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第一章 劣情
第三話 少年 悪たれ
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その少年を一目見た時の最初の印象は不調和ともいえる違和感だった。
無造作の目立つ黒髪に黒い眉、両の瞳は鋭くも美しい金色の光を放っている。上は黒い無地の半袖のカットソー、下は膝丈ほどのだぼっとしたブレイズに身を包んでいる。所々に埃がついていたが見すぼらしいと感じるとこはなく、むしろ健全とさえ思えた。
彼の金色の瞳には獣が宿っているようだった。獲物を見定めるかのような目、こちらが敵であると認識した瞬間に飛び掛かってきそうな気迫だ。そんな彼に対して畏怖と警戒心を感じ、目を合わさざるを得られない。子ども相手にこんな感覚を抱いたのがはじめてだった。
彼はいったい何者なのか。
最初に思いついた線は、彼が奴隷かもしれないということだ。ザクレッペンでは奴隷を持つことや人身売買は街の法律で一切禁じられている。その奴隷を屋敷の誰かが秘密裏に取引していたならば大問題へと発展するだろう。子ども一人のみを閉じ込めているとなれば、労働目的と言うよりも慰み者なのでは……と。
ユージは流石にそのことについては、あまり考えたくなくなかったので一先ずは保留することにした。
若しくは隠し子だろうか。聖人君主として通っている手前、不貞を働いたことが知られれば最後、信用を大きく失うこととなるだろう。
考えれば考えるほど目の前の少年がここに何故いるのか、モンティア家とヴィケロスに対する疑念は深まっていくばかりだ。
「誰だと聞いているんだ。サンジュレタの手先の者か」
聞き馴染みのない言葉だ。そうである以上、肯定も否定もしがたい。彼の左腰には何かの柄らしきものが見える。恐らくナイフを提げているのだろう。下手なことを言えばそのナイフでこちらを向けてくるかもしれない。幼子と干戈を交えることなどあってはならない。聞きたいことは色々とあるが、ここは一度冷静にこちらの事情を話した方が良いと判断した。
「すまない。サンジュレタが何なのか僕にはわからない。僕はこの街の義勇兵、名をユージという。今はモンティア・ヴィケロス様の命でこの屋敷の警備を任されている。君の部屋へ勝手に立ち入ってしまってすまない。非礼を詫びよう」
そう言うと微かに彼からの視線が和らいだような気がした。
「どうやらサンジュレタについて本当に知らねえみてえだな。ならいい、こっち来いよ」
少年に無邪気に不遜な言葉を並べられ、ユージは言われるがまま扉の所から歩みを進める。背後で扉の閉まる音が聞こえた。
部屋の中央まで来たところで改めて室内を見渡す。小部屋には収納棚やベッド、流し台や厠までもが設置されており、最低限生活するための調度品は揃っているようだ。
「俺は……人からはアケノジと呼ばれている。見ての通り俺は今この部屋に軟禁されている、この屋敷の主であるヴィケロスによってな」
「そうか……」
しかし予感した通りヴィケロスがこの件に関わっているようだ。彼にも表沙汰にはできない秘密を抱えている。今はそれが良いものなのか、そうでないのか判断することはできないが……。
部屋においてある時を知らせる機器である時球を確認する。時刻は間も無く陽二刻になろうとしていた。
もう一度少年の顔をへと目を向けると不敵に口角を上げているのが見えた。
その笑みを見てユージの中に嫌な予感がよぎる。
まさかと思い急いで扉のノブに手を掛けるが、案の定回らない。
失念していた。
少年は軟禁されているというのだから出入りが自由なはずがない。彼をここへ止める手段として、内側からは開かない仕組みになっていたというわけだ。
「ハハハっ! あんたもこれで俺と同じ囚われの身ってわけだ!」
