契約妻と無言の朝食

野地マルテ

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「はあ? 客員騎士様の部屋付き──?」
「ええ」
「悪いこと言わないからやめときなよ。あの人、ぜったいアレクシアの身体目当てだよ?」

 本当にヘレナは勘がするどい。
 あの人は私の身体を好んでいて、しかもそれをはっきり口にするクズだった。
 でも、そんなことは言えない。
 エリオンを悪くいえば、エヴニール家の名に傷がつくからだ。

「……あの人は近衛の客員騎士よ。部屋付きに指名した者に無体を働くような考えなしじゃないわ。それに私が訴えれば、エヴニール家の名に傷がつくじゃない」
「そうだけどねえ。部屋付きに手を出す人は多いって聞くよ? アレクシアが心配だから私も客員騎士様の部屋付きに立候補したいけど、無理だろうな……。客員騎士様のことをデッキブラシで殴っちゃったし」

 むむむとヘレナは唸る。
 この子は直情的だが、根は良い子なのだ。
 暴力は良くないけど。

「心配いらないわ」
「何かあったらすぐ言ってね! 私、またデッキブラシを持っていくから!」
「もう暴力は絶対にやめてちょうだいね」

 息まくヘレナを見て、「あっ」とあることを思い出す。
 ぽんと手を叩き、エプロンドレスのポケットに手を入れ、中身をヘレナへ見せた。

「何これ? 何かのチケット?」
「オペラなの」
「オペラ~?」
「エリオン様がペアチケットを下さったのよ。私とヘレナへ、って」

 嘘だ。本当は二人で行こうと誘われた。
 よくよくチケットの詳細を見るとそれはペアチケットになっていて、何なら二人掛けのソファが座席になったカップル席らしい。
 オペラのチケットに書かれた詳細を見、ヘレナの眉間の皺が深くなっていく。

「これ、ドレスコードあるよ」
「ドレスコード? ただの観劇でしょう?」
「そうだけど、最低でも女性側はコルセットを締めるような本格ドレスを着ていかなきゃダメっぽい感じだよ。私、ドレスは実家に置いてきちゃって、部屋にはワンピースとエプロンドレスしかないんだよねえ」
「私もよ」
「貸し衣装屋でドレスを借りればいいんだろうけど、お金かかるよねえ……。ごめん! アレクシア! 私無理!」

 胸に当たりそうな勢いで、スッとチケットを突き返されてしまった。

「ドレスのレンタル代なら、エリオン様に言えばなんとかなると思うんだけど……」
「……すごいね、アレクシア。エヴニール家で、そんなに客員騎士様と近い関係だったの? オペラのすごいチケット貰えるし、ドレスのレンタル代がどうにかなっちゃうって」
「そ、そんなことないわよ!」

 ──まずいまずい……。

 ヘレナの勘がするどいのか、それとも私の脇が甘いのか。
 ヘレナは視線を逸らす私に、じりじりとにじり寄ってくる。

「……アレクシア、私ね。はじめは客員騎士様とアレクシアは元恋人同士だと思ったの。でもね、アレクシアは子爵家のお嬢様で、客員騎士様は伯爵家の次男。身分も年齢もちょうど釣り合っているでしょう? しかも客員騎士様はアレクシアのことが好きだし、アレクシアだって、客員騎士様のことをそこそこ想っている」
「ヘレナ……」
「私、アレクシアが『エヴニール家の名に傷がつく』って言って確信した。アレクシアさぁ……。もしかして客員騎士様の元奥さんじゃないの?」

 ヘレナと視線がかちりと合う。
 彼女には、何もかもお見通しだった。
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