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肌荒れ対策ときめき大作戦
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「雲一つない、夏の青空のような美しい碧だ……。君のその大きな瞳にずっと映っていたい」
リオノーラの輪郭に、整えられた長い手指が添えられる。耳が甘く蕩けるような台詞、隠し切れない熱の籠った穏やかな声。
彼女の大きな瞳には、国が傾くほどの美男が映り込んでいた。
(旦那様はかっこいいけど……)
三十代後半になる夫アレスは、年齢をまったく感じさせない外見をしている。服のサイズは二十代の頃から変わっていないし、黒々とした癖のない髪も、適度に艶のある肌も妬ましくなるほど美しい。美貌を保っているからと言って、過度に若作りをしているわけではなく、年相応の落ち着きと色気がある。まさに女性の夢が詰まっていた。
「……どうだ? 肌の調子は良くなりそうか?」
「う~ん。胸はキュンキュンしますけど……」
リオノーラは自分の顔に触れる。ざらつきと吹き出物は消えていなかった。
彼女はここ数週間、肌の不調に悩んでいた。
天気が安定しないせいか、毎日何を着ていいか分からなくなるほど気温が変わる。寒暖差に振り回されて、体調だけでなく肌の状態も不安定になってしまった。
医者に見せたり化粧品を工夫したり。夜はなるべく早く寝るようにしたが、それでも肌荒れは治らない。
困り果ててアレスに相談したところ、『女性はときめくと肌が綺麗になると聞くぞ』と言い出した。
そこで手っ取り早くときめく為に、ありとあらゆる恋愛小説の胸キュン台詞を言ってもらっているのだ。
幸いなことに、アレスの部屋にはリオノーラが買い込んだペーパーバックの恋愛小説が山のようにあった。
胸キュン台詞は仕入れ放題だ。
だが……。
「旦那様にときめくだけで、肌が綺麗になりそうにはないですね……」
甘い言葉を囁かれば胸の奥は疼くが、肌に良い影響があるとは思えない。アレスに事実を伝えると、彼は握り拳を作った。
「よし、もっと言おう!」
「……何でですか?」
効果があるとは思えないと伝えたはずなのに。
「君にときめかれたいからだ。いつまでも愛されたいからな」
「お肌……」
「欲求不満なんじゃないのか?」
「昨日、満たしたばかりですけど……」
昨日も二人はこの部屋で会っていた。そして今と似たような会話をしていたら、『性的に満たされていないからだろう』とアレスが言い出し、寝室に連れ込まれて身包みを剥がされたのだ。
「……足らなかったんだな、申し訳ない」
「いや、充分ですよ。あれ以上していたら、私の足腰が立たなくなりますって」
それはそれは甘々とろとろになる素敵な時間だったが、まぐわうのには体力がいる。二日連続は無理だ。身体の変なところが筋肉痛になるし、嬌声をあげすぎて喉が潰れる。
「大丈夫だ。優しくするから」
「優しくされても、声がガラガラになりますよ」
「一人暮らしの男の部屋にノコノコやってきて、行為を拒否するとは何事だ」
「家族が暮らす部屋ですよ」
ふと、部屋の中にある姿見鏡を見る。
灰色の騎士服姿の麗しい長身美形が、髪も肌もパサパサなエプロンドレス姿の太ましいおばさんに迫っていた。
「だ、旦那様、よく私を見てください。髪も肌もパサパサで、その、性的な対象にするのは厳しいでしょう?」
「何を言っているんだ。少しパサついてるぐらいが色気を感じられてちょうどいいし、肌荒れしてるぐらいで君の魅力的は失われないぞ?」
どうということはないと言わんばかりにアレスは言い放つ。
(くっ……! 駄目だわ。今日も、もう拒否できない……っ!)
