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第1章 『神樹界 ~隔絶された世界~』
第十三話 来訪編 ~野犬襲来~
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「きゃっ!」
リューザの目の前を歩くブレダが向こうを向いた時、突如悲鳴を上げた。
「どうしたの、ブレダ!?」
その声にリューザは慌てて声をかける。
リューザがブレダ越しに見るとブレダの視線の先には黒い毛色をした一匹の野犬がいたのだ。リューザは村の近くの森でも野犬をよく見かけたが、今目の前にいるそれはリューザが知っているものよりも二回り程大きく感じられた。そのことに若干の違和感を覚えたものの、リューザの知っている野犬は総じて温厚な性格を持っているのだ。心配はいらないと、違和感は直ぐに消え去っていった。
しかし、ブレダの方はと言えば動揺のあまり腰を抜かしてしまいそうになっている。
「もう! アタシ、犬は嫌いなのよ!」
リューザはそう言われて、思い出す。自宅で猫とフェレットを飼っている彼女ではあるが、実は猫とフェレット、そして馬を除いた動物全般が苦手なのだ。彼女にとっては触れることすら億劫になっている。
怯えるブレダにリューザは優しく語りかける。
「怖がらなくてもいいよ。犬だって猫と同じで大人しいから」
「あっそう……」
興味なさげにブレダがリューザの方へと身体を向けた、その時だった。
「きゃっ!」
突然、ブレダが再び小さく悲鳴を上げ、後ろ手にしていた両手を顔の前に持ってくると右手で左手を抑えるようなそぶりを見せる。
「どうしたの、ブレダ?」
「こ、こいつ……」
ブレダは野犬の方に顔を向け、声を抑えるようにしてそう言った。
ブレダの様子に違和感を覚えたリューザは彼女の方を再び注視する。
遠目に見えるブレダの手から溢れる真っ赤な液体、そして野犬の口からはみ出す牙に付着する血。リューザは戦慄する。彼女は指を野犬に噛みつかれたのだ。
「そんな、どうして……」
低い唸り声。カッと開かれた血走る瞳。ピンと立った耳。明らかな敵意を抱いているのはお気楽な性格のリューザにもすぐに分かった。しかし、リューザはこれほどまでに敵意を持った野生動物など今まで見たことがない。それでも本能的に分かるのだ、この野犬は自分たちを敵と認識しているのだと。
獲物を虎視眈々と狙う目。ブレダの方へと睨みを利かせた。唸り声を上げる野犬に対して、ブレダは困惑と悚然で逃げようにも動けなくなってしまっている。
そして、まさにブレダに飛び掛からんと構えをとったその時だ。
咄嗟に足元の小枝を野犬にめがけて投げつける。ときたま、フエラ村の近くの森で時間を潰していたリューザにとってこれくらいのことは慣れたものだ。小枝は回転しながら宙を舞うと野犬の顔面に見事に命中した。
「こっちだよ!」
リューザは声が震えないよう、恐怖心を抑えながら野犬に向かって叫ぶ。野犬の注意が今度はリューザの方へとむけられる。
それを見たリューザは麻袋に手を突っ込み、ブレダに向かって叫んだ。
「ブレダ、逃げて! ボクもすぐ行くから!」
それを聞いてブレダは一瞬、躊躇う素振りを見せたものの不安そうに目配せをして森を下っていくのだった。
一方でリューザの方へと正対した野犬は唸り声を上げてリューザを威嚇する。リューザの中の恐怖心がじわじわと彼自身を攻め立てる。後ろに下がっても、背を向けて目を離すことになっても、きっとリューザは野犬の格好の餌食になってしまうだろう。
野犬は動き出した。頭を屈めると、後ろ足を蹴り上げ、宙を舞ってリューザに飛び掛かる。リューザは身軽な体躯で何とか躱すも、その鋭く光る野犬の爪が頬すれすれのところですれ違ったのを見て冷汗が吹き出しそうになる。
そして、野犬のまさかの跳躍力に驚かされる。先ほどまでの二人の間にあった距離は、普通であれば決して一瞬の間に詰められるものではなかったのだ。
間髪入れずに再び野犬はリューザへと飛び掛かる。リューザはまたもや間一髪のところで躱すも、今度は腹を掠めかける。あの鋭い爪であればそっと撫でられただけでも流血は避けられないだろう。
そして、野犬はまた飛び掛かる。
何度も繰り返す中、リューザは防戦一方で手も足も出ない。動物に襲われた経験など今まで一度もなかったのだから、ぎこちなくなってしまうのは仕方ないのかもしれない。
そんな中、何とか隙を突けるまで耐えようと、リューザは息を切らしながらも必死で野犬からの攻撃を避けていく。
そして、再度、野犬が飛び掛かる。リューザがそれをやり過ごすと、野犬はリューザの背後に着地する。しかし、勢いのあまり足を地面にすらせて若干体勢を崩したのだ。
リューザはその隙を見逃さなかった。
――今だ!!
