと父さんケチャップ無い!?」
ぼんやりしていたかと思ったら突然切れ出した。
「おはよー。お兄ちゃん、朝からうるさいよ。」
悠灯が部屋から出てきた。
「だって、ケチャップ無かったから!」
「自分で取りに行けば良いでしょ!」
とか言いつつ、悠灯は冷蔵庫からケチャップを取りに行って渡した。
「あ、どーも。」
「だからさ、陸斗、今日学校休んだらって。」
「は!? 平気だし。」
やけにさとしにキレる陸斗。
反抗期かと心配になる。明らかにいつもの調子じゃない。
「あのさ、俺、またバイク乗って良いよね。もう誰も乗せないから!」
「……ああ、そう。お好きにどうぞ。」
怒り気味に言われたため、さとしも大きく言うのはやめようと諦めた。紬とそれとなく、別れた方がいいと発言してから親子関係がギクシャクしたままだった。
本質的な話は聞いてなかったが、全然恋愛の話なんて話題に上がらないし、むしろ剣道するしないでなぜか怒られることばかりで、さとしは納得していなかった。親としてなぜこんなに怒られなきゃないのか疑問でしか無い。
きっと中学生の時に無かった反抗期なんだろうと温かく見守った。
バイトが通常よりも少なく働くことになり、手元に発生する給料が減った。
いつも自転車で行っていたが、部活に参加することによって疲れが半端なく、バイクの方がスムーズだと考えた。
紬と会うことを減らした陸斗はバイクに乗ることが好都合だと思い、決断した。
親の言うことを聞いて、交際する相手まで制限されるとは思ってもいない。
バイクくらいは乗ってやると反抗の意味もあった。
「行ってきます!」
お弁当箱の包みをバックに入れて何故か怒りながら家を出た。
悠灯とさとしは目を合わせて、肩をすぼめた。
「なんで、お兄、あんなに怒ってるの?お父さん、何か言った?」
「別に…何も言ってないけど。反抗期かな?」
「紬ちゃんと何かあったのかな…。」
悠灯は的射たことを言う。さとしはドキッとしながら、キッチンの方へ食器を片付けに行く。
悠灯は目玉焼きをかぶりついた。
「高校生も大変だよね。恋愛要素が混じると…って言う、中学生もいろいろありますけどねぇ。」
「何!? 悠灯に彼氏ができたのか?」
「いや、そう言うわけじゃ無いけど、この間の拓人くんとは友達になれたって感じだったけどさ。彼氏では無いのよね。あの人はちょっと子供っぽい。小学生だし。」
「悠灯、誰目線だよ?」
「てへ、神様目線?なんつって。でも、他にも男友達いるけど、彼氏になれる人はまだいないんだけどさ。手くらいは繋げるけど…。」
「え? 悠灯、手繋いだらもう彼氏じゃないの?」
「えーーー。お父さん、手繋ぎは彼氏にならないよ。好きとか言い合ってからでしょ。それはノンノン。違う違う。」
「いや。それ、絶対悠灯のこと好きだって。」
「え? それはないよ。ハナタレ祐弥だよ?急に手引っ張る感じだよ?どこか彼氏なのよ。無理無理。だって、告白して好きって言ってからでしょ?うわ、やば!もうこんな時間、遅刻する~。行ってきまーす!」
話に夢中になった悠灯は慌ててバックを背負って、口をティッシュで拭いた。
靴に履き替えて、玄関を出る。
「行ってらっしゃい。」
食卓を綺麗に片付けた。あまり食べていない陸斗の食器を眺める。食欲無いんだろう。
ーーー
何ヶ月ぶりかにバイクのエンジンをかけた。背中にバックを背負って、ヘルメットをかぶった。
風を切って走るバイクが好きだった。
2ヶ月ほど、父からの禁止令でバイクに乗れなかった。自転車よりも早く走れるのが嬉しい。
学校にいつもより早く着いた。
校門近くをちょうど康範が歩いてるのを見えた。駐輪場にバイクを停めに車体からおりて押して歩いた。
「陸斗~。おはよーー!」
バイクから降りてすぐに右腕を陸斗の肩に回した。
