リューザの世界紀行

長倉帝臣

文字の大きさ
上 下
13 / 61
第1章 『神樹界 ~隔絶された世界~』

第十三話 来訪編 ~野犬襲来~

しおりを挟む
「きゃっ!」


 リューザの目の前を歩くブレダが向こうを向いた時、突如悲鳴を上げた。


「どうしたの、ブレダ!?」


 その声にリューザは慌てて声をかける。


 リューザがブレダ越しに見るとブレダの視線の先には黒い毛色をした一匹の野犬がいたのだ。リューザは村の近くの森でも野犬をよく見かけたが、今目の前にいるそれはリューザが知っているものよりも二回り程大きく感じられた。そのことに若干の違和感を覚えたものの、リューザの知っている野犬は総じて温厚な性格を持っているのだ。心配はいらないと、違和感は直ぐに消え去っていった。


 しかし、ブレダの方はと言えば動揺のあまり腰を抜かしてしまいそうになっている。


「もう! アタシ、犬は嫌いなのよ!」


 リューザはそう言われて、思い出す。自宅で猫とフェレットを飼っている彼女ではあるが、実は猫とフェレット、そして馬を除いた動物全般が苦手なのだ。彼女にとっては触れることすら億劫になっている。

 怯えるブレダにリューザは優しく語りかける。


「怖がらなくてもいいよ。犬だって猫と同じで大人しいから」


「あっそう……」


 興味なさげにブレダがリューザの方へと身体を向けた、その時だった。


「きゃっ!」


 突然、ブレダが再び小さく悲鳴を上げ、後ろ手にしていた両手を顔の前に持ってくると右手で左手を抑えるようなそぶりを見せる。


「どうしたの、ブレダ?」


「こ、こいつ……」


 ブレダは野犬の方に顔を向け、声を抑えるようにしてそう言った。


 ブレダの様子に違和感を覚えたリューザは彼女の方を再び注視する。

 遠目に見えるブレダの手から溢れる真っ赤な液体、そして野犬の口からはみ出す牙に付着する血。リューザは戦慄する。彼女は指を野犬に噛みつかれたのだ。


「そんな、どうして……」


 低い唸り声。カッと開かれた血走る瞳。ピンと立った耳。明らかな敵意を抱いているのはお気楽な性格のリューザにもすぐに分かった。しかし、リューザはこれほどまでに敵意を持った野生動物など今まで見たことがない。それでも本能的に分かるのだ、この野犬は自分たちを敵と認識しているのだと。


 獲物を虎視眈々と狙う目。ブレダの方へと睨みを利かせた。唸り声を上げる野犬に対して、ブレダは困惑と悚然で逃げようにも動けなくなってしまっている。


 そして、まさにブレダに飛び掛からんと構えをとったその時だ。

 咄嗟に足元の小枝を野犬にめがけて投げつける。ときたま、フエラ村の近くの森で時間を潰していたリューザにとってこれくらいのことは慣れたものだ。小枝は回転しながら宙を舞うと野犬の顔面に見事に命中した。


「こっちだよ!」


 リューザは声が震えないよう、恐怖心を抑えながら野犬に向かって叫ぶ。野犬の注意が今度はリューザの方へとむけられる。

 それを見たリューザは麻袋に手を突っ込み、ブレダに向かって叫んだ。


「ブレダ、逃げて! ボクもすぐ行くから!」


 それを聞いてブレダは一瞬、躊躇う素振りを見せたものの不安そうに目配せをして森を下っていくのだった。


 一方でリューザの方へと正対した野犬は唸り声を上げてリューザを威嚇する。リューザの中の恐怖心がじわじわと彼自身を攻め立てる。後ろに下がっても、背を向けて目を離すことになっても、きっとリューザは野犬の格好の餌食になってしまうだろう。


 野犬は動き出した。頭を屈めると、後ろ足を蹴り上げ、宙を舞ってリューザに飛び掛かる。リューザは身軽な体躯で何とか躱すも、その鋭く光る野犬の爪が頬すれすれのところですれ違ったのを見て冷汗が吹き出しそうになる。

