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第31話

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 菜穂が教室に戻ると教科書を逆さまに立てて顔を隠している龍弥がいた。


 次の授業は地学なのに科学の教科書を出している。



 チャイムはなっていたが、まだ担当教科の先生が来ていなかった。


 椅子を引いて、菜穂は、席に座る。



 教科書とノート、筆記用具を机の上に準備した。



 ずっと顔を隠す龍弥を横から覗く。



 隙間から見えるきらりと光るピアスをしている両耳が真っ赤になっている。


 龍弥の右肘あたりの腕あたりとチョンチョンと触って、教科書が間違っていることを自分の教科書を見せてジェスチャーで指差した。




「わぁ!」


 思わず、大きい声が出る龍弥。


 
 菜穂もびっくりした。


 
 慌てて、科学の教科書をしまって、地学の教科書を出しなおしたと思うと、またすぐに早弁をするような格好で教科書で顔を隠した。


 教科書の隙間から、ちらりと菜穂をのぞく。


 菜穂は、あまりにもおかしくて、笑いを堪えるのを必死でおさえた。


 声を殺して、震えている。


 人は笑いの頂点を超えると体が震えるのかもしれない。



 授業中ってこともあり、大きな声を出してはいけないと真面目に守っていた。



 それを見た龍弥は、腹が立ってきた。
 

 足で菜穂のいすを軽く蹴飛ばした。


小声で教科書を持ちながら


「笑うんじゃねぇ!!」


 舌をぺろっと出して、満面の笑みがこぼれた。
 椅子を蹴飛ばされても全然気にしてない。

 菜穂は、龍弥のことでこんなに笑ったことはない。


 いつも喧嘩ばかりだと思っていた龍弥は、笑うこともあるのだと、ものすごく安心した。


 木村悠仁の前じゃなくても、自分の前で笑っている。
 今まで見たことない嬉しさと恥ずかしさが入り混じった笑顔だった。

 怒りに任せて告白してしまったことを後悔した。
 もっと言い方あったのになと思った。



 菜穂自身も、もっとロマンチックな言い方は、無いのかと告白のダメ出しをしたくなかったが、とどめておいた。


 
 恥ずかしい思いをして言ったんだろうと今の態度を見れば龍弥のことが分かる。


 地学の先生がやっとこそ教室にやってきた。

 今日の授業は惑星のことについてだった。

 水金地火木土天海冥と昔は覚えていたが、今では、冥王星は消えている。

 覚えるのに言っている間にあれっと転びそうになってしまう。


 歌いたい歌を最後まで歌えないあの感覚に似ている。


 太陽は今でも膨張しづつけていて、いつかは爆発して消滅してしまうという説もある。


 太陽が無くなったら地球も一緒に無くなるだろう。


 惑星のことを考えると
 ちっぽけな気持ちになる。
 

 なんで
 太陽が存在して、
 地球が暑くもなく寒くもない


 ちょうど良い場所に


 存在しているのかさえも

 謎は謎のまま
 だれも解明されていない。




 それは神様が決めた
 並び順なのかもしれない。



 今、自分はなぜここにいるんだろう?