「ちょ、やめれって。苦しいから。待ってよ、なんでテンション高いの?」
「だってさぁ~、伊藤ちゃん可愛いじゃん。」
体をくねくねさせる。陸斗の代わりに行き始めたバイト先の伊藤先輩が可愛いらしく、康範の生きがいになってた。
「紹介してくれてありがとうなぁ~。バイト頑張るよ~。」
「あ、そう。無理のない範囲で勉学も励んでね。」
「あ、ああ。まあ、そこは今のところ大丈夫。陸斗は?剣道部入るんだろ?」
「部活ねぇ…父さんと喧嘩してるからちょっと考え中。所属はしてるけど。」
「父ちゃん、かわいそうだろ? 一緒にやってあげろって。剣道やりたいんだから。」
昇降口前に着くと、1年の靴箱付近に輝久と紬が戯れ合いながら、話しているのを見つけた。
まるで、電車にたまたま乗り合わせた乗客で何事なかった関係かのごとくに陸斗は3年の靴箱で上靴に履き替えた。
康範は、その様子を逃さなかった。
「陸斗~、紬ちゃん、さっき廊下にいたぞー。声かけなくてよかったの。」
「……。」
本当は悔しかった。一緒にいるはずなのは自分なのに。他の誰かと話す紬を見るのは心苦しい。
でも、自分にはもう相手できないとわかっていた。
分かっていても、何とも言えない気持ちになった。
「なあ、陸斗?」
黙ってる陸斗の表情が固くなっていた。ぼーとしていたかと思うと、ハッと目が覚めたように答える。
「え? …俺、今日、日直だったわ。」
康範の前をサラリと通り過ぎる。
言いたくないんだろうなと悟った康範は、静かに後ろをついていく。
階段を登る陸斗を肩越しに紬は見たが、見なかったふりをして、先に歩く輝久に着いて行った。
見えない大きな壁が2人の間には存在しているように思える。
ーーー
原因不明の体調不良に悩まされている陸斗は、きっとこれは恋煩いだとは思うが、本人には理解できてないらしい。
心の奥の奥の方、ポッカリと穴が空いたように空っぽになっていた。
授業もまともに聞けず、頬杖をついて窓の外を見た。
五十嵐先生が机のそばに寄ってきた。
「おーい、陸斗。どこ見てる?」
屈んで顔を覗く。
「わあ!?」
立ち上がり驚いた。
「驚きすぎだわ。今日、お前だけ宿題な!」
「は?なんで。」
「絶対部活来いよ? それが宿題だ。」
「…マジか。今日は行く気無かったのに。」
クラスメイトはその仕草を見て爆笑している。
教室内は和やかな雰囲気になった。
***
授業が終わって、部活に向かおうと思ったら、康範に突然止められた。
「なあ、なあ。陸斗、今日、部活行かないで帰った方がいいかもよ。父ちゃん、今日も稽古来るって言ってた?」
「は?なんで。むしろ、強制されてるし、来てると思うけど。」
肩に背負ったバックを持ち直した。
スマホのネットニュースを康範は陸斗に見せつけた。
『元モデルのSATOSHIに隠し子か?!』
の文字が掲載されていた。
康範のスマホをじっくり見返す。
隠し子ってどう言うことだと目を疑った。
写真はたまたまシュナイザーから出てた紬の母くるみとメガネをした父さとしがちょうど良いツーショットになるように映っていた。
影には紬の姿もあった。
そのニュースはくるみとの間に生まれたのは紬だと言う表記だった。
前に調べた不倫騒動は、遼平とくるみが結婚する前でシュナイザーができる前だったはずだったが、事実を大幅に書き換えられた。
別撮りの母の紗栄が映る姿も掲載された。
「マジかよ。」
「陸斗、どうすんの?」
校門には取材のカメラマンが集まり始めていた。
お目当ては隠し子だと、言われている谷口紬だ。
そして、たまたま剣道道場に訪れていた大越さとしもまたターゲットとされていた。
幸いにも剣道のメンバーはニュースのことを知るものはいなく、さとしに注目することはなかった。
防具もかぶるため、素性もバレにくい。
面をつけようとしたら
唯一、五十嵐先生だけは状況を知っていた。