 そして、野犬のまさかの跳躍力に驚かされる。先ほどまでの二人の間にあった距離は、普通であれば決して一瞬の間に詰められるものではなかったのだ。


 間髪入れずに再び野犬はリューザへと飛び掛かる。リューザはまたもや間一髪のところで躱すも、今度は腹を掠めかける。あの鋭い爪であればそっと撫でられただけでも流血は避けられないだろう。

 そして、野犬はまた飛び掛かる。


 何度も繰り返す中、リューザは防戦一方で手も足も出ない。動物に襲われた経験など今まで一度もなかったのだから、ぎこちなくなってしまうのは仕方ないのかもしれない。

 そんな中、何とか隙を突けるまで耐えようと、リューザは息を切らしながらも必死で野犬からの攻撃を避けていく。


 そして、再度、野犬が飛び掛かる。リューザがそれをやり過ごすと、野犬はリューザの背後に着地する。しかし、勢いのあまり足を地面にすらせて若干体勢を崩したのだ。

 リューザはその隙を見逃さなかった。


――今だ!!


 体勢を立て直して野犬がまた地を蹴り上げた時、リューザは麻袋に突っ込んでいた手を引き抜いて、手に持っていたものを野犬に向かって思いっきり投げつけた。

 リューザが投げたのは漁用に村で使われていた網縄だ。

 リューザの投げた網縄は一気に広がり、見事に突っ込んできた空中の野犬に命中した。


 しかし、その網縄を受けてもなお野犬の飛び掛かりは、その勢いを失わない。宙を舞う野犬の爪を、避けきれずなんとそのままリューザの左肩に突き刺さってしまったのだ。


「ヴっ!!」 


 痛みのあまり、リューザの口から悲痛の声が漏れる。鮮血がほとばしり、じわじわと腕が痺れていくのを感じる。リューザは肩を押さえてその場にへたり込んでしまう。


「うぅ......い、痛い......痛い」


 痛みにあえぐ中、隣を見てみると野犬が倒れているのが見えた。どうやら、リューザの投げた網縄に絡みつかれてリューザを爪で引っ掻いた後、地面に転げ落ちたようだ。

 リューザは傷が痛まないよう、ゆっくりと立ち上がる。


「ごめんね……」


 そう言って網に絡り藻掻く野犬を一瞥すると、リューザは血の滴る左肩を右手で抑えるようにして傾斜を下って行く。


 途切れそうな意識で、暗い森の中ブレダを探す。とにかく、彼女の無事を確かめたかったのだ。


「ブレダ……ブレダ……」


 傷口を抑えながらリューザは森の中をよろよろと歩いていく。

 その時、そんなリューザの目に一本の木が目に留まる。その木の陰からはみ出す緑色の布。リューザは声をかける。


「ブレダ、そこにいるの……?」


 その声に急いで木の陰から現れたブレダはリューザの方へと見やった。そして、流石の彼女も傷を負ったリューザの姿を見て顔を真っ青にする。


「リューザ!」


「ごめん、ボクが不注意なせいで怪我負わせちゃって……」


 ブレダに近づくと、リューザは真っ赤に染まった彼女の左手の薬指をそっと両手で持ち上げる。


「そんなこと言ってないで、アンタの方こそ大丈夫なわけ?」


 ブレダの言う通り、肩を深く爪で引っかかれたリューザの傷口から溢れだす鮮血は止まることを知らない。


「いい……ブレダ? 君は先に村に戻ってるんだ、それでできれば助けを呼んで欲しい……ごめん、ボクはここから動けそうにもないよ……君だけでもここから逃げてほしいんだ」


「何言ってんの!? また、あいつに襲われたらどうすんのよ! 手負いの身で見つかったら八つ裂きにされるのがおちよ!!」


「ボクは大丈……」



 そう言いかけるも、意識が飛びかけ呂律もうまく回らない。

 意識を失いそうになったその時、草を踏み鳴らす音が聞こえ、リューザはハッと意識を取り戻す。


 そしてその音が近づいてくるのに気が付くとリューザは再び顔を凍り付かせる。ブレダもそれを察したようで背筋を凍り付かせた。


 リューザは自分の迂闊さを後悔する。

 この森の野犬は一匹だけではなかった。野犬は仲間を連れて戻ってきたようで怯える二人はあっという間に囲まれてしまったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

処理中です...