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西の辺境-衛兵養成所 編

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「集中できてないんじゃないか」
医務室で腕の擦過傷の治療を受け部屋に戻ると、共有の椅子に腰かけていたイシクがぼそりと話し出した。
「昨日は腹に槍の柄くらってた」

よく見てるな。
二手に分かれての対抗模擬戦の際、味方の振り回した槍をよけ損ねたのだ。たいしたことないからと言い張り、治療すらしていない脇腹には大きな痣ができているため、昨日は部屋のシャワーで済ませて浴場には行かなかった。

「カミーユのせいで負けた」
今日も模擬戦があったのだがイシクと同組だったのだ。
「…悪かったよ」
「やる気がないならやめろ」
低い声にカミーユは何も言えず拳を握りしめる。
「何のためにここに来てるんだ。衛兵になるためだろう。それを乱すならここにいる資格はない」
確かに言われていることは正しいがカミーユはかっとする部分があった。
「イシクが言うな!」
カミーユの激高にイシクの青灰色の目が見開かれる。
「イシクこそ、所内で複数と付き合うのはやめろ!俺は迷惑してるんだ!」

養成所に入って三ケ月が経った。
消灯時刻間際まで女を部屋に連れ込んでいたのは一度きりで、それ以来ぎょっとするような場面には遭遇していない。だが、複数人と付き合っているのは事実のようで、日毎、色の違う釦がイシクの食事トレイに乗っているのは変わらない。
イシクがふうと息をついた。
「一度、消灯間際まで連れ込んでいたのは謝る。それ以外は訓練には関係ないだろう」
「同時に複数と付き合うのが他人に自慢するようなことか?風紀が乱れる」
「付き合ってはいない」
「はあ?」
イシクが椅子から立ち上がりずいと一歩カミーユに近づく。

「誰とも付き合っていない。性交しているだけだ」

堂々と体の関係だけだと言い切るイシクに、正直カミーユは幻滅した。言い返すのもばからしくなり、自身の個室に踵を返す。明日から三ケ月に一度の長期休暇なのだ。昨日のうちに纏めていた荷物を持ち、部屋を出ようとする。
「好きとか惚れたとかそんなのは世迷いごとだ」
イシクがカミーユに聞こえるように口にしているが、もう話す気も起きない。そのまま無視して廊下に続く扉を開ける。

「信じたって裏切られるだけだ」

思わず足が止まってしまった。

「カミーユが信じているその誰かさんだってカミーユを裏切るさ」

カミーユが振り向くと、イシクは何もかもを知っているとでも言いたげな表情で、抑揚なく言葉を放った。

「もともと目に見えないものなんて信じるに値しない。人は裏切る。心を開いた方が割りを食うだけだ」


談話室まで歩いたところで、休み前なのに珍しくネストレ達と一緒にいるネロを見かけた。
「カミーユ。今日こそ飲みに行こうぜ」
ネストレがカミーユに気づき声をかけてきた。
「いや、これから帰るから」
すると、ネストレがネロの肩を軽くたたく。
「ネロを励ます会なんだからさあ、カミーユも付き合えよ」
言われてネロを見ると確かに元気がなさそうだ。昨日までは養成所に入ってからの初の長期休暇に浮かれていたのに。
「ネロは帰らないのか」
「…ぅん」
声も元気がない。
不思議に思っていると、今度はネストレといつもつるんで飲みに出かけているトビアが、ネロの肩をたたいた。
「恋人に振られたんだってさ。地元の商会の息子に乗り換えられたらしい」
「手紙が来たんだよな」
「ひどい女だよな。ネロが養成所に入ってすぐ二股かけてたんだろ」
「そんな女こっちから願い下げだ!なあカミーユ」
「……え、あ、ああ、そうだよネロ。衛兵になってもっと素敵な子を恋人にすればいい」
「……ぁぁ」
「だからカミーユも帰るのは明日にして一緒に飲みに行こうぜ」
懲りずに誘ってくるネストレに「約束しているから」といつもの台詞を告げると、しぶしぶながらも「じゃ次回な」と三人連れ立って近くの町へ繰り出していった。カミーユはネストレ達を見送り、外出届を出し、養成所を後に辻馬車乗り場へ急ぐ。

『カミーユが信じているその誰かさんだってカミーユを裏切るさ』
『ネロが養成所に入ってすぐ二股かけてた』

……俺の方が後から割り込んだんだ。
レアンには婚約者がいて結婚することを知っていた。

だから裏切りでもないし、二股…ではあるけれど、それは俺が望んだことで―――

“望んだこと”?

カミーユの足が止まる。

……こんなかたちを望んでいたんだろうか。

それに…自分が耐えればなんて思っていたけれど、もしアリエル妃もレアンのことを心から慕っていたとしたなら、彼女もつらいのではないだろうか。
もしかしたらアリエル妃の方が……

最近は帰宮しても、東の国境沿いの森に瘴気が湧いたとか、どこどこの大使が来ているとか、晩餐会があるとか、丸一日レアンドロが一緒にいてくれることがなくなっていた。
今回の長期休暇も一緒に居られる時間は少ないかもしれない。
それでも少しでも傍にいて魔力過多をやわらげることができればと思う。
だから、王都に、王宮に、レアンドロの元に、帰るのだ。

少しでも会いたいから。
レアンドロが好きだから。

『あなたにしかできないことが、王都にあります。カミーユ。あなたはそのために生まれてきたのです』

予知能力を持つというエドヴァルドの母に告げられたメッセージ。

カミーユは“レアンドロに逢うために生まれてきた“と受け止め、レアンドロの手を取った。
辛くてもコンスティアン国王レアンドロと共に生きようと。

…辛くても。

カミーユは辻馬車乗り場へ向かって再び歩き始めた。
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