体勢を立て直して野犬がまた地を蹴り上げた時、リューザは麻袋に突っ込んでいた手を引き抜いて、手に持っていたものを野犬に向かって思いっきり投げつけた。
リューザが投げたのは漁用に村で使われていた網縄だ。
リューザの投げた網縄は一気に広がり、見事に突っ込んできた空中の野犬に命中した。
しかし、その網縄を受けてもなお野犬の飛び掛かりは、その勢いを失わない。宙を舞う野犬の爪を、避けきれずなんとそのままリューザの左肩に突き刺さってしまったのだ。
「ヴっ!!」
痛みのあまり、リューザの口から悲痛の声が漏れる。鮮血がほとばしり、じわじわと腕が痺れていくのを感じる。リューザは肩を押さえてその場にへたり込んでしまう。
「うぅ......い、痛い......痛い」
痛みにあえぐ中、隣を見てみると野犬が倒れているのが見えた。どうやら、リューザの投げた網縄に絡みつかれてリューザを爪で引っ掻いた後、地面に転げ落ちたようだ。
リューザは傷が痛まないよう、ゆっくりと立ち上がる。
「ごめんね……」
そう言って網に絡り藻掻く野犬を一瞥すると、リューザは血の滴る左肩を右手で抑えるようにして傾斜を下って行く。
途切れそうな意識で、暗い森の中ブレダを探す。とにかく、彼女の無事を確かめたかったのだ。
「ブレダ……ブレダ……」
傷口を抑えながらリューザは森の中をよろよろと歩いていく。
その時、そんなリューザの目に一本の木が目に留まる。その木の陰からはみ出す緑色の布。リューザは声をかける。
「ブレダ、そこにいるの……?」
その声に急いで木の陰から現れたブレダはリューザの方へと見やった。そして、流石の彼女も傷を負ったリューザの姿を見て顔を真っ青にする。
「リューザ!」
「ごめん、ボクが不注意なせいで怪我負わせちゃって……」
ブレダに近づくと、リューザは真っ赤に染まった彼女の左手の薬指をそっと両手で持ち上げる。
「そんなこと言ってないで、アンタの方こそ大丈夫なわけ?」
ブレダの言う通り、肩を深く爪で引っかかれたリューザの傷口から溢れだす鮮血は止まることを知らない。
「いい……ブレダ? 君は先に村に戻ってるんだ、それでできれば助けを呼んで欲しい……ごめん、ボクはここから動けそうにもないよ……君だけでもここから逃げてほしいんだ」
「何言ってんの!? また、あいつに襲われたらどうすんのよ! 手負いの身で見つかったら八つ裂きにされるのがおちよ!!」
「ボクは大丈……」
そう言いかけるも、意識が飛びかけ呂律もうまく回らない。
意識を失いそうになったその時、草を踏み鳴らす音が聞こえ、リューザはハッと意識を取り戻す。
そしてその音が近づいてくるのに気が付くとリューザは再び顔を凍り付かせる。ブレダもそれを察したようで背筋を凍り付かせた。
リューザは自分の迂闊さを後悔する。
この森の野犬は一匹だけではなかった。野犬は仲間を連れて戻ってきたようで怯える二人はあっという間に囲まれてしまったのだった。
リューザの目の前を歩くブレダが向こうを向いた時、突如悲鳴を上げた。
「どうしたの、ブレダ!?」
その声にリューザは慌てて声をかける。
リューザがブレダ越しに見るとブレダの視線の先には黒い毛色をした一匹の野犬がいたのだ。リューザは村の近くの森でも野犬をよく見かけたが、今目の前にいるそれはリューザが知っているものよりも二回り程大きく感じられた。そのことに若干の違和感を覚えたものの、リューザの知っている野犬は総じて温厚な性格を持っているのだ。心配はいらないと、違和感は直ぐに消え去っていった。
しかし、ブレダの方はと言えば動揺のあまり腰を抜かしてしまいそうになっている。
「もう! アタシ、犬は嫌いなのよ!」
