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第一章 劣情
第四話 鼠刃 記憶
しおりを挟む「やるねぇ」
一瞬で飛び散った硬い鉄の格子のあった場所を見ながらアケノジは感嘆の声を上げる。
彼は丸くしているものの、ユージの人間離れした行いについてはそれ程の衝撃を受けていないようだった。
「驚かないんだね」
「いや。俺、驚いてはいるけどな。ただそれ以上にすげぇって思っただけ」
そう軽く反応したアケノジは窓枠に手を掛けると、なんとそのまま勢いよく室外へと飛び出したのだった。
「ウソっ……!」
この部屋は確か屋敷の三階のはずだ。ユージは常軌を逸した行動に目を見張った。
急いで窓から顔を出し下を見るが、そこには誰もいない。
「こっちだこっち!」
その声が聞こえて視線を少し上げる。
窓から二メートル以上離れた、庭に植えられている高木の天辺にアケノジは片腕でしがみついていて、もう片方の手でこちらに手を振っていた。その様子を見てユージはほっと安心する。
彼はそのまま、他の木を飛び移るようにしながらまるで猿のように器用に地上へと素早く降りて行き、着地すると辺りを見回し始めた。
それを確認すると、ユージも懐から鉤縄を取り出す。これも義勇兵団からの支給品で、鉤を付けることで主に高所への昇降の助けとして使われる。外縁地域への見回り時に良く用いられ、”人喰い獣”に追いかけられた際にはそれを巻く手段として、高低差のある地形を上手く利用するために使用される。そして今回の場合には正に渡りに船のような道具だった。
鉤を窓辺に引っ掛けると縄の方を地面に向けて下ろし、ユージはそれに掴まりながら降りて行く。
「警備の奴らはいないようだな」
ユージが地面に着くとアケノジはそう言ってきた。
「そもそも僕が『警備の奴』なんだけどな……。それに警備兵は今昼休憩の時間だから、門兵以外は詰め所で食事をとっていると思うよ」
アケノジはユージの言葉には聞く耳を持たずに、徐に彼の方へ寄り腰の部分に手を近づける。
「どうしたの?」
「窓を砕いたその剣、マデリア鉱でてきてるよな?」
「そっか。やっぱり気が付いていたんだね」
アケノジの言った通り、ユージの提げている剣はマデリア鉱は加工こそしにくいものの、それさえ出来れば他の多くの金属をも凌ぐほどの有用性を持つ。鉱山はあれど、そこから製品を作れるほどの技術力に乏しく、大変高価であるため移入されることもほとんどないため、ザクレッペンでは滅多に出回ることのない代物だ。
そのため通常であれば、義勇兵は義勇兵団に正式に入団する際に支給される武器も鋼を鍛えた剣を使用することとなる。
斬撃に優れており、ユージが使ったように鉄を破ることはもちろん、使いようによっては分厚い壁や岩を砕くことも可能である。
「あんな高価なもの、どこで手に入れたんだよ?」
「そんなこと……僕は覚えていないよ」
そう言って少し俯く。
ユージには半年前にザクレッペンへ来る以前の記憶がなかった。目覚めた時にはザクレッペン海の湖岸に倒れていた。頭はガンガンと痛むのに体は痛みも疲労も一切感じないという、途轍もなく奇妙な感覚に陥っていたのだ。
前も後ろも分からない状態で途方に暮れていたが、幸いなことに剣術の心得があったようで、義勇兵団への入団を希望し直ぐに正規兵として採用されることとなり現在に至る。今では兵舎で寝泊まりし、食事もそれなりにとることができ、給金で衣服や装備の新調もでき、衣食住ともに悪くない生活を送れている。
それでも時折、胸にぽっかりと穴が空いたように虚しさが押し寄せてくることがある。その理由は今はわからない。もしかしたら、無くなった記憶と何か関係があるのかもしれない。そう思うたびに記憶を思い出したいという欲求と思い出したくないという感情がせめぎ合い、自分がわからなくなってくる。
アケノジは庭の木立の奥の方へと足を向けた。
「どこに行く気?」
「こっちだ。屋敷の外に出られる抜け穴がある」
ユージに背を向けたまま軽々しく言い放つ。
「外の空気を吸いたいならここでもいいじゃないか。君のような見た目では街で目立ちやすい」
「別に来なくてもいいんだぜ。そうしたら俺は勝手にさせてもらう」
彼は振り向いてまたあの悪戯な笑みを浮かべてユージを挑発する。
横暴だ。ユージはそう思ったが、止める気にもならない。きっと彼のような人間は自分と同じで納得が行かないことには従わないという毅然足る態度を取るだろう。
そう思ってユージは軽く牽制を入れてみる。
「そういうわけにはいかないよ。僕には君が逃げないように見張る責任がある」
「責任なんて窓ぶっ壊して、見ず知らずの人間を外に出した奴に言われても、説得力に欠けんだよ!」
彼の言うことは確かに正論だ。彼にこちらを陥れる算段があったとはいえ、勝手に屋敷内を詮索し、不注意で部屋に閉じ込められることになってしまったのだから。年下に言いくるめられるのは少し癪だが、ここは素直に聞き入れることにする。
「それもそうか」
「んじゃ、そういうわけだ。俺は行かせてもらうからな」
並び立つ木々の陰を奥の方へと進んでいくアケノジの跡をユージも追っていく。
「君も異国の出身者なのかい?」
歩き始めてユージはふと彼に尋ねる。
「まあ、見たとおりかもな」
そう言う彼のトーンは少し沈んでおり、ユージはその話を広げることを諦めた。
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