「大越、今日は剣道してる場合じゃないかもしれない。マスコミ押し寄せるかもしれないから自宅待機で。」
その頃、陸斗は校門近くにある駐輪場のバイクにエンジンをかけていた。
1人昇降口からバス停まで歩く紬を見掛けた。
校門にいる取材カメラマンたちはそれを逃さなかった。
「あなた、谷口 紬さんですよね?ちょっとお話聞かせてもらえる?」
「…え…。」
もちろん初対面の人に話をすることができない紬はダンマリを続けた。
取材に取り囲まれた中、陸斗はヘルメットを片手にその中に潜り込み、紬の頭にヘルメットをかぶせて腕を引っ張った。
「こっち来て!」
陸斗の声だとはっきりわかったが、引っ張る力が強くて、されるがままに着いていく。
「あ、ちょっと待って…。」
また記者に捕まりそうになった紬は、静かにすり抜けて、陸斗のバイクに乗った。
乗せるつもりがなかった2人乗り。
記者から振り切るために、学校を背にバイクを走らせた。
沈黙の時間があったのに、不思議と元通りに戻ったみたいで、そっと、紬は陸斗の腰に手を回していた。
なぜかこう言う時に限ってヘルメットが2つあるって何という偶然。
本当は誰かを乗せるつもりで学校のロッカーに置いていたのかもしれない。
ふと手を回された陸斗は、少し頬を赤くして、嬉しかった。本当は一緒にいちゃいけないのにと罪悪感にさいなまれる。
約15分間のバイクに乗る時間はすごく短く感じた。
楽しかったり嬉しかったりする時間はあっという間に過ぎる。
紬の家の前に着いた。
やはり、家の近くにも取材スタッフが来ていた。
見つからないように裏口から入るよう誘導する。
陸斗は何も言わずにバイクに跨り、来た道を戻った。
動物の鳴き声のように聞こえる陸斗のバイクの走る音が響いた。
紬は、慌てて、2階の窓から走り去る陸斗を見届けた。ふぅーとため息をつく。
あんなに冷たかったのに、今日は優しかった。
突然のアクシデントに少し嬉しかった紬はまたあればいいなと思ってしまう。
帰りがけの陸斗は薄暗い道をバイクで走っていると、カーブに差し掛かるところに真っ黒い猫が横切った。
避けようとして、バイクが横に倒れて滑っていく。
体が道路に叩きつけられた。
起きあがろうとして、大きなトラックのヘッドライトに照らされて、クラクションを鳴らされた。
避けようとしたが、間に合わなかった。
スローモーションがあるってこのことだったんだ。走馬灯のように頭がくるくると蘇る。
自分はここで死ぬのかな。
思いっきり地面に体を叩きつけられた。周りにいた人が状況を見に来て、救急車を呼んだ。
交差点は騒然とした。
救急車の音が鳴り響く。
***
「え?どこの病院ですか? はい、はい。わかりました。」
紗栄は、スマホに掛かってきた電話に出た。それは、警察の人からだった。
交通事故に遭ったと連絡が来た。
血相を変えて、さとしの電話にかけた。
陸斗は外傷が大きく、意識が戻ってないらしい。
「ねぇ、今どこ? 陸斗、事故に遭って病院に運ばれたって。」
『え、うそ。陸斗が? すぐ行く。今、陸斗の高校の駐車場にいた。紗栄は行けるの?』
「悠灯と今、家にいたから、これから行くよ。」
『わかった。』
大越家族は陸斗が入院する総合病院へ急いだ。
家にたまっていたマスコミたちはスルーしてそれどころじゃない。
手術室では心電図が鳴り響く。
頭の先から足先までの
体中の傷の縫合と、意識確認。
電気ショックをしていた。
どうにか、心拍数は安定して、意識は戻っていない。
「大越さん!わかりますか?」
目をつぶったまま、動かない。
肩をたたく。
そこへ、家族が到着した。
医師が症状を説明する。
父のさとしが顔の横に立ち、声をかける。
「陸斗ー!!」
「お父さん、息子さんの血が足りません。どなたか一緒の血液型はいませんか?」
