愛の充電器がほしい

もちっぱち

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第60話

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部屋の中にやかんの音が響いていた。
お湯を入れて沸騰しかかっている。
案の定、ピーと沸いた音がし始めた。

「あ、あ。
 危ない危ない。
 セーフっと…。」

 リビングのテーブルで1人パソコンの 
 キーボードを叩いていた美羽は、
 走って台所に行った。

 沸かしたてのお湯を
 ドリップコーヒーの中に入れた。

 いい香りが辺りに広がった。

「モカコーヒーも捨てがたいなぁ。」
 
 お気に入り水玉模様のマグカップを
 口元に近づけて、匂いを嗅いだ。

「今日も美味しいコーヒーいただきまーす。
 あ、あち。ふーふー。」

 猫舌の美羽は、独り言を言いながら、
 コーヒーを冷ました。

 マグカップを持って、
 元のパソコンの場所に戻る。
 育児が落ち着いた頃にはようやく、
 仕事にも集中できて、
 依頼も殺到するようになった。
 ひっきりなしに依頼メールが来るのを
 丁寧に返信する。

 納品予定日をスケジュール帳に
 チェックしながら、次々と仕事を
 こなしていた。

 在宅勤務の生活リズムにも慣れてきて、
 軌道に乗り、生活は順調そのものだった。

 颯太の仕事も従業員の人数も落ち着きを
 取り戻し、以前のようなホワイト企業と
 名乗れるくらいの給料面も福利厚生も
 しっかりしていて順風満帆の生活だった。


 心配なことといえば、
 社会人になったばかりだったが、
 長女の紬の婚期は
 いつなんだろうかというところだった。


 長男の琉久は、未だ高校生で
 サッカー部に所属していた。
 部活熱心で、
 強化合宿に参加することもある。

 ちょうど、紬が外泊する時は、
 サッカー部の合宿があったため、
 颯太と美羽の夫婦水入らずだった。



 颯太と一緒に夕飯を食べている時に
 美羽のスマホにライン通知が入る。

『今日は、
 同僚の田村さんと
 忘年会終わったら
 そのままお泊まりします。
 帰りは明日になります!』

 紬からのメッセージだった。

「お父さん、今日、紬、
 お泊まりだって。
 忘年会あるって知ってたけど…。」

「ふーん、そうなんだ。
 珍しいね。
 泊まってくるの。
 おばあちゃん家に行くとかで
 他に全然なかったんじゃないの?」

「高校生の時に
 友達に泊まってくるって
 あったでしょう。 
 忘れたの?
 というか、おばあちゃんの家って
 どれだけ前の話?
 それ、紬が小学生の時でしょう。」

「そうだったっけ。
 ごめん、忘れてた。
 ほら、俺、確か、その時会社が
 過酷だった時じゃない?
 社長がやめるとかやめないとか…。」

「あ、そう、そうだった。
 あの時は説得するの大変だったわね。
 でも、良かったよね。
 存続してて…。」

「おかげさまでだね。
 てか、紬、彼氏とかいないわけ?
 いい年でしょう。
 女友達?」

「…高校生の時は少し聞いてたけど、
 最近は全然聞かないね。
 確かに24歳になるもんね、もう少しで。
 私が結婚したのってそれくらい
 だったかな?」

「そうじゃないの?」

 颯太は、
 春雨スープをツルツルとすすって話す。

「紬が、もうそんな年になるんだ。
 でも、まだ1人暮らししてないもんね。
 まだ、させたくないんでしょう、
 お父さん。」

「都内に1人暮らしは危ないって。
 実家から通えるなら別にいいじゃない。」

「箱入り娘?
 そんなに大事なのね。
 私みたいにはなってほしくないとか?」

「いや、そういう意味じゃないけど。
 いい相手がいれば、
 護衛になってくれるだろ?」

「え?同棲を認める発言?
 それ、結婚遠のくよぉ~。」

「そしたら、結婚を前提に同棲すれば
 いいだろ。親として心配だもんな。
 そこは。」

「そこまで介入しちゃうのも
 親離れができなくなるっていうか。」

「美羽は、どっちなんだよ?」

「…最終的には、本人に任せるよ。
 私たちが何言っても譲らないかも
 しれないでしょう。
 って、相手もいないのに
 何の話をしてるのよ。
 相手ができてから話そうよ。」