リューザはそう言われて、思い出す。自宅で猫とフェレットを飼っている彼女ではあるが、実は猫とフェレット、そして馬を除いた動物全般が苦手なのだ。彼女にとっては触れることすら億劫になっている。
怯えるブレダにリューザは優しく語りかける。
「怖がらなくてもいいよ。犬だって猫と同じで大人しいから」
「あっそう……」
興味なさげにブレダがリューザの方へと身体を向けた、その時だった。
「きゃっ!」
突然、ブレダが再び小さく悲鳴を上げ、後ろ手にしていた両手を顔の前に持ってくると右手で左手を抑えるようなそぶりを見せる。
「どうしたの、ブレダ?」
「こ、こいつ……」
ブレダは野犬の方に顔を向け、声を抑えるようにしてそう言った。
ブレダの様子に違和感を覚えたリューザは彼女の方を再び注視する。
遠目に見えるブレダの手から溢れる真っ赤な液体、そして野犬の口からはみ出す牙に付着する血。リューザは戦慄する。彼女は指を野犬に噛みつかれたのだ。
「そんな、どうして……」
低い唸り声。カッと開かれた血走る瞳。ピンと立った耳。明らかな敵意を抱いているのはお気楽な性格のリューザにもすぐに分かった。しかし、リューザはこれほどまでに敵意を持った野生動物など今まで見たことがない。それでも本能的に分かるのだ、この野犬は自分たちを敵と認識しているのだと。
獲物を虎視眈々と狙う目。ブレダの方へと睨みを利かせた。唸り声を上げる野犬に対して、ブレダは困惑と悚然で逃げようにも動けなくなってしまっている。
そして、まさにブレダに飛び掛からんと構えをとったその時だ。
咄嗟に足元の小枝を野犬にめがけて投げつける。ときたま、フエラ村の近くの森で時間を潰していたリューザにとってこれくらいのことは慣れたものだ。小枝は回転しながら宙を舞うと野犬の顔面に見事に命中した。
「こっちだよ!」
リューザは声が震えないよう、恐怖心を抑えながら野犬に向かって叫ぶ。野犬の注意が今度はリューザの方へとむけられる。
それを見たリューザは麻袋に手を突っ込み、ブレダに向かって叫んだ。
「ブレダ、逃げて! ボクもすぐ行くから!」
それを聞いてブレダは一瞬、躊躇う素振りを見せたものの不安そうに目配せをして森を下っていくのだった。
一方でリューザの方へと正対した野犬は唸り声を上げてリューザを威嚇する。リューザの中の恐怖心がじわじわと彼自身を攻め立てる。後ろに下がっても、背を向けて目を離すことになっても、きっとリューザは野犬の格好の餌食になってしまうだろう。
野犬は動き出した。頭を屈めると、後ろ足を蹴り上げ、宙を舞ってリューザに飛び掛かる。リューザは身軽な体躯で何とか躱すも、その鋭く光る野犬の爪が頬すれすれのところですれ違ったのを見て冷汗が吹き出しそうになる。
そして、野犬のまさかの跳躍力に驚かされる。先ほどまでの二人の間にあった距離は、普通であれば決して一瞬の間に詰められるものではなかったのだ。
間髪入れずに再び野犬はリューザへと飛び掛かる。リューザはまたもや間一髪のところで躱すも、今度は腹を掠めかける。あの鋭い爪であればそっと撫でられただけでも流血は避けられないだろう。
そして、野犬はまた飛び掛かる。
何度も繰り返す中、リューザは防戦一方で手も足も出ない。動物に襲われた経験など今まで一度もなかったのだから、ぎこちなくなってしまうのは仕方ないのかもしれない。
そんな中、何とか隙を突けるまで耐えようと、リューザは息を切らしながらも必死で野犬からの攻撃を避けていく。
そして、再度、野犬が飛び掛かる。リューザがそれをやり過ごすと、野犬はリューザの背後に着地する。しかし、勢いのあまり足を地面にすらせて若干体勢を崩したのだ。
リューザはその隙を見逃さなかった。
――今だ!!