「え…。輸血?」
「あ、はい! 私、息子と同じです。念のため、検査してくださいね。」
手をあげて、紗栄は言う。
さとしは、目を丸くする。
「え!?そうなの?B型?」
「多分ね。最近、健康診断したって言ってたでしょう。私、B型らしいのよね。産まれてから今まで知らなかったんだけど…。でも、もう一回検査してもらおう。」
「それでは、お母さん。こちらへどうぞ。」
紗栄は看護師に呼ばれて、処置室に歩いた。
「お母さん。B型だったんだねえ?お父さんはB型なの?」
「俺、わからない。そうだったんだ。」
いろんな意味でさとしは安堵した。泣きそうになった。
ベッドの横でなる陸斗の手をギュッと握っていた。悠灯は枕元で声をかけた。
顔の周りに包帯がまかれて痛々しい様子だった。
鼻には人工呼吸のチューブがつけられていた。
目が覚めていない。
紗栄が戻ってきて、検査結果待ちだった。
数分後、無事、同じ血液型で問題なく輸血できるらしく、紗栄の血液を陸斗で分けてあげた。
まさかのここで血液型が判明するとは思ってもなかったさとしは、気持ちが揺らいだ。
それなら、そこまで2人の関係に口出す必要がないのかもと感じてきた。
数時間後、陸斗はようやく落ち着いて、目を覚ました。
「ん? みんなして何してんの?」
状況を理解してないようだ。
「陸斗、目覚めたか。よかった。」
「へ? ここどこ?」
「病院よ。陸斗、あなたバイクで事故起きて大怪我したのよ。」
体全体を見て、ようやく、納得したようだ。
「うわ、マジ最悪…。」
顔を手で覆う。
「全治1ヶ月だそうよ。」
「はぁ…。もうバイクには乗りません。」
「それが賢明ね。」
病室の扉がコンコンと鳴る。
「はい。」
「お邪魔します。」
紬が事情を知って遼平と一緒に駆けつけた。
「紬ちゃん。ごめんね、夜遅く。陸斗目覚めるのに早められると思って、さっき目が覚めたところなのよ。」
さとしが言う。連絡したのは、さとしから遼平に電話したらしい。
「大丈夫なんですか?」
遼平が気遣って言う。
「まぁ全治1ヶ月だから。とりあえずは、意識も戻って大丈夫そう。」
「…え、ねぇ。父さん、母さん。さっきから誰と話してるの?」
「?!」
さとしと紗栄は顔を見合わす。
「陸斗、紬ちゃんだよ。」
「え、ごめんなさい。誰ですか?」
「谷口紬ちゃんだよ。隣にいるのは、お父さんの谷口遼平さん。」
頭をおさえて考える。
「ううん。わからない。初めましてな気がします。」
(記憶喪失かな。)
腕を組んで考えるさとし。
ショックで紬は病室を飛び出した。
遼平は、なんとも言えずに会釈をして、部屋を出た。
その様子を見た陸斗はグサっと胸に刺さった気がした。
初めて見るのになぜだか引っかかる。
「お兄ちゃん。なんで覚えてないの?」
「知らないよ。初めてだよ、俺は。」
むつけて、ふとんをかぶった。
「陸斗、頭のぶつかったところが良くなかったのかもしれないね。様子見て、思い出してもらうしかないね。でも私たち家族は忘れてないよね。変なの。」
「部分的に忘れているのかもしれないしね。見守ろう。」
大越家族3人は意識を取り戻した陸斗を見て安心したため、自宅に帰ることにした。
陸斗はそのまま入院となる。
病室から見える窓を眺めると煌々と月が輝いていた。
少し周りには灰色の雲が浮かんでいた。
ところどころ、星が見え隠れしていた。
ベッドから見える窓の外は薄暗かった。
目の前のことに集中して行動していたはずだったが、いつもしないミスをしていることが多かった。
何か心の奥の何かがポッカリと空洞ができたような、暗いトンネルに入ったかのような空虚感に満たされていた。
制服に着替え、ネクタイが曲がってることにも気づかず、いつもはたたない寝癖もななめに立ち上がっていた。
「おはよー。」