「それもそうだな。
 ……これ、ポテトサラダうまいよ?」

「そう?ありがとう。
 何か2人で食べるの久しぶりだよね。
 ちょっと久しぶりすぎて個人的に
 言われると何か恥ずかしい。」

 美羽は、台所に行って
 コーヒーを2人淹れに行く。

 その言葉を聞いて、
 颯太は、美羽の後ろを着いていく。

「久しぶりだから、こうしようかな。」

 ドリップコーヒーに
 お湯を注ぐ美羽の後ろには 
 颯太がいた。
 腰に手を回して、ぎゅーとハグする。

「ちょっと、やけどするよ?」

「大丈夫だよ、それくらい。」


「いつも紬と琉久が一緒だから。
 颯太と一緒になるの少なかったのよね。
 ご飯食べる時。」

 2人分のマグカップに
 お湯が注ぎ終える。

「うん。
 でも、夜は
 いつも2人だろ。
 同じ寝室で。」


「そりゃ、2人だけど。
 夕飯の話でさ。」


「……そうね。
 んじゃ、堪能しますか。
 2人きりを。」


「え?」


「ほら、こっち。」


「え?ご飯を食べるんじゃないの?」


「ご飯だよ?俺のね。」


 颯太は、美羽をお姫様抱っこして、
 寝室のベッドに連れて行く。

「子どもたちいないからって
 自由すぎるって!」
 
 颯太の頭を軽くポカポカとたたいた。
 そう言う美羽も嬉しそうだった。
 
 何歳になっても2人の仲の良さは
 変わりないようだ。
 


◇◇◇


 
「ここです。」

 紬は、自宅マンションの
 出入り口前に到着して拓海に言う。

 体が硬直して、
 何もいえない。
 地面からマンションを見上げた。
 
 自分自身もそこそこいい物件に
 住んでいたが拓海の場合は、
 いつでも引っ越せるようにと
 賃貸マンションに住んでいる。

 紬の家は分譲マンションの10階という。

 開いた口が塞がらない。
 
 思い切って買ったなぁと感心していた。

「拓海さん、行かないんですか?」


「ああ、行くけど。
 前にも来たことあったけど、
 賃貸じゃなくて分譲だったんだな。」

「分譲?」

「この辺は、分譲マンション
 高い方だよ。
 知ってて住んでるの?」

「すいません、全然把握してません。
 まぁまぁ、 
 そんなのいいじゃないですか。
 行きましょう。
 私も可能なら、すぐにでも家を出て
 独り立ちしたいんです。」

 紬は、拓海の腕を引っ張って、
 エレベーターに乗る。
 迷いもなく、10階のボタンを押す。

「なんて反応しますかね。
 2人とも。」

「俺は…顔変わってないと思うけど。
 久しぶりってなるんじゃないの?」

「私の彼氏とは想像しないですかね。」

「年の差あるから…。」

「…何か、楽しみ。」

 紬は、なぜか面白がっている。
 拓海はヒヤヒヤしていて
 それどころじゃない。
 追い出されるんじゃないかと。


インターフォンを鳴らした。

美羽の返事が聞こえた。

ドアが開く。


「紬、鍵持ってるんだから、
 そのまま入ってくればいいじゃない?」

ドアを開けた瞬間、拓海を前に後ろには
紬が背中に隠れて見えないようにしていた。

「よ、よぉ!」

 右手を挙げて挨拶する。
 美羽は、自分の目を疑った。
 ドアを一度閉めた。

 颯太がリビングから出てきた。

「美羽、紬帰ってきたのか?」

「何か、外に亡霊が…。」

「は?」

 颯太がドアを開ける。

「あ、ははは。
 どうも。」

 拓海がまた手を挙げた。

「あれ、拓海くん?
 すごい久しぶりだね。
 髪型もさすがはアメリカ帰りって
 感じでロマンスグレーを目指してるの?
 白いね。
 銀髪ってやつ?」

(旦那はめっちゃ話すなぁ…。
 美羽は全然だけど…。)

「そうっすね。 
 年取ってきて、
 染めないと白髪が止まらないですよ。
 美羽、元気でしたか?」

「うんうん。
 元気も何も今、ここにいるって、
 美羽何してるの?拓海くんだよ。」

 恐る恐る、玄関のドアから
 妖怪のように顔だけ覗かせる。

「どうして、ここにいるの?」

「ど、どうして…ねぇ。」

「ん?あれ、紬はどこ行った?」

 颯太は辺りを見渡した。
 いつの間にか、
 拓海の背中から
 廊下の角の壁に見えないように
 逃げていた。

「紬、何してるのよ。
 ほら、家に入りな?
 ん?なんで2人一緒にいるの?
 知り合い?」

 紬の腕を引いて、颯太がハッと気づき、
 声をかける。

「えー、あー、あっと…
 実は、会社の上司と部下でして…。
 俺が部長で紬さんが新人って感じです。」

「え、ああ、そう。
 そうなんだ。
 お世話になっているんだね。
 これはこれは、直々に挨拶を
 ありがとうございます。
 紬はどう?
 仕事、しっかりやってるかな。
 立ち話もなんだから、
 中に入って。」

「えー、じゃぁ、お邪魔します。」

 颯太は自然の流れで拓海を中に
 案内する。
 作戦は成功だと思った紬は
 ガッツポーズを小さく作っていた。

 ちょっと不安感が消えない美羽は、
 後ろからゆっくり着いて行く。

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