アケノジは今までとは打って変わって愉快そうな声で笑い出す。その様子は正に悪たれそのものだった。先ほど、彼の方へと誘導したのもユージを陥れるための罠だったということだろうか。
しかし万事休すというわけではない。
「確かにここには君が生活するだけの品々は揃っている。けれども食事だけはそうもいかないんじゃないかな。早ければ今夜、遅くとも丸一日くらいもすれば、直に屋敷内の誰かがここへ来るはずだよ」
そう口に出してはみたもののユージには懸念されることがあった。そのことには彼も気が付いていたようだ。
「仮に誰か来たところでどうするんだ? 開けましたよ、はいどうぞってお咎めなしで出してくれるとでも思ってるのか? 自分で言うのも何だが、俺はこの屋敷の主によって街の人間には秘匿された存在だ。屋敷でもこのことを知ってるのは、その主を含めて数人だけだろうぜ。それを知られておめおめと見逃してもらえるわけねえだろ?」
アケノジは窓台から退くと悪戯っぽい表情を浮かべる。
「むぅ……」
「つーわけで、あんたにはこの窓をこじ開けてもらうぜ。少し外の空気を吸いたいだけだ。安心しろよ、俺逃げたりしねーし。制限時間は日が沈むまで、その頃になればここの主人が食事をもってこの部屋に来るはずだ」
「君が逃げないという保証はない」
「そりゃそうだけどよぉ。この部屋から出るにはその扉をぶち破るか、この窓をぶち破るか二つに一つってわけだ。それとも俺をここで殴り倒して、気絶している間にでも一人で脱出するか?」
冗談じゃない。子どもに手を挙げるなんてもってのほかだ。
「まあそうなったとてあんたに負ける気はねぇけどな!」
アケノジは気張ってそう言い放つ。このままでは埒が明かない。
こうなったら背に腹は代えられまいとユージは意を決した。
「わかった。君の要求を飲もう」
「よっしゃ! それじゃあ、ここから脱出する手立てを考えて――」
「その必要はないよ」
少年の言葉を牽制し、ユージは前進していく。
窓の前まで来ると腰の剣柄に手をかけ、一閃。
鉄の窓枠はガランと音を立てて砕け散り、破片が窓の向こう側へと落ちていく。
振るった刃は鼠色の鈍い色の光を放っていた。
無造作の目立つ黒髪に黒い眉、両の瞳は鋭くも美しい金色の光を放っている。上は黒い無地の半袖のカットソー、下は膝丈ほどのだぼっとしたブレイズに身を包んでいる。所々に埃がついていたが見すぼらしいと感じるとこはなく、むしろ健全とさえ思えた。
彼の金色の瞳には獣が宿っているようだった。獲物を見定めるかのような目、こちらが敵であると認識した瞬間に飛び掛かってきそうな気迫だ。そんな彼に対して畏怖と警戒心を感じ、目を合わさざるを得られない。子ども相手にこんな感覚を抱いたのがはじめてだった。
彼はいったい何者なのか。
最初に思いついた線は、彼が奴隷かもしれないということだ。ザクレッペンでは奴隷を持つことや人身売買は街の法律で一切禁じられている。その奴隷を屋敷の誰かが秘密裏に取引していたならば大問題へと発展するだろう。子ども一人のみを閉じ込めているとなれば、労働目的と言うよりも慰み者なのでは……と。
ユージは流石にそのことについては、あまり考えたくなくなかったので一先ずは保留することにした。
若しくは隠し子だろうか。聖人君主として通っている手前、不貞を働いたことが知られれば最後、信用を大きく失うこととなるだろう。
考えれば考えるほど目の前の少年がここに何故いるのか、モンティア家とヴィケロスに対する疑念は深まっていくばかりだ。
「誰だと聞いているんだ。サンジュレタの手先の者か」
聞き馴染みのない言葉だ。そうである以上、肯定も否定もしがたい。彼の左腰には何かの柄らしきものが見える。恐らくナイフを提げているのだろう。下手なことを言えばそのナイフでこちらを向けてくるかもしれない。幼子と干戈を交えることなどあってはならない。聞きたいことは色々とあるが、ここは一度冷静にこちらの事情を話した方が良いと判断した。