どこを見てるのか、心ここに在らずの生活がさとしの目でも分かるくらいの様子だった。
食卓に座ると朝ごはんの目玉焼きにしゅうゆをかけようとして、ウィンナーにかかっていた。
「陸斗、学校休んだら?」
「えー?あ! ウィンナーにしょうゆかかってるし!!ちょっと父さんケチャップ無い!?」
ぼんやりしていたかと思ったら突然切れ出した。
「おはよー。お兄ちゃん、朝からうるさいよ。」
悠灯が部屋から出てきた。
「だって、ケチャップ無かったから!」
「自分で取りに行けば良いでしょ!」
とか言いつつ、悠灯は冷蔵庫からケチャップを取りに行って渡した。
「あ、どーも。」
「だからさ、陸斗、今日学校休んだらって。」
「は!? 平気だし。」
やけにさとしにキレる陸斗。
反抗期かと心配になる。明らかにいつもの調子じゃない。
「あのさ、俺、またバイク乗って良いよね。もう誰も乗せないから!」
「……ああ、そう。お好きにどうぞ。」
怒り気味に言われたため、さとしも大きく言うのはやめようと諦めた。紬とそれとなく、別れた方がいいと発言してから親子関係がギクシャクしたままだった。
本質的な話は聞いてなかったが、全然恋愛の話なんて話題に上がらないし、むしろ剣道するしないでなぜか怒られることばかりで、さとしは納得していなかった。親としてなぜこんなに怒られなきゃないのか疑問でしか無い。
きっと中学生の時に無かった反抗期なんだろうと温かく見守った。
バイトが通常よりも少なく働くことになり、手元に発生する給料が減った。
いつも自転車で行っていたが、部活に参加することによって疲れが半端なく、バイクの方がスムーズだと考えた。
紬と会うことを減らした陸斗はバイクに乗ることが好都合だと思い、決断した。
親の言うことを聞いて、交際する相手まで制限されるとは思ってもいない。
バイクくらいは乗ってやると反抗の意味もあった。
「行ってきます!」
お弁当箱の包みをバックに入れて何故か怒りながら家を出た。
悠灯とさとしは目を合わせて、肩をすぼめた。
「なんで、お兄、あんなに怒ってるの?お父さん、何か言った?」
「別に…何も言ってないけど。反抗期かな?」
「紬ちゃんと何かあったのかな…。」
悠灯は的射たことを言う。さとしはドキッとしながら、キッチンの方へ食器を片付けに行く。
悠灯は目玉焼きをかぶりついた。
「高校生も大変だよね。恋愛要素が混じると…って言う、中学生もいろいろありますけどねぇ。」
「何!? 悠灯に彼氏ができたのか?」
「いや、そう言うわけじゃ無いけど、この間の拓人くんとは友達になれたって感じだったけどさ。彼氏では無いのよね。あの人はちょっと子供っぽい。小学生だし。」
「悠灯、誰目線だよ?」
「てへ、神様目線?なんつって。でも、他にも男友達いるけど、彼氏になれる人はまだいないんだけどさ。手くらいは繋げるけど…。」
「え? 悠灯、手繋いだらもう彼氏じゃないの?」
「えーーー。お父さん、手繋ぎは彼氏にならないよ。好きとか言い合ってからでしょ。それはノンノン。違う違う。」
「いや。それ、絶対悠灯のこと好きだって。」
「え? それはないよ。ハナタレ祐弥だよ?急に手引っ張る感じだよ?どこか彼氏なのよ。無理無理。だって、告白して好きって言ってからでしょ?うわ、やば!もうこんな時間、遅刻する~。行ってきまーす!」
話に夢中になった悠灯は慌ててバックを背負って、口をティッシュで拭いた。
靴に履き替えて、玄関を出る。
「行ってらっしゃい。」
食卓を綺麗に片付けた。あまり食べていない陸斗の食器を眺める。食欲無いんだろう。
ーーー
何ヶ月ぶりかにバイクのエンジンをかけた。背中にバックを背負って、ヘルメットをかぶった。
風を切って走るバイクが好きだった。
2ヶ月ほど、父からの禁止令でバイクに乗れなかった。自転車よりも早く走れるのが嬉しい。