 好きとか嫌いとか言いながら、
 好きでもない人嫌いでもない人と
 過ごすこの教室という空間。


 一歩外を出れば異空間。


 家に帰れば、本来の自分に戻れる。


 でも、龍弥の場合は、家族は家族でも血のつながりを持たない家族同士が集まっている。

 それでも、想いは一緒で、本当の家族のように温かい。


 自分とは違う空間で過ごすってどんな気持ちなんだろうと惑星の話から家族の話になり、この白狼龍弥という生態はどういうものなのかまで考え込んでしまった。


 欠落した感情コントロール。


 穏やかに本音で話せない原因は
 家庭環境も関係しているのか。



 お互いに告白をしているが、交際をするかどうかの宣言はしておらず、そのまま自然の流れで前と同じような関わりに戻った形だった。


 まゆみは、2人の焦ったい行動にやきもきしていた。


 雰囲気や行動で明らかに前と違う親密さを見せる2人だった。

 帰りのホームルームで壇上に上がった木村悠仁と雪田菜穂。文化祭の実行委員決めが始まったが、募集をかけると立候補をする2人の姿が。

 それは、石田紘也と山口まゆみだった。元カレと元彼女の組み合わせでお互い嫌な顔をしていたが、他には誰もいなかったため、致し方なく、決定した。



「邪魔すんなよぉ。」


「そっちこそ。」


「まぁまぁ。一応、どんなことやるかの歴代の一覧表あるから参考にしてみて。このクラスは何をテーマにやるか、2人で相談して、次のホームルームの時にみんなに声かけて。アンケートとか作ってもいいし。アンケートの雛形は俺、持ってるから欲しい時言ってもらえれば用意するよ?」

 木村は、石田とまゆみにアドバイスする。

「うん。わかった。その時は声かけるよ。ありがとう。」

 まゆみは木村から渡された資料を預かった。

「とりあえず、文化祭の委員会のメンバー決まったので、帰りのホームルームは終わりになります。ご協力ありがとうございました!」


 ざわざわと椅子を引きずる音が響く。それぞれ、部活に行くもの帰宅するもので動いている。
 菜穂は壇上から席へ戻ろうとするが、ぐるりと回れ右をした。

「木村くん、話あるんだけど、良いかなぁ?部活始まる前にちょっとだけ。」


 菜穂は席に戻った木村に声をかけた。


「うん。少しだけなら大丈夫だよ。ここでいい?」


「そしたら、階段の踊り場でもいいかな?」

「わかった。ちょっと待って、荷物まとめてから行く。先に行っててもらえる?」


「私もバック持ってくるから。」

 菜穂は席に戻って慌てて、バックに教科書や筆記用具を入れる。急いでる時に限って、ペンが机の下に落ちる。


「ほら、落ち着けって。」


 龍弥は、足元に落ちたペンを拾ってくれた。


「あ、どうも。」

 すぐにバックにペンだけバックに入れる。

「筆箱に入れないの?」


「別にいいよ。後で探すから。」


「あ、そう。」


 結構、細かいところに気がつく龍弥。急いでいる時は大雑把になる菜穂。煩わしく感じた。


 自分の右側の端の机に腰をつけて龍弥はぼーと菜穂を見た。
 
 
 あっち行ったりこっち行ったり、なんだかロッカーを見て、忘れ物確認している。

 おもちゃが動いてるみたいで面白かった。


「なぁ、今日、夜、行くの?」


「あぁ、あれ。気が向いたらね。んじゃ、帰るから。」

 フットサルのことだろうと読んだ菜穂は軽く返事をした。


 そう言うと菜穂は木村の待つ階段の踊り場に向かった。


 目の前のことに夢中で、龍弥のことは
気にしてなかった。

 何も言わずに立ち去った菜穂の後ろを龍弥は尾行していた。菜穂は全然気づかなかった。

 屋上に続く階段の踊り場で菜穂は木村と話をした。


「ごめんね。忙しいのに…。」


「良いよ。それより、話って何?」


「あ、えっと…、前に友達から付き合ってって言われてた件なんだけど、そのまま友達ってことじゃダメかなと思って…ごめんね。木村くんが嫌いとかそういうんじゃないんだけど、その…他に好きな人ができて、ごめんなさい。」