体勢を立て直して野犬がまた地を蹴り上げた時、リューザは麻袋に突っ込んでいた手を引き抜いて、手に持っていたものを野犬に向かって思いっきり投げつけた。
リューザが投げたのは漁用に村で使われていた網縄だ。
リューザの投げた網縄は一気に広がり、見事に突っ込んできた空中の野犬に命中した。
しかし、その網縄を受けてもなお野犬の飛び掛かりは、その勢いを失わない。宙を舞う野犬の爪を、避けきれずなんとそのままリューザの左肩に突き刺さってしまったのだ。
「ヴっ!!」
痛みのあまり、リューザの口から悲痛の声が漏れる。鮮血がほとばしり、じわじわと腕が痺れていくのを感じる。リューザは肩を押さえてその場にへたり込んでしまう。
「うぅ......い、痛い......痛い」
痛みにあえぐ中、隣を見てみると野犬が倒れているのが見えた。どうやら、リューザの投げた網縄に絡みつかれてリューザを爪で引っ掻いた後、地面に転げ落ちたようだ。
リューザは傷が痛まないよう、ゆっくりと立ち上がる。
「ごめんね……」
そう言って網に絡り藻掻く野犬を一瞥すると、リューザは血の滴る左肩を右手で抑えるようにして傾斜を下って行く。
途切れそうな意識で、暗い森の中ブレダを探す。とにかく、彼女の無事を確かめたかったのだ。
「ブレダ……ブレダ……」
傷口を抑えながらリューザは森の中をよろよろと歩いていく。
その時、そんなリューザの目に一本の木が目に留まる。その木の陰からはみ出す緑色の布。リューザは声をかける。
「ブレダ、そこにいるの……?」
その声に急いで木の陰から現れたブレダはリューザの方へと見やった。そして、流石の彼女も傷を負ったリューザの姿を見て顔を真っ青にする。
「リューザ!」
「ごめん、ボクが不注意なせいで怪我負わせちゃって……」
ブレダに近づくと、リューザは真っ赤に染まった彼女の左手の薬指をそっと両手で持ち上げる。
「そんなこと言ってないで、アンタの方こそ大丈夫なわけ?」
ブレダの言う通り、肩を深く爪で引っかかれたリューザの傷口から溢れだす鮮血は止まることを知らない。
「いい……ブレダ? 君は先に村に戻ってるんだ、それでできれば助けを呼んで欲しい……ごめん、ボクはここから動けそうにもないよ……君だけでもここから逃げてほしいんだ」
「何言ってんの!? また、あいつに襲われたらどうすんのよ! 手負いの身で見つかったら八つ裂きにされるのがおちよ!!」
「ボクは大丈……」
そう言いかけるも、意識が飛びかけ呂律もうまく回らない。
意識を失いそうになったその時、草を踏み鳴らす音が聞こえ、リューザはハッと意識を取り戻す。
そしてその音が近づいてくるのに気が付くとリューザは再び顔を凍り付かせる。ブレダもそれを察したようで背筋を凍り付かせた。
リューザは自分の迂闊さを後悔する。
この森の野犬は一匹だけではなかった。野犬は仲間を連れて戻ってきたようで怯える二人はあっという間に囲まれてしまったのだった。
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