学校にいつもより早く着いた。
校門近くをちょうど康範が歩いてるのを見えた。駐輪場にバイクを停めに車体からおりて押して歩いた。
「陸斗~。おはよーー!」
バイクから降りてすぐに右腕を陸斗の肩に回した。
「ちょ、やめれって。苦しいから。待ってよ、なんでテンション高いの?」
「だってさぁ~、伊藤ちゃん可愛いじゃん。」
体をくねくねさせる。陸斗の代わりに行き始めたバイト先の伊藤先輩が可愛いらしく、康範の生きがいになってた。
「紹介してくれてありがとうなぁ~。バイト頑張るよ~。」
「あ、そう。無理のない範囲で勉学も励んでね。」
「あ、ああ。まあ、そこは今のところ大丈夫。陸斗は?剣道部入るんだろ?」
「部活ねぇ…父さんと喧嘩してるからちょっと考え中。所属はしてるけど。」
「父ちゃん、かわいそうだろ? 一緒にやってあげろって。剣道やりたいんだから。」
昇降口前に着くと、1年の靴箱付近に輝久と紬が戯れ合いながら、話しているのを見つけた。
まるで、電車にたまたま乗り合わせた乗客で何事なかった関係かのごとくに陸斗は3年の靴箱で上靴に履き替えた。
康範は、その様子を逃さなかった。
「陸斗~、紬ちゃん、さっき廊下にいたぞー。声かけなくてよかったの。」
「……。」
本当は悔しかった。一緒にいるはずなのは自分なのに。他の誰かと話す紬を見るのは心苦しい。
でも、自分にはもう相手できないとわかっていた。
分かっていても、何とも言えない気持ちになった。
「なあ、陸斗?」
黙ってる陸斗の表情が固くなっていた。ぼーとしていたかと思うと、ハッと目が覚めたように答える。
「え? …俺、今日、日直だったわ。」
康範の前をサラリと通り過ぎる。
言いたくないんだろうなと悟った康範は、静かに後ろをついていく。
階段を登る陸斗を肩越しに紬は見たが、見なかったふりをして、先に歩く輝久に着いて行った。
見えない大きな壁が2人の間には存在しているように思える。
ーーー
原因不明の体調不良に悩まされている陸斗は、きっとこれは恋煩いだとは思うが、本人には理解できてないらしい。
心の奥の奥の方、ポッカリと穴が空いたように空っぽになっていた。
授業もまともに聞けず、頬杖をついて窓の外を見た。
五十嵐先生が机のそばに寄ってきた。
「おーい、陸斗。どこ見てる?」
屈んで顔を覗く。
「わあ!?」
立ち上がり驚いた。
「驚きすぎだわ。今日、お前だけ宿題な!」
「は?なんで。」
「絶対部活来いよ? それが宿題だ。」
「…マジか。今日は行く気無かったのに。」
クラスメイトはその仕草を見て爆笑している。
教室内は和やかな雰囲気になった。
***
授業が終わって、部活に向かおうと思ったら、康範に突然止められた。
「なあ、なあ。陸斗、今日、部活行かないで帰った方がいいかもよ。父ちゃん、今日も稽古来るって言ってた?」
「は?なんで。むしろ、強制されてるし、来てると思うけど。」
肩に背負ったバックを持ち直した。
スマホのネットニュースを康範は陸斗に見せつけた。
『元モデルのSATOSHIに隠し子か?!』
の文字が掲載されていた。
康範のスマホをじっくり見返す。
隠し子ってどう言うことだと目を疑った。
写真はたまたまシュナイザーから出てた紬の母くるみとメガネをした父さとしがちょうど良いツーショットになるように映っていた。
影には紬の姿もあった。
そのニュースはくるみとの間に生まれたのは紬だと言う表記だった。
前に調べた不倫騒動は、遼平とくるみが結婚する前でシュナイザーができる前だったはずだったが、事実を大幅に書き換えられた。
別撮りの母の紗栄が映る姿も掲載された。
「マジかよ。」
「陸斗、どうすんの?」
校門には取材のカメラマンが集まり始めていた。
お目当ては隠し子だと、言われている谷口紬だ。