こちらがどうしても駄目だと言えばやめてくれるだろうが、本当に駄目か? と問われれば、そういうことをしたい気持ちは多少は、ある。
「……す、少しだけですよ?」
「ありがとう!」
ああ、なんて爽やかな笑顔なのだろうか。
たぶん、少しだけでは終わらないだろうなと思いながらも、リオノーラはアレスに連れられて寝室へ向かった。
◆
──小一時間後。
「きゅぅ……」
寝台の上には、まとめていた髪を解き、丸裸になったリオノーラが倒れていた。精も根も尽き果てた。そんな顔をしてシーツの上にうつ伏せている。
「今日も良かったぞ。世界一可愛かった」
「……そうですか。それは良かったです……」
現役で騎士をやっているアレスと、一般的な主婦と変わらぬ生活を送っているリオノーラでは、同じ三十代半ば過ぎでも体力がまるで違った。
「子ども達のことは俺に任せろ。エミリオのお迎えに行ってくる。詰所で娘達の宿題をみるから、少し遅くなる。夕飯は外で食べよう。店を予約してくるから、何か食べたいものはあるか?」
「おさかな……さっぱり系がいいです……」
「魚料理な」
アレスは寝台から出ると、きびきびとした動きで身支度を整えていく。ものの数分で隙のない騎士服姿に戻った彼は、振り向きざまにこう言った。
「二時間は戻らない。ゆっくりしていろ」
「はぁい……」
足音も扉を閉める音もほとんど立てず、アレスは部屋から出ていった。
(かっこいい……)
子どもの世話を完璧にしてくれて、自分に自由な時間をくれる夫は本当にかっこいいとリオノーラはうっとりする。
お言葉に甘えて、寝台の上でしばらくダラダラする。この部屋にある恋愛小説の続きを読みたい気持ちはあるが、身体が重怠くて布団から出たくない。
(旦那様の匂いがする……)
シーツからは、ほんのり柑橘系の爽やかで甘い匂いがした。
リオノーラの肌は一週間後、何事もなかったかのようにいつもの調子を取り戻した。季節の変わり目で、一時的に肌荒れしていただけだったらしい。
<完>
リオノーラの輪郭に、整えられた長い手指が添えられる。耳が甘く蕩けるような台詞、隠し切れない熱の籠った穏やかな声。
彼女の大きな瞳には、国が傾くほどの美男が映り込んでいた。
(旦那様はかっこいいけど……)
三十代後半になる夫アレスは、年齢をまったく感じさせない外見をしている。服のサイズは二十代の頃から変わっていないし、黒々とした癖のない髪も、適度に艶のある肌も妬ましくなるほど美しい。美貌を保っているからと言って、過度に若作りをしているわけではなく、年相応の落ち着きと色気がある。まさに女性の夢が詰まっていた。
「……どうだ? 肌の調子は良くなりそうか?」
「う~ん。胸はキュンキュンしますけど……」
リオノーラは自分の顔に触れる。ざらつきと吹き出物は消えていなかった。
彼女はここ数週間、肌の不調に悩んでいた。
天気が安定しないせいか、毎日何を着ていいか分からなくなるほど気温が変わる。寒暖差に振り回されて、体調だけでなく肌の状態も不安定になってしまった。
医者に見せたり化粧品を工夫したり。夜はなるべく早く寝るようにしたが、それでも肌荒れは治らない。
困り果ててアレスに相談したところ、『女性はときめくと肌が綺麗になると聞くぞ』と言い出した。
そこで手っ取り早くときめく為に、ありとあらゆる恋愛小説の胸キュン台詞を言ってもらっているのだ。
幸いなことに、アレスの部屋にはリオノーラが買い込んだペーパーバックの恋愛小説が山のようにあった。
胸キュン台詞は仕入れ放題だ。
だが……。
「旦那様にときめくだけで、肌が綺麗になりそうにはないですね……」
甘い言葉を囁かれば胸の奥は疼くが、肌に良い影響があるとは思えない。アレスに事実を伝えると、彼は握り拳を作った。