 両手を合わせて目をつぶって謝る菜穂。


 木村はふぅとため息をつく。

「そんなはっきり言わなくてもいいのに…。知ってたよ、菜穂ちゃんのことくらい。それでも望みを持ちたくてさ。」


「え、あ、うそ?知ってたの?」



「自然のままでも良いんだってそういうのは。でも、はっきりさせたい何かがあるのかな?」


「う、うん。そうだね。がっかりさせたくないし、期待もたせるようなことできないなって思って…本当、ごめんなさい。」


「何回も謝らないで。悲しくなっちゃう。」


「そうだよ。なんで謝るんだよ。」

 階段の下の方から左肩にバックをかけて、ポケットに両手をつっこんだ龍弥が叫ぶ。


「は?」


階段を龍弥はのぼってくる。


「なんで、付き合わんの?」


「なんでって、だから、言ってるじゃん。好きな人いるからって、てか、話に入ってこないでよ。今、木村くんと話してるの。」


「え!?好きな人って木村じゃないの?他に誰いるんだよ。石田か?それとも杉本……。」

 上を見上げ、顎に指をつけて考える龍弥。

 鈍感すぎる態度に腹が立つ。


「菜穂ちゃん…。」


 同情の目で菜穂を見つめる木村。
 もちろん、誰が好きかは木村も知っている。


 菜穂は持っていたバックを龍弥の体に右から左に振り上げてぶつけて立ち去った。



「バカ!!!一生、考えてろ!!」


 

「いったぁ…。なんだよ、あいつ。意味わかんねぇ。」



「白狼くん、君の鈍感さには俺にもわからないよ。成績良いのに、そういうのは疎いんだね。」


「へ?どういうこと?」
 

 頭に疑問符を浮かべる龍弥。


「菜穂ちゃん、追いかけて行ったら、わかると思うよ。ほら、行きなよ。」


 木村は、わかっていたことだが、直接はっきり言われるとは思わなくて、ショックが大きかった。


 明日から菜穂と普通に過ごすってどう過ごそうか、悩んでいた。



***


昇降口の靴箱で上靴から外靴に履き替えようとすると、慌てて、龍弥が走ってくる。同じように靴を履き替えていた。


「ちょ、待てよ!!」

 逃げるように昇降口を出る。龍弥は菜穂の左腕をつかんで、振り向かせようとした。

 目から数滴の涙がこぼれ落ちる。


「な、何、泣いてんだよ。」

 
 目をこすった。


「もう、好きって言ったり、
 やめておけって言ったり何なの?
 しかも木村くんと話してたのに
 割り込んでくるし、
 もう、放っておいてよ!
 私のことは、構わないで。」


「放っておけない!」


「なんで!!」


「えっと、放っておけないから…。」

 理由になっていない。

 急にしゅんと静かになったと思ったら、ガシッと肩をつかまれた。
 

 耳元でそっとつぶやく。


「ねぇ、間違ってたらごめん。
 菜穂、俺のこと好きなの?」


「今更、そう言うこと聞く?」


 さっきよりも涙がこぼれ落ちる。

 グーパンチで龍弥の胸をたたく。


「バカバカバカバカ!! 
 
 好きじゃなきゃ、
 
 一緒にフットサルなんかしないから。  

 気づくの遅すぎるつぅーの。」



「ずっと菜穂が木村のこと好きなんだと
 
 思ってて、
 
 そっちと付き合ったまま別れてもない
 
 のに奪うのは

 道理に反するって思ってたから……
 
 遠慮してたわ。」



 出入り口のドアに菜穂の背を寄せて、顎クイをし、口づけた。


 額と額をくっつけた。


「付き合うってことでいいんだろ?」


「うん。」


 頬を赤らめて、そっと頷いた。
 
 手をネクタイに伸ばして
 ぐいっと両手でひっぱった。
 がくっとなった。


 身長差がある2人は菜穂が
 ちょうどネクタイを
 引っ張ってちょうど顔が近づく。

 またキスをして、はにかんだ。

 お互い嬉しそうだった。


 初めて喧嘩しないで過ごした
 貴重な時間だった。


 繋いだ手をずっと離せずにいた。
 歩いて一緒に帰るのは
 これが初めてだったかもしれない。
 

 この瞬間から菜穂と龍弥は友達から
 
 彼氏彼女という関係の
 
 スタートラインに立つ。




 それはそれで、
 
 新たな悩みも出てきて、
 
 片想いから両想いになっても、
 
 ため息は吐き続けるだろう。








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