そして、たまたま剣道道場に訪れていた大越さとしもまたターゲットとされていた。
幸いにも剣道のメンバーはニュースのことを知るものはいなく、さとしに注目することはなかった。
防具もかぶるため、素性もバレにくい。
面をつけようとしたら
唯一、五十嵐先生だけは状況を知っていた。
「大越、今日は剣道してる場合じゃないかもしれない。マスコミ押し寄せるかもしれないから自宅待機で。」
その頃、陸斗は校門近くにある駐輪場のバイクにエンジンをかけていた。
1人昇降口からバス停まで歩く紬を見掛けた。
校門にいる取材カメラマンたちはそれを逃さなかった。
「あなた、谷口 紬さんですよね?ちょっとお話聞かせてもらえる?」
「…え…。」
もちろん初対面の人に話をすることができない紬はダンマリを続けた。
取材に取り囲まれた中、陸斗はヘルメットを片手にその中に潜り込み、紬の頭にヘルメットをかぶせて腕を引っ張った。
「こっち来て!」
陸斗の声だとはっきりわかったが、引っ張る力が強くて、されるがままに着いていく。
「あ、ちょっと待って…。」
また記者に捕まりそうになった紬は、静かにすり抜けて、陸斗のバイクに乗った。
乗せるつもりがなかった2人乗り。
記者から振り切るために、学校を背にバイクを走らせた。
沈黙の時間があったのに、不思議と元通りに戻ったみたいで、そっと、紬は陸斗の腰に手を回していた。
なぜかこう言う時に限ってヘルメットが2つあるって何という偶然。
本当は誰かを乗せるつもりで学校のロッカーに置いていたのかもしれない。
ふと手を回された陸斗は、少し頬を赤くして、嬉しかった。本当は一緒にいちゃいけないのにと罪悪感にさいなまれる。
約15分間のバイクに乗る時間はすごく短く感じた。
楽しかったり嬉しかったりする時間はあっという間に過ぎる。
紬の家の前に着いた。
やはり、家の近くにも取材スタッフが来ていた。
見つからないように裏口から入るよう誘導する。
陸斗は何も言わずにバイクに跨り、来た道を戻った。
動物の鳴き声のように聞こえる陸斗のバイクの走る音が響いた。
紬は、慌てて、2階の窓から走り去る陸斗を見届けた。ふぅーとため息をつく。
あんなに冷たかったのに、今日は優しかった。
突然のアクシデントに少し嬉しかった紬はまたあればいいなと思ってしまう。
帰りがけの陸斗は薄暗い道をバイクで走っていると、カーブに差し掛かるところに真っ黒い猫が横切った。
避けようとして、バイクが横に倒れて滑っていく。
体が道路に叩きつけられた。
起きあがろうとして、大きなトラックのヘッドライトに照らされて、クラクションを鳴らされた。
避けようとしたが、間に合わなかった。
スローモーションがあるってこのことだったんだ。走馬灯のように頭がくるくると蘇る。
自分はここで死ぬのかな。
思いっきり地面に体を叩きつけられた。周りにいた人が状況を見に来て、救急車を呼んだ。
交差点は騒然とした。
救急車の音が鳴り響く。
***
「え?どこの病院ですか? はい、はい。わかりました。」
紗栄は、スマホに掛かってきた電話に出た。それは、警察の人からだった。
交通事故に遭ったと連絡が来た。
血相を変えて、さとしの電話にかけた。
陸斗は外傷が大きく、意識が戻ってないらしい。
「ねぇ、今どこ? 陸斗、事故に遭って病院に運ばれたって。」
『え、うそ。陸斗が? すぐ行く。今、陸斗の高校の駐車場にいた。紗栄は行けるの?』
「悠灯と今、家にいたから、これから行くよ。」
『わかった。』
大越家族は陸斗が入院する総合病院へ急いだ。
家にたまっていたマスコミたちはスルーしてそれどころじゃない。
手術室では心電図が鳴り響く。
頭の先から足先までの
体中の傷の縫合と、意識確認。
電気ショックをしていた。
どうにか、心拍数は安定して、意識は戻っていない。