「すまない。サンジュレタが何なのか僕にはわからない。僕はこの街の義勇兵、名をユージという。今はモンティア・ヴィケロス様の命でこの屋敷の警備を任されている。君の部屋へ勝手に立ち入ってしまってすまない。非礼を詫びよう」
そう言うと微かに彼からの視線が和らいだような気がした。
「どうやらサンジュレタについて本当に知らねえみてえだな。ならいい、こっち来いよ」
少年に無邪気に不遜な言葉を並べられ、ユージは言われるがまま扉の所から歩みを進める。背後で扉の閉まる音が聞こえた。
部屋の中央まで来たところで改めて室内を見渡す。小部屋には収納棚やベッド、流し台や厠までもが設置されており、最低限生活するための調度品は揃っているようだ。
「俺は……人からはアケノジと呼ばれている。見ての通り俺は今この部屋に軟禁されている、この屋敷の主であるヴィケロスによってな」
「そうか……」
しかし予感した通りヴィケロスがこの件に関わっているようだ。彼にも表沙汰にはできない秘密を抱えている。今はそれが良いものなのか、そうでないのか判断することはできないが……。
部屋においてある時を知らせる機器である時球を確認する。時刻は間も無く陽二刻になろうとしていた。
もう一度少年の顔をへと目を向けると不敵に口角を上げているのが見えた。
その笑みを見てユージの中に嫌な予感がよぎる。
まさかと思い急いで扉のノブに手を掛けるが、案の定回らない。
失念していた。
少年は軟禁されているというのだから出入りが自由なはずがない。彼をここへ止める手段として、内側からは開かない仕組みになっていたというわけだ。
「ハハハっ! あんたもこれで俺と同じ囚われの身ってわけだ!」
アケノジは今までとは打って変わって愉快そうな声で笑い出す。その様子は正に悪たれそのものだった。先ほど、彼の方へと誘導したのもユージを陥れるための罠だったということだろうか。
しかし万事休すというわけではない。
「確かにここには君が生活するだけの品々は揃っている。けれども食事だけはそうもいかないんじゃないかな。早ければ今夜、遅くとも丸一日くらいもすれば、直に屋敷内の誰かがここへ来るはずだよ」
そう口に出してはみたもののユージには懸念されることがあった。そのことには彼も気が付いていたようだ。
「仮に誰か来たところでどうするんだ? 開けましたよ、はいどうぞってお咎めなしで出してくれるとでも思ってるのか? 自分で言うのも何だが、俺はこの屋敷の主によって街の人間には秘匿された存在だ。屋敷でもこのことを知ってるのは、その主を含めて数人だけだろうぜ。それを知られておめおめと見逃してもらえるわけねえだろ?」
アケノジは窓台から退くと悪戯っぽい表情を浮かべる。
「むぅ……」
「つーわけで、あんたにはこの窓をこじ開けてもらうぜ。少し外の空気を吸いたいだけだ。安心しろよ、俺逃げたりしねーし。制限時間は日が沈むまで、その頃になればここの主人が食事をもってこの部屋に来るはずだ」
「君が逃げないという保証はない」
「そりゃそうだけどよぉ。この部屋から出るにはその扉をぶち破るか、この窓をぶち破るか二つに一つってわけだ。それとも俺をここで殴り倒して、気絶している間にでも一人で脱出するか?」
冗談じゃない。子どもに手を挙げるなんてもってのほかだ。
「まあそうなったとてあんたに負ける気はねぇけどな!」
アケノジは気張ってそう言い放つ。このままでは埒が明かない。
こうなったら背に腹は代えられまいとユージは意を決した。
「わかった。君の要求を飲もう」
「よっしゃ! それじゃあ、ここから脱出する手立てを考えて――」
「その必要はないよ」
少年の言葉を牽制し、ユージは前進していく。
窓の前まで来ると腰の剣柄に手をかけ、一閃。
鉄の窓枠はガランと音を立てて砕け散り、破片が窓の向こう側へと落ちていく。
振るった刃は鼠色の鈍い色の光を放っていた。
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