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急な別れ
しおりを挟む 結果的に言えば、私達は別れた。
二年も付き合ったのに、別れは一瞬だった。
フィランダーのことは、身体の相性が良くて結婚も迫って来ない都合の良い男だと思っていたのに。一人になると涙が止まらなかった。二人きりになると途端に下品になるあんな男、好きじゃないと思っていたのに。二年も一緒に過ごす内に、すっかり情が移ってしまっていたらしい。
「はぁ……」
あんなにセックスが好きだったのに、男漁りをする気にもなれない。こんなに気落ちしたのは久しぶりだ。
「メリザンさん、元気がありませんね?」
金属の仮面の向こう側から聞こえる声に、顔をあげる。一瞬『あなたのせいよ』と睨みたくなったけど、我慢した。おそらく私達はもう潮時だったのだ。フィランダーが別れを考えていた時、たまたまこの人が求婚してきた。ただ、それだけのことだろう。
今日のロードリックはいつも通り甲冑を身につけていた。職務中なのだから当たり前なのだが。
「ええ、あの人とは別れましたから」
「えええっ⁉︎ あっ、……そ、そうなんですか」
喜びが隠し切れていない驚きの声にイライラした。さっさと来客予定だけ確認して城内へ戻ろう。
私はエプロンドレスのポケットに入れていたメモを取り出す。
城門前にいる門番と、客室係の侍女は割と頻繁にやりとりがある。互いに来客の把握が必要だからだ。
「本日はエヴニール伯が午後一番にいらっしゃる予定です」
「客室の用意が必要ですね。了解です」
来客予定が急に変わることはよくある。門番は知っているのに侍女は把握していない……という事態にならないよう、私はマメに城内を行き来している。また、逆もあり得る。
「本日の夕方にティンエルジュ家の私設兵団の方がいらっしゃる予定なのですが、把握されていますか?」
「そうなのですか? それは把握しておりませんでした」
上は一箇所にさえ伝えておけば、勝手に情報が伝わるだろうと思っている。それはそうなのだが、振り回される下々の気持ちになって欲しいと思う。
「メリザンさん、凄いですよね。何でも把握しているじゃないですか。私、今までメリザンさんにどれだけ助けられてきたことか」
「何でもってことはないですよ」
私自身、仕事はきっちりしないと気持ち悪いと思う人間だ。また、確認を怠って何か不測の事態が起こるのも嫌だなと思う。だから面倒だと思いながらも城門と客室を行き来しているのだ。
「いつもありがとうございます」
「別にロードリックさんのためじゃないです」
「ははっ、分かっていますよ」
兜の面覆い部分の隙間から、明るい笑い声が漏れる。
先日初めて顔を見たが、さぞかし爽やかな顔をして笑っていることだろう。
「では、私はこれで……」
「あっ、待ってくださいメリザンさん!」
私が腰を折ると、呼び止められた。
「何か?」
「あのっ! 明日、私、非番なんです! 良かったら食事にでも行きませんか?」
ロードリックの上擦った声にイラッとしたが、寮の部屋に一人で篭るよりはこの人と食事にでも行ったほうが精神衛生上いいかもしれない。
「分かりました。参ります」
「わぁっ! やった! じゃあ、お迎えに参りますよ!」
キャッキャと弾んだロードリックの声。ほんの少しだけ可愛いと思ってしまった。きっとこの人は城門警備でも他のベテラン騎士達に可愛がられていると思う。たいして深い付き合いがあるわけでもない私でも、可愛いと感じたのだから。
「あんまり油を売っていると怒られてしまいますよ」
「はっ! そうですね!」
「ではまた明日」
思えば私はロードリックの歳を知らない。たぶん年下だろうけど、いくつぐらい下なのだろうか。
ほんの少しだけ、ロードリックのことが気になり始めていた。好意を持たれて正直悪い気はしない。だが、結婚だけは勘弁願いたいものだ。
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