「大越さん!わかりますか?」
目をつぶったまま、動かない。
肩をたたく。
そこへ、家族が到着した。
医師が症状を説明する。
父のさとしが顔の横に立ち、声をかける。
「陸斗ー!!」
「お父さん、息子さんの血が足りません。どなたか一緒の血液型はいませんか?」
「え…。輸血?」
「あ、はい! 私、息子と同じです。念のため、検査してくださいね。」
手をあげて、紗栄は言う。
さとしは、目を丸くする。
「え!?そうなの?B型?」
「多分ね。最近、健康診断したって言ってたでしょう。私、B型らしいのよね。産まれてから今まで知らなかったんだけど…。でも、もう一回検査してもらおう。」
「それでは、お母さん。こちらへどうぞ。」
紗栄は看護師に呼ばれて、処置室に歩いた。
「お母さん。B型だったんだねえ?お父さんはB型なの?」
「俺、わからない。そうだったんだ。」
いろんな意味でさとしは安堵した。泣きそうになった。
ベッドの横でなる陸斗の手をギュッと握っていた。悠灯は枕元で声をかけた。
顔の周りに包帯がまかれて痛々しい様子だった。
鼻には人工呼吸のチューブがつけられていた。
目が覚めていない。
紗栄が戻ってきて、検査結果待ちだった。
数分後、無事、同じ血液型で問題なく輸血できるらしく、紗栄の血液を陸斗で分けてあげた。
まさかのここで血液型が判明するとは思ってもなかったさとしは、気持ちが揺らいだ。
それなら、そこまで2人の関係に口出す必要がないのかもと感じてきた。
数時間後、陸斗はようやく落ち着いて、目を覚ました。
「ん? みんなして何してんの?」
状況を理解してないようだ。
「陸斗、目覚めたか。よかった。」
「へ? ここどこ?」
「病院よ。陸斗、あなたバイクで事故起きて大怪我したのよ。」
体全体を見て、ようやく、納得したようだ。
「うわ、マジ最悪…。」
顔を手で覆う。
「全治1ヶ月だそうよ。」
「はぁ…。もうバイクには乗りません。」
「それが賢明ね。」
病室の扉がコンコンと鳴る。
「はい。」
「お邪魔します。」
紬が事情を知って遼平と一緒に駆けつけた。
「紬ちゃん。ごめんね、夜遅く。陸斗目覚めるのに早められると思って、さっき目が覚めたところなのよ。」
さとしが言う。連絡したのは、さとしから遼平に電話したらしい。
「大丈夫なんですか?」
遼平が気遣って言う。
「まぁ全治1ヶ月だから。とりあえずは、意識も戻って大丈夫そう。」
「…え、ねぇ。父さん、母さん。さっきから誰と話してるの?」
「?!」
さとしと紗栄は顔を見合わす。
「陸斗、紬ちゃんだよ。」
「え、ごめんなさい。誰ですか?」
「谷口紬ちゃんだよ。隣にいるのは、お父さんの谷口遼平さん。」
頭をおさえて考える。
「ううん。わからない。初めましてな気がします。」
(記憶喪失かな。)
腕を組んで考えるさとし。
ショックで紬は病室を飛び出した。
遼平は、なんとも言えずに会釈をして、部屋を出た。
その様子を見た陸斗はグサっと胸に刺さった気がした。
初めて見るのになぜだか引っかかる。
「お兄ちゃん。なんで覚えてないの?」
「知らないよ。初めてだよ、俺は。」
むつけて、ふとんをかぶった。
「陸斗、頭のぶつかったところが良くなかったのかもしれないね。様子見て、思い出してもらうしかないね。でも私たち家族は忘れてないよね。変なの。」
「部分的に忘れているのかもしれないしね。見守ろう。」
大越家族3人は意識を取り戻した陸斗を見て安心したため、自宅に帰ることにした。
陸斗はそのまま入院となる。
病室から見える窓を眺めると煌々と月が輝いていた。
少し周りには灰色の雲が浮かんでいた。
ところどころ、星が見え隠れしていた。
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