「よし、もっと言おう!」
「……何でですか?」
効果があるとは思えないと伝えたはずなのに。
「君にときめかれたいからだ。いつまでも愛されたいからな」
「お肌……」
「欲求不満なんじゃないのか?」
「昨日、満たしたばかりですけど……」
昨日も二人はこの部屋で会っていた。そして今と似たような会話をしていたら、『性的に満たされていないからだろう』とアレスが言い出し、寝室に連れ込まれて身包みを剥がされたのだ。
「……足らなかったんだな、申し訳ない」
「いや、充分ですよ。あれ以上していたら、私の足腰が立たなくなりますって」
それはそれは甘々とろとろになる素敵な時間だったが、まぐわうのには体力がいる。二日連続は無理だ。身体の変なところが筋肉痛になるし、嬌声をあげすぎて喉が潰れる。
「大丈夫だ。優しくするから」
「優しくされても、声がガラガラになりますよ」
「一人暮らしの男の部屋にノコノコやってきて、行為を拒否するとは何事だ」
「家族が暮らす部屋ですよ」
ふと、部屋の中にある姿見鏡を見る。
灰色の騎士服姿の麗しい長身美形が、髪も肌もパサパサなエプロンドレス姿の太ましいおばさんに迫っていた。
「だ、旦那様、よく私を見てください。髪も肌もパサパサで、その、性的な対象にするのは厳しいでしょう?」
「何を言っているんだ。少しパサついてるぐらいが色気を感じられてちょうどいいし、肌荒れしてるぐらいで君の魅力的は失われないぞ?」
どうということはないと言わんばかりにアレスは言い放つ。
(くっ……! 駄目だわ。今日も、もう拒否できない……っ!)
こちらがどうしても駄目だと言えばやめてくれるだろうが、本当に駄目か? と問われれば、そういうことをしたい気持ちは多少は、ある。
「……す、少しだけですよ?」
「ありがとう!」
ああ、なんて爽やかな笑顔なのだろうか。
たぶん、少しだけでは終わらないだろうなと思いながらも、リオノーラはアレスに連れられて寝室へ向かった。
◆
──小一時間後。
「きゅぅ……」
寝台の上には、まとめていた髪を解き、丸裸になったリオノーラが倒れていた。精も根も尽き果てた。そんな顔をしてシーツの上にうつ伏せている。
「今日も良かったぞ。世界一可愛かった」
「……そうですか。それは良かったです……」
現役で騎士をやっているアレスと、一般的な主婦と変わらぬ生活を送っているリオノーラでは、同じ三十代半ば過ぎでも体力がまるで違った。
「子ども達のことは俺に任せろ。エミリオのお迎えに行ってくる。詰所で娘達の宿題をみるから、少し遅くなる。夕飯は外で食べよう。店を予約してくるから、何か食べたいものはあるか?」
「おさかな……さっぱり系がいいです……」
「魚料理な」
アレスは寝台から出ると、きびきびとした動きで身支度を整えていく。ものの数分で隙のない騎士服姿に戻った彼は、振り向きざまにこう言った。
「二時間は戻らない。ゆっくりしていろ」
「はぁい……」
足音も扉を閉める音もほとんど立てず、アレスは部屋から出ていった。
(かっこいい……)
子どもの世話を完璧にしてくれて、自分に自由な時間をくれる夫は本当にかっこいいとリオノーラはうっとりする。
お言葉に甘えて、寝台の上でしばらくダラダラする。この部屋にある恋愛小説の続きを読みたい気持ちはあるが、身体が重怠くて布団から出たくない。
(旦那様の匂いがする……)
シーツからは、ほんのり柑橘系の爽やかで甘い匂いがした。
リオノーラの肌は一週間後、何事もなかったかのようにいつもの調子を取り戻した。季節の変わり目で、一時的に肌荒れしていただけだったらしい。
<完>
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